それはまるで悪夢のような3/3
前回の続きで第1話の最後です。
"キーンコーンカーンコーン"
5時間目のチャイムが校内に鳴り響いた。帰りの会を終えた僕は朝の件の罰として3階の全ての窓を拭くように命じられていた。血痕だけは拭き取ったとはいえなんで汚した床じゃなくて窓を拭かなくちゃいけないんだ。大人の考えが分からなすぎる。
「え!!窓のてっぺん届かないの??ちびじゃん!!」
「ちーびちーび」
窓を拭いていると背後から小ばかにしたような笑い声と共に心無い罵倒を浴びせられた。振り向かなくても分かる嫌な声。もう2度と聞きたくないそんな声の主は朝、僕に石を投げてきた康太と隼の2人だ。
許せなかった。
石を投げられ、血が出るような怪我をさせられ、担任にはろくに話を聞いてもらえず、理不尽に怒られ。まるで僕が悪者じゃないか。僕が何をしたというんだ。
床の掃除も窓の掃除もさせられ、みんなの倍の宿題を課せられ、それでも許されないようなことを僕はしたのか?なんだこれは…許せない。
その時点で僕は我慢の限界だった。そのいじめに、この理不尽に、僕は耐えられなかった。洗剤と布巾を持ったままわなわなと震わせていた両手の震えがすっと止まった。気づいた時には既に洗剤は康太の目を狙って吹きかけ汚れた布巾は隼に投げつけていた。
『2人が嫌がることをしろ。悪いことをしても被害者が怒られる世界ならこれが正解なんだ。僕は何も間違っていない。僕は悪くない。加害者が許されて被害者が怒られるこの世界が悪い』
実際に洗剤が目にかかることはなかった。すんでのところで避けられたからだ。それでも僕はひるんだ康太を押し倒して力いっぱい殴りつけた。
「殺す!!絶対に!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!!」
持っていた洗剤なんかどこかに投げ捨てていた。何度も何度も、自分より大きいその体にまたがり力の限り殴り続けた。その言葉に理性など無かった。その行為は仕返しではなく純粋な殺意、悪意、害意による暴力だった。罪悪感など無くあるのは優越感、快楽。難しい言葉は分からないけれどきっと気持ちの良いことを僕はしている。
隼はさっさと逃げてしまった。おおかた先生に言いつけるつもりだろう。馬鹿め。朝の僕の仕打ちを見てなかったのか?被害者が怒られるんだよ。だから僕は悪くない。
騒ぎに気づいた同じ階の教室からは野次馬のように生徒が顔をのぞかせている。その顔は十人十色。怖がっている。面白がっている。様々な表情を浮かべていた。表情はみんな違うのに口裏を合わせたかのようにだれも止めに来る者はいなかった。止めないという点でみんなの気持ちは揃っているように見えた。
目から流れるものがあった。分からない。悲しくないのになぜそれが流れるのか。理解できなかった。直後に2つの走る足音が聞こえてきた。やはり戻ってきたか。さぁ怒れ!殴られているこいつらを理不尽に責め立てろ!!
そう心の中で喜びとも分からない感情を叫んでいると背後から何かに突き飛ばされた。痛い。受け身をとれず床にこすりつけた頭も、突き飛ばされた時の背中にもとてつもない痛みが僕の心を支配した。それでも僕は満足だった。これで僕も報われる。
「いい加減にしろ!!」
小倉先生の声だ。こいつなら被害者に怒るぞ。それは朝の僕が受けたから確実だ。大成功だ。ざまぁみろ。にやりと笑みを浮かべた。こんなに愉快なことがあるのか。教室で笑ってたやつらはこんなに愉快な気持ちになっていたのか。羨ましい。僕ももっと感じたい。その表情を隠すために僕はこすりつけた頭を動かさずに笑い続けた。しかし、その笑みとは裏腹に後頭部に新たな痛みと信じられない言葉をかけられた。
「反省してねぇ用だな…こっちにこい!!」
頭を押さえつけるものがなくなった瞬間、髪の毛を引っ張られ引きずられるように僕は1階の1番端の部屋の相談室に連れ込まれた。相談室とは名ばかりでカウンセラーもいない物置部屋になり下がったこの部屋は、今や反省部屋と呼ばれている。先生に怒られても反省しない子が放課後、完全下校時間になるまでこの部屋に閉じ込められるのだ。
何が起きているのか理解できなかった。
なぜ?朝の僕は被害者だったのにひどい仕打ちをされたよ。
なぜ?今回は完全に僕が加害者だったよ。血が出るまで殴れなかったとはいえ僕は朝の康太や隼のように嫌がることをし続けたよ
自問自答を繰り返す。
なぜ?僕はなぜこの部屋に連れてこられなくてはいけないの。連れてくるならあの2人だろ。
なぜ?なぜ?なぜ?わからない。背中も頭もずっと痛いままだった。痛い。なぜ?なぜ痛い?
冷静になった途端僕は理解した。
突き飛ばされたときぼくは蹴られていたのだ。実際に服を脱いでみてみると大きな足跡が残っている。後頭部の痛みもすぐに理解できた。背中の痛みの感触とまるで一緒だったのだから。
そうか加害者が許されて、被害者が怒られるんじゃない。僕だから、何をしても許されないのか。
なぜ?分からない。悔しい、寂しい、悲しい、信じていたのに、仲間なんて誰もいない。ただ心配してほしいだけなのに、ただ話を聞いてほしいだけなのに、許してほしいだけなのに。
「たすけて」
その悲痛なつぶやきは誰の耳にも届かなかった
暗い部屋に僕は一人だった。長らく使われていないこの部屋には蛍光灯はなく電気のスイッチを押しても明るい光に包まれることはなかった。唯一存在する窓も荷物にふさがれて外の様子を満足に見ることもかなわなかった。連れてきた小倉先生は僕をこの部屋に連れてきた後「ここで一生反省してろ」と怒鳴るとさっさとどこかに行ってしまった。
「今何時だろう」
分からない。この部屋には時計もないからな。
「あとどれくらいこの部屋にいれば良いの」
それも分からない。でも内側から鍵を開ければ良いだろ。
「その手があったか」
ドアに近づいてみるとそれは普段僕たちが使う教室のドアとは違い内側から開錠するのにもカギが必要な作りになっていた。
残念開けられないな…いっそ壊しちまうか!!
「それはダメだよ。また何かさせられるそれは嫌だ」
ガチャガチャ
急にドアの方から物音がした。僕の体は急に震えだした。小倉先生が来た。また何かさせられる。怖い。咄嗟に荷物の影に隠れた。震えはまだ止まらない。建付けの悪いドアがガタガタと音を立てながら開いていく。怖い。
「直孝君いるかしら??」
予想に反してその声の主は柔らかい声で優しく僕の名前を呼んでいた。恐る恐る顔を出すとそこには保健の先生が立っていた。
「さぁこの部屋から出ましょうか。もう帰りましょう」
僕の顔を見た保健の先生は優しく微笑み僕を迎え入れようとしてくれていた。
こいつも大人だ。信用するな。裏で何かを考えているぞ。
分かってる。大人の力なんか借りるものか
「僕はここに一生いる。出たくない。出たとしても一人で勝手に出る」
優しい保健の先生の声に安心したのも束の間突き放すように、諦めるように、寂しそうに答える。しかし、保健の先生はその返答は予想していたとでも言わんばかりに表情は微笑みから一切変わることはない。
「小倉先生がね。自慢げに話していたの。生徒を一人閉じ込めてやった。これで反省するでしょうって」
「出てけ!あっちいけ!!」
担任の名前を聞くだけでも震えが強くなる。聞きたくないそんな話。やはりこいつもバカにしに来たに違いない。話の途中だったが僕は精いっぱいの力を込めて身近にあった変な形の工具を保健の先生に目掛けて投げつけた。
「だから私、小倉先生の事叱りつけて助けに来たのよ~」
投げた工具をいともたやすく素手でキャッチしながらも微笑みも話も辞めずに言い切った。
なんて言った??小倉先生を叱って助けに来た?
不思議とその言葉に嘘がないように思えた。理由は分からない。直観のようなものだった。
信じるな裏切られるぞ。こいつも先生だ。
分からない。もう分からない。
「早く出ましょうね~」
保健の先生は僕に近づいてきての手を握って立ち上がるのを待ってくれた。どれくらい手を握ってくれていたのだろう。どれくらい僕は立ち上がるのをためらっていたのだろう。分からない。けれど、保健の先生の優しいその声に、その柔らかい掌から感じる温もりに僕は安心していた。頬に伝うものはさっきよりも温かく感じた。
帰る前に僕は保健室に寄っていた。オデコに擦り傷があったらしく保健の先生的には見過ごせなかったらしい。
時計の針はまだ5時前を指している。閉じ込められてから大して時間は進んでおらず、せいぜい30分程度だろう。
オデコの汚れを拭きとりながら保健の先生は思い出したかのように声をかけてきた。
「それにしてもほんとに一人だったのね!」
「え?うん…」
何か違和感を覚えた。質問の意図も分からない。確かに僕は一人だったそこに何も間違いはない。何に違和感を感じているのか理解できなかった。疑問を感じていることを悟ったであろう保健の先生は言葉を続けた。
「部屋のカギを開けようとしたら中から直孝君の声が聞こえてきてね。まるで誰かとお話してるみたいだったからもしかして他にもいるのかなって思ってたの。でもよく聞こえてたわけじゃないかr」
ハッとした。僕は誰と喋っていた?今気が付いた。途中から保健の先生の話は聞こえなくなっていた。確かに僕は一人だった。それなのに確かに僕は誰かと喋っていた。まるでそこに人がいるかのように。その主は今もいる。自分にしか分からない自分でも分からない何かは確かにいる。僕の背後にくっつくように立っている気がする。
キミはだぁれ?
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