表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/249

day58 銀を喰らう者⑥

また1体、フォレストスラグが倒された。

1体倒したらその次へ、また倒したらその次へと、フォレストスラグを相手するチームの人達が一斉に攻撃を仕掛けている。

フォレストスラグを倒せば倒す程、討伐速度は早くなっていた。

残るフォレストスラグは1体。直に討伐されるだろう。


クラーケンの残りHPはあと15%程度だ。

まさかクラーケンよりもフォレストスラグ5体が倒されるほうが先とは予想もしていなかった。

けれど、これでクラーケンへ攻撃するプレイヤーが増える。


「ライ君、あとよろしく」


立っているのがやっとといった様子でそう言い残し、秋夜さんはクラーケンの頭上から降りて行った。

お疲れ様と心の中で労わりの言葉をかけて、刀を振るう。


「蟠りは解消されましたか?」

「うーん……どうかな。少しはね」

「傍から見たら気心の知れた相手のように見えましたが」

「それはない」

「ふふ。そうですか」


デスサイズの渡った相手をジオンは知っている。

リーノも知っているだろう。防衛戦の時あれだけ派手に活躍した人物が持っていたのだから。


なんとなく気恥ずかしくて、それを誤魔化す様に刀を振るう。


最後のフォレストスラグが倒れる声が聞こえてきた。

シアとレヴへ視線を向ける。


何人のプレイヤーが倒れただろう。クラーケンの頭上にいる人もその周囲にいる人も、魔物を分散してくれている人も、この空間にいるプレイヤー達が何人も何人も倒れた。


その度に、見た目ではなんの変化もないけれど、うっすらと禍々しいもやを漂わせていたのを魔力感知で見ることができた。

そして、その度に、俺との約束を守ってくれているのだろう。霧が晴れるようにそのもやが消えるのも見た。

約束を守れなくても怒るつもりはない。その時は俺達が追いかけるだけだ。


全てのフォレストスラグを倒したことで、フォレストスラグからクラーケンへと標的を変えたプレイヤー達がクラーケンの元へ集まる。

俺に向かって手を振るリーノに手を振り返す。シアとレヴは泣きそうな顔で、にかりと笑った。


「ジオン、行こう」

「はい」


クラーケンの上から飛び降りて、3人の元へと向かう


「お疲れ様。全部倒しちゃうなんて驚いたよ」

「おう! シアとレヴも大活躍だったんだぜ!」

「うん。2人共頑張ったね」

「……ライくん」

「ボクたちがんばったよ」


ぽんっとシアとレヴの頭に手を乗せて、撫でる。


「残りはクラーケンだけだよ。一緒に倒そう!」

「「うん!」」


クラーケンの正面、大きな目を真っ直ぐに見据えて構える。


「暴れるぞ! 全員、備えろ!!」


誰かの声と共に、近接攻撃のプレイヤーや盾を装備したプレイヤー達が一斉に前に出た。


「【黒炎弾】」


前に出たプレイヤー達が触腕の猛攻を次々と跳ね返していく。


「あついねー」

「2人は暑いのは苦手?」

「「うん!」」

「あ、うん。ごめん」

「でも平気だよ」

「それなら良かった」


氷鬼であるジオンも暑さは得意ではないと言っていたが、シアとレヴも苦手なようだ。

リーノは俺と同じかな。暑いとは思うけど、別に得意でも苦手でもない。


黒炎の炎が静まると、次々とプレイヤーがクラーケンへ飛び込んでいく。

頭上に戻るか、それともここで戦うか。


「ジオン、頭の上とここから、どちらからのほうが目を狙いやすい?」

「どちらも高い戦闘技術が必要になりますね。

 強いて言うならこちらでしょうか」

「なるほど……ジオン、いける?」

「もちろん」


そう言って、繰り出される触腕の攻撃を刀でいなしながら走り抜けて行くジオンの後を3人で追う。


「シア、レヴ!」

「「【呪毒】」」

「リーノ」

「おう! 【雷弾】!

 触腕は全部俺が弾いてやる!」

「頼もしいね。任せたよ」


縦横無尽に飛び回り、デスサイズを振るっていた秋夜さんの姿、様々な戦い方をしていたたくさんのプレイヤー達の姿を頭に浮かべる。

俺にも出来るはずだ。出来る。絶対に出来る。


力強く地面を蹴る。空中で体を捻り、斜め下から斜め上へ刀を振り上げる。

斬撃音と共に、確かな手ごたえが掌に伝った。

振り上げた刀の向きを真上に構え直し、そのまま下へ振り下ろす。


ちらりと視線を周囲に配り、着地地点を探す。

胴体と触腕を繋ぐ根元を捉えた目は、次に目の前にある大きな目を見据えた。

重力に逆らうことなく落ちて行く体を、その大きな目に再度刀を振るうことで調整する。


触腕の根元に足を着くと同時に根元を蹴り、視界の隅で揺れていた触腕に飛び乗る。

着地すると同時ににすぐに飛び降りて、大きく横に刀を薙ぎ払った。


「さすがですね」


にこりと微笑んでくれたジオンに、笑って返す。


腕だけでなく体全体を使って攻撃を仕掛ける。

ただでさえSTRが低いのだから、体を捻り、回転の力も加えながら刀を振るっていく。


クラーケンはどうしてもシアとレヴに反応してしまうらしい。

目の前でクラーケンを睨み付けるシアとレヴへの攻撃が増えている。

その全てをリーノが盾で弾き返し、クールタイムが回復すると共に、何も映していないように見える濁った黄色の大きな目を目掛けて、雷弾と水弾が飛んでいく。


「シア、レヴ。毒解けてるみたい!」

「「【呪毒】、【呪痺】」」


最初に呪痺を使った時よりも、動きが鈍くなっている。スキルレベルが上がったからだろう。

クラーケンには最初以来使っていなかったが、フォレストスラグには使っていたようだ。

フォレストスラグにどれ程の効果があったのかはわからないけれど、スキルレベルが上がっている事を考えるに、頻繁に使っていたであろうことがわかる。


動きが鈍くなっている今がチャンスとばかりに全員で攻撃を仕掛けていく。

空中で横になる体を回転させて、その勢いのまま目を斬り付け、斜めになった体を左手で支えながら着地する。

立ち上がろうと足に力を入れたその時、ぶわりと上から魔力を感じた。

地面に向いていた頭を上に向けると同時に、右手に握る刀で感じた魔力を切り裂くように斬り上げると、確かな感触と共に触腕が怯んで離れて行った。


「お見事」

「危なかった……!」


魔力感知のスキルレベルが上がったからか、それともコツがわかってきたのか。

目で見える情報だけでなく、魔力を感じることができるようになった。


なんとかなるものだと安堵の息を吐く。

この戦闘中に僅かでも成長出来ていることがわかる。

刀の流儀はわからないし、ジオンのように綺麗な太刀筋でもない。

多分、ショートソードでもロングソードでも、俺は同じように振るうのだろうと思う。

振り回しているだけとも言えるけれど、自己流ってことにしておこう。戦えるなら問題ないってことで。


「【黒炎弾】」


何度目の黒炎弾だろう。

強化されていない普段のヌシなら2発で倒れるこの黒炎弾も、クラーケン相手だと全体の1%より少ないHPが減る程度だ。


「様子が変わりました。一旦離れましょう」


黒炎が鎮火すると同時にそう言ったジオンの言葉に頷いて、距離を取る。

これまではこちらを狙って動いていた触腕が、何を狙うわけでもなくぐにゃりぐにゃりと動いている。

それに気づいたプレイヤー達も、一旦離れて次の動きへ備えて構えた。


一度ぴたりと動きを止めたかと思うと、またゆらりと触腕を揺らした。

その瞬間、クラーケンの周りに大きな水の玉が、いくつも浮かび上がった。


ふと、魔操をする時の黒炎弾を思い出す。

同じくらいの大きさだ。だとしたら、同じだけの攻撃力を持った魔法弾なのではないだろうか。


「……避けて!!!」


ぷかりと浮かんでいた水の弾が、瞬きの間に消えた。

次に見たのは、まるで意思を持ったかのような波が、プレイヤー達の体を飲み込む光景だった。

波が消えると同時にふわりと花が舞った。


ゆらりゆらりと触腕が動く度に次々と新しい水の弾が浮かぶ。


「っ……リーノ!」


リーノが俺の前へ飛び出て、腕に付けた盾を構えた。

盾よりも大きな水の弾は盾に着弾すると共に波となって溢れ出す。

全てを盾で受けることは叶わず、勢いを殺すことはできたものの、それでもリーノのHPは一気に削れてしまった。


がくりと膝をついたリーノに駆け寄り、急いでポーションを使う。


「シア、レヴ。大丈夫だよ」


ポーションで回復したリーノが立ち上がるのを確認した後、辺りの光景に目を見開いて、震えて動けなくなっているシアとレヴに顔を向ける。

ゆらゆらと禍々しいもやが漂っては薄くなり、かと思えばまた溢れ出て、2人の心が揺れているのがわかる。


その時、俺達の横を影が通り過ぎた。


「前に出て」


小さく呟かれたその言葉に過ぎ去った影を視線で追えば、秋夜さんがクラーケンへ真っ直ぐと走り抜けていた。


「【カーズ】」


真っ黒な太い鎖がじゃらりじゃらりと音を立て、クラーケンを締め上げる。

大きな水の弾は弾けるように消えたが、周囲にいたプレイヤー達がばたばたと、地面に倒れていく。


ぐらりと体が揺れて頽れるように地面に膝をついたジオンとリーノの姿に、動揺する。

動けなくなっているだけで、麻痺と似たような状態だと自分に言い聞かせて、震えそうな体に喝を入れる。


「おわ……全っ然動けねぇ……」

「ライさん……シアとレヴを」


慌ててシアとレヴの手を握る。


「シア」

「……ライくん……」

「レヴ」

「……やくそく……」

「うん、約束したもんね」


ゆらりゆらりと2人の体を薄い闇が漂っている。

幸か不幸か、今立っていられるのは、この溢れては消える禍々しい魔力のお陰なのだろう。


「……シア、レヴ。行こう。倒すよ!」

「「うん!!」」


倒れたプレイヤー達の間を抜けて、クラーケンの目の前まで走る。


「結局、最後同じなんだけど」

「本当だね」

「長くは持たないよ」


クラーケンの前で、鎖が伸びるデスサイズを両手で支えながら立つ秋夜さんの横を通り過ぎる。

立っているのは効果範囲外なのであろう離れた場所にいるプレイヤー達、兄ちゃん、俺とシアとレヴ。

それから、クラーケン周囲に数人、困惑した表情を浮かべながら立っているプレイヤーの姿が見えた。

防衛の時にはいなかったプレイヤーだ。


「【強化】、【刃斬】!」

「「【水纏】、【水弾】」」


長引けば長引く程体が動かなくなるのは分かっている。


「兄ちゃん!」

「ライ。他の人には俺が伝えてくるから」


そう言って、兄ちゃんは困惑した表情を浮かべて立っているプレイヤーの元へ、魔力銃でクラーケンを攻撃しながら向かった。

数人でこのHPを削るのは至難の業だ。


動けずに藻掻いているクラーケンの目を狙って、刀を振るっていく。

HPは全然減らないけど、頑張るしかない。


兄ちゃんに話を聞いたプレイヤー達から、見た事もない攻撃が飛んでくる。


「ライさん! バフかけるんで! 双子ちゃんにも!」


上から声が聞こえて、頭を上げると、そこには真っ白な羽が生えたプレイヤーが空を飛んでいた。


「わ……! 凄い、飛んでる」

「長くは飛べないんですが、飛ばないとスキルが使えなくて……!

 私、天使なんです! ☆4種族!」

「凄く綺麗だね」

「うぐ……あ、ありがとうございます……!

 【ベネディクトゥス】」


俺とシア、レヴの体に眩い程の光が包んだ。

HPバーの下にたくさんのアイコンが並んでいる。HPとMPがどんどん回復し始めた。体も軽い。


「ありがとう、天使のお姉さん」

「いえ! これくらいしか出来ないので! 他の皆にもかけてきたので……うぎゃ!?」

「えっ」


天使のお姉さんが、びたんと派手な音を立てて地面に落ちた。

真っ白だった羽がみるみるうちに真っ黒に染まっていく。


「だ、大丈夫です! 堕天しただけです!」

「それ大丈夫なの……?」

「動けなくなるだけなので! 戦ってください!

 バフ切れたら、倒れるので!」

「えぇ……」


動けなくなるようなデメリット多いのかな……。

地面に落ちた体勢のまま動けなくなっている天使のお姉さんの事は気になるけれど、今は戦うしかない。


「【連斬】!」


斬って斬って、斬り続ける。


立っている他のプレイヤー達が一人、倒れた。

俺達より前にかけてもらった、天使のお姉さんのバフが切れてしまったのだろう。


並んだアイコンがちかちかと点滅を始める。

残るHPは後僅かだ。


「【黒炎弾】」


アイコンが消えると同時に、地面に吸い込まれるように抵抗もできずに倒れてしまう。

からんと音を立てて刀が落ちる。


HPはまだ、残っている。

立ち上がろうにも、まるで自分の体ではないかのようにぴくりとも動かすことができない。


「シア、レヴ!」

「「大丈夫!!」」


シアとレヴは、ホルダーから短剣を抜くと、両手でしっかりと握った。

クラーケンを睨み付け、走り出す。

普段の姿からは想像もできない動きを見せる2人は、地面を蹴り、高く飛び上がった。


「「お前だけは絶対に許さない!!!!」」


濁った黄色の目に突き立てられた短剣から、耳を劈く雷鳴を轟かせ、稲妻が広がる。

2つの短剣が壊れた音が聞こえたと同時に、シアとレヴの体が地面に落ちた。


パキンと大きな音が聞こえる。

辺りにキラキラと、たくさんの欠片が溢れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ