day58 銀を喰らう者②
「わー! 凄い! ピッタリだね!」
「にあう?」
「似合ってるよ!」
「ライくん、なくなっちゃってもまた作ってくれる?」
「もちろん!」
空さんが短時間で作ってくれたホルダーを早速装備して、短剣を差した2人が嬉しそうにくるくる回る。
レヴは右足にレッグホルダーを、スカートのシアはベストの下からホルダーがぶら下がっている。
2人の履いた革靴とよく似た色合いのホルダーだ。
値段は2個で36,000CZ。シアとレヴも凄く喜んでくれているし良い買い物ができた。
「ありがとう空さん。急なお願いだったのに」
「大丈夫。弟君には魔道具製造スキルと宝箱のお礼がしたかったから」
「お礼だなんて。空さんの力になれたのなら、それだけで充分だよ」
時間を確認する。戦闘開始予定の時刻までは……まだ少し時間がありそうだ。
作戦本部に戻っても良いけれど……どうしようかな。
連携を取るためにはちゃんと聞いておいたほうが良いのだろうけど、少ししか話を聞いていないし。
出たり入ったりしてたら邪魔になりそうだ。
戻るか戻るまいかを悩んでいると、ぷにょんという音と共に膝の辺りに何かが当たる感触があった。
なんだろうかと視線を向ける。
「……スライム?」
まじまじと見てみると、どうやらテイムモンスターのようだ。
近くにテイマーがいるのだろうか。
「お? こいつあれじゃねぇか? 戦闘祭の時のスライム!」
「スライムの違いがわからない……」
「俺もわかんねぇけどさーけど、他に見たことねぇからなー!」
足元でぴょんぴょん跳ねる緑色のスライムを抱き上げる。
ぷるぷるで、少しひんやりしている。思わずぷにぷにと触ってしまう。気持ち良い。
「すみませーん! スライム見ませんでした!?」
遠くから聞こえてくる声に、抱き上げたスライムを見る。
どうやら親……いや、親ではないか。スライムの主人が探しているようだ。
カヴォロの露店から出て、声の主を探す。
「あ!! 見つけ……でえええ!?!? ライさん!?
どうしてここに!? 作戦会議は!?」
「えっと……」
突然の叫び声に驚いたのと、相手がプレイヤーであることにドキドキしていると、スライムがぴょんっと俺の腕の中から、主人であるプレイヤーの頭へと飛び乗った。
「す、すみません! 目を離した隙に行方不明になってて!」
「いえ……」
「どうしたんだよ急にいなくなって……。
本当、すみません。普段はこんなことないんすけど……」
「いえいえ……」
話している間も主人の頭で揺れたり跳ねたりして、ぷるぷると震えているスライムに気が抜ける。
「可愛いね。テイマーなの?」
「あ、いや、職業は剣士なんすけど、スライムをテイムしたくて」
「スライムを?」
「や、そりゃ弱いのはわかってるけど、可愛いし、癒されるし……旅のお供って感じで……」
「楽しいよね」
スライムがぴょんっと俺のほうへ飛んできた。
両手で受け止めてぷにぷにと頭……頭で良いのだろうか。上部を撫でる。
「俺! ライさんのテイムモンスターが露店広場で買い物してるのを見て、テイム覚えたんすよ!
スライムが買い物してるとこ、見たくて!」
「へぇ、可愛いだろうね」
「! だよな! 可愛いよな!!」
「うん」
「まだこいつしかいないんだけど、この先も色んなスライムが出てきたら良いなーって」
始まりの街の近くのフィールド以外でスライムを見たことはない。
色んな種類のスライムがこれから出てくることを俺も祈ろう。
「俺も色々テイムできたら良かったんだけど」
「戦闘メインだと強いモンスターだけテイムしてないときついっすもんね」
「ううん。テイムできる魔物に制限があるんだよ」
戦闘メインというわけでもない。どちらかと言うと生産メインだと思う。
皆生産スキルを持っているし。ジオンは凄く強いけど。
「制限? そんなことあるんすか?」
「うん。種族特性なんだけどね」
「種族……あ、あの! ☆4種族!?」
「そうだよ。テイマーも種族特性で固定されてね」
元々、鬼人が良いと思っていただけで、職業は決めていなかった。
固定されなかったら何を選んでいただろう。
「弟君、そろそろ始まるって」
カヴォロの露店から出てきた空さんに声を掛けられる。
「あ、うん。作戦会議終わったのかな。
触らせてくれてありがとう」
「い、いえいえ!」
スライムを主人に返して、お礼を告げる。
ぷにぷにで気持ちよかった。俺もテイムできたら良かったのに。
「行こうか」
俺の言葉にジオン達が頷いた。
また探しにこられても困るし、急いで行こう。
それにしても、さっきのラセットブラウンの人は、秋夜さんに言われて俺を探していたという様子ではなかったけど、自主的に俺を探しにきたんだろうか。
あんなに怒りながら。謎だ。
門の前に着くと、たくさんの人が溢れかえっていた。
兄ちゃん達と合流したかったけど、この人数の中を前に進んで行くのは無理だと早々に諦めた。
始まったら中で合流できるだろう。
「シア、レヴ。呪毒と呪痺を使ってね。
クラーケンの傍に行くのは大変かもしれないけど」
「大丈夫」
「絶対に倒したいから」
「そっか。リーノ、2人をよろしくね」
「任せとけって!」
「俺とジオンはまぁ……いつも通りかな」
「頑張りましょう」
斬って斬って、俺は黒炎弾をたまに打って、いつも通りだ。
前方の人達がいくつかあるゲートの中へ入って行くのが見える。
あの先はどんな場所に繋がっているのだろう。
海の上ではないとは聞いているけれど、海の上と陸の上、どちらで戦うほうが楽なのだろうか。
足場も安定しているし、やっぱり陸の上かな。水の中に引き摺り込まれる心配もないし……陸に叩きつけられるのか……それは、凄く痛そうだ。
どちらにしてもあの触腕に捕まったら死んでしまうだろう。
なんてことを考えていたら、すぐに順番が回ってきた。
先の見えないゲートを潜り抜けると、大きな部屋のような場所に出た。
床も壁も全て藍色の石で、高く見えない天井も、同じ色をしているのだろう。
まるで海の中のようだ。
繋がる場所はゲートによって違っていたようだ。振り返った壁には俺達が通ってきたゲート、それから離れた場所にも違うゲートが見える。
ゲート前にいたたくさんのプレイヤー全てがここにいないように見えることから、部屋の四方にゲートがあるのではないかと予想する。
遠目にクラーケンの姿を小さく確認できる。あそこが部屋の中心だろうか。
召致されたのであろう魔物達との戦闘が既に始まっている。
初めて見る敵だけど、適正レベルは30くらいだろうと言っていたし、大丈夫だろう。
早くクラーケンの元まで行かなくては。
俺はともかく、シアとレヴだけでも辿り着いてもらう必要がある。
腰に差した刀を抜いて、走る。
「シア! レヴ!」
「「【呪痺】」」
目の前にいた魔物の動きが止まる。ただ、俺達が前にキラービーに刺された時よりは効きが悪いようだ。
スキルレベルが低いからか、それとも麻痺耐性が多少あるのか。
毒耐性や麻痺耐性の数値が高いと状態異常が効かなくなるのか、時間が短くなるのか、それとも効きが悪くなるのか分からなかったけど、全部のようだ。
毒を使う魔物に呪毒が使えなかったこともある。
数値が高ければ効かないし、麻痺になっても数値が高ければその分効果も低くなり、麻痺時間も短くなるのだろう。
エフェクトと共に消えて行く魔物の奥で、今まさに攻撃を受けてしまいそうなプレイヤーの姿が見えた。
3人で魔物の相手をしているようだが、敵の数が多すぎる。
「リーノ!」
「おう!」
ガキンと盾に爪が当たる音が響く。
「よっと!」
リーノが押し返した魔物を大きく薙ぎ払う。
一撃で倒すなんてことは無理なので、更に追撃を加える。
「弟君、気を付けて」
ガシャンと瓶が割れた音と共に、辺りに火が広がった。
火炎爆薬……と、言うやつだろうか。熱い。でも、黒炎弾よりはましだ。
ジオンが別の魔物を倒したのを視界の隅に捉えながら、目の前の魔物を倒す。
「ありがとうございます! ここは大丈夫なんで、中心に!」
その言葉に頷いて、中心に向かって走る。
ジオンが刀を振るい、リーノが盾で弾き返し、シアとレヴが呪言スキルを使って。
道を塞ぐ魔物達を倒しながら進む。
「助かりました!」
「中心に行くんですよね! 俺達もお供します!」
「し、死ぬかと思った~!! ありがとうございます!」
「あっちから回ってください!」
「バフつけま……あ、待って! と、止まってくださーい!!」
中心に向かう途中で出会ったプレイヤー達に声を掛けられる。
頷くだけだったり、『ありがとう』の一言だけだったり、碌な返事が出来なくて、申し訳ない気持ちになる。
「頑張ってください!」
「助けてくれてありがとうございます!」
「ライさん! こっちですこっちです!
着いてきてください!」
なんというか、嬉しいやら恥ずかしいやら、申し訳ないやらでむずむずする。
無様な姿を見せるわけにはいかないと気合を入れ直しながら、目の前の敵に刀を振るった。
中心に近づけば近づく程、触腕の攻撃も飛んでくるようになった。
目の前の敵だけでなく、急に現れる触腕にも注意する必要があるのは、正直、きつい。
その上、中心に近づく程に敵の数も増えている。
「兄ちゃん!」
「ライ! きたね!」
「シア、レヴ!」
「「【呪毒】」」
クラーケンが毒状態になっていることが確認できる。さて、次は。
「「【呪痺】」」
クラーケンのHPバーの下に、恐らく麻痺状態を示すのであろうアイコンが表示されてはいるが……普通に動いている。
若干、本当に、若干動きが鈍くなっているような気がしないでもないけれど。
「麻痺はほとんど効かないみたいだね」
「ま、予想の範囲内だよ」
「シア、レヴ。呪毒だけで大丈夫そう」
「「わかった」」
シアとレヴの表情が、いつもより硬い。
眉間に皺を寄せて睨みつけるようにクラーケンを見上げている。
「ライさん! あの魔法お願いしまーす!」
「一気に暴れ始めるぞ! 全員気をつけろ!!」
どういう作戦になっているのか、すぐに抜け出したから分からないけど、多分、俺の黒炎弾も作戦の1つなんだろう。
ここからなら狙いやすい。
ふとクラーケンの頭上を見れば、秋夜さんと数名のプレイヤーが頭を狙って攻撃している姿が見えた。
特に秋夜さんは、縦横無尽に飛び回るように、蠢く触腕を潜り抜け、一番ダメージが通ると言っていた目を中心に攻撃を仕掛けている。
「凄いなあの人……」
海に落ちる心配がないからか、海の上で戦う時よりも派手に動き回っているようだ。
戦えば戦う程ステータスが減るらしいが、まだ、そんなに経っていないし元気なのだろう。
俺も弱点である目に向けて黒炎弾を打つつもりだったけど、大丈夫だろうか。まぁ、大丈夫か。
「【黒炎弾】」
クラーケンの大きな目に向けて黒炎弾を放つ。
黒炎が燃え上がると同時にクラーケンが激しく暴れ始めた。
長い触腕をあちこちへ振り回し、叩きつける。全身で怒りを表現しているようだ。
HPバーはほとんど減っていない。
どんどん攻撃を仕掛けたいけれど、あちこちに敵が沸くためにそちらの対処でクラーケンへの攻撃があまり出来ていない。
これは長期戦になりそうだ。
「シアとレヴはリーノと一緒に。
呪毒と……水弾はなるべく目を狙って」
「「うん!」」
「リーノはシアとレヴ、それから魔法職の皆をよろしく」
「おう! 任せとけ!」
にかりと笑ったリーノが、シアとレヴと共に、少し離れた場所にいる魔法職のプレイヤー達の元へと走る。
「ジオン、飛んでくる触腕をなるべく弾き返して」
「ええ、お任せください」
さて、俺は倒す傍から湧き出てくる魔物を倒そうか。
「俺達はどうしますか!?」
俺達を中心まで届ける為に着いてきてくれたプレイヤーの1人がそう言った。
いつの間にやら結構な人数が俺達と一緒に来てくれていたようで、驚く。
「えぇ……」
いつの間にか部隊長のようなポジションになってしまっているようだ。
碌に作戦会議に参加していないので、困る。
兄ちゃんに視線をやって、すぐに戻す。
俺は頼りになる男になりたかったんじゃなかったか。
刀を握る手をぐっと握りしめて、小さく深呼吸をする。
「……遠距離攻撃がある人は、クラーケンの頭を狙って。出来れば目を。
近距離の人は周辺の敵を俺と一緒に……」
「俺達は雑魚を倒せば良いんですね!」
「……うん。それと、リーノのほうを手伝ってくれると有難いけれど」
「わかりました! 防御力に自信あるやつは魔法職のとこ行くぞ!」
「……それから、触腕の攻撃は厄介だけど、攻撃したら怯むので……」
「俺達の攻撃でも怯みますかね? そんなにレベル高くないんですけど」
「ん……攻撃力が低くても、動きは鈍るよ」
「つまり何人かで攻撃を仕掛けたら押し返せるんですね!?
触腕部隊と雑魚部隊でわけるぞ!」
俺が何か言う必要あるかなぁ……。




