day57 早朝の作戦会議②
「私達もカヴォロ君のお願いとそう変わらないわ。武器のことよ」
「ロゼさんのお願いなら、なんだって聞くよ」
「ぐう……ありがとう。えっと……オークションに今出品してる装備、一旦出品を取り消せないかな?」
そう言ったロゼさんに首を傾げる。
「うん? わかった」
「それで……その武器を私達の露店で売りたいのよ。
オークションに出すよりは値段は下がるかもしれないけれど」
「なるほど。うん、わかったよ」
『銀を喰らう者』に向けて武器を新調したい人がいるのだろう。
入札してくれていた人達には申し訳ないけど、今はクラーケンが最優先事項だ。
出品していた装備品の出品を全て取り消していく。
ロゼさんとの取引ウィンドウを開いて、アイテムボックスに戻ってきた装備品達を並べる。
「全部で……6本、それから指輪が2つね。
買取額の5倍……いえ、7倍で売らせてもらうわ」
「7……!? 5倍で大丈夫だよ……」
「いいえ、オークションだったらもっと高くなるもの。
大丈夫よ。この装備品にはその価値がある。胸を張っていいわ」
「……うん!」
ジオンとリーノを見て大きく頷く。
「それから、これとは別に武器を作って欲しいの」
「うん、いいよ」
「ありがたいけど、そこまで即答されると心配になるわ……。
作ってもらう武器はこれまでと一緒で良いけれど、出来れば大剣の本数を増やせるかしら?」
「うーん……実は今、ほとんど鉱石がなくて」
「それは安心して。生産職以外のプレイヤー達が採掘してくれてるのよ」
「そうなの? わー! すごいね!」
総力戦だ。なんだかわくわくしてきた。
「その鉱石はシルトさんの露店……ライ君が盾を買った露店覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。シルトさんって言うんだね」
「そう。その人が全て買い取って集めてくれてるわ」
なるほど。鉱石が必要になったらシルトさんの露店に行って購入したら良いということか。
鉱石を集めに行く時間を考えると余り量が作れないなと思っていたから凄く助かる。
「それじゃあ後で行ってみるよ」
「あぁ、ライ。俺が行ってくるよ。ライは生産に集中してて良いよ」
「兄ちゃんいいの? 転移陣もあるしそんなに時間取らないけど」
「いいよ。俺は採掘も持ってないし、生産も……しないし。特にすることがないからね。
それに……その後ライの手伝いをしようと思ってたから」
手伝いってなんだろうかと思って、魔法宝石のことかと頷く。
「あら、レンだって魔力銃を作ったら良いんじゃない?
レンの影響で魔力銃使い増えてるみたいよ」
「はは。遠慮しとくよ。その分銃工を覚えた人も増えたみたいだしね」
「それもそうね。魔力銃を使う人は増えたとは言え、メインで使う人はほとんどいないものね。
それで、ライ君。そっちの完成品も私達の露店で売るわ。それとアクセサリーもって思ってたけど……」
「あー……さすがに魔道具と武器で細工してもらうから厳しいかな」
「そうよね。それじゃあ武器だけお願いします」
「ロゼさんが頭を下げるようなことじゃないよ。寧ろ俺がロゼさん達に頭を下げなきゃ。
俺も皆の力になりたいから、教えてくれてありがとう」
今、他のプレイヤー達がクラーケン討伐に向けてどんな準備をしているのか俺が何も知らないから、こうして教えにきてくれたのだろう。
それも、俺達がやりやすいようにとたくさん気を使わせてしまっている。
「それに、俺の代わりに売ってくれてありがとう」
「ううん。それは私がライ君に言い出したことだから気にしないで」
「だなぁ。ライが作ってるってばれると面倒なことになるからなぁ」
「面倒なこと?」
「そりゃライ……」
「それよりもロゼ、装備条件の話を忘れてるよ」
「あ、そうだったわ! 装備条件が35や45の武器も作って欲しいのよ」
「そっか……!これまで自分が装備できるレベルの条件のものしか作ってなかったね……!
うん、わかったよ。割合は……兄ちゃんに聞いて作ってもらうね」
秋夜さんのデスサイズもレベル45だったし、うちの炉で作れる武器だから大丈夫だ。
俺の魔道具製造スキルは、魔石と描くものがあれば製造できるので、スキルレベル以外に完成品の使用条件に制限はない。
鍛冶や細工はスキルレベル以外にも、生産道具のランクによって作成できる完成品の使用条件に制限が出てくる。
「それじゃあ俺達はコンロと武器を作ったら良いんだね。
うん、任せて! 頑張るよ」
ロゼさん達が頷いたのを見て、俺も頷く。
「んじゃ、俺は鉱石取りに行きますかねぇ」
「岩山脈に行くのよね? 大丈夫?」
「石工の村のほうの鉱山は、人多いみてぇだしなぁ」
「あ! 朝陽さん、良かったらこれ使って。採掘終わった後返してくれたら大丈夫だから」
アイテムボックスから《魔除けの短剣》を取り出して手渡す。
「トーラス街側からのワイバーンに対応できてるかはわからないんだけど、カプリコーン街側からのワイバーンには対応できるよ。
柵を参考にして作っちゃったせいでちょっと使い勝手は悪いんだけど」
使い方と性能の説明をしていると、空さんが興味津々といった様子で俺の握る短剣を見ていた。
「そんな便利なもん持ってんのかよ……!
セーフティゾーンいらずじゃねぇか!」
「これ、売らないの?」
「1本しか作ってないんだよね。それに、魔除けの魔道具は街でも売ってたから珍しいものでもないよ。
柵以外は見てないけど……あ、でも馬車とかもあるみたいだし、街の外壁にも魔除けの効果があると思うよ」
「そう言われるとそうかもしんねぇけど……うーん……」
「ライの魔道具の話は鵜呑みにしないほうが良い。
こいつの師匠がとんでもないからな。魔道具に関する知識が多分ずれてる」
「えっ」
カヴォロの言葉に小さくショックを受ける。
いや、でも、俺の魔道具の知識は全部エルムさんだし……ありえるかもしれない。
「いやいや、魔除けは珍しくないんだって!」
「柵は全て設置し終えないと作動しないはずだ。一部でも壊れたら入ってくる」
「うん。クリントさんの時もそうだったね」
「ライのは、短剣一本で、どこでも突き刺せて、周囲から全て追い出すようなものだろう。
そんなものはこの街には売っていない」
柵を参考にしてよくわからずに作ったらそういう結果になっただけではあるけれど。
「あ、でも海に撒いた魔道具は似たようなものだと思うよ」
「対クラーケンで使うような魔道具が一般的に普及されてるわけないだろう」
「たしかに」
返す言葉もない。
「あ、もう1つ便利なものあるよ。こっちは珍しいと思う」
そう言って《帰還石》を取り出す。
「これ、最後にいた街や村のリスポーン地点にワープできる魔道具だよ。
1回で壊れちゃうんだけどね」
「……ワープ……!?」
「えっと……正確にはワープじゃなくて……死んだふりと言うか……実際には死んでないんだけど、仮死状態っていうのかな。
プレイヤーにしか使えない方法ではあるんだけど、俺達は瀕死状態になったら強制的に噴水広場に……」
「いや、ワープする原理を聞きたいんじゃなくて! 作ったの!?」
「確かに、そういうアイテムって色んなゲームであるのに、この世界にはねぇなーって思ってたけど!
作ろうと思って作れるものなのか!?」
「さすがに俺一人じゃ……エルムさんと相談して作ったんだよ。
エルムさん、転移陣に関わった人だから、ワープとか詳しいかなって」
ジオン達と兄ちゃん以外の全員が大きく溜息を吐いた。
「言ったろ。師匠がとんでもないんだって」
「とんでもなさすぎるでしょ……」
エルムさんがとんでもないことは否定しない。
弟子になれたことが奇跡のような相手だ。
「……この短剣とワープの石? を今後売る予定は?」
「俺……属性覚えられないから……」
俺が今用意できる魔石は、黒炎、氷晶、雷、水だ。
種族特性がなければ色んな属性魔法を覚えて魔石が作れたのだけれど。
それに、封印前の魔石もエルムさんに貰った分とポイントで交換した分しかないし、今回でほとんどなくなってしまうと思う。
「それに、《帰還石》は使ったことがないからどうなるか……もしかしたらデスペナルティが……」
「ないよ」
聞き慣れない声に、声がした方へ顔を向ければ、そこには秋夜さんの姿があった。
「秋夜さん! 起きたの?」
「漸くね。10時間も身動きが取れないとは思わなかったよ」
「10時間……うわ、もう8時だ!」
「あら本当! 話し過ぎちゃったわ! 露店広場に急ぎましょう!」
「おう! そんじゃ、この短剣借りて行くぜ!」
「うん、気を付けてね、朝陽さん」
「またね弟君。椅子持って行く」
「うん、椅子持ってきてくれてありがとう。またね! 生産頑張ろうね」
「石窯ありがとう。これがあればたくさん強化料理が作れる」
「楽しみにしてるね」
ばたばたと一気に人が出て行って、少しだけ寂しくなる。
「それじゃあ俺も鉱石買いに行ってくるよ。
鉄と銅、玉鋼で良いんだよね?」
「うん! よろしくお願いします!」
「りょーかい。それじゃ、またあとでね」
パタリと扉が閉まる。
「じゃ、僕も行こうかな。メッセージうるさいし」
「秋夜さんは待って」
「はぁ?」
「聞きたいことがあるから、待って」
秋夜さんはため息を吐くと、どかりと椅子に座った。
「シア、レヴ。1cmくらいの厚さの円錐の型あったよね?
これくらいの。あれで鋳造してくれる?」
「はーい!」
「任せて」
ぱたぱたと鋳型が置いている場所へシアとレヴが向かう。
「ジオンは、今ある鉱石全部使っちゃって大丈夫。
さっき言ってたように今回から35と45の武器もよろしくね。
それと、魔法鉱石の数を4つに増やして」
「お任せください」
立ち上がったジオンが、鍛冶用の炉に火を灯す。
少しだけ辺りの温度が上がった。
「リーノは木の板の細工をお願い。耐火を5は付けてほしいかな」
「おう! それと、ジオンが打った武器の細工だな?」
「うん、よろしくね」
アイテムボックスに片付けていた大きな作業机を中央に再度設置し、作業机の上に先程空さんから貰った木の板を取り出しておく。
よし、これで準備万端だ。
「忙しそうだねぇ」
「楽しいよね、こういうの」
「さぁねぇ。それで? 聞きたいことって?」
「1つはさっきのデスペナルティがないって断言したことかな」
「あぁ……僕の種族スキルにあるんだよねぇ。
アスフィクシア……つまり仮死。ライ君が言ってたような仮死状態でリスポーンできる」
「へぇ! 便利なスキルだね」
「まー、クールタイムが5時間もあるし、ぽんぽん使えるわけじゃないけどねぇ」
恐らく《帰還石》の原理と同じなのだろう。
同じ効果のスキルを持つ人が言うのだから、デスペナルティはないと見て良さそうだ。
「で? 他は?」
「秋夜さん、ログアウトした?」
「は? 何その質問。したけど?」
「いや実はね……」
他の皆に聞こえないようにこそこそと、ずっと体があったこと、それからマーカーがNPCの色になっていたことを話す。
「ふぅん……まー、気付いたら妙な空間にいたんだよねぇ。
真っ暗でなんもないとこ。夢の世界にしてもなんもなさすぎだったねぇ。
で、残り10時間とだけウィンドウに出てさぁ」
「へーじゃあログアウトはできたんだ?」
「できたよ。それに、ログインしてからあいつらから一気にメッセージきたから、ログアウト表示はされてたんだと思う。
まーログアウトした後も暫く来てたけど。気付いてなかったみたいだねぇ。バカだから」
ログアウトしてたこと気付いてなかったんだ……。
「よくわかんないけど、カーズ使った後はログアウトしようがしまいが体が残り続けるってことだねぇ。
ログアウトするとNPCとして残る。ログインしたままならプレイヤーとして寝てる」
「多分そうだと思う」
「まー、だからなんだって話ではあるけど」
「周りがびっくりする」
「あぁ、それはあるか。これから使う時は先に説明しなきゃだねぇ」
するするとウィンドウを操作し始めた秋夜さんを横目に見ながら、シアとレヴの作業を確認する。
シアとレヴに鋳造品を作ってもらわないことには俺は作業できない。
エルムさんの家にあった鋳造品を固める冷蔵庫があればもっと早く作業が開始できたのだけれど。
近くの作業棚に置いてある羊皮紙と羽ペン、それから本棚からいくつかの本を抜き取り、作業机に並べる。
前に作った《炎魔石》を使用したコンロの魔法陣を《黒炎魔石》に対応したものに調整しなければ。
エルムさんのコンロの魔法陣も参考にしつつ、細工で付与される数値を考えながら、今俺が使えるシンボルや記号等を使って魔法陣を仕上げていく。
「ちょっと外出てくるねぇ。すぐ戻るから」
「え? 戻ってくるの?」
「お金」
それだけ答えて秋夜さんは家から出て行った。
まぁいいかと羊皮紙に視線を戻す。
カリカリと魔法陣を描いて暫く経つと、コンコンとノックの音が聞こえた。
ほぼ確実にそこにいるだろう人物を予想しながら扉を開ける。
「おかえり」
「用が済んだら行くけどねぇ」
ポンと目の前に取引ウィンドウが開く。
「7倍で良い? もっと欲しいなら増やすけど」
取引ウィンドウには560,000CZと表示されている。
なんだろうかと一瞬悩むが、デスサイズのお金かとすぐに納得した。
「……じゃあ! 10倍で!」
「いいけど」
「嘘! 嘘!! 7倍で大丈夫!! 5倍でも良いし!」
「7倍ね」
取引完了を押して、560,000CZを受け取る。
「ありがと。また頼むから」
「むぅ……その時はユニークじゃないかもしれないけど」
「期待してるよ。じゃあねぇ」




