day3 試練のヌシ
予定通りお風呂とご飯を済ませてログイン。
兄ちゃんにβの頃と色々変わってるらしいことを話したら楽しみだと笑っていた。
早く作業が終わるといいんだけど。
「おかえりなさい」
目を開くとすぐにジオンに声を掛けられた。
むくりと上体を起こしながら、時間を確認する。
『CoUTime/3day/12:00』、お昼である。
「ただいま。朝ご飯食べた?」
「はい……貰った簡易食糧はあと2つになりました」
「俺が持ってるのが1つだから、全部で3つだね。
これからお昼ご飯だから、残り1つだ」
ジオンからグラスを受け取り、簡易食糧を食べる。
毎度のことだが、無言だ。でも、これで最後だ。
残る1つは俺がログアウトしている間にジオンが食べるだろう。
そう思うと、寂しさも感じる。まぁ二度と食べなくていいけれど。
「ずっと部屋にいたの?」
昼食が終わり、一息ついてからジオンに話しかける。
「午前中は街を散策してましたよ」
「あー……お金渡しておいたらよかったね」
何か暇を潰せるものを渡しておいたら良かったな。
次にログアウトする時は暫く戻ってこれないから、考えておかないと。
「それじゃあ今日は、地図を買って、それから弐ノ国方面に行こう。
試練のヌシの様子も見たいからね」
「ふむ。わかりました」
俺達は早速、宿屋から出て地図を買いに行く。
どこに売っているかわからないから、とりあえずいつも通り武器屋に向かった。
「店主さん、地図ある?」
「ここは武器屋だぞ? あるわけねぇだろ」
「そっかぁ」
「ったく……ほら、これやるよ」
店主さんは昨日俺達に洞窟の入り口を教えてくれた時に広げていた地図をカウンターから取り出し、俺に差し出した。
「え、いいよいいよ。つるはしも貰っちゃったし……」
「気にすんなって。俺達にとっちゃ地図なんて珍しいもんでもねぇんだからよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「それに、俺はお前さんを気に入ってるからな」
「え? 俺別に何もしてないけど」
売却して刀を買っただけだ。普通である。
他のプレイヤーと変わらないだろう。
「異世界の旅人のやつらは警戒してんのかしらねぇけど、碌に話しちゃくれねぇからなぁ」
「あー……そうなんだ」
警戒ではなくNPCだからだろうなと考えて、そういえばNPCだったなと思い出す。
あまりにも話しやすいから忘れてしまうのだ。
ああでも、最初は、NPCだから大丈夫だって普通に話せたんだっけ。
あれ? そう考えると俺、昨日のお姉さん以外はNPCとしか話してないね?
まぁ、別に今は良い……良くはないけど。
まだ俺は男らしくて格好良い男になれてないんだから、友達がいなくても仕方ない。
それに、ジオンや店主さんと話しているのは楽しいし、これからもNPCだからって態度を変えるようなことはない。
恐らくまたNPCだってことを忘れるだろうけれど。
「で? どうすんだ?」
店主さんがぐいと地図を俺に押し付ける。
俺はそれを受け取って、笑った。
「ありがとう。助かったよ」
「いいってことよ。
行きたいとこでもあんのか?」
「弐ノ国に行こうと思ってるんだ」
「へぇ。今、レベルはどんくらいなんだ?」
「俺が4で、ジオンが3だよ」
「おいおいそりゃきついんじゃないか?
弐ノ国への国境にいるヌシはレベルが15はなけりゃ厳しいって話だぞ?
それも数人必要だって聞いてるが」
「そうなんだ? まぁ、今日は様子見だから」
「ならいいが……気を付けて行ってこいよ」
「うん。心配してくれてありがとう店主さん」
店を出てから貰った地図を確認して、ジオンと国境へ向かっていく。
国境までは近いわけではないけど、数日掛かるという程でもない。
壱ノ国は所謂初心者エリアだから、街も1つしかないし、広くないんだろう。
貰った地図では壱ノ国の全体図しかわからないため、他の国のことはわからないけれど。
いつもとは違う方面へ暫く進むと、ホーンラビットの姿が見えてきた。
せっかくなので国境へ進みながら倒して行く。
更に暫く歩いて行くと、ホーンラビットのように見えるが角の色が違う兎が現れた。
「えぇと……『ポイズンラビット』か。
攻撃に当たったら毒状態になりそうだね」
「ふむ……では、当たらないように気を付けましょう」
毒もそうだが、ステータスもホーンラビットより上だろう。
刀を構える。
飛び掛かってきたポイズンラビットを受け流し、斬る。
当然、一撃では倒せないので、繰り返し攻撃をしかけていく。
「んん……やっぱりホーンラビットよりHPが多いね」
頭上のHPバーの減りが、ホーンラビットに比べて少ない。
街から遠くなればなる程、適正レベルが高くなるということだろう。
行動パターンはホーンラビットと変わらないようなので、気を付けていれば問題ない。
「【刃斬】!!」
きらきらとしたエフェクトと共にポイズンラビットが消えていく。
時間はかかったけど倒せてよかった。
ちらりとジオンを見るとポイズンラビットと戦っているところだった。
さすがに一撃でとはいかないようだけど、その後すぐに繰り出される二撃目によって倒せている。
ジオンのレベルは3とは言え、ステータスが高い。
俺のレベルが1~4になる間のレベルアップで上がるステータスの合計値は、HPとMPは除いて、毎回同じで『5』だった。
そこから計算して、現在のジオンのレベルをプレイヤーのレベルに換算すると18くらいだろう。
ちなみに、ジオンがレベルアップで上がるステータスの合計値も俺と変わらず『5』だった。
ジオンのほうがレベルが上がりにくいようだから、いつか追いつけることもあるかもしれない。
店主さんの話によると、エリアボスである試練のヌシを倒すにはレベルが15は必要とのことだから、ジオンのレベルは大丈夫だろう。
ただ、人数がいるとも言っていたから、俺たち2人の場合15よりもっとレベルが必要だろう。
楽なのはレベル15のプレイヤー数名とパーティを組んで攻略することだけど、残念ながら、パーティが何人まで組めるのかも知らないようなソロプレイヤーの俺には無理な話だ。
ポイズンラビットを倒しつつ、どんどん進んで行く。
そろそろ国境だ。
気付かず近付いて背後を取られでもしたら困るから、一旦立ち止まって周囲を見渡す。
「……大きいね」
「大きいですね」
恐らく、あれがヌシだろう。
いや、ユニークモンスターという可能性もあるけれど。
他にヌシっぽいモンスターも見当たらない。
ジオンの倍以上の高さに大きな長い耳をつけた頭があり、その額にはこれまた大きな角が生えている。
真っ赤な瞳に鋭い爪。岩をも砕いてしまいそうな程立派な歯。
その姿はこれまでに何度も見た姿だ。巨体なことを除けば、だけど。
「んん……『ヴァイオレントラビット』だって」
「あの巨体でホーンラビットと同じ動きをされると、厄介ですね。
下手をすればプチっと」
想像をして震え上がる。
出来れば、踏み潰されたくはないものだ。
「よ、よし……!」
「待ってください。よし、じゃなくて。
どうするつもりですか?」
「いや、ちょっと様子見」
「様子見って遠くから見るだけじゃないんですか!?」
「見てるだけじゃ強さなんてわからないよ」
「それは、そうですが……」
ジオンは唸りながら目を閉じた。
「わかりました。行きましょう。
ライさんは私の手の届く範囲から絶対に離れないでください。
それから、危なくなったらすぐに離脱してくださいね」
「でも」
「どう贔屓目に見ても今のライさんでは無理です」
「アッハイ……」
事実なのでジオンに従うことにする。
何があっても良いように《初心者用ポーション》を取り出しておく。
「この辺りはどこまでも草原が続いているので、身を隠す場所はありません。
ヌシの間合いに入ればすぐに気づかれるでしょう」
「うん」
「幸い、ヌシはじっとしているわけではないようですので、後ろを向いた時に奇襲をしかけます」
「うん」
「ライさんは私についてきてください」
「わかった。がんばる」
ジオンの作戦に、俺の足の速さは考慮してくれているのだろうか。
別に俺は足が遅いわけではない。あくまでも現実では、だけど。
足の速さに関係がありそうなAGIは5と低いが、これまでにゲーム内で走った時に遅くなったという印象はない。
それでも、どう考えてもジオンのほうが足が速いと思うのだけれど、頑張って付いていくしかないだろう。
俺が倒れたらテイムモンスターであるジオンも、どれだけ体力が残っていたってそこで終わりだ。
ここにいて様子を見ていたほうがいいんじゃないだろうかとも思うが、ここはセーフティゾーンではない。
今はジオンが片付けてくれたからポイズンラビットは見当たらないが、いつ出てくるかわからない。
視線をヴァイオレントラビットに向けるジオンの横で、大きく深呼吸をして気合を入れる。
「行きますよ!」
音もなく走り出したジオンに続いて走る。
手の届く範囲……つまり、ジオンの攻撃範囲がどのくらいかは、これまでの狩りでジオンの姿を見ていたからわかる。
なんとかその範囲から外れないように走ることは出来ている。
俺の先を進むジオンの間合いにヴァイオレントラビットが入る。
ジオンは足を止めることなく、刀を構えた。
「……【氷晶魔刃斬】!」
ジオンの持つ刀の青白く光る刃が一層光り輝き、その刃先が派手な斬撃音を立ててヴァイオレントラビットの背を切り裂いた。
斬りつけられたヴァイオレントラビットは轟くような咆哮を上げて振り向くと、その鋭い爪をジオンに目掛けてまるで叩き付けるように振り下ろす。
受け流すことは不可能と判断したジオンはすぐにその場から離れるも、すぐに逆の腕がジオンへと襲い掛かった。
「ジオン!!!」
なんとか刀で受け止めたが、その衝撃は凄まじく、ジオンの体は吹き飛ばされてしまった。
慌ててジオンの元へ駆けつけて《初心者用ポーション》を使う。
初心者用だから回復量は少ない。
俺のHPだったら例えHPが1でも全快するが、ジオンのHPでは全快というわけにはならない。
「っ……ライさん、逃げましょう」
「うん!」
体が痛むのだろう。顔を苦痛に歪めるジオンに肩を貸す。
クールタイムがあるためポーションは使えない。
早くこの場を離れないと。
その瞬間、突然俺達の周りに影が落ちた。
嫌な予感に上を見る。
「え?」
ふかふかだ。