day57 早朝の作戦会議①
今が『CoUTime/day57/6:02』だと表示されていることを確認して、ウィンドウを閉じる。
俺のベッドには秋夜さんが寝ていたから、昨日は作業場でログアウトした。
つまりログインも作業場なので、2階で寝てる皆を起こすようなことにはなっていない……と思ったのだけれど。
ぎしりぎしりと2階から階段を降りる音が聞こえてくる。
「……おや? ライさん、早いですね。おはようございます」
「わ……ジオン、起こしちゃったかな? おはよう」
「いえ、目が覚めたので降りてきただけですよ」
「それなら良かった。秋夜さんは起きた?」
「いえ、まだ寝ていらっしゃいましたね」
「今もずっと? 一度も俺達の世界に帰ってない?」
「恐らく……秋夜さんがいなくなった気配はなかったですね」
「んん?」
秋夜さんが眠り始めてから、8時間は経っている。その間ずっとログアウトできていないのだろうか。
現実世界の時間で言っても1時間半くらい経っている。お昼時でもあるのにログアウトできない状況なのだとしたら、修正必須なスキルだと思う。
リアルに影響を及ぼすようなスキルはなしである。
皆を起こさないようにそーっと階段を登って、俺とジオンの部屋の扉を静かに開ける。
「本当にいる……寝てる……あれ?」
少しだけ開けた扉の隙間から中を覗いて秋夜さんの姿を確認してみれば、頭上のマーカーが俺達プレイヤーの青色からNPCの緑色になっていることがわかった。
つまりあれはNPCの秋夜さん……いや、秋夜さんは2人いたりしない……はず。
「まぁ、いっか。後で聞けば良いよね」
「ふむ? 何か懸念があるのですか?」
「ううん。大丈夫大丈夫」
NPCやプレイヤーの説明をジオンにするのは憚れるので、脳内は疑問に溢れているが気にしないことにしよう。
「ライ!」
「わっ! リーノ!?」
「ライくん!」
「おはよー」
「ああーみんな起こしちゃった?」
そっと扉を閉めていると、隣の扉がガチャリと開き、皆が顔を見せた。
「昨日早く寝たしな! 起こされたっていうより、自然に起きたって感じだぜ!」
「ライくんいるから起きるー」
「そっか。みんなおはよう」
皆で階段を降りて作業場の椅子に座る。
朝ご飯をどうするか話していると、ピロンとメッセージが届いた音が聞こえた。
そういえば兄ちゃんにログインしたら連絡するよう言われてたなと思い出しながら、ウィンドウを開く。
『TO:ライ FROM:カヴォロ
おはよう 今どこにいる?』
『TO:カヴォロ FROM:ライ
トーラス街の家にいるよ カヴォロはどこにいる?
朝ご飯買いに行きたいんだけど』
カヴォロに返事をして、それから兄ちゃんにもログインしたことを送信しておく。
朝ご飯の問題は解決できそうだ。
『TO:ライ FROM:カヴォロ
俺もトーラス街にいる 今から家に行っていいか?』
「え!?」
「どうしたのー?」
「カヴォロがくるって! 家に!」
「おー! 美味い朝飯が食えるな!」
『TO:カヴォロ FROM:ライ
いいよ! 迎えに行く!?』
『TO:ライ FROM:カヴォロ
この前大体の位置は教えて貰ったし住居IDだけ教えてくれたら大丈夫だ
今から行く』
早速住居IDを返信して、そわそわと窓の外を見ていると、兄ちゃんから返事がきた。
『TO:ライ FROM:レン
今から家行っていい? 朝陽とロゼと空も一緒なんだけど』
千客万来だ。この作業場には6脚しか椅子がないので全員座ることはできない。
それに、作業場というだけあって、鍛冶、細工、鋳造の道具が置いてあり、作業机も並んでいる。
そんな人数で集まったらみちみちになりそうだ。中央の大きな机を一旦片づけたら大丈夫かな。
『TO:レン FROM:ライ
いいけど、椅子がない!』
「お、弟君! 近くで見ていい!?」
「もちろん」
作業道具にそわそわとしながら視線を向ける空さんの言葉に頷く。
ちらりとジオン達に視線を向けると、笑顔で頷いてそれぞれの作業道具が置いてある場所へ案内してくれた。
「ごめんね、全員で押し掛けちゃって。それに朝ご飯まで」
「大丈夫だよ。みんなが来てくれて嬉しいよ」
「構わない。アイテムボックスに料理はたくさん入ってる」
空さんが持ってきてくれた椅子に座りながら、カヴォロが作った朝ご飯を食べる。
残念ながら今回もお金を受け取ってくれなかったので、つい先日作業場でだらだらしてた時に作った《冷蔵鞄》を押し付けたら、少しだけ言い争いが起きた。最終的には兄ちゃん達が来たことで有耶無耶にすることができたけれど。
「それで……みんなどうしたの?」
「恐らく、俺とレン達の内容は一緒だろう。生産の話だ」
「あぁ、鍛冶の話? 兄ちゃんとも新しい武器が欲しい人がいるだろうって話はしたよ」
「それもなんだが……銀を喰らう者に向けて、料理人連中で強化料理を大量に用意することになった。
亜空間の中でも生産する予定だ。作り方はこの後料理人連中に伝える事になっている」
「え! 良いの!?」
「構わない。どうせ時間が経てば皆作れるようになる」
クラーケンとの戦いに、強化料理でステータスを強化して挑めるのは凄く助かる。
効果時間があるとは言え、ステータスの底上げが出来るのだから、そのまま戦闘力に繋がる。
「強化料理を作るのはそう難しくはない。一番分かりやすいのはピザだな。
生地は製パンスキルだけでも作れるが、製パンと発酵スキルで作った生地に、調合スキルで作った調味料を使い、発酵スキルで作ったチーズを使う。
そして最後に料理スキルで完成させると強化料理になる」
「つまり、色んな料理系スキルを組み合わせて作ったら強化料理が出来るってこと?」
「そうだ。だが、それぞれのスキルレベルもある程度高くなければ作れない。それに調理道具の品質も必要だ。
恐らくトマトなんかの材料の品質も良いほうが良いんだろうが……街で売っている野菜はほぼ一律だからな」
時間が経てば作れると言うのは単純に、皆のレベルが上がって、他の料理系スキルを取得するからだろう。
生産職の人達はあまり狩りをしないという話だったし、カヴォロはこの街にきていることからも他の生産職の人達よりレベルが高い。
「材料の品質、それからスキルレベルを補うためにも、ライの作った魔道具が必要だ」
「うん、いいよ。カヴォロのやつと同じのを作ったらいいの?」
とは言え、カヴォロのコンロはエルムさんが作った魔道具だ。
同じ性能を俺が作れるだろうか……使用条件がカヴォロのレベルに合わせたものだから、俺でも作れるかも……いや、エルムさんはあの時、☆5の《黒炎鉄》をそのまま使っていたから俺には無理かも。
「それはやめてやってくれ。値段が高過ぎる」
「うん。俺も同じのは無理かもって思ってたところだよ」
「オークションで売ってた簡易コンロより少し性能が高いものは作れるか?
装備条件は料理スキル10のものを」
「うん、大丈夫だと思う。冷気包丁も用意したほうが良いの?」
「……出来れば用意してもらいたかったが……武器も必要だからな」
包丁か武器かとなると、優先順位は武器が上なのだろう。
「コンロなら空さんも作れるよね。元になる生産品も作れるし」
「弟君の作る魔道具の性能は作れない」
いつの間にやらロゼさんの隣に座っていた空さんが口を開く。
作業場見学は終わったようだ。
「魔石が違うだけだよ。用意しようか?」
「……《黒炎魔石》に合わせた魔法陣を考える時間がない。
それに、スキルレベルが足りない」
「……なるほど」
確かに俺も魔法鉱石や魔法宝石で無理矢理使えるようにしているだけだ。
それにはリーノの細工の力が必要になる。
「元になる生産品はどうしようかな……」
「アタシ達が作るよー」
「ありがとう。魔法陣部分をお願いね。土台は、んー……」
魔法陣部分にはシアとレヴに鋳造品を作ってもらおうと思っていたけど、全てを鉄で作ると熱くなり過ぎる……と、エルムさんも言っていた。
魔石が2つ使えるレベルだったら出来そうだけれど。
魔法宝石と魔法鉱石でなんとかできるだろうかと頭を悩ませる。
「弟君、大丈夫。私が持ってる」
「本当? 売ってもらえるかな?」
こくりと頷いてくれた空さんにお礼を告げる。
1日でどれくらい作れるだろうか。少ないよりは多めに売ってもらっておこう。
20個……いや50個くらい買っておこうかな?
「それじゃあ、50個……ある?」
「大丈夫。前より品質が上がって値段も上がってる」
「うん、大丈夫だよ」
「1個7,000CZ」
「……それ、買取価格だよね?」
「……じゃあ、3倍。21,000CZ。これ以上は上げない」
「ありがとう。えーと……105万CZか……さすがに今持ってないな……」
今の所持金は9,361CZだ。全然足りない。
銀行に行かなきゃな。
「今度で良い。今すぐお金必要ないから」
「そう? それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
忘れないようにしないと。
空さんとの取引ウィンドウが開いて、《木の板》が50個並べられる。
申し訳なさを感じつつ、そのまま取引ボタンを押した。
「ありがとう、空さん。ちゃんとお金渡すからね」
「心配してない」
よし、これで後は作業場でたくさんコンロを作るだけだ。
「ライ。それと、石窯を完成させてくれないか」
「うん。すぐに出来るよ。貸して?」
カヴォロがアイテムボックスから先日ガヴィンさんが作っていた石窯を取り出す。
魔法陣はもう中においてあるし、後はリーノに細工してもらって、魔法陣を完成させるだけだ。
「リーノ」
「おう! 用意してるぜ!」
そう言って、リーノは作業台から例のキャベツモチーフの鉄細工を持ってくると、最後の仕上げに石窯へとそれを細工していく。
石窯や炉などの石工品には細工スキルを使った装飾よりも、石工職人が装飾することが多いらしい。
細工をしたら駄目というわけではなく、一番良いのは石工職人と細工師が一緒に装飾することなのだそうだ。
一旦鑑定して数値を確認しておく。まだ魔道具として完成していないので、リーノの細工による数値と中にある鉄板の付与数値のみが表示されている。
黒炎属性が+10、耐火が+8。それから、今回であれば調理に変換されるのであろう『細工数値+5』という数値が表示されている。
ちなみに、例えば、黒炎属性と炎属性の魔石を使用して作られた2つの魔道具で、調理等の数値が全く一緒だった場合、黒炎属性で作られた魔道具のほうが性能が良く、その魔道具から作られる生産品も質が良いらしい。
目に見える数値以外にも何かしらの隠しステータスがあるのだろう。
それはともかく、後は魔道具として完成させるだけだ。
作業場に置いてある宝箱から、《黒炎魔石》を取り出して石窯の魔法陣を完成させる。
出来上がった石窯を鑑定して……思わず声が出そうになったが、口を噤む。
これはまたカヴォロと言い争いになりそうだ。
「できたよ。性能は……鑑定してみて」
「今はライの持ち物だろう」
「したした。俺もした。したよ……したんだけども」
『大焼石窯☆4 調理:34
使用条件
料理スキルまたは製パンスキルLv15
DEX18
効果付与
黒炎属性+10
耐火+8』
「……あんた……またユニーク……」
「ガヴィンさんの腕のお陰だよね!
炉もユニークになってたし! 俺が作ったコンロとか宝箱は別にユニークではないし!」
「何故俺にユニーク品ばかり寄こしてくる!? 破産させる気か!?」
「そんなつもりは全くなく……良いものを作ろうとは思ってはいるけれど……」
「これっ……これ、いくらになるんだ……5倍……」
「それについては後で交渉したいことがあります。
今はその時間がないので、一旦お納めいただいて……」
「……値引きはしないぞ」
「違う! 違う! 正当な取引方法!
とにかく! ね!? 今は一旦!」
ぐっと口を閉じたカヴォロは、大きなため息を吐いて石窯をアイテムボックスへと入れてくれた。
それにしてもアイテムの所有権はどういうタイミングで移っているのだろう。
取引ウィンドウでの取引であればわかりやすいが、今のようにアイテムボックスから取り出して、俺とリーノが完成させている時は俺達に所有権が移っていて、今アイテムボックスに入れられたという事はすでにカヴォロに所有権が移っている。
「……色々と気になる単語は出てきたけれど……まぁ、料理部門は纏まったってことで良いかしら?
それじゃあ次は私達ね」