day56 侵攻の阻止⑤
浜辺からいくつもの矢が飛んでくる。
魔法や剣で直接切りつけてた時と比べると、やはり威力が足りないようだけど、ないより良いだろう。
鎖が壊れる度にMPが減る量が増えている。
兄ちゃんのMPは俺よりも多い。レベルが高いというのもあるし、そもそもMPが上がりやすい種族だ。
それに、微々たる差なのかもしれないけど、魔力回復が付与された装備もある。
そろそろ2人で捌き切れなくなってきた。
体もすごく重いし、拘束から逃れた触腕の数も増えている。
秋夜さんは普段の狩りでもこんな状態で戦っているのだろうか。
「ライ! きてるよ!」
「っわ……! ありがとう、兄ちゃん!」
疲れで思考力が落ちている気がする。重たい体に鞭を打って刀を振るう。
クールタイム回復まで、あと、7分。マナポーションを1つ飲む。
「秋夜さん!」
「……うん……起きてる」
秋夜さんの口数が少なくなってきた。
デスサイズで体を支え、俯いている秋夜さんの表情は見えない。
パキンパキンと音が鳴る。
ぐらりと体が地面へ吸い寄せられるように揺れる。
まだ倒れるわけにはいかない。あと少し。
全身に力を込め、なんとか顔を上げて、その先に見えた光景に目を見開く。
「兄ちゃん……!!!」
言うことを聞かない右腕を無理矢理動かして、兄ちゃんに迫る触腕へと刀を伸ばす。
「後は任せたよ、ライ」
触腕が兄ちゃんに届く瞬間、兄ちゃんは《初級エリアルマナポーション》を砕いた。
緑色の風があたりに広がると同時に、ぶわりと花びらが舞う。
「兄ちゃん!!!!!」
俺より先に兄ちゃんがいなくなるなんて思わなかった。兄ちゃんはずっと避け続けられるんだと思ってた。
俺と同じだけ体が動かなくなっているのだから、そんなわけないのに。
「……ライ君」
「……大丈夫! まだ、大丈夫!!」
マナポーションを飲む。あと、4分。
兄ちゃんがいなくなったからか、MPが減る速度が早くなったようだ。
「秋夜さん、MP足りてる!?」
「……ぎりぎり。回復する……」
ぐったりと腕を動かす。あの様子で飲めるのだろうか。
だからと言って、飲ませてあげる暇はない。触腕を最低限弾き返すので精一杯だ。
空さんに貰った《初級エリアルマナポーション》を取り出して、砕く。
「……あー……あのさぁ……あいつらさぁ」
「誰?」
「うちのクラメン……」
「うん」
「バカなんだよねぇ、あいつら……」
「うん!?」
マナポーションを飲む。飲めるマナポーションはあと1本。黒炎弾を使う分は残るはずだ。
「まー……バカなんだよ。本当」
「どうしたの!? 最後の言葉がそれは酷いと思うよ!?」
「だからさぁ……あんま、嫌わないでやって……バカだから」
相当弱っているようだ。
何が言いたいのかさっぱりわからない。
最後のマナポーションを飲む。
「秋夜さん、あとちょっと、踏ん張って!」
このまま座ったら、多分もう、立ち上がれないだろう。
刀で体を支えて立ったまま、片手の掌を下に向ける。
黒炎弾が鎮火するまで、この鎖が解けないように。黒炎弾を打ちながら、触腕から守れる自信はないけれど。
調整出来る程の気力もない。
「【黒炎弾】」
クラーケンの動きが激しくなる。
それと同時に、クラーケンの体に巻き付いている鎖が、呪縛から逃れていた触腕へと伸び、巻き込んでいく。
大きな金属音を立てて、全ての触腕が締め上げられた。
これなら、黒炎弾が終わるまで、守る必要はなさそうだ。
「起きてる?」
「……起きてる」
黒炎弾の炎が小さくなっていく。残り時間はあと13分。
まだ、鎖は消えてない。
「あと13分だよ」
「……長い」
「でも、なんとかなりそうじゃない?」
「なってくんないと……僕、疲れ損だから……」
「たしかに」
拘束が解けた後も頑張りたかったけど。
スキルが解除されたなら、俺の生命力は回復するかもしれないし。
「このスキル凄いね。1時間近く足止め出来てるよ。
鎖と秋夜さんに夢中で浜辺の人達も狙われなかったし」
「……自己犠牲、とか……キャラじゃないんだけどねぇ……」
「それは……うん、似合わないかも」
「は……言うねぇ……」
あと12分。あと少しで良い。1分でも30秒でも良い。
「……せっかく……作ってもらったけどさぁ……」
「うん」
「……壊れるかもしれないんだよねぇ……」
「スキルで?」
「……うん。確率、で。……まー、僕、運良いから……」
「なら大丈夫だね。壊れない壊れない。
でも、壊れたら、また作ってもらうよ」
「……お人好し」
パキリと音が鳴る。
俺達に向かってくる触腕を狙って、たくさんの矢が飛んできた。
きっと弓矢にも魔法と同じで多少の追尾機能はあるんだろうけど、激しく動き回る触腕を全員で狙って命中させられるなんて凄すぎる。
俺が動けなくても、みんなが守ってくれている。
あと11分。頽れるように座り込む。
「はー……実はこのイベント、踏んだの多分俺なんだよね」
「……だろうね……勘弁して……ほんと、きつい」
「ごめん。内緒にして。怒られたくないから」
「はいはい……」
「防衛できたらさ、次は討伐でしょう?
次はこの街にいなくても参加できるから、楽ができそうだよね」
「……だと、良いけど……」
「この後眠るの?」
「……多分」
「いつ起きるの?」
「さぁ……」
「そういえば、狩猟祭の時もステータス減ってたの?」
「……うん」
「死神ってイベント大変そうだね……」
「……任せて……休みながら……」
「あぁ、そっか。6人いたら休めるよね。
それに、装備が外れないなら、武器の攻撃力でもなんとかなるよね」
あと10分。次は何を話そう。
「俺ね、☆4以上の人型で、それもユニークじゃなきゃテイムできないんだよね」
「……うん」
「普通は人型のモンスターっていないんだって。
でも、稀に亜人が堕ちることがあるんだって」
「……うん」
「堕ちた元亜人ってめちゃくちゃ強いの。
ぶわーって一気に状態異常になってね」
「……ん」
「もう、即死だよ。テイム失敗して、死んで、失敗して死んで」
「……」
「レベル上がっても倒せる気がしないよ。
テイムできない相手なら俺は逃げるね」
「……」
「……秋夜さん」
バキンと、今までで一番大きな音が鳴り響いた。
からんと音を立てて、デスサイズが転がる。
デスサイズに手を伸ばして、柄を握ったその瞬間、ぐらりと体が揺れた。
最後に見たのは、始まりと同じ、真っ青な世界だった。
目を開くと、そこは噴水広場だった。
つまり、リスポーンしたということで、周りにはジオンとリーノ、そして、シアとレヴもいる。
体は動く。海の中で死んだみたいだ。どうやら、生命力が尽きて眠るということにはならかったようだ。
「ライさん! 大丈夫……じゃ、なかったんですよね、これは」
「どうなった!? 今、何時!?」
慌ててウィンドウを開く、時間は……『CoUTime/day56/22:51』。
「急いで向かおう!」
デスペナルティでステータスが半減してしまっている俺達が行っても何もできないかもしれないけど。
壁くらいにはなれるはずだ。
「ライくん、あっち」
「光ってる」
シアとレヴが指さす先へ顔を向ける。
俺達がついさっきまでいた方角の空に、大きな魔法陣が浮かんでいた。
魔法陣に描かれている内容はさっぱりわからないけれど。
「あれ……術式……? でも、まだ時間……」
「行きましょう!」
「うん!」
「待った!! ライ!」
「え?」
「こいつどうすんだ!?」
「え? ……え!?!?」
リーノの言葉に振り向けば、リーノの傍で横たわる秋夜さんを見つけた。
「秋夜さん! 秋夜さん!?」
つついても揺すっても反応はない。
強制的に眠らされると言っていたけれど、リスポーンしても眠り続けるのか。
「ど、どうしよう……置いていくわけにはいかないし……」
どれだけ眠り続けるのかわからないし、例え数分程度で起きるとしても地面に放置していくわけにはいかない。
とは言え、俺達が抱えて連れて行けば、秋夜さんのクラメンの人達に何を言われるかわからないし。
「えぇ……秋夜さぁん……起きてー」
返事はない。完全に寝ている。
小さくため息を吐いて、ジオンへ顔を向ける。
「ジオン、抱えられる?」
「ええ、まぁ……半減してはいますが、大丈夫かと」
「それじゃあ、よろしく」
「このまま、海に?」
「うん。海には秋夜さんの仲……」
『緊急依頼【大規模戦闘:侵攻の阻止】が達成されました。
これより、亜空間維持、及び、亜空間転移の術式準備を開始します。
展開時刻はこれより約20時間後。『CoUTime/day58/10:00 - RWTime/19:36』を予定しております。
詳細は冒険者ギルドでご確認ください。皆様のご協力お願い申し上げます。』
「……達成、できたみたい」
「終わったのか!? けど、まだ時間あったんだよな!?」
「そう、なんだけど……術式の準備が早くできたのかなぁ……」
こういうイベントで数分とは言え早く達成することがあるのだろうか。
「……けど、まぁ、達成できたんなら良いよね!」
「だな! お疲れ! いやーもう無理だと思ったぜ!」
「何度も挫けそうでしたが……ライさんとレンさん、それからこの方のお陰ですね」
「まだ全て終わったわけじゃねぇけど、まずは第一歩だな!」
「そうだね。それじゃあ……家に帰ろうか」
「この人はー?」
「海はー?」
「うちで寝かせておこう。海のほうはまだ色々忙しいかもしれないし」
起きて動けるようになったら自分で帰ってもらおう。
「そういえば兄ちゃんはどうなった?」
「レンさんは浜辺に戻ってきましたよ。
弓を使える方全員に触腕を狙うよう指示をしてました」
「そっかぁ……最後のほうのあれ、兄ちゃんに助けられてたんだね」
「皆、ライとそいつのこと、ずっと応援してたぜ。
何が起きてるのか全然わかんなかったんだけど、レンが教えてくれてな」
「それでね、最後、お婆ちゃんがきたよ」
「エルムさん?」
「そうだよー。危ないよーって言おうとしたら、いなくなっちゃった」
いなくなった……と、いうのは、多分エルムさんがいなくなったわけではなく、俺達がリスポーンしていなくなったということだろう。
あの場にエルムさんがきた? 様子を見に来たというわけではないだろうし……。
「もしかして、術式に関係してるのかな……?
空に浮かんでたの魔法陣だったし」
「亜空間技術は遥か遠い古の技術ですよね?」
「繋げる術式は今の人達でも使えるものなのかも」
例えばその古の技術の名残が魔道具、とか。
もしかしたら、エルムさんがこの街にきてくれたお陰で、数分早く術式が展開ができたのかもしれない。
たかが数分だけど、その数分が命運を握ったのは確かだ。
単なる予想ではあるけれど。
「ただいまー!」
「つっかれたー!」
ガチャリと扉を開けて家に入り、ほっと一息吐く。
「ジオン、秋夜さんは俺のベッドに寝かせておいてくれる?」
「はい、わかりました」
「ありがとう。
……お腹すいたな……」
この時間じゃレストランは空いていない。そもそも、この緊急事態で空いている店はないだろう。
アイテムボックスの中に食べ物は1つもない。
どうしたものかと悩んでいると、ドンドンと激しく扉がノックされる音が部屋に響いた。
恐る恐る扉を開けてみれば、勢いよく人が飛び込んでくる。
「ライ! 無事か!? 無事だな!?
君があの化け物の頭上で動けなくなっている姿を見て、私は……!!
いや、君達が無事なのは分かっていたんだが! 無事で良かった!」
「心配してくれてありがとう。エルムさんも無事で良かったよ」
エルムさんを招き入れて、作業場の椅子に座ってもらう。
「本当に、お疲れ様。君達のお陰で今がある。
あの人数で防衛だなんて、なんて無茶な事をさせるんだと……」
「あはは、本当にね。途中みんな心折れかけてたよ」
「この街の冒険者もそれから兵士達も、多少の負傷者は出たものの……皆、無事だ!
重体者は一人も出ていない! 君達が頑張ってくれたお陰だ。
この街を……守ってくれてありがとう」
「そっか……みんなが無事で、良かったよ。
そういえば、浜辺に来てたって聞いたけど」
「あぁ……術式の展開にな。もっと早く展開出来ていたらよかったんだが……」
「やっぱりエルムさんも手伝っていたんだね」
「あれは魔道具職人しか扱えない……いや、私達も扱えてはいないがね。
残された術式をなぞっているだけで、何も理解は出来ていないんだ」
それでも、エルムさんがいてくれたお陰であの数分が生まれたんだ。
10分くらいならなんとかなるかもなんて話してはいたが、あの巨体に浜辺に乗り込まれてはプレイヤーの皆も、堤防にいた冒険者達も、無事では済まなかっただろう。そして、すぐそばにあるギルドだって。
「そうだ! 夕食を持ってきているんだ!
君達がお腹を空かせていると思ってな!」
「わぁ! ありがとう! 夕食抜きになりそうだなって思ってたところなんだよ」