day56 侵攻の阻止③
燃え広がる黒炎を眺めながら、息を吐く。
ちらりと視線を動かせば、つい先日よりも少なくなった街の灯が見えた。
ふとステータス画面を開いて時間を見てみれば、現在の時刻は『CoUTime/day56/21:38』。
『大規模戦闘:侵攻の阻止』が開始したのは13時だった。
つまり、あと約1時間半だ。1時間半、阻止したら良いだけ。
「それが出来たら苦労してないぃぃいいい!!!」
やけくそ気味に目の前に迫ってきていた触腕を刀で斬り付ける。
浜辺はもうすぐそこだ。
距離が近付いたことで、戦線離脱してしまった魔法職のプレイヤー達が、浜辺から攻撃を仕掛けられていることがせめてもの助けだろうか。
「にいちゃーん……」
「うーん……」
さすがの兄ちゃんも苦笑いだ。
幸い、船からクラーケンの頭上へ飛び降りた俺やシア、レヴ、兄ちゃん、カヴォロ、秋夜さんは戦線離脱することなく、今もなお頭上へ留まることが出来ている。
それからジオンとリーノ、朝陽さん、ロゼさん、空さんも頭上へと辿り着いており、また、戦線離脱していない。
知り合いが全員この場にいることへの安心感はあるけれど、残り時間を達成できるかと言われると閉口せざるを得ない。
シアとレヴが頭上にきてから、頭上への攻撃が増えた。
さすがに全ての触腕が頭上へ集中するということはなかったけれど、秋夜さんと2人で頭上にいる時に比べると雲泥の差だ。
そのお陰と言っていいのかわからないけれど、頭へ近付く触腕に乗って、頭上へ辿り着くプレイヤーも増え、クラーケンの歩みを少しだけ遅らせることが出来ている。
「ねぇ、ライ君。クラーケンの体力って、減ってるの?」
「え? 減ってない……というか、HPバーがグレーアウトしてるけど……」
「僕、HPバーとか敵のステータス? そういうの見えないんだよねぇ」
「そんなことあるの!?」
「種族特性」
「うわー……見えないのは大変だね……鑑定した時はどうなの?」
「鑑定できない。覚えられないんだよねぇ」
「覚えられないの!? そういうのもあるんだ……」
俺が属性魔法を覚えられないように、そして、兄ちゃんが魔法以外の戦闘スキルを覚えられないように、☆4種族である秋夜さんにも覚えられれないスキルがあるのだろう。
あれ? 他にも何か言っていたような気がするけれど。
「ライ君はそういうのないの?」
「俺、黒炎属性以外の魔法覚えられないよ」
「ふぅん……お兄ちゃんは?」
「ん? 俺? どうして?」
秋夜さんは兄ちゃんと一切話さないなんてことはなく、多くはないものの普通に話している。
笑っているだけで気に入らないと言っていた覚えがあるけれど、普通に話すのかと少し驚いた。
普通……ちょっと棘はあるかもしれない。
「☆4種族でしょ? ハイエルフ」
「……」
兄ちゃんが怪訝そうに目を細めたのを見て、口を開く。
「秋夜さん、種族特性で種族がわかるんだって」
「へぇ……俺は魔法以外使えないよ」
「魔力銃って魔法なんだねぇ」
「そうみたいだね」
鑑定は出来ないけど、種族は分かるのか。
兄ちゃんと秋夜さんをぼんやり眺めながら考える。もちろん、攻撃の手は休めていない。
「ね、秋夜さん。種族が分かるって、どうわかるの?」
「鑑定と似たようなもんなんじゃないの」
「んー鑑定のレベルが上がったら俺にもわかるようになるのかな」
「さぁ。まー、見えるのは種族だけじゃないねぇ。弱点とかもわかるよ」
「クラーケンの弱点は?」
「一番は目。魔法よりは物理攻撃。属性は雷属性が若干効く。
状態異常は麻痺、毒が効く」
「結構詳しく分かるんだね。俺の鑑定レベルだともっと雑な感じでしか見えないからなぁ」
試しに鑑定してみると『物理:普通 魔法:普通 弱点属性:なし』と表示された。
「あれ? 物理も魔法も普通って出てるし、弱点属性なしって出てるけど」
「ふぅん。まー、微々たる差なんじゃないの」
「一番は目って言ったよね? 他にもあるの?」
「あるよ。頭は大体どこでも弱点みたいだねぇ。
特に目が通る。あとは……腕の先のほう?」
「先のほう……」
「まーみんなが弾き返してる部分は大体弱点」
つまり、全員がほぼ弱点を狙っているにも関わらず失敗目前ということだ。
圧倒的に人数が足りないのが今回の敗因だろう。
いや、まだ、負けてないけど。
「ライ、やばい! 浜辺が狙われ始めた!
俺、あっちに参加してくる!!」
「……うん! 気を付けてね、リーノ!」
浜辺にいるプレイヤー達を薙ぎ払うように触腕が振るわれている。
堤防にいるこの世界の冒険者の人達にはぎりぎり届いていないけれど、時間の問題だ。
「私も触腕のほうへ行ってきます。ライさん、また後程」
「うん、またあとで」
ジオンが触腕へと降り立つ間も、頭上への触腕攻撃が止むことはない。
襲い来る触腕を刀で弾き返しながら、攻撃を仕掛けていく。
リーノとジオンが浜辺の皆を守ってくれるだろう。
一人で全てのプレイヤー達を守るなんてことはどれだけの達人でも無理だけど、浜辺にいるのは最前線のプレイヤー達だ。全てから守る必要はない。
だけど、堤防にいるこの世界の冒険者達はどうだろうか。
彼らが戦闘している姿は見たことがない。この街にいた冒険者達なのだから、周囲のモンスターを倒すことが出来る人達だとは思うけど。
ここにいるプレイヤー達と同じだけの戦闘能力だと考えて良いのだろうか。
同じだとしても、リスポーンが出来る俺達とは死への恐怖が違う。
「だぁーーー! ねぇ! 秋夜さん!
なんか、ないの!? 凄い技!!」
「あるけど」
「……ん!? あるの!? なんで使わないの!?」
「使えないんだよねぇ。
前に言わなかったっけ? 強いデスサイズがないと種族スキルが1つ死ぬって」
「え? んん?」
カフェでそんな話……デスサイズしか使えないって言ってて、それで、デスサイズを作って欲しいって……。
「あーーー!!!!」
「うるさ。話してた内容思い出すだけでそんな驚くことある?」
「違う! 違くはないけど! デスサイズ!」
今秋夜さんが使っているデスサイズも、クラーケンの触腕をいともたやすくはじき返しているところを見るに、特別弱いわけじゃないはずだ。もちろん、秋夜さんのプレイヤースキルもあるだろうけれど。
強いデスサイズって言うのが、どういうものかわからない。品質? それとも攻撃力?
ジオンとリーノが作ったデスサイズだから強いことは間違いない。なんといってもユニーク武器だし。
このデスサイズで凄い技が使えるようになるだろうか。
慌ててアイテムボックスから《バースデイ・ジ・アビス》を取り出して、秋夜さんに見せる。
「……は?」
目をまん丸に見開いた秋夜さんは、デスサイズと俺を見比べて、ぱちりぱちりと瞬きをしている。
鳩が豆鉄砲を食ったようとはこういう表情を言うのだろう。
「つく……持ってきてくれたの? 君が? 僕に?」
こんな時まで、律儀に俺が作ったと言わないことに少し驚く。
じゃ、なくて。今はそんなことよりも。
「これ! ユニーク武器!」
「……は!? 本気で言ってる!?」
「鑑定……あ、出来ないのか。えっと……《バースデイ・ジ・アビス》って名前。
攻撃力が91。装備条件レベル45、STR36、INT9。それで効果付与が……」
「待って、大きな声で言わないで……まー今周りに君の知り合いしかいないから良いけどさぁ」
一度口を閉じて、小さく口を開く。
「黒炎属性が10……それから、混乱が3」
「は……? オークションで売ってたのとは、随分差があるようだけど?」
「それは……黒炎属性だからだけど……今はそんなことより!
凄い技! 使える!?」
「……見て良い?」
「今見てるじゃん! 鑑定できないんだよね!?」
「鑑定も売り物以外は聞かなきゃ見れないでしょ。
僕のも一緒で……いや、種族とかは見れるしこれが凄い武器だってのはわかるけど」
「よくわからないけど、うん。見ていいよ」
許可なく種族は見れるのに、デスサイズは見れないのか。
でも、凄い武器だってのはわかるって言ってたし、何を見る……何が見えるのだろう。
「うん……使える。このデスサイズなら使える」
「使って!」
「良いの? 僕に渡すの嫌なんじゃないの?」
「……良い!」
作ってもらうまでにもうじうじしていたし、出来たら出来たでうじうじしていたけど、会ったら渡すと決めていた。
忘れていたけれど。
「……お人好しだねぇ。いくら?」
「わかんない! 後で!」
エルムさんに教えてもらったから、なんとなくの買取額はわかるけど、そこから何倍で売るかをこんな状況でのんびり交渉している暇はない。
「……はは、本当、お人好し。
ありがと。使わせてもらうよ」
その言葉に俺が頷くと、秋夜さんはこれまでに使っていたデスサイズをアイテムボックスに入れて、俺の手からデスサイズを受け取った。
「初めて使うからどうなるかわかんないけど……まースキル説明見る限りは、多少足止めできると思う。
ライ君、黒炎弾いつ打てる?」
「えーと……大体10分後だね」
「んー……黒炎弾さぁ、もう少し威力落として、効果時間伸ばせない?」
「え? 試したことないけど……そんなこと出来るの?」
「βの頃は出来てたねぇ。まー僕はできなかったけど」
秋夜さんの視線が兄ちゃんに向けられたのを見て、なるほどと納得する。
「うーん……口で説明するの難しいな……あぁ、魔操と似てるね。
魔法弾が今もできるかは俺にはわからないな。魔力銃では出来ないよ」
「んん……なるほど?」
魔操は特に何も考えずにしてるからなんの参考にもならないけど、魔力の調整のようなものは、魔石に黒炎属性を封印する時に練習したから出来る、と、思う。
正式サービス開始後に出来なくなってるなら無理だけど。
「じゃーライ君が打ってから使うよ。
それと、お兄ちゃん。全員に伝えて欲しいことがあるんだけど」
「俺? 何?」
まさか秋夜さんに何かお願いされるとは思っていなかったのだろう。兄ちゃんが少し驚いた顔をして首を傾げた。
「ライ君以外全員浜辺に移動させて」
「理由を聞いても?」
「長ったらしく説明するつもりはないけど、常時MP使用して縛る? らしいよ。
で、発動中、周りのやつらの生命力とMPも吸収するっぽいんだよねぇ」
「え? スキル説明でそこまでわかるの?」
秋夜さんの言葉に思わず口を挟んでしまう。
俺のスキル説明はそこまで詳しく書かれていない。
例えば『融合』なら『熔解された金属を融合する』としか書かれていない不親切設計だ。
「わかんないの? ふぅん。ってことは種族特性かなぁ」
「種族特性って本当に色々あるんだねぇ」
「……周りの生命力? と、MPも同時に使えるってことかな?
それなら、他にも人がいたほうが良いんじゃない?」
自分のMPとそれから周りにいる人のMPを使用して縛る……捕まえるスキルってこと、かな。
MPが切れたら解けてしまうと考えて良さそうだ。
つまり俺は生贄ってことだろうか。いや、黒炎弾要員……なんにせよ生贄な気がする。
「そうだねぇ。まー使ったことないからよくわかんないけど。
けど、だめだった時、ガス欠ばっかじゃ使い物にならないでしょ。
それに、MPより生命力のほうがきつい」
「生命力……HPのことかな?」
「違う。詳しくはわかんないけど……元気かどうか? 暴れてる敵は生命力高いねぇ。
あと、恐らく疲労度とも関係あるかもしれない。
僕の今のステータス、元の1割しかないんだよねぇ」
聞けば、種族特性で戦闘が続けば続くほど生命力が減り、ステータスも減っていくらしい。
休めば戻るらしいけど……確かに疲労状態と似ている。
俺達の場合、20時間寝ていないと疲労状態になってステータスが3分の1になるけど、秋夜さんはそれ以外でも生命力が減り続け、疲労状態以上にステータスが減る。
「なるほど、わかった。でも、俺も残るよ。
どうせ俺の魔力銃じゃ碌に足止めできないしね。それに、MPも多い」
「そ。好きにしたら」
兄ちゃんが近くで戦うロゼさん達に視線を向ければ、ロゼさんと朝陽さん、空さんが頷いた。
「全員撤退ね。私達が伝えて回るわ」
「……弟君。これ」
かちゃりと音を立てて、3個の緑色の宝石を手渡される。
「これ……エリアルマナポーション?」
「そう。これだけしかないから、1人1個ずつ、使って」
「ありがとう!」
小さく頷いた空さんは、ふわりとクラーケンの頭上から降りて、浜辺へと向かって行った。
浜辺の人達にも説明してくれるようだ。
「カヴォロ、シアとレヴをよろしく」
「わかった」
「やだ。アタシもここにいたい」
「ボクも」
「ううん。毒は効くみたいだから、2人には浜辺で呪毒を使ってて欲しいんだ」
「……わかった。ライくん」
「負けないで」
「もちろんだよ!」
クールタイムの残りは5分。
頭上にいるプレイヤー達が朝陽さんとロゼさんに言われて降りて行くのを援護しながら、その時を待つ。
「使い物にならないスキルでも文句言わないでよ」
「言わないよ。このままじゃどうせ失敗だからね!」