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day56 侵攻の阻止②

「【黒炎弾】」


頭の上から頭を狙う……それはつまりすぐ傍に打つということで、俺の手から放たれた黒炎弾が俺のすぐ近くから燃え広がって行く。

燃え広がる最初の場所は、それ以外の場所と比べて熱が凄いことを知った。凄く熱い。そして、暑い。


辺りへと視線を向けて、現在の状況を把握していると、船が浜辺からこちらへ向かってきているのが見えた。

それ程にクラーケンと浜辺の距離が近くなっているということではあるけれど……。

夕方になり船の灯りが薄ら見えるようになったからここから確認できているだけで、多分昼なら見えないくらいの距離はまだ離れている……はずだ。


「船、戻ってきてるみたいだよ」

「そーだね。2隻落ちたし、3、40人? くらいは、戻ってくるかねぇ」

「クラーケンの上にいた人達も結構海に落ちちゃったしね」


やっと5時間だ。折り返し地点だけど、クラーケンが進んだ距離は全体の半分以上。3分の2には届いていないと願いたい。

頭の上に来ることが出来たプレイヤーと触腕の根本から頭を攻撃するプレイヤーが増えたことで、俺達がここに辿り着いた3時間前と比べると、多少歩みを遅くできている。

とは言え、戦線離脱するプレイヤーも増えてきているし、このペースを維持することは出来ない。

そもそも現状のペースを維持できたとしても、残り5時間海上に留まらせることは無理だろう。


諦めているわけではないけれど、少しずつみんなの士気が落ちてきていることが分かる。

俺自身、失敗の二文字しか頭に浮かんでいない。


ぐっと柄を握り締めて、足元を払うように頭を斬り付ける。

頭の上から頭を狙うには、足元を狙うしかない。触腕の根本から狙ったほうが狙いやすいけれど、足場が悪い。

事実、根本から頭を狙っていたプレイヤーが海へ落ちてしまう姿を何度も見かけた。


「……ライ君、あれ」

「なに?」


くいと顎で示された方角へ視線を向ける。


「あ……俺達が乗ってた船……!」


3隻へと減ったことで1隻ずつ狙う事にしたのか、俺達が乗って来た船……今はカヴォロと兄ちゃん、それからリーノ達が乗っているであろう船に、クラーケンの触腕が次々と狙いを定めて襲い掛かっている様子が見えた。

今はなんとか避け続けられているようだけれど、この猛攻が続けばいずれ……。


「た、助けに行かなきゃ!」

「行って……あー……いや、やっぱだめ。今、一番こいつの動き止められてるの、ライ君だから。

 今でこそ無理だってなってんのに、ライ君が一緒に巻き込まれでもしたら絶望的になる」

「でも……戦力がなくなるのは、困るよ!」

「そうなんだけどさぁ……あー……」


秋夜さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、何かを考えこんだ後、小さく舌打ちをした。


「行くよ。他のやつらはどーでもいいけど、ライ君と……お兄ちゃんがいなくなるのは困るからねぇ」

「うん!」


俺と秋夜さんは、迫ってきている触腕をそれぞれの武器で弾いて、クラーケンの頭の上から飛び降りた。

プレイヤーの邪魔にならないよう、触腕から触腕へ飛び移りながら逆走して、リーノ達の船へ伸びる触腕へどんどん攻撃を仕掛けていく。


「ライ君、右狙って」

「わかった!」


真っ二つに斬ることが出来たら良いけれど、弾き返すか軌道を変えることしか出来ないのがもどかしい。

根元から走る俺達と船へ伸びる触腕の先までは距離があるので、軌道を変えた程度では船への攻撃を防ぐことは出来ていない。

多少は攻撃を鈍らせることは出来ているようだから、カヴォロの操縦技術とリーノ達を信じて、辿り着くまで耐えてと願いながら走る。


「リーノ!!!」 


船に巻き付こうと蠢く触腕の先を刀で弾きながら、飛び込むように降り立てば、船体がぐらりと揺れた。

弾き返された触腕が今度は叩き付ける様に狙ってきたのを、リーノが盾で押し返す。


「助かったぜライ。正直、限界だった」

「ライが無事で良かったよ。戻ってこさせて悪いね」

「ううん、気にしないで。リーノと兄ちゃんも無事で良かった」


頭の上にいたから船の様子に気付けたけど、胴体で隠れる場所にいたら秋夜さんも気付けていなかっただろう。

プレイヤーは死なないとは言え、海に引き摺り込まれていく様や触腕によってエフェクトと共に消えて行く様は見ていて気分の良いものではない。


「君達も上に来たほうが良いねぇ。船捨てて」

「あぁ……あんた、ラセットブラウンの……」

「秋夜。君はカヴォロ君だよねぇ」


カヴォロはクラーケンに視線を向けて、一瞬何かを考えた後、秋夜さんへ視線を戻した。


「あんた達、また頭の上に戻れるのか?」

「さぁ、運が良ければ乗れるんじゃない?

 まー仕方ないよねぇ。ライ君が行くって聞かなさそうだったし」

「……俺の操縦技術がもっと高ければ良かったんだが……」

「充分でしょ。君が一番上手だったと思うけど。この船から脱落者出てないし」


秋夜さんの言葉に船に乗るプレイヤーを確認すれば、疲弊はしているものの、出発した時と変わらないメンバーが全員揃っていた。

カヴォロの操縦技術だけで乗り切ったというわけでは決してないだろうけれど、それでも、一番の功労者は操縦していたカヴォロだろう。


「まー無駄話は良いからさぁ。早く。

 前線で戦うのには向いてないだろうけど、船と一緒に全滅するより、ましでしょ」

「少し待ってくれ」


そう言って辺りを見渡し始めたカヴォロの姿に、俺達は首を傾ける。


「何? 早く」

「……船を捨てればどうせ船は大破する。それなら、船で突っ込んだほうがダメージを与えられる」

「はぁ? 僕達を乗せたまま?」

「船が大破する前に飛び移ったら良い。ここにいるプレイヤー達なら、大丈夫だろう」

「簡単に言ってくれるよねぇ」

「え、俺無理……」


俺の言葉を聞いているのかいないのか、船体に向かってくる触腕を避けながらクラーケンから距離を取り始めたカヴォロを見て、どう足掻いても決行のようだと悟る。


「船のエンジン……魔道具は風属性に特化したもの……だそうだ。説明を聞いてもさっぱり分からなかったが。

 それで、この船だけ……あー……腕利きの魔道具職人が、改変したらしい」


そう言って、俺に視線を向けたカヴォロに、エルムさんのことかと思い至る。


「あ、そうなんだ、知らなかったよ。どう改変してあるの?」

「上手い事動かせたら、飛べるそうだ」

「飛ぶの!?」

「高出力……集中? 瞬発? ……魔力、噴射?

 ……忘れたが、ジェット噴射のようなものだと思う。

 噴射時間が短い上に、一度使えば魔道具が壊れると言っていた」

「んー……それで、乗り上げるってこと?」


兄ちゃんの言葉に、カヴォロが頷く。

船で山登りをするような感じだろうか。


「今なら、クラーケンの上にいるプレイヤーも少なくなっているし、プレイヤーを巻き込まない場所もある。

 上手くいけば頭の上に飛び乗ることも出来るかもしれない」

「ふぅん……」


秋夜さんが目を細め、何かを考えながらカヴォロをまじまじと見つめた。

視線に気づいたカヴォロは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたが、何を言うでもなく操縦を続ける。


「まー、いっか。じゃ、よろしく」

「……あぁ、振り落とされるなよ」


そう言って、スピードを上げた船が、荒れ狂う海をクラーケンへ向かって進み始めた。

ぐらぐらがたがたと揺れる船体から落ちないように、船にしがみ付いて耐える。


「後ろに行け!」


カヴォロの言葉に頷いたプレイヤー達が船尾へと走ると、当然船体は傾いていく。

上に向いた船首を確認したカヴォロが振り返り、口を開いた。


「落ちるなよ」


そう言い終わるや否や、後ろに強く引っ張られているかのような衝撃が全身を襲った。

弾かれるように後ろへと動く体を船縁にしがみ付いてなんとか堪えていれば、やがて衝撃は薄くなり、代わりに内臓が浮くような感覚が襲う。


「と、飛んでる!!」

「届きそうにないな……ぶつかる前に飛び降りろ!」


船首の先には壁のようにクラーケンの頭が広がっている。頭上までの距離は5メートルくらい、あるだろうか。

プレイヤー達が次々と船首から触腕の根本へ飛び移って行く中、リーノが俺に顔を向けた。


「ライ! ジオンとやってたあれ、試そうぜ!」

「ん? あ、あぁ! あれね!」


腕に装備している盾を上に向けて、指差しているリーノの姿に納得して頷く。

にかりと笑ったリーノは、船首へ向かって走り出した。


「おっしゃ! こい!」


船首で盾を構えたリーノに向かって、走る。


「ホップ! ステップ! ジャーンプ!!」


飛び上がった体はクラーケンの頭へぶつかることなく、頭へと着地することに成功した。

慌てて船へ視線を向ければ、リーノと兄ちゃんが話している姿が見える。


「兄ちゃーん! 早く!」


ひらひらと俺に手を振った兄ちゃんは、俺と同じようにリーノに協力してもらって頭上へと降り立った。

さすが兄ちゃんだ。


「リーノ! シアとレヴをよろしくね!」

「おー! 了解!」


リーノがシアとレヴを両脇に抱えようとしたところで、秋夜さんがリーノに何かを耳打ちする姿が見えた。

とっくに飛び降りていると思っていたけれど、まだ船に残っていたのかと頭を傾ける。


リーノは秋夜さんの顔を見て、それからカヴォロに視線を向けて、少し思案をした後に頷いた。


「悪いライ! シアとレヴ、よろしく!」

「へ!?」


リーノはシアを、秋夜さんはレヴを抱えて、高い高いをするかのようにひょいと俺達目掛けて投げた。


「ちょ!? うっそでしょ!?」

「はは、無茶するなぁ。俺、レヴを受け止めるよ」


慌ててシアとレヴを受け止めて、頭上へ降ろし、船へ視線を向ける。

船首はもうすぐ傍まで近付いてきている。


「リーノ! カヴォロ! 秋夜さん! 早く!!」

「……カヴォロ!!!」


珍しく焦った様子の兄ちゃんがカヴォロに向かって叫ぶ姿に、嫌な予感が頭を過る。

飛んでいる間も操縦を続けているところを見るに、今も尚あの船を操縦し続けているのであろうことが分かる。


「カヴォロ!!」

「あんた達も、さっさと飛び降りろ!」


未だ船に残るリーノと秋夜さんに、カヴォロが声を上げる。

船首とクラーケンとの距離はもう目と鼻の先だ。

届かないとわかっていても、カヴォロに向けて手を伸ばす。


「カヴォロ!!! リーノ!!!!」


カヴォロは、クラーケンに衝突する瞬間まで操縦を続けるつもりだと分かる。

それはつまり、大破する船と共に戦線離脱することとなる。


「何やってんだあんた達! さっさと飛び降りろ! 巻き込まれるぞ!!」


リーノと秋夜さんは叫ぶように告げられたその言葉に反応することなく、真っ直ぐと目前に迫るクラーケンの壁を睨み付けている。


当たる――と、思ったその瞬間、秋夜さんが走り始めた。

その姿を確認したリーノが、俺や兄ちゃんにしたように盾を構える。


「君も戦えよ」


秋夜さんはカヴォロの傍を走り抜けるその瞬間、流れるようにカヴォロを担ぎ上げ、リーノの盾へと飛び乗った。

2人分の重みを弾き返すリーノが声を張り上げる。


「っ飛べぇええええ!!」

「リーノ!!」


秋夜さんが飛び上がると同時に、派手な音と共に爆風が巻き起こる。

どれだけのダメージを与えられたのかはわからないけれど、相当なダメージだったのだろう。

暴れ始めたクラーケンの頭上に刀を突き刺して体を支えながら、崩れ落ちる船へ視線を落とす。

船に乗っていた他のプレイヤー達、それから、元々クラーケンの上にいたプレイヤー達は大丈夫そうだ。


「リーノ……!」


巻き上がる粉塵の中からリーノの姿を探す。

カヴォロが助かったのは良かったけど、だからといってリーノがいなくなってしまうのは嫌だ。

プレイヤーとテイムモンスターの戦力差を考えると、優先すべきはプレイヤーなのかもしれない。

リーノのステータスは高いのでそれに当て嵌まらないけれど、秋夜さんはリーノのレベルもステータスも知らない。


2人が話している姿を思い出す。

リーノは自分が逃げられない事を選んだのだろうか。秋夜さんはそれを選ばせたのだろうか。


奥歯を噛み締めながら、晴れつつある粉塵の先からリーノの姿を探す。


「……あっぶねー! ぎりぎり!!」

「リーノ!」

「おー! ライ! 無事無事! 頭の上には行けなかったけど、俺も向かう!」


大破した船が崩れ落ちていた場所から少し離れた場所に、リーノの姿を見つけてほっと息を吐く。

安堵から力が抜けた体を刀で支えつつ、リーノの様子を伺う。

巻き込まれながらの脱出だった為、さすがに無傷ではないようだけど、無事ならそれで良い。


「ポーション渡しておくね! 気を付けて!」

「おう、ありがと!」


頭上から触腕の根本にいるリーノへとポーションをいくつか落とす。

受け取ったリーノは早速回復して、暴れ回る触腕を盾で弾き返しながら頭上への道を探し始めた。


「はー……良かった。

 あの、さ……秋夜さん。リーノのこと……見捨てる、つもりだった?」

「僕が付いて行って、誰か落ちるとかないから。

 まー、君のテイムモンスターだから大丈夫だったってのはあるけど」

「そ……そっかぁ~」


素直に凄いなって感心する。

俺はあの時、大破する船から自分が脱出できるかという不安だけだったけれど、秋夜さんはカヴォロの話を聞いて、その後の事も考えていたのだろう。

一言多いし、気に入らないと本人に言っちゃうような人ではあるけど、頼りにはなる……のかも、しれない。


「……秋夜さんこの後もよろしく!」

「何、急に……気持ち悪い」

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