day56 侵攻の阻止①
多少滑るけれど、塩水のお陰なのかそれとも元々クラーケンにぬめりが少ないのか。
よくわからないけど、フォレストスラグとは比べ物にならないくらい足場は安定している。激しく動き回っていること以外は。
船から飛んでくる魔法弾で俺達プレイヤーのダメージが減ることはないけど、衝撃はある……はずだ。
これまでに避けるどころか当たりそうになったことすらないのでわからない。さすが最前線プレイヤーだ。
「ライさん、無事のようで良かったです」
触腕から触腕へ飛び移っては体中を走り回り攻撃を仕掛けていた為、ジオンや朝陽さん達とは早々にはぐれてしまっていた。
飛び移った先で俺の姿を見つけたジオンは安堵の表情で笑う。
「自分の体となると思うように攻撃できないみたいだからね。
俺達より、船の人達のほうが大変そう」
「異世界の旅人の方々は、操縦の技術も高いのですね。
今のところは被害は出ていないようです。
それに、あちらにはリーノがいるから大丈夫かと」
ジオンと視線を向けた先、俺にはよく見えないけど、リーノも頑張っているようだ。
他の船も今の所被害は受けていない。
開戦から2時間程経っただろうか。
船から魔法で、そして俺達が体の上から攻撃を仕掛け、多少の足止めをすることは叶っているもののじわりじわりと浜辺へ進み続けているクラーケンに焦りが出てきている。
「朝陽さんが探していましたよ。
ライさんを探すためにあちこち飛び回っていたようですが……」
「そうなの? 途中一回見かけた気がするけど……俺も結構あちこち飛び回ってたからなぁ」
「ライさんに言伝を預かってきました。
黒炎弾を使って欲しいとのことです」
黒炎弾は他の魔法弾のように一か所に当たって攻撃を与えるわけではなく、一か所に当たった後に体中に広がって攻撃を与えるので、他のプレイヤー達の迷惑になりそうで使えていない。
それと、びっくりするくらい暴れ回るということも原因の一つだ。
「大丈夫かな?」
「朝陽さんが飛び回っている間に、他のプレイヤーに備えておくよう伝えて回ったそうです」
「いつくるかわからないものに備えられるなんてすごいね」
兄ちゃんの回復弾に毎回驚いていた俺とは大違いだ。
周りのプレイヤー達を見渡して、大丈夫だろうかと確認していると、俺の視線に気づいたプレイヤーが、船へ向かおうとする触腕を斬り付けながら小さく頷いた。
「【黒炎弾】」
狙うのは後頭部。本当は目を狙った方が良かったのかもしれないけれど、現在の位置からでは狙うことはできない。
どの道全身に広がっていくので関係ないだろう。
最初に当たった場所が弱点であれば、その分ダメージが上がるようだと兄ちゃんは言っていたけど、試したことはない。
クラーケンの体を包む黒炎は当然、俺の足元にも広がる。
ダメージもなく、焼けるような感覚もないけど、手元で黒炎弾が展開する以上の熱風が俺の体を包んだ。
「これくらいなら……いや、熱っ!!」
「ライさん、振り落とされないように気を付けてください!」
燃え上がると同時にクラーケンが暴れ始める。
何かを狙うでもなく、がむしゃらに振り回されているだけの触腕はどこに飛んでくるのか分からず、避けることに集中していなければうっかり海へ叩き落されてしまうだろう。
触腕だけでなく体全てを使って藻掻くように暴れているので猶更だ。
「うわぁ!? っと……あー良かった。またね、ジオン!」
がむしゃらに振り回される触腕の1本へなんとか飛び移って、ジオンに手を振る。
根元の方、いや、頭まで行けば振り落とされる可能性は低いだろう。
迫りくる触腕を避けて、飛び移って、時に振り落とされそうになりながら中心部を目指して進んで行く。
これまでも中心を目指して進みながら攻撃を仕掛けていたものの、常にぐにゃりぐにゃりと動いてはあちこちへ物凄い速さで伸ばされる触腕に阻まれ、思うように中心へ辿り着くことは出来ていなかった。
「よっと……。ふぅ……到着!」
乗っていた触腕が運良く頭付近まで移動してくれたお陰で頭上へ飛び乗ることができた。
三角の頭が上に伸びた姿であれば頭上に乗るのは難しかっただろうけど、大きなこぶのような頭が胴体部分から後ろへと続くタコのような姿の為、乗ることが叶う。
クラーケンがイカなのかタコなのかは……描かれる作品によるのだろうか。
この世界のクラーケンは真っ白で、足は8本より多い。10本よりも多いけれど。
未も尚暴れ回っているクラーケンの動きは激しいけど、ここでなら多少よろけた程度では海に落ちることはないだろう。
「邪魔だよ、ライ君。どいて、踏むよ?」
「へ?」
声がした方を見上げれば、俺と同じく触腕から頭上へと飛び降りてくるプレイヤーの姿が見えた。
慌てて着地点から体を動かせば、ついでとばかりにクラーケンの頭とこれまで自身が乗っていた触腕をその手に持った武器で纏めて薙ぎ払いながら、軽やかにその人物は降り立った。
「うわ。あず……秋夜さん」
「随分なご挨拶だねぇ。10日ぶりくらいだっけ?」
「多分。カフェに行った時以来だから」
つい先日、海にいる姿を見かけたことはわざわざ言及する必要はないだろう。
「あれ? あいつらまだあんなとこにいる。まー、良いか」
暴れ回る触腕が迫りくるのを物ともせずに、その手に持つ大きなデスサイズで払いながら、離れた場所にいるのであろうクランメンバーを眺める姿は、悔しいけれど俺よりも戦闘技術が上だと思い知らされる。
参加している全てのプレイヤーに負けているとは思わないけど、狩りをメインにしていない俺とそれをメインにしている人とではどうしたって差が出る。
「次、いつ打つの?」
「えっと……30分後かな」
「ふーん。MPの回復に30分必要なの?」
「クールタイムが30分だよ」
自然回復でMPが回復するのを待てば2時間以上かかるけど、今持っている《初級マナポーション》、《中級マナポーション》、《初級ハイマナポーション》の3種類を2回飲めば、黒炎弾分のMPは回復できる。
「へー不便だねぇ」
「連発できても面白くないからね。まぁ、今回は連発出来たほうが良かったのかもしれないけど」
「そうだねぇ。このままだと確実に失敗だし」
それは、事実だ。
現在のクラーケンの位置は、2時間程しか経っていないのに開始時の場所から浜辺まで3分の1以上進んでしまっている。
俺がクラーケンの上に乗った後、クールタイムが回復する度に黒炎弾を使っていたとしても結果に大差はなかっただろうけれど。
「やっぱり、人数が少ないのが原因かな」
「そうだねぇ。まー多過ぎても纏まりなくなりそうだけど」
触腕に攻撃するよりも頭を攻撃した方がクラーケンの激しさが増すようだ。
それはつまり、それだけ足止めが出来るということで、ここに来たのは大正解だったみたいだ。
暴れ回るせいでここに辿り着くことはなかなか難しいけれど。
「人数がいないことを今更言ったって仕方ないよねぇ。
全員が頭を攻撃できたら違うかもだけど。まーそれでも厳しいかな」
「倒したいんだけどなぁ」
「それは僕もそうだけどさぁ。ライ君ってそんな好戦的なキャラだっけ?」
「いや、倒してって言われたから」
「ふーん。じゃ、乗り越えなきゃねぇ」
思っていた反応と違って戸惑う。
他人事ではあるのだろうけれど、それでも乗り越えられるように頑張れと応援されているようにも思う。
「秋夜さんはどうして参加したの?」
「面白そうだったから? イベントなんだから参加するでしょ」
「秋夜さんってみんなで協力して倒すとか、そういうの嫌いなのかなって」
「別に嫌いじゃないけどねぇ。まー常に仲良しこよしみたいなのは無理だけど。
強いて言うならドロップアイテム狙いかなぁ」
「面白そうってのは、強い敵と戦いたいとかそういうの?」
「そーゆーのは、ライ君のお兄ちゃんでしょ。僕はそうでもないよ。
新しい敵には興味あるけど、弱いなら弱いで楽でいいよねぇ」
強い人って強い敵と戦いたいって人が多いのかと思ってたけど、そうじゃない人もいるのか。
まぁ、それは人それぞれか。
「まーでも、強い敵を倒したって知らしめるのは気分良いよねぇ」
「秋夜さんは余計な一言が多いと思う」
「言うねぇ。……あ」
「? どうしたの?」
秋夜さんの視線を追えば、プレイヤーの一人が触腕に締め上げられ、海に引き摺り込まれていく姿が見えた。
「あれ、うちのクラメン。一番最初に海に落ちたのがうちのやつなんて恥ずかしいねぇ」
「2時間以上誰一人として海に落ちてない事が信じられないけどね。
俺、結構落ちそうになったし。でも、一番最初は俺だよ」
「落ちた? ならなんでここにいるわけ?」
「クラーケンが出てきてすぐの話だからね」
「ふーん?」
クラーケンの頭上に2人でいて会話もなく攻撃をし続けるのも気まずいし……というのは建前で、単純に俺が話しながら狩りをするのが好きなだけだ。
そもそも、2人で話す分には比較的話しやすい相手ではある。最初の出会いが出会いだったからか、俺もあまり気を使わずに話せているし。
気に入らないと言っていた割に何を言っても何を聞いても気分を害している様子はないし、何か文句を言ってくるわけでもない。
俺に関心がないのかなとも思うけど、気に入らないと言っていたってことは関心がないわけではないのだろう。
余計な一言が多いせいで嫌な気分になることはあるけど。
「あーあ。あいつ上がってこないねぇ」
「割とすぐ意識なくなるよ」
「へぇ? どんな感じ? 苦しいの?」
「息は出来ないんだけど、息苦しさはなかったよ。
息苦しくなる代わりに意識が薄くなるって感じ」
「ふーん。まー僕はあんな醜態晒す気ないけどねぇ」
秋夜さんは話しながら攻撃して、その上でちらりちらりと視線をあちこちに飛ばしている。
器用な人だなと思う。全員の動きを確認しているのだろうか。
全員でなくとも、ここにきてすぐの発言と引き摺り込まれてしまったプレイヤーにすぐ気づいたところを見るに、クランメンバーのことは見ているのだろう。
「クランの人達、みんな参加してるの?」
「全員じゃないねぇ。まだトーラス街に着いてないやつもいるし」
「みんなで移動したりしないの?」
「まさか。僕は一人できたよ。他のやつらは知らないけど」
基本的にはソロで楽しみたい人なんだろう。前にもそう言ってたし。
だからと言って、人と関わるのが嫌いというわけでもなさそうだ。
「ライ君、危ないよ」
そう言いながら、俺の後ろから迫ってきていたらしい触腕目掛けてデスサイズを投げる。
咄嗟に振り向いて確認すれば、触腕に当たったデスサイズがくるくると回転しながら、ブーメランのように戻って来た。
一瞬怯んだ触腕目掛けて刀を薙ぎ払い、弾き返す。
「そんな使い方もできるんだ?」
「これ投擲スキル。滅多にしないけど」
「……なくならなくてよかったよ……ありがとう。
戻ってくるのは投擲スキルの効果なの?」
「投げ方にコツがある感じかなぁ。まーデスサイズだからじゃない?」
形の問題なのだろうか。刀では……無理かな? どうだろう。
出来たとしても、ジオンとリーノが作ってくれた刀がなくなってしまうのは嫌なので、投げるのはやめておこう。
「あれ? なんか忘れてるような……」
「ライ君って結構忘れっぽそうではあるけどねぇ」
「それは、まぁ……そうなんだけど」
忘れっぽいのは兄ちゃんも一緒だから問題はない。問題しかないけれど。
忘れているというよりは、考えていなかったって時も多いし、熟考できるようになれば少し変わるかもしれない。
秋夜さん目掛けて迫ってきていた触腕を上から下へと斬り付けて、弾き返す。
「やるねぇ」
「人が減るのは困るからね! 秋夜さん、強いし」
ただでさえつい先程1人戦線離脱してしまったのだ。
リスポーンした後、すぐにここに戻ってくるのは難しい。他の船を出してもらうにしても、1人で乗り込んで向かってくるのは得策ではないだろう。
あと8時間弱か……耐えられるかな。
いや、耐えられる。大丈夫。絶対に成功させなきゃ。




