day56 開戦
「ライ、早いね」
「あ、兄ちゃん! 作戦会議、終わった?」
「うん、終わったよ。作戦会議というより、作戦説明会だったけどね。
これからみんな乗ってくると思うよ。それで……ライは何してるの?」
「魔道具撒いてる」
噴水広場でリスポーンした俺達は……死んだのは俺だけだけどみんなも一緒にリスポーンだ。
銀行でポーションを買う為のお金を降ろした後、『大規模戦闘:侵攻の阻止』と『大規模戦闘:銀を喰らう者』に参加するべくギルドへ向かった。
シアとレヴは、依頼が発生したと話をした時から、海に近付く事に対して嫌がる素振りは見せなくなり、寧ろ打倒クラーケンに燃えているようだ。
申請した際、集合時間まではこの世界の冒険者達と魔道具職人のみんなが魔道具で抑えていると聞いて、集合時間よりも早い時間だったけれど、手伝うためにお昼ご飯を片手に海に来た。
その後は、魔除けの効果でクラーケンを遠くへ押し出すように、船に乗って進みながら魔道具を設置し続けて、先程戻って来たところだ。
開始時間ぎりぎりまで魔道具を設置していて欲しいと言われたので、作戦会議には参加せずに、今もこうして船の上から、まるで鯉に餌をあげているかのように魔道具を海にばら撒いている。
「なるほどね。ライは魔道具担当か。
効果はどれくらいあるの?」
「エルムさんの魔法陣でパワーアップしてるから、結構効果あるよ。
すぐ壊れちゃうからどんどん投げなきゃだけど」
「それって、俺が投げても作動するんだよね?」
「完成してるやつだから、大丈夫だよ」
頷いた兄ちゃんは、他の船に乗り込んでいる魔道具職人のみんなと俺が投げている方角を確認した後、出来るだけ遠くに魔道具を投げ始めた。
確実に狙いを定めるなら投擲スキルが必要のようだけど、投擲スキルは投げたアイテムがなくなってしまうことがあるので、魔道具を設置するには向いていない。
「兄ちゃんはこの船?」
「そうだよ。俺は真ん中。ライも?」
「うん、俺はこのままこの船。兄ちゃんと一緒なら心強いね」
間隔を開けて5隻並ぶ船は、旅客船や遊覧船のような大型の船ではなく、定員20名程のクルーザー船だ。
とは言え、現実世界で見るようなクルーザー船ではなく、木造で作られた小さな海賊船のような見た目で、エンジンは魔道具なのだそうだ。
俺達はこの5隻の船にそれぞれ乗り込み、クラーケンまで近付いて戦う。
クラーケンを浜辺に上陸させることなく、海上で10時間足止めをする為だ。
浜辺に上陸されたとしても暫くは猶予があるが、上陸されてしまえば最後、街への被害は免れず、海から近い場所に建っているギルドも無事では済まない。
亜空間へクラーケンを封じ込めるための術式を準備しているギルドが崩されたら失敗だ。
今も魔道具に阻まれながら少しずつ進んできているけど、作戦開始前に船が壊れてしまうと、計画が座礁する。船だけに。
「この船の操縦、カヴォロだよ」
「本当に!? やった! カヴォロと一緒に参加できる!」
「操縦した経験があるらしいよ。凄いよね」
「そうなの? 凄いね……!」
船に乗り込み、前線で戦うのはプレイヤーだけだ。つまり船の操縦もプレイヤーが行う。
現在進行形で各船の操縦を任された5人のプレイヤーが手解きを受けていることだろう。
「他の人達も経験者なの?」
「違うみたいだよ。そんなに人数もいないし、その上魔法職からって話だったからね」
参加するプレイヤーの数は、定員20名程の船5隻で足りる程度の、とてもじゃないけどクラーケンに太刀打ちできるような人数ではない。
冒険者の人達も参加している為、それなりの人数がこの海に集まっているが、彼等は街への被害を最小限に抑える為、浜辺であの長く太い触腕が届く距離まできてしまった場合に、街を守る役割だそうだ。
万が一、全てのプレイヤーがいなくなってしまうようなことになったら、全員で前に出て、なんとか押し返す手筈になっているらしいけど……厳しいだろう。
俺個人としても、俺達プレイヤーとは違いリスポーンすることのない冒険者の人達が、前線で戦わなくて済んだことにほっとしている。
「ところで、今日の経緯を聞いても良い?」
「うん……と言っても、よくわからないんだけど」
海に着いてからの話を2人で魔道具を撒きながら兄ちゃんに話す。
シアとレヴが浜辺に降りたと同時に、クラーケンが現れた事。そして、迷うことなくクラーケンがシアとレヴを狙ってきた事を伝える。
魔道具のお陰で今はこちらへ攻撃を仕掛けてくることはないが、動き出したらやはりシアとレヴが狙われるのだろうか。
次は引き摺り込まれないように守らなければ。
「うーん……なるほど、ね。恐らくシアとレヴが浜辺に足を踏み入れたことがイベント発生の条件なんだろうね」
「俺のせいかぁ……」
「遅かれ早かれこのイベントは起きてたと思うよ。
参ノ国に行く船に乗ったらとか、一定以上のプレイヤーが辿り着いたらとか」
「にしたって早過ぎじゃない?」
「はは。どうかな」
辺りを見渡してプレイヤーの人数を確認し、この人数で街への侵攻を阻止できるのかと改めて不安になる。
街の人達は避難を始めているらしいが、難航しているとのことだ。
外にはモンスターがいるので、外に出たら大丈夫、とはならない。魔除けが施された馬車はあれど、街全体の人を乗せるだけの数はない。
転移陣で別の街へと移動しようと、ギルドに人が押しかけていて対応が遅れているそうだ。
街に残って街と共に……って人も多くいるらしい。
なんとしても止めなければならない。こんな綺麗な街を壊させるわけにはいかない。
何より、この街の優しくて親切なみんなが生まれ育った町、暮らしてきた街が崩壊するなんて事には絶対にしたくない。
「あ、いた! レン!」
「ん? あぁ、朝陽か」
「何してんだ?」
「これ、魔道具なんだって」
「朝陽さん、ロゼさん、空さん、こんにちは」
「ライ君、こんにちは。元気そうね」
今はデスペナルティも回復しているし元気そのものだ。
あの時、引き摺り込まれたのは俺だけだったようで、エルムさんや街の人に被害が及んでいなかったことに胸を撫で下ろした。
俺が引き摺り込まれてリスポーンしたことで、シアとレヴが浜辺から姿を消したことが原因だろうか。
とにかく、クラーケンの動きが一度止まったらしく、エルムさんが今のうちに魔道具を手当たり次第ばら撒くように指示したそうだ。
「あ、そうだ。空さん、ポーション売って貰えるかな?」
「大丈夫。たくさん持ってきてる」
頷いた空さんから、ポーションを多めに買わせてもらう。
空さん達はきっと参加するだろうと思っていたからお金を用意しておいたけれど、同じ船じゃなかったら僅かなポーションで挑まなければいけないところだった。
「……何やってるんだ?」
「カヴォロ! 運転するんだって? 凄いね!」
「あぁ……助力程度は出来るだろうと参加してみたが……。
まさか船を運転することになるとは思わなかった」
「一緒に参加できるの凄く嬉しいよ。
あ、これは魔道具を海に……そんなに変な事してるように見える?」
船に乗り込んできた他のプレイヤー達にも不思議そうな顔で見られ、兄ちゃんと朝陽さん、そしてカヴォロに何をしているか問われ……そんなに不思議だろうか。
魔道具を設置して抑えているという話は作戦会議で聞いているはずだけれど。
「……この非常事態に、化け物目掛けて石みたいな物を投げてたら何してんだって思う」
「たしかに」
兄ちゃん達とカヴォロでこうして集まるのはイベントの時以来だ。なんだかわくわくしてきた。
「さて、そろそろだね」
「ライくん倒して」
「絶対に倒して」
「……うん。頑張ろうね」
船の上にプレイヤー以外が残っていない事を確認して、浜辺にいるトーラス街冒険者ギルドのギルドマスターに視線を向ける。
残る魔道具をプレイヤーに託して、船を降りた魔道具職人のみんなが浜辺から離れたのを確認したギルドマスターは、俺へ視線を向けて頷いた。
「作戦開始だ!! 健闘を祈る!!!!」
ギルドマスターの声が上がると同時に、冒険者達の咆哮が辺りに響く。
開戦だ。
「落ちないように気を付けてくれ」
カヴォロが魔道具を起動して船を進め始めると、エンジン音ではなく、ガラガラと風車が回るような音と風のような音が船体に響き始めた。
恐らく風の魔石を使った魔道具なのだろうけれど、それ以外にも何か仕掛けがありそうだ。
徐々に上がるスピードを潮風で感じながら、前方にどんどん魔道具を投げていく。
嵐の時のように荒れている海を進み続けている為、どこかに掴まっていないといとも容易く落ちそうだ。
5隻の船が魔道具を辺りに撒き散らせながら、クラーケンへ向かって結構なスピードで進んで行く。
「兄ちゃん、あっちの方投げられる?
それから朝陽さんはあっちに」
他の船から投げられた魔道具の位置を確認しながら、設置する場所を指差して伝える。
海の上を下手くそなスキップをしながら進んでいるような揺れに、話していたら舌を噛んでしまいそうで、その後はずっと指差すだけになってしまったけれど。
海を進む船の魔道具の音だけが鳴り響き続け、やがて所定の位置に辿り着いた。
「そろそろか?」
「うん。合図はどうするの? 真ん中の船から合図するんだよね?」
「合図は俺だよ」
兄ちゃんが魔力銃を取り出して、上空目掛けて数発の魔力弾を撃つと、クラーケンをぐるりと囲むように一定の距離を保ちながら他の船が進み始めた。
その間に残りの魔道具を海へ撒きながら、他の船が所定の位置に着くのを待つ。
一番最後に所定位置に辿り着く船2隻からの合図、魔法弾がクラーケンに撃ち込まれたのを確認して、戦闘開始だ。
魔法を使うプレイヤー達から、魔道具のお陰で動きが鈍っているクラーケンを目掛け、次々に魔法が飛んで行く。
魔法を受けたクラーケンは触腕を蠢かせ、藻掻くように暴れ始めた。
クラーケンが大きく動く度に、魔道具が壊れていくのが分かる。
「魔法で動き止められてるのかな?」
「暴れ回ってはいるけど、一応移動はしてないみたいだね。
魔道具の効果もあるだろうけど、効果はありそうだよ」
「そうですね。さすがに攻撃を受けながら尚進み続けるようではなさそうです」
1、2発どころか10発程度の魔法弾では、暴れ回ることなく、魔道具を壊しながら陸へ向かって移動している。
ほとんど効いていないのだろう。思っていた以上に魔法で足止めが出来る時間は短そうだ。
「ライ君、魔道具の状態はどう?」
ロゼさんの言葉に頷いて、海にばら撒かれた魔道具へ視線を向け、魔力感知を使い、点在する魔道具の状態を素早く確認していく。
普段の魔力感知以上に集中しなければわからないけれど、魔石の力が込められているかどうか、離れた場所にある魔道具でも確認できる。
「もう、この辺りの魔道具はほとんど作動してないよ! 本格的に動き出す!」
「今までも結構動いてたっつーのに、これ以上動くのかよ!
レン! もっと撃てねぇか!?」
「これ以上は無理。他のみんなはどう?」
ジオンとリーノ、シアとレヴ、それからカヴォロが首を横に振る。
他のプレイヤー達もまだクールタイムが回復していないようで、兄ちゃんの魔力弾だけがクラーケンに向かって飛んで行っている。
多少動きを鈍らせることは出来ているようだけど、1発1発の威力が低いからか少しずつ動いている。
「カヴォロくるよ!」
「ああ、振り落とされるなよ!」
ただでさえ荒れていた海が更に荒れ、触腕がどんどん迫りくる中、カヴォロは触腕を避け続ける。
その船の激しい動きに甲板をごろごろとを転げまわりそうになるが、なんとか耐える。
「す、凄いねカヴォロ……! 船ってこんな動きできるんだ!?」
「この世界ならではだな。あっちじゃこんな動き、俺には出来ない」
攻撃をしかけてきた人へターゲットが移ったのか、それともここにいる全ての人達がターゲットになったのか。
理由はわからないけれど、シアとレヴだけが狙われるということはないようだ。
「予想以上に早い。弟君、よろしく」
「うん、任せて。【黒炎弾】」
俺の手から放たれた黒炎がクラーケンの体を蝕むように広がり、燃え上がる。
「すっげぇな……!」
「実際に見るととんでもないわね」
黒炎に包まれたクラーケンが、先程以上に暴れ始める。
「黒炎弾使ったの失敗だった!? 物凄く怒ってるみたいだけど!」
「黒炎が消えるまでその場からは動けないみたいだし、正解だよ。
避ければいいだけだし、大丈夫大丈夫」
「さすがにこれは無理だ。なんとかしてくれ」
「おぉお!? なんとかなんのか!?」
そう言った朝陽さんが、避けきれなかった触腕を大剣で叩き付ける様に跳ね返した。
「そろそろ炎が消えるよ!」
「行ってらっしゃい、ライ。頑張って」
「うん! 行ってきます!」
怒り狂ったように振り回される触腕に、次々と近接武器を持ったプレイヤー達が、数人を船に残して飛び乗り、走り始める。
俺達が戦う場所は、船の上ではない。クラーケンの上だ。
10時間、絶対に耐えてみせる。




