day56 浜辺
「刀とブレード……グラディウス、バスタード、それから指輪だね」
「はい。鉄と銅が残りわずかとなってしまいました」
「また取りに行かなきゃね。トーラス街側から行けたら良いんだけど」
魔道具製造スキルのレベルも8に上がったし、前より効果の高い魔除けが作れるから、行ける可能性はある。
たくさん集めて、どんどんお金を貯めなくては。
現状、トーラス街の家で満足してしまっているところはあるけれど、俺達の第一目標は大きな家を購入することだ。
ログアウトしている間に作ってくれた武器と指輪をオークションに出品しておく。
全て出品した後に、一番最初に出品した刀のページを見てみれば、既に入札があって驚く。
「あ! 街で金と銀見つけたんだけど、あんまねぇんだってさ。
参ノ国から買い取ってるらしくて、高いし数がねぇって」
「あー……そうなんだ。 後で買いに行く?」
「値段がなー……今は良いや! 俺達のアクセサリーを一新するのは参ノ国に行ってからだな!
もしかしたら海の洞窟に行く方法、あるかもしれねぇし!」
「そうだね。近付かないようにそーっと行ける方法があるかもしれないもんね」
辿り着くのも困難な程深い場所にあるらしいけど、シアとレヴがいるなら辿り着けるかもしれない。
息さえできれば、だけど。魔道具でなんとかしなければ。
「さて、まずは銀行だね。前回のオークションの分、預けておかなきゃ」
ログアウト前……ゲーム内で2日前、特に何をするでもなくのんびりと家で時間を過ごしていた時に、出品していた剣7本と指輪3個の入札期間が終わった。
最終落札額の合計は全部でなんと1,698,500CZ。
イベント前と比べると街の買取額からの倍率は予想通り下がっていたものの、それでも充分過ぎる程に高い落札額となった。
例えば《スノーブレード》は街の買取価格が35,000CZ。最低落札額を4倍の140,000CZに設定して出品して、最終落札額は249,200CZになっていた。買取価格から7倍程の値段だ。確かイベント前は……買取額が今と違うから忘れてしまったけど、10倍近くの値段だった。
「依頼の報酬もあるしな!」
「鍛冶場の依頼の報酬、本当に2人に渡さなくて良いの?」
「俺らこの前貰ったお金まだ残ってるし、それに、報酬関係なしに貰ってるしなー」
「そうですね。必要な物もありませんので」
「欲しい物あったら言うから大丈夫だぜ!」
「うん、わかった」
猫の手も借りたい程だと言っていたし、依頼内容は期間内に5時間以上のお手伝いだったから、時計の針が頂上を越えようと手伝おうと思っていたのだけれど。
5時間以上と書かれていた場合、きっちり5時間とは言わないものの、少し超過する程度でお手伝いするのが普通らしい。
どれだけ長くお手伝いしても、報酬が変わるわけではないし、わからないでもない。
報酬の為に依頼を受けたわけではないけど、大丈夫大丈夫と背中をぐいぐい押されて、魔道具工房の外へ押し出されてしまえば従う他ない。
大人しく家に帰ると、似たような感じで追い出されてしまったらしいジオンとリーノがいたので、ギルドで依頼を達成しておいた。
「その後は海に行くんですよね?」
「うん。魔道具の設置、見に来て良いって」
「船に乗るんだよな? 俺、船に乗んの初めてだから楽しみだぜ!」
「ね! 楽しみ!」
「おう! ……お? どうした? ご機嫌斜めだな?」
リーノが口を尖らせているシアとレヴの姿を見て、声を掛ける。
「あー……シアとレヴ、海に行きたくないみたいなんだよね」
「そうなのか? ネーレーイスって海に住んでんだよな?」
「だって危ないもん」
「みんなが危ないのはだめだよ」
魔道具工房でお手伝いをしていた時に、責任者のお兄さんに魔道具の設置に同行したいと話していた時も、シアとレヴは危ないよと言って、俺が海に行くことに良い顔はしなかった。
危険のないぎりぎりの場所までしか行かないと言ったら一応納得……は、してないみたいだけど、渋々頷いてはくれた。
「お留守番しとく?」
「みんなが行くならボク達も行く」
「危険があるのは確かですが……何か理由があるのですか?」
「わからない」
「でも、危ないよー」
海に何かあるのかと俺が聞いた時も同じ答えだった。
シアとレヴが仲間になる前、2人が忘れてしまっている過去に何かあったのかもしれない。
トーラス街に着いてすぐ、その時は早く家に行きたいんだなと思っていたけど、今思えば海に行きたくない様子だったように思う。
エルムさんが言っていたことを思い出しつつ、やっぱり関係あるのかなぁと考える。
姿を見かけなくなったネーレーイス。そして、同時期に現れたという海の怪物。
堕ちた元亜人となり、すぐ傍の岩山脈にある教会にいた双子のネーレーイス。
ここまで揃っていて無関係ってことは、さすがに、ないか。
出来れば無関係であれば良いと思う。
関係があるってことは、それは多分、洞窟に住んでいたネーレーイス達はもう……。
だとしたら、やっぱり海には行かないほうが良いのかな。
堕ちた原因となった相手がそこにいるのかもしれない場所に、連れて行って良いのだろうか。
でも、参ノ国に行くには海を渡らなければいけないようだから、遅かれ早かれ海へ訪れる必要はある。
「大丈夫だよ。シア、レヴ。俺、死なないからね!」
「うー……うん。でも、気を付けてね」
「もちろん。危なくなったら全力で逃げるよ!」
シアとレヴに言われたように、倒せるのならそれが一番良いけど……まぁ、無理だろう。
倒せるような相手なら、街のみんなで倒してるはずだし。
銀行へ向かいながら、海の様子を眺める。
数日前に見た時は、陸に引き上げられていて1隻も海の上に浮かんでいなかった船が、今日はいくつか浮かんでいる。
魔道具を設置する為に用意されたものだろう。
「冒険者の人達も一緒に乗るんだって」
「異世界の旅人の方達ですか?」
「んー……違うと思うよ。お手伝いの依頼を受ける人は少ないみたいだし」
ログイン前に眠そうな兄ちゃんに聞いた話によると、今はまだ生産依頼や補助依頼、それから先日のお片付けの依頼のような、お手伝いの依頼を受けるプレイヤーは少ないらしい。
それに、今トーラス街に辿り着いているプレイヤー達は猶更受けないだろうとのことだ。
「この世界の冒険者に会うのは初めてだから楽しみだね」
「ギルドで見かけることはあっても、関わることはありませんでしたからね」
「仲良く出来たら良いなぁ」
銀行でお金を預けて、浜辺へ向かって進む。
すぐに船に乗り込むわけではないらしく、まずは浜辺から海岸沿いに設置するとの話だ。
「兄ちゃんもトーラス街着いたんだって」
「おーレン倒せたんだな! どんくらい強くなってたんだろうなー」
「新しい銃にしても凄く時間が掛かったって言ってたよ。10時間くらい戦ってたって言ってた」
「粘液は全て避けながらですよね?」
「うん。当たったら死ぬ可能性が高いし、これまでの時間が無駄になるからって」
「あー……レンは対ヌシでこの先も苦労すんだろうなぁ」
「本人はスリルがあって楽しいって言ってたけどね」
浜辺へと続く石の階段を下りながら、少し荒れている波に太陽の光が反射してキラキラと光る海面を眺める。
魔道具が設置できたら、泳げるようになるだろう。
「ライ! こっちだ!」
声がした方へ顔を向けると、浜辺からエルムさんが俺達に向かって手を振っていた。
手を振り返して、最後の一段を下りきる。
ざくざくと砂の音を響かせながら、海の近くにいるエルムさんの元へ小走りで近付いていく。
地面を走る時とは違う、足を取られるような感覚に頬が緩む。
こんな状況でなければ貝の1つでも探したのだけれど。
「おはよう、エルムさん。早いんだね」
「あぁ、おはよう。他にすることもないからね。
それにしても天気が良いな。暑い」
「海水浴日和だね!」
「はは! まぁ、それは仕事が終わってからだな。
……おや? シアとレヴはどうした?」
「え?」
エルムさんの言葉に後ろを振り向いてみれば、ジオンとリーノはすぐ傍にいたものの、階段の最後の一段から動いていないシアとレヴの姿が見えた。
「あー……今から船に乗るのをやめることってできる?」
「それは問題ないがね……あれ程楽しみにしてたのにかい?」
「うん、楽しみにしてたんだけど……シアとレヴ……やっぱり、関係ありそうで」
「ふむ……そうか。ならば、私から伝えておこう。
浜辺からの設置は手伝って行くかね?」
「うん! それはもちろん!」
シアとレヴに向かって、おいでと手招くと、2人は迷う様子を見せた後、その足を浜辺へと降ろした。
その瞬間、地響きのような、地鳴りのような。地の底から湧いてくる、低くうねった音が辺りに響き始めた。
険しい表情で俺から海へと体を向けたエルムさんにつられて海に視線を向けると、先程までとがらりと変化した海の様子に目を見開く。
少しだけ高い波がキラキラと輝いていた海が、まるで嵐が来ているかのように荒れ狂う海へと変貌していた。
「ライくん!!!」
「離れて!!!」
「今すぐ海から離れろ!」
シアとレヴの叫び声に俺が振り向いたと同時に、後方からエルムさんの声が辺りに響いた。
エルムさんを見て、それから、ジオンとリーノを見て、もう一度シアとレヴを見る。
「早く!!」
普段ほとんど変わらない表情を歪めて、レヴが叫ぶ。
その顔には、焦りや恐怖、それから絶望が浮かんでいた。
2人は俺に手を伸ばしながら、こちらへ向かって走ってきている。
辺りに鳴り響く、低くうねった音が大きくなるにつれて、魔道具を設置するために集まった人達の焦り声も大きくなる。
「ライ! 走れ!」
「う、うん……! エルムさん」
リーノの言葉に頷いて、エルムさんの様子を伺おうと振り向いた瞬間、大きな水しぶきが上がった。
水しぶきと共に海上へ現れたソレの姿を捉えたと同時に、海を見たまま動けなくなっているエルムさんの腕を掴んで走り出す。
水しぶきを上げて突き出されたそれは、まるで岩と見間違う程の大きさで。
だけど、それはほんの一部分であることが分かる。
真っ白で、ぐにゃりぐにゃりと動き回るあれは、触腕だ。
「エルムさん!」
「……クラーケンか……!」
今もなお大きな水しぶきを上げながら、長く太い真っ白な触腕が、天を目掛けて伸び続けている。
1本、2本と増えていく触腕は、まるで海面で踊っているかのように蠢く。
全貌はまだ現していないが、その全貌がとんでもない巨体だと言うことは予想できる。
その巨体からは想像できないスピードで、その全貌を現そうとしていることも。
「シア、レヴ! 逃げて!」
「「ライくん!!!」」
こちらに向かって走ってきているシアとレヴに、俺の元へ来るのではなく戻るように声を上げる。
2人は足を止めるも、その足を再び動かす事はなく、その場から顔を悲痛に歪めて俺へと手を伸ばし続けた。
ひゅっと風を切り裂くような音が、俺の真横から聞こえた。
視界の隅を通り抜けた白に、エルムさんの腕を離して、シアとレヴに向かって走る。
まるでコマ送りのように、ゆっくりと過ぎる世界で、その触腕は迷うことなくシアとレヴに伸ばされていた。
「シア!! レヴ!!!」
砂に足を取られてよろめきながら、だけど、必死に足を動かして、シアとレヴに手を伸ばす。
「ライくん!!!」
乱暴に2人を突き飛ばした瞬間、俺の体に衝撃が走った。
ぎりぎりと締め上げてくるその触腕に、呻き声を漏らしながら、間に合ったと安堵する。
次に見たのは、晴れ渡った空。だけど、それは一瞬で、深い青へと変わった。
口から溢れる泡の先に広がる真っ白な姿を捉えた俺は、これは無理だと体から力を抜く。
意識が徐々に薄れていく。
息ができない感覚はあるけど、息苦しさはあまり感じない。
ゲームの中で良かったなと思いながら、ぼやけていく視界の先を眺める。
ごぽりと大きな泡が口から溢れると共に、大きな警告音が頭に響いた。
『緊急依頼発生【大規模戦闘:侵攻の阻止】』
『緊急依頼発生【大規模戦闘:銀を喰らう者】』
薄れていく意識の中、視界に現れたその文字を最後に、目を閉じた。