day2 はじめての刀術
「んーさすがにいきなりジオンみたいには戦えないよね」
「いえいえ。ライさんはセンスが良いですよ」
「そうなら良いんだけど」
刀術スキルは刀を扱うことができるようになるスキルのようで、これまで木刀や竹刀ですら握ったことがない俺でもある程度扱うことができた。
刀術自体にレベルは設定されていないため、これ以上の動きは繰り返し戦闘して、技術を磨いていくしかないだろう。
幸い俺には先生がいるので、努力次第で技術の向上が出来るはずだ。
現在使用できる刀術スキルは【刃斬】のみ。
こちらはスキルレベルが設定されていて、使用するのにMPが必要だ。
つまり、刀を扱う技術が高ければ刃斬や今後刃斬のレベルが上がって覚えるであろうスキルを使う必要はない。
黒炎属性と黒炎弾の関係性に似ているけれど、刀があれば戦える刀術と違い、黒炎属性は黒炎弾を使用する以外に攻撃手段はない。
「STRが低いのもネックかな。
俺一人でもホーンラビット相手なら戦えないことはないけど、時間かかるね」
ジオンのように一撃で倒すなんてことは当然できず、斬っては避けてを十数回繰り返してようやく1匹倒せるくらいだ。
避けられずに攻撃に当たりそうになった時はジオンが倒してくれている。
ジオンは俺を気にしながら他のホーンラビットと戦闘しているため、正直ジオン一人に任せていた昨日のほうが効率は良い。
完全に足手まといではあるけど、ジオンが楽しそうなので甘えさせてもらっている。
「新しい刀が用意できたら、今よりずっと強くなれますよ」
「そうだね。ジオンの刀、楽しみにしてるよ。
STR1でも装備できる刀って、簡単にできるものなの?」
「……正直に言うと、難しい、ですね。
軽くすることは容易いですが、その分攻撃力は下がりますし、耐久力も下がります。
何か手がないかと考えてはいるのですが、今のところ思いついていません」
「無理させてるかな?」
「いえいえ。こうして考えている時間も楽しいものなんですよ。
何より、ライさんの刀のことですからね」
「そう言ってくれると俺も嬉しいよ」
俺も一緒に考えられたら良かったけど、鍛冶のことも刀のこともさっぱりわからない。
軽くて頑丈……薄くて頑丈……なんか聞いたことがある気がする。
そうだ、オリハルコンだ。ゲームでよく出てくる金属。
仮にこの世界にオリハルコンがあったとして、手に入るのは遠い未来の話だろう。
「何はともあれ、今はレベル上げと鍛冶道具の資金集めだね」
良い鍛冶道具を買ってあげたいけれど、はじまりの街では売っていないだろう。
何より、お金が足りないだろうし。
「ジオンならもっと強いところでも大丈夫なんだろうけど……。
ごめんね、俺に付き合ってもらうね」
「ええ、もちろん」
「と、いうことで」
「はい?」
「お昼ご飯の時間です」
「……なるほど」
宿で貰った水と簡易食糧でピクニックだ。
特筆することもない。まずい。それだけである。
地獄のランチが終わった後はホーンラビット狩りを再開する。
攻撃力が低いこともあるし、スキルレベルも上げたいので刃斬も使用しつつ倒していく。
刃斬は魔法スキルではないので、魔力制御の消費MP減少の恩恵はないものの、連続して使用しないのであれば自動回復分で充分賄える。
そもそも、消費MPが10と良心的なので問題はない。
ちなみに俺の今のMPは80だ。黒炎弾を使えるようになるまではまだまだ遠い。
「あだっ」
ジオンがモンスターの攻撃を刀で受け流す姿を見て、俺もそれを真似てみたが当然上手くはいかず、ホーンラビットの頭上に伸びる角が俺の胸へと直撃してしまった。
DEFも低いのでHPバーがみるみると減っていく。
ジオンの焦った声が聞こえてきたかと思うと、目の前にいたホーンラビット目掛けて雪の結晶を纏う氷が飛んできた。
ジオンが魔法スキルを使うところを初めて見たなと思いつつ、《初心者用ポーション》を1つ飲む。
「ありがとうジオン」
「いえ、大丈夫ですか?」
「ポーション飲んだから大丈夫だよ。
それよりも、ジオン。受け流すやつ、見せて?」
モンスターの攻撃を受け流すことが出来れば、そのまま攻撃を仕掛けることができる。
少しでも効率が上がるのなら、覚えたい。
「わかりました」
言われた通りにジオンは、ちょうど向かってきたホーンラビットの攻撃を受け流し、その流れのまま斜めに斬りつけた。
タイミングとそれから刀の角度。力加減。
俺がじっと見ているのに気づいたジオンは、その後も繰り返しそれを見せてくれた。
何度も繰り返し見ては真似る。体格も力も違うジオンと一緒の動きをしていてもだめだ。
ジオンのアドバイスを聞きながら、何度も何度も繰り返す。
俺の動きを見て失敗すると判断したジオンが、失敗するよりも先に倒してくれるためHPが減ることはない。
そうして、失敗の数を3回に1回程度まで減らした頃、辺りはすっかり赤く染まってしまっていた。
「あ、もうこんな時間か。
ごめんね、結局ずっと付き合わせちゃって」
「いいえ。見る見るうちに成長していくので、驚きました」
「ジオンの教え方が上手だからだよ」
「いえいえ。ライさんの頑張りですよ」
「これからもよろしくね、先生」
「ふふ。すぐに追いつかれてしまいそうです」
俺達は笑って帰路に就く。
道中でアイテムボックスにある《ホーンラビットの素材》を鑑定しておこう。
結局、俺の練習ばかりになってしまってほとんど狩りはできなかったけれど、お互いにレベルを1つ上げることができた。
途中から受け流すことに集中していたため、刃斬のレベルは上がっていない。
レベルアップと共に、採掘を取得するために必要なSP5は貰えたが、行き当たりばったりで行動していることが多いため一旦保留にしておく。
明日になったら取得している気がしないでもないけれど。
全ての《ホーンラビットの素材》の鑑定が済んだ頃、本日二回目の武器屋に到着した。
「売却にきたよ」
「おう。いらっしゃい。
洞窟はどうだった?」
「俺採掘スキル持ってなかったんだよね」
売却ウィンドウにホーンラビットの戦利品を並べながら会話を楽しむ。
「はっはっは! それは考えてなかったな!
てっきり持っているものかと!」
「あ、つるはし壊れる前だったから返すね」
「いらねぇいらねぇ。貰っとけ」
「そう? ありがとう」
「いいってことよ。んで……ふむ。
全部で3,723CZだな」
あまり狩りができていないから、昨日の植物も一緒に売却してみたけど、大した額にはならなかったようだ。
「うん、了解」
所持金は5,601CZになった。鍛冶道具はまだまだ買えそうにない。
「鉱石って売ってる?」
「いんや、街では売ってねぇな。露店広場にはあるかもしれんが」
「露店広場?」
「知らねぇか? 異世界の旅人が露店を開く広場だ。
噴水広場からすぐだし行ってみたらどうだ?」
「へぇ、そんなとこがあるんだ?
ありがとう。行ってみるよ」
「おう。また来いよ」
「うん、またね!」
武器屋を出てから、先に宿を取り夕食を済ませてから、露店広場へ向かう。
正式オープン開始初日、ゲーム内で2日しか経っていないということもあって露店はほとんどない。
露店に並ぶ商品を眺めながら、ふらふらと広場を歩いて回る。
薬草、ポーション、モンスターの素材、武器、防具。
「うーん……」
「見当たりませんね」
「必要な人じゃないと集めてないんだろうね」
特に今日なんかは売るためだけに素材を集める人は少ないだろう。
「そこの鬼のおにーさんたち、探し物かな?」
聞こえてきた声にちらりと視線を向けると、露店を開く栗色の髪に猫耳を生やした可愛らしい女性と目が合い、声を掛けられたのは俺達だとわかった。
頭上を見ればプレイヤーのアイコンが表示されている。
緊張からどきりと心臓が跳ねる。
ジオンは最初から仲間だってわかっていたから、普通に話せた。
でも、プレイヤーとはどう話したらいいんだろう。
あの頃から、家族と兄ちゃんの友達としか話してない。
だって俺は他人と関わることから逃げていたから。
男らしいって思われるためには、どうしたらいい?
兄ちゃんの真似をして話したって、どうせすぐにボロがでる。
せめて、不快にさせないようにしなければ。
「鉱石を探しているんだけど、あるかな?」
「んんっ……。えぇと、何の鉱石を探してるの?」
ちらりとジオンを見ると俺の代わりにジオンが口を開く。
「刀の材料になる鉱石を探しております」
「刀の鉱石かぁ……うーん、近くの洞窟には刀に使う鉱石はないのよねぇ。
βの頃だとエリア2の洞窟にはあったんだけど……うぅん……」
考え事をする女性の頭でぴこぴこと動く猫耳を眺めながら、次の言葉を待つ。
「どうやらβの頃とがらっとMAPが変わってるみたいでね。
はじまりの街の洞窟もβの頃は外にあったし」
それを聞いて兄ちゃんの記憶が間違っていたわけではなかったことを理解する。
「お姉さん、βの人なんだね」
「うん、そうよ。
今この露店広場で露店開いてる人は、ほとんどそうだと思う。
見たことない人ばかりだけどね」
「そっか。βの人たちも1からスタートなんだよね」
「そうそう。私はほとんど見た目変わってないけど、変わってる人も多いだろうからね。
βの頃に有名だった人達も、今はどこにいるのやら」
「へぇ~そんな人達がいたんだ」
1ヶ月という短い期間の中で有名になるなんてどんな人達なんだろう。
やっぱり強いとか、誰よりも先に進んでるとかかな。
「君は今日からなのよね?」
「うん。今日からだよ」
「そっかぁ。やっぱり違う、か」
「違う?」
「あ、ごめんごめん。フレンドになんとなく似てるなーって思ってね。
ログインしてないってわかっているけど、バグで表示されてないだけだったりしないかなって。
まぁ他のフレンドはちゃんと表示されてるから、そんなことないだろうけど」
「なるほどね」
「そのログインしてないフレンドが有名人だったのよ。
まだログインしてないのかって聞いてくる人が多くて多くて。
その分何か買っていってくれるから助かってはいるんだけど」
「それじゃあ、お姉さんも有名人なんだね」
「へ? 私じゃないよ、フレンド」
有名な人のフレンドは有名なのではないだろうか。
それに、たくさんの人達に尋ねられているってことは、それだけ覚えられているってことだし、それは有名ってことだと思うのだけれど。
「有名人と一緒に凄く可愛いお姉さんがいるんだから、有名じゃないわけないでしょう?」
「……ねぇ、本当に今日からなのよね?
実は正式オープンも当選しちゃったから、新しいID作りました、とかない?」
「うん? 今日からだよ」
「まぁ、そうか。そうだよね……。変なこと聞いてごめんね」
「ううん。大丈夫だよ。
それじゃあお姉さん、頑張ってね」
「ありがとう。暫くはここで露店開いてると思うから、また時間がある時にでも寄ってね」
お姉さんの言葉に笑って頷いて……多分、笑えてたと思う。
露店広場を後にする。
脇目も振らず宿屋の部屋まで歩き、扉を閉めたところで大きく溜息を吐いた。
「はあー……」
「どうかしました?」
「ジオン、俺ちゃんと話せてた?」
「先程の露店の女性ですか?
何も問題はなかったと思いますが……」
「そう? それなら良かった」
俺達の会話を聞いていたジオンがそう言うのであれば、きっと大丈夫だろう。
「何か問題でも?」
「ううん。なんでもないよ。
それよりジオン、刀の鉱石はエリア2にあるんだって」
「ええ、そう仰ってましたね。
エリア2というのは初めて聞きましたが……恐らく弐ノ国のことでしょう」
「なるほど」
これまでも例えばプレイヤーが異世界の旅人だったり、SPが宝珠だったりと名称に差があることがあった。
ステータスやスキルなんかは通じたから同じなんだろうけど。
「……ちなみに、ジオンの生まれはどこなの?」
「私は肆ノ国の生まれですよ」
《はじめてのモンスター石》で契約召喚をした時に生まれたというわけではないらしい。
「んん……まさか無理矢理召喚した感じ?」
「いいえ。私はライさんの呼びかけに応えて来ましたから」
「そうなの? 家族と引き離したりしてないならいいんだけど」
「大丈夫ですよ」
「そっか。それなら良かった」
失敗は呼びかけに答えてくれなかったということなのか、呼びかけが届かなかったということなのか。それとも、両方か。
「弐ノ国の行き方わかる?」
「地図か何かがあればわかりやすいのですが……弐ノ国には壱ノ国か参ノ国からしか行くことができません。
この世界の住人であれば、値段は高いですがどこへでも行くことは出来るんですけどね。
ただ、一度訪れたら転移陣が使えるそうなので、その後はどこの国にいても簡単に行くことができますよ」
「ふむ。地図は明日買うとして……ここはどこだかわかる?」
「ここは恐らく壱ノ国ですね。異世界の旅人が初めに訪れる国と言われています」
「なるほどね。それじゃあここから行ける次の国ってことだね?」
「はい。そうなりますね。
しかし、異世界の旅人の方が国境を越えるには、試練のヌシを倒し、試練を乗り越えなければ進むことができないと聞いたことがあります」
所謂、エリアボスというものだろう。
適正レベルがわからないからなんとも言えないけど、ジオンがいたらなんとかなる、だろうか。
明日様子見してみてもいいかな。
「この国では刀の鉱石手に入らないみたいだし、どんどんレベルあげてお金を貯めて、次の国に行こうか」
「そうですね。そうしましょう」
「よし! それじゃあ、決まり!」
時間を確認すると『CoUTime/Day2/21:00 - RWTime/17:00』と表示されている。
一度ログアウトして、お風呂と夕食を済ませてからまたログインすることにしよう。
「それじゃあジオン、俺一旦帰るね。
戻るのは……明日の昼頃になると思うから、それまでは好きに過ごしておいて」
「わかりました。お帰りになるのをお待ちしております」