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day53 魔道具工房

魔道具工房を訪れると、エルムさんが話を通していてくれたお陰で、事前に俺の役割が決まっていたのか、シアとレヴの事を話した後はすぐに作業に移ることとなった。

魔法陣を描く人と魔道具を完成させる人に別れて作業を分担しており、俺は魔法陣の担当だ。


半径1センチ、厚さ1センチ程の円柱の《浮鉄》という鋳造品に、見本として見せて貰った魔法陣と同じ魔法陣を描き続ける。


「ライくん、追加持ってきたよー」

「持って行くね」

「うん、ありがとう」


シアとレヴの仕事は、箱に大量に詰められた《浮鉄》を検品、確認して、俺のような魔法陣担当の魔道具職人さん達の元へ届ける仕事と、魔法陣が描かれた《浮鉄》を完成担当の魔道具職人さんに届ける仕事、そして完成した《魔除けの浮鉄》を箱に詰める仕事だ。

ちょろちょろ動き回って働く2人の姿に微笑ましさを感じながら、どんどん魔法陣を描いていく。


「エルム様が戻られたら、魔法陣の変更があるかもしれないね」


隣で作業をしている魔道具職人さんに声を掛けられる。

柔和な顔つきのお兄さんは、この魔道具工房の責任者だそうだ。


エルムさんは海に行っているらしい。俺が来る少し前に出かけて行ったとのことで、入れ違いになってしまった。


「エルムさんが扱う魔法陣かぁ。俺扱えないかも」

「ふふ、僕も自信ないな。

 この魔法陣でも一応、動きを鈍くすることは出来てるみたいだけど、量が必要になるからね」


お兄さんは困ったように笑うと、完成品が詰められた箱へと視線を向けた。


「普段ならこれでも大丈夫なんだけど……困った事になったね」

「海上に出て来ちゃったら、何が起きるのかな?」

「さぁ……前例がないからね。でも、様子を見に来ただけ、なんてことにはならないだろうね」


様子を見に来ただけだとしても、何故今なのかという不思議は残る。

プレイヤーが訪れたから、だろうか。プレイヤーの到着がイベントの引き金になっているとか?

でも、トーラス街にはまだほとんどプレイヤーはきていないようだし、引き金になっているにしてもイベントの発生が早過ぎると思う。


「姿を見た事がある人はいないの?」

「何が起きたか分からない程に一瞬の出来事だからね。

 あぁ、でも、一部ならあったのかな。たくさんの真っ白な腕が船体に巻き付いていたとか……」

「真っ白な腕……?」


急にホラーになってきた。

確かに、海に纏わる心霊現象に、たくさんの白い腕が手招きをしていたとか、巻き付いて引き摺り込まれたとか、あるけれど。


「エルム様が来てくださったから、何か変わるかもしれないね。

 昔みたいに、何も気にせず海水浴を楽しめるようになったら良いんだけど」

「今は海水浴できない?」

「どうなるかわからないからやめておいた方が良いだろうね。

 普段なら、浅瀬のほうなら大丈夫だよ」


海水浴はこの騒動が解決するまではお預けのようだ。

根本的な解決が出来るのが一番良いのだろうけど。


「エルムさん、封印してくれるような魔道具作ってくれないかなぁ」

「さすがのエルム様でもそれは厳しいね」

「そっかぁ……エルムさんでも無理かぁ……」

「封印は出来なくても、エルム様が強力な助っ人であることに間違いはないよ。

 エルム様が自ら動いてくださったのは、君のお陰だね」

「俺? 何もしてないけど……」

「君がこの街にいるからだろうね」

「そう……なのかな?」


そうだとしたら、本当に、お世話になりっぱなしだ。

いつか、恩返しできたら良いな。今の俺では、エルムさんに返せることなんて思いつかないけれど。


「完成した魔道具はどう使うの?」

「これは、海に浮かせておくんだよ。怪物の真上にも浮かせておきたいんだけど、近付けないからね。

 近付けるギリギリの場所に囲うように浮かせてるよ。後は、街に近い所に点々と」

「なるほど。浮かせる時は、ギルドに依頼するの?」

「依頼も出すけど、僕達も行くよ。万が一何かがあった時の為に冒険者達と一緒に船に乗ってね。

 まぁ、万が一があった時は、冒険者共々海の藻屑だろうけど……」

「うわぁ~……怖いね。今作ってる魔道具も完成したら設置しに行くの?」

「行かなきゃいけないね。今は何が起きるか分からないから、正直行きたくないよ」


俺なら、普段の状態でもあまり行きたくはない。万が一近付き過ぎてしまったらと思うと怖い。

死なないとは言え海に引き摺り込まれるのは普通に怖い。


でも、魔除けの魔道具をどのように設置するのかは気になる。間隔とか、範囲とか。

この先、俺個人で広範囲の魔除けを行うことはないとは思うけれど、学んでおいて損はないはずだ。

今回の魔道具を海に設置しに行く時は、俺も連れて行ってもらえないかな。


「戻ったよ。あぁ、ライ、きてたのか」

「エルムさん、おかえりなさい。依頼受けられたよ、ありがとう」

「君の成長の手助けをしただけさ。

 ……さて、確認してきたが」


お兄さんは魔法陣を描いていた手を止めて、エルムさんへと顔を向ける。


「現状、ほとんどが壊れていると見て良いだろう」

「近くにある物も駄目になっていましたか?」

「私の見解ではそうだね。まぁ、いくつかは残っているかもしれないが、時間の問題だな」

「これまで、全てが壊れることはなかったのですが……」

「それだけ海面近くに来ているということだろうさ。

 ほとんど効果はないだろうが、完成した分だけでも今すぐ撒きに行くことをお勧めする」


エルムさんの言葉に頷いたお兄さんは、席を立ち、他の魔道具職人さんの元へと向かって行った。


「そんなに近くに来てるの?」

「目視できる程ではないがね。何をしに上がってきているのやら」

「何がいるのかな?」

「さて……さっぱりわからん。

 1つ気になることと言えば……トーラス街の海域にはネーレーイスの住む洞窟があったはずだ」

「ネーレーイス……」


シアとレヴの種族だ。

ネーレーイスは海に住む女神、または精霊や妖精……と、ログアウト中に調べた時には書いてあったが、この世界では違うのだろう。

何がどう違うかはわからないけど、女神ではなさそうだという事と、女性しかいないというわけではなさそうだという事は分かる。


「彼等は無事なのか、それとも、化け物の手によって悲惨な最期を迎えたのか。

 もしくは、彼等が化け物となったのか」


例えばシアとレヴのように、その洞窟に住んでいたネーレーイスが全員堕ちた元亜人となっていたとしたら。

そう考えて、もやの様子が違うことから、それはなさそうだと考えを改める。


「何れにせよ、この辺りにはもういないようだ。

 あの化け物が現れた時期とほぼ同時期に街で見かけなくなったらしい。

 化け物がいるせいで、陸に上がってこれなくなった可能性はあるが……」

「そう言えば、深海の洞窟にある鉱石を売っているんだっけ?」

「それから、鋳造品もだな。彼等の多くが鋳造を得意にしているそうだからね」


シアとレヴの鋳造が種族スキルだったことからも、それが得意な種族だという事は見て取れる。

完成した魔道具を箱に詰めている2人に、ちらりと視線を向けて、息を吐く。


「関係ないと良いんだけど」

「あぁ、全くだよ」


止まってしまっていた手を、再び動かし始める。


「あ、エルムさんが帰ってきたら魔法陣の変更があるかもって言ってたけど、変わる?」

「ふぅむ……魔法陣の強化をしておこうか。

 果たしてどれだけの効果があるかはわからないがね」

「強化をしても効果がないかもしれないの?」

「化け物の詳細が分からんことには、どうしたら良いかさっぱりわからん。

 分かったところで、太刀打ちできる相手ではないかもしれんがね」


今は時間がないからと、近くにあった羊皮紙に、何を参考にするでもなく、短時間でさらさらと魔法陣を描いてしまったエルムさんは、さすがの一言に尽きる。

俺もいつかこうなれるのかな。無理だろうなぁ。


「君には別の魔法陣を用意する必要があるな。

 この鋳造品を使ってできる最大限の魔除け効果なら、君のスキルレベルでも描けるはずだ」


そう言って、別の羊皮紙に、俺のスキルレベルでも扱うことが出来る魔法陣を描いてくれた。

先程の魔法陣と比べると、扱える記号が少ない分、凄く複雑な魔法陣だ。


最終的に完成した時の効果は同じでも、扱える記号によって魔法陣は変わる。

どれだけ複雑な魔法陣にしようと、同じ効果の魔道具が作れない事は当然あるけど、今回は大丈夫だったようだ。


「さて、一応責任者に聞きに行くとするかね」


2枚の羊皮紙を片手にお兄さんの元へ向かったエルムさんの姿から、手元の《浮鉄》へと視線を向ける。

恐らく変更になるだろうからと、描き途中になっている魔法陣を指で擦って消してしまう。

あの魔法陣を描くのは、慣れるまで時間が掛かりそうだ。


「ライくん、海に持って行くんだって」

「レヴ達も行くの?」

「ううん。アタシ達は行かないよー」


強化された魔法陣について、エルムさんとお兄さんが他の魔道具職人さん達と話している間、手持無沙汰になったのか、シアとレヴが俺の元へとやってきた。


「今の間に、ご飯食べちゃおうか」

「「うん!」」


5人で家を出てすぐ、近くにあった商店でお昼ご飯用に買ったおにぎりだ。

俺は鮭、シアとレヴはツナマヨネーズ、ジオンは昆布、リーノは明太子のおにぎりを選んだ。

見事に海産物ばかりなのは、海の街だからだろう……っと、思ったけど、考えてみれば定番のおにぎりの具って海産物が多い気がする。


他にどんな具があったかなと考えながら、おにぎりを食べ進める。


「この騒動が落ち着いたら、浅瀬で泳ぎの練習できるみたいだよ」

「「いなくなるの?」」

「いなくなるわけではないみたい。でも、深い場所まで潜って行くって」

「うー……いなくならないなら、だめだよ」

「ライくん、倒して」

「え!? 倒す!? うーん……倒せる相手なら、倒すけど……」


もやの大きさから見るに、とんでもなく強い敵だということはわかる。

これまでのどのヌシのもやとも、狩猟祭の時の☆10のもやとも比べられないくらいの大きさだ。

浜辺から魔力感知したら、視界のほぼ全てがもやになるのではないだろうか。


もし、戦うとしたら、海の中で戦うのだろうか。さすがに厳しそうだ。

海上に……いや、陸地に出てきてくれたら、倒せる可能性は……ないけど。

そもそも、陸地に誘き寄せている間に引き摺り込まれそうだ。

奇跡的に陸地へ誘い込むことができても、街に被害を及ぼすことになるだろう。


「うーん……」

「どうしたんだい?」


おにぎりを食べ終わった後も、期待に応えられる方法がないかと色々模索していたら、エルムさんとお兄さんが戻ってきた。


「海の中の怪物を倒す方法を考えてた」

「……無茶なことはしないように」


俺用に用意してくれた魔法陣が描かれた羊皮紙を手渡される。


「シア、レヴ、それはまた今度考えよう」

「はーい!」

「お手伝いしてくる!」


ぱたぱたと《浮鉄》の入った箱の元へ走って行く2人の姿を見届けてから、小さく溜息を吐く。


「海を割ることが出来たらなぁ~」

「ふふ。君は突拍子もない事を言うんだね」

「海の中じゃ戦えないからね。陸地だと街に被害が出るし」

「戦って勝てる相手だとは思わんがね」

「それは俺もそう思う。シアとレヴが倒してって言うから考えてみたけど」

「ほう? それは期待に応えたくなるのも頷けるな」

「倒せるならそれが一番良いけど、この街の総意は倒すことではないよ。

 本格的に姿を現して街まで侵攻してくるとなると話は違うけど」

「そんな事になったら、ギルドもアレを使うだろうさ」

「アレ? なにか必殺技みたいなのがあるの?」

「そうだね、必殺技……というわけではないけど、街を捨てて逃げる時間くらいは稼げるかな」


街を捨てて逃げる時間……必殺技と言うより最終手段なのだろう。


「祭りの時の亜空間を覚えているかね?」

「えーと……空間の歪みがどうこうってやつ?」

「あぁ、それさ。各街のギルドは、亜空間とこちらを繋ぐ権利を有しているのさ。

 何らかの非常事態に備えてね」

「海の怪物をぽいっと亜空間に放り込むことが出来るってこと?」

「そうだね。でも、そう簡単な話でもないみたいだよ」

「亜空間技術は、遥か遠く古の時代の技術でな。今の世にそれを作りだす事ができる者はいない。

 遠い昔に作られた亜空間の残り滓をギルドが管理しているのさ。悪用されない為にもね」


要するに、遥か昔に作られた亜空間と繋ぐことが出来るなんらかの方法をギルドが管理していて、有事の際に使用することが出来るという事だろう。


「亜空間は万能というわけではなくてね、強大な力を持つ魔物をずっと閉じ込めておくことは出来ないんだ。

 内側から壊されてしまう。そうなると、その亜空間は消滅してしまうんだよ」

「亜空間は凄く貴重なものだからな。壊される度に別の亜空間へ放り込むなんてことも出来ないのさ」

「それに亜空間には色々と制限があるみたいだからね」


狩猟祭の時の亜空間に封印できれば大丈夫そうだけど、そう簡単な話でもなさそうだ。


なるほどと呟きながら、羊皮紙に描かれた魔法陣へ視線を向ける。

とにかく今は、魔法陣を描く作業を続けよう。1つでも多く完成させなければ。

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― 新着の感想 ―
米!!! いつの間に見つかったんでしょう。
[良い点] 鉱山?で仲間(従魔)になったリーノの種族は読んでて分かりやすい [気になる点] 文面を逆にした方が良い箇所がここまでにあった事 主人公が居ない時の話にsideが付いてないので、気にせずに…
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