day52 魔道具の計算
どうか外出していませんようにと祈りながらノッカーを鳴らす。
あの後、カヴォロの石窯にも、魔法陣を描いた鉄板を入れて加工して貰った。
魔道具にするのは後日、カヴォロと取引する際にするよう言われたので、魔法陣は完成させていない。
その後、昼食を食べてから、大慌てでカプリコーン街へと飛んできた。
ジオンとリーノ、それからシアとレヴは先に家に帰って貰った。今頃生産を楽しんでいるだろう。
「……どちら様だい?」
「俺! ライだよ!」
言葉を言い終わると共に、がちゃりと扉が開く。
「どうしたのかね? 君からの便りに返事を書いたばかりだというのに」
体を引いて、くるりと後ろを向いてリビングへと向かうエルムさんの後に続く。
「あ! 家具ありがとう! ベッド、ふわふわだったよ。作業机も大きくて、凄く便利。あと……」
「わかったわかった。はは。奮発した甲斐があった」
家具の感想を伝えながら、リビングのソファに腰掛ける。
「それで? 家具のお礼にきたのかね?」
「ううん、聞きたいことがあって。直接お礼したいのもあったけど」
「なにかね?」
「えっと……あ! ガヴィンさんに会ったよ」
「石工職人の?」
「そうそう。炉を作って貰ったんだ」
「ほう。あの坊主の腕は確かだ。良い買い物をしたな」
「うん! それで、魔道具にしたんだけど……」
実際に鍛冶用の炉を取り出して、エルムさんに見せながら、魔道具の値段について話す。
買取価格の5倍で売ることになっていること、計算が違うと聞いたこと、5倍の値段だととんでもない金額になったこと。
話している間、エルムさんはまじまじと炉を見ながら、相槌を打って答えてくれていた。
「ふぅん、140万ねぇ。私ならもっと取るが。
市販品ではないのだから、取っても問題ないと思うがね」
俺が石窯を買って魔道具にして、オークションで全然知らない人に売るなら、まぁ、おっかなびっくり、大騒ぎしながら、売ることは出来ると思う。
開始価格を5倍には……さすがにできないけど。
「炉をちゃんと見たかい?」
「え? えぇと……」
アイテムボックスから鍛冶用の炉を取り出して鑑定して、表示された文字に息を飲む。
そこには『鉄鑊炉☆4』と表示されていた。
「こ、これ……ユニーク……?」
「ほう、異世界の旅人はそう言うのか。
しかし、さすが私の弟子だ。品質を下げずに魔道具に出来ているな」
「ユニークを作るのって、スキルレベルが高くないと無理なんだよね……?」
「元になる生産品の品質が低い場合はな。
元になった生産品が不二……ユニーク? であれば、魔法陣の質が良ければ引き継げる」
「ま、魔法陣の質……? そんなのあるの?」
「魔法陣自体に品質やランクがあるわけではない。まぁ、分かり易いのは構成の仕方だな。
誰でも出来ることじゃないから誇ると良い」
「魔法陣の構成?」
「そうさ。まぁ、私が描き方を教えているのだから、当然か」
人によって魔法陣の描き方に癖があったりするのだろうか。
そうだとしたら、俺の魔法陣の描き方はエルムさんに教えて貰ったわけだし、シンボルやルーン、記号なんかの置き方はエルムさんに似ているのだろう。
「不二の生産品は他と比べて高いからね。
余程良い物なら不二でなくとも、そちらのほうが高くなるが」
「むぅ……エルムさんは、材料持ち込みの魔道具、作ったことある?」
石窯を売っていたお姉さんが、一般家庭向けの魔道具職人さんに頼んだら良いと言っていたことを思い出す。
「ほとんどないが、あるにはある。禄でもない材料を持ち込んできたら断るがね」
「そういう時って、自分が使った素材と技術料だけ貰うの?」
「余程仲が良い相手ならそういうこともあるがね。
私の場合は、ライがカヴォロと話した取引方法だな。設定した価格から材料費を引いた価格を掲示する。
まぁ、一般家庭向けの魔道具職人達は使った素材と技術料だけらしいな」
「ってことは、そっちのほうが安いってこと?」
「そうだな。……ふむ。大体の計算方法を教えておこう」
計算するには、まず。使用している魔石の値段を知る必要があるそうだ。
それもそうかと頷いて、エルムさんの話を羊皮紙にメモしていく。
「君達の場合は、細工もするだろうから、鉱石や宝石の値段も知る必要があるな」
素材の値段以外にも、付与された数値、細工で追加された数値、品質。それらで値段が変わるらしい。
それ以外の例えば今回の鍛冶用の炉は『鍛冶+44』だけど、これは元になった炉によるものなのだそうで、そこは計算しないとのことだ。
ただ、魔道具にするまでは、炉として機能しないため、鑑定してもその数値が現れることはないとか。
それを最大限引き出せるかは魔道具職人の腕に掛かっているとのことだ。
俺は、全てを引き出せているだろうか。
「しかしまぁ、付与にしろ細工にしろ、買取価格の設定が気に入らんな」
「前にジオンも、付与数値の金額が定まってないって言ってたけど」
「その通りさ。全く、なんとかならんもんかね」
買取時の付与、細工の数値の値段を聞いて、品質による計算、そして、ガヴィンさんが言っていた魔道具の倍率についても教えて貰う。
「こんな感じかね。まぁ、私達の技術に値が付くとして、それを街で売り払った時の買取価格の話だがね。
その技術が街で売られるなら、3倍程度の値段だろうな」
「3倍……うぅん……職人さんが街で売らなくなるわけだね」
「解決できそうかね?」
「うん。カヴォロに提案してみる!」
聞いている限り、技術料と素材料だけでも、5倍にしたら結構な額になりそうではあるけれど。
ただでさえ取引方法を変更したいと提案するわけだし、5倍以下にするとなるとカヴォロが納得してくれなさそうだ。
寧ろこの取引方法で納得してもらえるか……まぁ、実際の魔道具職人さんが行う取引方法だから大丈夫だろう。
取り出していた炉をアイテムボックスへ戻しながら、どうカヴォロに説明しようか考える。
「良い炉だな」
「うん。ガヴィンさんのお陰だね。
エルムさんとは200年くらいの付き合いだって聞いたよ」
「あぁ、そうか。それくらい経つのか。
火を扱う魔道具の石工品を発注する時はいつもあそこなのさ」
「お父さんの時からの付き合いなんだよね?」
「ああ、そうさ。それはもう素晴らしい職人だった。坊主の腕は父親譲りの確かなものさ。
あの頃は、龍人の村に窯元を構えていてね。火山にあるものだから暑くて堪らなかったよ」
「龍人の村があるんだね。いつか行ってみたいな」
でも、火山の近くだなんて、ジオン溶けるんじゃなかろうか。
炉の暑さには慣れたと言っていたけど、暑さは得意ではないとも言っていたし。
「お父さんとお兄さんは今も龍人の村に住んでるの?」
「いや……兄貴の話を聞いたのか?」
「うん。格好良くて優しくて、なんでも出来る強いお兄さんなんでしょう?
あと、石工の腕もお兄さんのほうが上だってガヴィンさんは言ってたけど」
「ほう……確かに、あの親父と同等か……いや、それ以上の職人になる才がありそうだったな。
当時は3人で作業場に篭って、親父の傍で何かしら作っているのを、訪れる度に見かけていたよ」
エルムさんの口ぶりからして、お父さんは……つまり、そういう事なのかな。ガヴィンさんも二代目だと言っていたし。
お兄さんは離れて暮らしていると言っていたけれど……龍人の村にはいないようだ。
「全くあの兄貴はどこで何をしているのやら……。
そうか、200年、か。あれからそんなに経ったのか……」
懐かしそうに目を細めるエルムさんの姿に口を閉じる。
何か、あったのかな。ガヴィンさんが二代目になった頃の話なのだろうか。
「ライ。あいつの兄貴を見かけたら、縄で縛り付けてあの坊主に突き出してやれ。
よく似た男だからな。見たら一発で分かるだろう」
「う、うん……わかった……」
そう言えば、エルムさんが俺の話をする為にあちこちに行っていると聞いたけど、こういうのって本人に聞いて良いのだろうか。
今日もこの後、出かけるのかな。そうだとしたら突然押しかけてしまって申し訳ない。
「エルムさん、今日はお出かけしないの?」
「あぁ、今日は予定がなくてな。
こうして君がやってくるのなら、こちらから君の家に遊びに行ったのだが」
「今からくる? あ、でも今、トーラス街少し慌ただしいんだよね」
「ほう? 何かあったのかね?」
「詳しくは分からないんだけど、海が荒れてるらしくて」
「あぁ……あそこの海は化け物がいるからな」
「そうなの!?」
昨日、ここ数日の戦利品を売却……カプリコーン街管轄の戦利品もあったけど、依頼が達成できる数に満たない物が多かったので、全てトーラス街のギルドで売却する為に、トーラス街のギルドを訪れると、先日訪れた時よりもギルド内は慌ただしく、これまでどの街のギルドでも見かけることのなかった兵士さん達が、職員さんと何やら険しい表情で話している姿を見かけた。
売却後に聞いてみようと口を開いたところで、受付をしてくれていた職員さんが、新たに訪れた兵士さんの対応に追われることになった為、聞くことは叶わなかったが。
「昔はいなかったそうだがね。いつの間にやら現れて、深い場所に居座るようになったらしい。
海上に姿を現したことはないそうだが、真上をうろちょろしていようもんなら、海に引き摺り込まれるとか。
そいつの為に迂回して船を進めねばならんから、船旅で参ノ国に行くのに酷く時間が掛かるようになった」
「へぇ~参ノ国には船で行くんだね。
海が荒れるのはそれが原因?」
「あぁ、そいつが動くと海が荒れるらしい。大概が阿呆が真上をうろちょろしたのが原因らしいが」
「なるほど。原因があるって言ってたのはそういうことだったんだね」
「放っておけば1日2日で落ち着くらしいがね。深い所へ戻って行くらしい」
「1日2日? 4日前からずっと慌ただしいけど……」
「……4日? そいつは異常だな。いつから続いている?」
「うーん……俺が海に人が集まってるなって気付いたのは、着いてしばらくしてからだったけど。
でも、その前がどうだったのかはわからないや」
トーラス街に辿り着いてすぐ、海を眺めた時は慌ただしくはなかったような気がするけれど、自信はない。
「ふぅむ……トーラス街の工房に行ってみるか。人手が足りてなくて大騒ぎしているだろう」
「人手?」
「こういう非常事態にはな、魔道具やら武器やらの生産が追い付かなくなるのさ。
特にあそこの海には、化け物避けに大量の魔除けが設置されている。やつが少し上がって来ただけで壊れてしまうような魔除けだがね」
「ほとんど効いていないってこと?」
「気休めのようなものだからね。多少動きを鈍くさせることは出来ているらしいが。
動き回っているとなるとほとんどが壊れているだろう」
「なるほど。手伝いに行くんだ?」
「私は無償では動かないよ。だがまぁ、アドバイス程度はしてやれるだろうからな」
俺にも何か手伝えることがあれば良いんだけど。
「アルダガさん、覚えてる?」
「あぁ、祭りの時にいたはじまりの街の武器屋の店主だな」
「アルダガさんのお兄さん、トーラス街で鍛冶師をしてるんだって」
「ほう? 言われてみればそっくりな顔した鍛冶師を見た覚えがあるな。
確か、弐ノ国で一番でかい鍛冶場で責任者をしてるんじゃなかったか」
「へぇ! そうなんだ? 凄いんだね」
「まぁ、私は鍛冶師と関わることがほとんどないから詳しくは知らんがね。
鍛冶場もてんてこ舞いだろうな」
「うーん……紹介状貰ってるんだけど、落ち着くまでは会えないかな」
今日か明日かに会いに行こうと思っていたけれど、非常事態に呑気に会いに行くのはさすがに遠慮したい。
「あぁ、それがいいだろうな……いや、恐らくギルドに依頼があると思うぞ。
猫の手も借りたい状態だろうからな」
「依頼……俺、依頼受けても鍛冶出来ないからなぁ。
あ、魔道具の依頼もある?」
「恐らく貼りだされてるのではないか? まぁ、雑用要員の募集だろうがね。
魔道具職人がギルドで依頼を受けることはないからな」
「それなら俺も出来るかも。あーでも重い物持てないからなぁ」
「魔道具製造スキルを持つ者に雑用させていては宝の持ち腐れさ。
話を通しておこう。良い訓練になる」
確かに、魔道具製造スキルを上げるチャンスだ。
生産の依頼だとスキルが上がりやすいようだとカヴォロが言っていたし、このチャンスを逃す手はないだろう。
「うん! ありがとう、エルムさん」
「さて、そうと決まれば早速トーラス街に向かうとするか」