day52 新しい炉
「ああ、きたんだ。入って」
今日も今日とて庭先にいたガヴィンさんに、中に入るよう促される。
言われた通りに扉を開けて中へ入ると、庭から移動してきたガヴィンさんに作業場へと案内された。
「炉、貸してくれてありがとう。持ってきたよ」
「ん。その辺置いといて。
魔道具製造の道具持ってきた?」
「うん。魔法陣は変えなきゃいけないかもだけど」
「俺も大体出来てるよ」
そう言って、並んでいる2つの炉を指し示す。
先日、ガヴィンさんの元に訪れた際に、黒炎属性と合わせるとなると、値段がいくらになるかは分からないと言われたので、今日改めて聞いてお金を支払う予定だ。
オーダーメイドだし、ガヴィンさん自身も『俺に頼むのは高いからおすすめはしない。最低でも15万』と言っていたので、値段を聞いてから銀行に行く必要がある。
「魔法陣に合わせて調整したら完成。
全部やり直しなんて事にならない限りは、今日渡せる」
1つは暖炉の様に、鉱石を入れて溶かす穴が開いている部分以外が岩で囲まれている炉で、1つは石鉢のように上部が開いた、円錐台に岩が積み重なった炉だ。
炉のことはさっぱりわからないので、ジオンとリーノへ顔を向ければ、2人は笑顔で大きく頷いた。
「なんでも良さそうだったから、俺の好みで作ってみた。こっちが、鍛冶用で、こっちが細工用ね。
ま、俺は鍛冶も細工もしないから、使いやすいかはわかんないけど」
暖炉のような炉が鍛冶用で、円錐台の炉が細工用とのことだ。
3人で話している姿を眺めながら、魔法陣を描いておいた円形の鉄板と《黒炎の魔石》を取り出す。
鉄板はシアとレヴ、そしてリーノが用意してくれたものだ。
「どうやって試せば良い? 実際に中に置く?」
「いや、一旦こっちの炉の中で起動してみてくれる?」
そう言って指差されたのは、先程の炉と比べて随分大きな炉だ。
頷いて、その炉の中に鉄板を入れて、魔法陣を起動させれば、轟々と燃え上がる黒炎が炉の中を満たした。
「あー……なるほど。想像以上の火力」
「火力調整したほうが良い?」
「んー……温度は変えずに火を小さくするとか、出来ない?」
「うぅん……ちょっと考えてみる」
「こっちでも調整してみる」
そう言って、部屋から出て行ったガヴィンさんは、やがてごろごろとした岩を入れた箱を持って戻ってきた。
「岩にも種類があるんだね」
「あるね。詳しくなきゃわかんないだろうけど。
耐火性に優れた岩とか、ま、色々あるよ」
シンボルの描かれたページから視線を外し、ガヴィンさんが持っている岩を見る。
なんの岩かはわからないけど、洞窟で見かける岩と比べて黒く見える。
「これ、安山岩」
「安山岩……聞いたことはある、ような?」
「んー……マグマが固まった岩」
マグマが固まってできた岩、か。ってことは熱に強かったりするのかな?
魔法陣と本を見比べながら、対処法を考える。
岩で囲まれた炉ならともかく、上部が空いている炉は火の勢いが強すぎたら、火事になりそうだ。
「うーん……温度はそのままに、火を小さくかぁ……」
「見た感じ、黒炎だけでかなりの温度がありそうだけど」
「なるほど。それなら、松明のルーン、消してみようかな」
羊皮紙に新しく魔法陣を描いていく。
一番最初に教えて貰った炉の魔法陣は、《黒炎の魔石》を使うことを前提にしたものではないから、色々と勝手が違いそうだ。
「婆さんに聞いてきたら良かったんじゃない?」
「エルムさん、外出が増えそうだって言ってたから忙しいみたい」
「あぁ……そういや婆さん、あちこちの知り合いの職人に会いに行ってんだっけ」
「そうなの? 詳しくは聞いてないんだけど」
「俺のとこにもきたからね。ま、ライの話して帰ったけど」
「え、俺の話?」
「そ。弟子が出来たって牽制して回ってんの」
「牽制……」
「禄でもないことしないようにって。
婆さんの知り合いでそんな事するようなやついないだろうに」
なんというか、エルムさんに凄く心配されている気がする。そんなに俺は危なっかしいのだろうか。
「エルムさんとは、付き合い長いの?」
「どうかな。200年くらい」
「200!? そんなに!? な、長生きなんだね……」
見た目は兄ちゃんと同じくらいに見えるけど、さすがファンタジーの世界だ。
「ま、リュウジンだし、寿命は長いね」
「リュウジン……龍? それとも、ドラゴン?」
「あ? あー……ドラゴンじゃないほう」
「龍人! そっかぁ~!」
竜は龍の略字なだけだから、本来どちらも同じ意味だけど、ゲームやアニメ等では龍が東洋風で、竜がワイバーンやドラゴンのイメージがある。
濃い青碧色の髪の間に生えている白の二股の角を見て、なるほど龍かと納得する。
「親父からの付き合いだから、そっち含めたらもっと長いね」
「お父さんも石工職人なの?」
「そ。俺は二代目。……まぁ……俺より、兄貴のほうが腕は良いんだけど」
「お兄さんいるんだ? 俺にも兄ちゃんいるよ」
「へぇ。どんな兄貴?」
「凄く恰好良いよ! それに、優しくて、なんでも出来るし。
あと、凄く強いんだ。この前の戦闘祭で優勝したんだよ」
「あぁ……あれライの兄貴か。なるほどね」
「ガヴィンさん、お祭り見に来てたの?」
「ん。品評会で審査員してた」
「そうだったの? んー……」
「審査員の顔なんていちいち見ないでしょ」
生産品に夢中になっていたから、それは、そうなんだけども。
審査員として呼ばれるなんて、やっぱり一流の石工職人なんだろうなと、ガヴィンさんの顔を見る。
「ん……あれジオンか。戦闘祭2位。ライも見た覚えあるな。カヴォロも」
「よく覚えてるね」
「言われてみればって程度だけど」
それでも凄いと思う。
俺は、知り合いの事なら覚えているけど、他の、例えば戦闘祭の3位がどんな人だったかは覚えていない。
「カヴォロは品評会の料理部門、優勝だよ。俺は、兄ちゃんと狩猟祭」
「狩猟祭……あぁ、あれ黒炎魔法だったのか……。なんだ。ライも優勝してんじゃん」
「へへ。頑張ったからね。
ガヴィンさんのお兄さんはどんな人?」
「ん……ライと一緒かな」
「そっかぁ。ガヴィンさんのお兄さんも、石工職人なの?」
「さぁ……そうだったら良いけど」
「? 今は離れて暮らしてるの?」
「……そ、離れて暮らしてる。……どう? 出来た?」
「あ、うん。多分出来たと思う。いくつか変えてみたけど」
冷ましておいた鉄板に恐る恐る触れて、触れることを確認してから、魔法陣を描き直していく。
描き直しが終わったら、再度大きな炉の中に入れて、魔法陣を起動して確認する。
「火力は小さくなったけど、温度はどうかな?」
俺の言葉に炉の中を覗き込んだガヴィンさんが、轟々と燃える黒炎を確認して頷く。
「ん。いいんじゃない」
「本当? それなら良かった」
「鉄板、入れてもらって良い? 鉄板と炉を合わせる加工しなきゃだから」
「うん。炉に起動用の記号を描きたいんだけど……」
「好きなとこ描いて良いよ」
魔法陣を停止させて、火ばさみで鉄板を取り出し、まずは鍛冶用の炉の側面に起動用の記号を描く。
それから、鉄板の隅にテスト用に描いておいた記号は消しておかなければ。
魔法陣の準備が整ったら、ガヴィンさんに確認しながら、鍛冶用の炉の中へ鉄板を設置していく。
「サイズは問題なさそうだね。細工用の鉄板は?」
「同じサイズだよ」
アイテムボックスからもう1枚の鉄板を取り出して見せる。
「ちょっと小さく出来る?」
「おう! 任せてくれ」
リーノに細工の道具と一緒に鉄板を渡して、調整してもらう。
サイズの調整が出来たら、魔法陣を描き直そう。
「ん。とりあえず、こんな感じかな。
まだ、完成じゃないけど。一回起動してみて」
鍛冶用の炉の中を覗けば、鉄板の上に岩が敷き詰められていた。
魔法陣を起動すると、敷き詰められた岩の間から黒炎が沸き上がる。
「いいね。ちょっと熱はあるけど、外に炎が飛び出てくるわけでもないし、このくらいなら大丈夫でしょ」
「これは素晴らしいですね。それに、凄く使いやすそうです」
「そりゃ良かった。ライ、停止して」
頷いて魔法陣を停止すると、すぐに炉の中へ手を突っ込んで作業を始めたガヴィンさんに目を見開く。
「ガヴィンさん!? 熱くないの!?」
「熱い」
「だ、大丈夫!?」
「冗談だよ。龍人は炎に強いから」
「へぇ~! そうなんだ」
「ま、黒炎を直接触んのはさすがに無理だけど」
「黒炎以外なら触れるの……!?」
「炎属性くらいならね。ま、それでもずっと触ってたら火傷はする」
そう言いながら、最後の仕上げをしていくガヴィンさんの手元を眺めてみるも、長い爪が鋭く尖っている事以外、俺の手と変わらないように見える。
俺の爪も少し尖っているけど、ガヴィンさんのほうが鋭い。
「仕上げ終わったよ。後はライが魔法陣完成させたら、こっちの炉は終わりだね」
「うん!」
早速、《黒炎の魔石》を翳して力を込める。鉄板の魔法陣は岩で覆われていて見えないけど、魔石が全て溶け切ったら完成だ。
起動用の記号に触れてみて、魔法陣が起動することを確認する。
「大丈夫そうだね。じゃ、こっちの炉も調整するから」
「ライ、鉄板できたぜー!」
「ありがとう、リーノ。
ガヴィンさん、同じ魔法陣で大丈夫?」
「ん、大丈夫」
リーノから鉄板を受け取って、早速魔法陣を描き直す。
同じ魔法陣を描けば良いだけなので、すぐに描き終えることができた。
「魔法陣、描き直したよ」
「ん。調整終わるの待ってて」
「うん。あ、いくらくらいになりそう?」
「あー……鍛冶用が29万、細工用が27万。合わせて、56万CZ」
「それじゃあ、その間に銀行に行ってくるね」
これまでで一番大きな買い物だ。少しドキドキする。
ガヴィンさんの窯元から出て、銀行へと向かう。
魔道具になった炉の値段と炉単体の値段の差ってどれくらいあるのだろう。
カヴォロとの話では、街での買取額を5倍にして、そこから石窯単体の値段を引いたお金ってことになったけど。
果たして、それで、本当に良いのだろうか。
買取額自体はオークションページの最低開始価格で見ることが出来るが、そもそも、魔道具と石工品の価格計算が一緒なのかわからない。
恐らく魔道具のほうが高いのではないかと思う。同じ数の鉱石を使って作ったアクセサリーと武器では、アクセサリーのほうが高いらしいし。
ってことは……えぇと……どう計算したら良いのかな?
魔道具製造で使った鉱石や魔石の値段と、単純な技術料だけがわかれば良いのに。
銀行でお金を降ろし、ガヴィンさんの元へと戻ってくる間も、ずっと考えていたけど、さっぱりわからない。
「こっちの炉も調整できたよ。鉄板、置いて行ってたから仕上げも終わらせといた」
「ありがとう。完成させて良い?」
ガヴィンさんが頷いたのを確認してから、細工用の炉にも起動用の記号を描いて、魔道具を完成させる。
値段のことを考えながら作業をしていたら、そんな俺を見たガヴィンさんが首を傾けた。
「なに? 考え事?」
「うん……計算の仕方がわからなくて」
「計算?」
ガヴィンさんに、考え込んでいる内容を話す。
「ふぅん。ま、石工品と魔道具では計算式は違うね。
素材自体の値段が変わるわけではないけど、倍率って言えばいいのかな。
石工品は他の……まぁ、武器とかアクセに比べたら倍率は低い」
「倍率……例えば、100CZの鉱石を3つ使って作った武器の値段は、300CZにその倍率を掛けた値段になるってこと?」
「他にも攻撃力とか品質で変わるけど、簡単に言えばそう。
けど、あくまで街での買取額がそうってだけで、売る金額は人それぞれだよ」
そう言って、ポケットからスマートフォンに似た端末を取り出したガヴィンさんが、するすると指でその端末に触れる。
動かしていた指が止まると同時に、完成した炉2つの代金、56万CZと表示された取引ウィンドウが現れた。
取引を完了して、炉を……当然、俺が抱えることは出来ないので、そのままアイテムボックスへ入れる。
「見てみたら?」
促されるまま、オークションページで鍛冶用の炉の最低開始価格を見てみる。
表示された価格は28万……払った炉の値段よりも安いけど、ガヴィンさんは買取価格の何倍くらいで受注しているのだろうか。
さすがにそれをガヴィンさんに聞くことはしないけれど。
「28万……ってことは、5倍で140万!?」
カヴォロの石窯がいくらかわからないけど、鍛冶用の炉が29万から140万に跳ね上がったことを考えても、50万以上の差額を受け取ることになるのではないだろうか。
リーノに細工を頼んだら、更に値段は上がるだろう。
「別に気にしないで5倍で売っちゃえばいいと思うけど」
「む、無理! 友達にこんな値段掲示できないよ!!」