day49 窯元
「カヴォロおはよー」
「あぁ、おはよう」
カヴォロと共に石工の村に辿り着いたのは、日にちが変わってからだった。
そんな時間では、広場を囲むように建ち並んだ商店は当然閉まっていて、俺達はそのまま宿屋に向かった。
「サンドイッチで良いか」
「うん! ありがとう!
シア、レヴ、起きて。カヴォロきたよ」
寄り添うようにベッドで眠るシアとレヴに声を掛ける。
「う~……起きる……」
「ご飯……」
もぞもぞとほとんど目も開いていないまま、起き上がった2人に小さく笑う。
小さな机はあるけど、6人で食事を広げるようなスペースはないので、それぞれベッドや一人掛けのソファに座ってサンドイッチを食べる。
「カヴォロはこの後何するの?」
「商店を見に行くつもりだ。売ってる石工品は魔道具じゃないんだよな?」
「うん。そうだって言ってたよ」
「……それじゃあ、良い石窯があったら魔道具にして欲しい」
「うん! もちろんだよ!」
「料金は……街売りの5倍で」
「5倍……高過ぎない? 俺、オークションでは2倍で出品したけど……」
「2倍で売れたわけじゃないだろう?」
「それは、まぁ……そうなんだけど。
コンロは7倍くらいだったかな。でも、イベント前だったからね」
「確かにイベント前で高騰するのはあるだろうが……それを加味しても5倍は妥当じゃないか?」
「そう、なのかな……」
確かに、イベント前で高騰して7倍なら、普段は5倍程度になるって言われて納得は出来るけど。
兄ちゃん達の露店で武器を売って貰っていた時も、3倍から5倍の値段だったみたいだし、相場はそのくらいの価格なのかもしれない。
「うーん……これから出品する時は4倍で出品してみようかなぁ」
「4倍で良いと思う」
「それじゃあそうしよう。カヴォロも4倍ね」
「4倍で出品したら、最終的に4倍以上になると思うんだが……5倍でいい」
「入札があればそうだけど……。
あ、でも、カヴォロが買った石工品の分のお金の分は引くわけだから、5倍でも、良い……かな?」
元になる生産品以外は魔石と技術料だけ……細工するなら変わるけど、そこまで高くはならない……と、思う。
まぁ、カヴォロが良いと言ってるんだから、遠慮し過ぎても面倒だと思われるかもしれないし、これ以上食い下がるのはやめておこう。
それに、露店にいつもいるカヴォロのほうが、俺よりも相場に詳しいだろうし。
「わかった、5倍ね。買った石工品の値段、教えてね」
「あぁ、ありがとう」
サンドイッチの最後の一口を咀嚼しながら、この後の予定を考える。
俺達は窯元に行って、ジオンとリーノの炉を作って貰って……今日用意できたら良いけど。
この世界の生産は早いと思っていたけど、エルムさんは寝る間も惜しんで制作していたし、物によるのだろう。
「ごちそうさま。カヴォロ、ありがとう。凄く美味しかったよ」
「あぁ……それなら良かった」
「ライくん待ってー」
「まだ食べてない」
「うん。ゆっくり食べて良いよ」
シアとレヴを待っている間に、カヴォロのスキルレベルを聞いておく。
俺が今扱える《黒炎魔石》の品質は低いとは言え、現状のスキルレベルでは使用条件30レベルまでの魔道具しか作れないから、ただ燃えるだけとかなら調整はほとんど必要ないけど、色んな要素を追加すればする程、高いスキルレベルが要求されるので調整が必要になる。
「冷蔵庫も欲しいんだが、売ってたか?」
「うーん……俺が見た限りはなかったけど……、そもそも冷蔵庫って何で作るのかな」
ジオンとリーノに視線を向けると、ジオンがにこりと笑って口を開く。
「木工、石工、鋳造で作れますよ。
こだわりがなければ一番安い木工品ですかね」
「そっか。魔道具にする時にどうとでもなるから、元になる生産品はなんでも良いと言えば良いのか」
「そうですね。ですが、性能に多少の差があるみたいですよ。
木工品より石工品、石工品より鋳造品です。
差があると言っても大きな差ではないようですし、魔道具職人の腕に左右されるので基本的には好みですかね」
「木より石、石より鉱石か……重さも違いそうだね。
まぁ、一度設置したら動かすことはほとんどなさそうだけど」
炉と冷蔵庫の作り方は一番最初に勉強したし、石窯は……貰った魔道具の本に恐らく載っていると思う。
《氷の宝箱》には使用条件がなかった事から、冷蔵庫も恐らく使用条件は必要ないだろう。
「氷晶属性が付けられるから鋳造品がいいけど、鋳型がないなぁ」
「シアとレヴが鋳造を持ってるんだったか」
「うん。鋳型さえあれば俺達で作れるけど、カヴォロのも作る?
家庭用魔道具なら空さんのほうが得意だと思うけど」
「あぁ……そう言えばそうだったな。……いや、ライに頼みたい」
「うん、わかった。大きいやつだよね?」
俺の言葉に頷いたカヴォロに頷き返して、鋳型をどうやって用意するか考える。
石工品で売ってるならそこから作っても良いけど……鋳型の元にするだけだから安いほうが良い。
冷蔵庫を丸のまま鋳型にするわけじゃないし、パーツに分けられているほうが良いけど、解体とかできるのかな。
「ライくん食べたーおいしかったー」
「カヴォロくんごちそさま」
「うん。それじゃあ、そろそろ出ようか」
座っていたベッドから立ち上がり、部屋から出る。
受付でチェックアウトをして宿屋から出て、カヴォロは広場の周りを囲む商店へ、俺達は教えて貰った窯元へと向かった。
「そう言えば、炉も木工品で作れるよね」
「そうですね。余程腕が良い魔道具職人が作った物でなければ、燃えるでしょうが。
炉は石工品を元にした魔道具が大半ですね。
鋳造品から作られた魔道具もあるにはありますが、ほとんど見かけません」
「性能は? 冷蔵庫みたいに鋳造品が一番上?」
「いえ、炉や窯の場合は石工品ですね。後は好みです」
「ちなみに、ジオンとリーノの好みは?」
「さて……特にはないですね。石工品でしょうか」
「俺もないかなー」
2人の場合、どんな魔道具を使っても、その魔道具で作れる最高の物を作れそうだ。
「……ここかな?」
石窯を売っていた商店のお姉さんが教えてくれた特徴を持つ窯元の前に立つ。
この辺りには窯元が建ち並んでいるようで、庭先に大きな窯があったり、作っている途中であろう石像が置かれていたりと様々な窯元があるのがわかる。
名前の書かれた表札……看板だろうか。そこにお姉さんに聞いた『ガヴィン』という名前が書かれているのを確認して、ほっと安堵の息を吐く。
ただ、窯元と商店は一緒になっているわけではないので、商店が開く時間に来ても起きていない可能性がある。
エルムさんは徹夜で作業している時もあるし、かと思えば遅くまで寝ている時もあるようだし、職人さんの活動時間が何時なのかわからない。
「客? それとも見学?」
ノッカーで扉を叩くのを躊躇っていると、庭先から声を掛けられた。
声がしたほうへ顔を向けると、なんともロックな出で立ちのお兄さんが立っていた。
服装自体は白のカッターシャツに、黒のズボンというシンプルなものだけど、両耳にたくさんのピアス、それから眉尻、口元にもピアスが付けられており、腕まくりをしている右手にはタトゥーが描かれている。
それから、頭から鬼の角とはまた違う、白の二股の角が生えていて、恐らく何らかの種族なのだろうということがわかる。
「あ……ガヴィンさん、ですか?」
「そうだけど。紹介?」
「石窯を売ってるお姉さんに、炉ならここだって聞いて」
「あぁ……どーぞ。扉開いてるから、庭まで出てきて。入ってすぐ、右」
話す時に舌にもピアスが付いているのがちらりと見えた。
痛くないのだろうか。いや、痛みもなくすんなり付けることができるこの世界のアクセサリーのことを考えると痛くはないんだろうけど。
勝手にずかずかと入って良いものかと迷うが、言われた通りに扉を開き、すぐ右にある扉から庭先へと出た。
「それで、炉?」
「うん。鍛冶で使うのと、細工で使う炉の2つお願いしたいんだけど」
「ここで売ってんのは魔道具じゃないけど」
「それは大丈夫。俺が出来るから」
「……へぇ。あんた、名前は?」
「ライだよ」
他の皆の事も紹介していけば、ジオンとリーノ、それからシアとレヴに視線を向けたガヴィンさんは、少しだけ思考を巡らせた後、頷いた。
「どんな炉が良い?」
ガヴィンさんは、俺ではなく、ジオンとリーノにそれを尋ねた。
2人が使うと、見ただけでわかったのだろうか。
「どんな炉があるのか詳しくないので……どういった物が良いのか……」
「俺も、わかんねーや」
「それじゃ、その辺にあるから見といて」
指差した先に並ぶ炉へ、2人が近付いていく。
「で、ライは何使って作るつもり?」
「《黒炎魔石》を使うつもりなんだけど」
「は? 黒炎? そんな魔石、どこで手に入れたの?」
「俺が封印したやつだよ」
「……あぁ、あんた、あの婆さんの秘蔵っ子か」
「なに? 秘蔵……?」
「異世界のやつを弟子に取ったって言ってたけど」
「うん……? あ、エルムさんと知り合いなの?」
「取引先」
エルムさんと取引しているという事は、きっと一流の石工職人なんだろう。
お姉さんの紹介でそんな職人さんと出会えるなんて運が良い。
「ってことは、禄でもないもん渡すわけにはいかないか。
何言われるかわかんないし。で、他には? どうしたいとかある?」
「できれば、黒炎属性が付与された鉄を使いたいんだけど」
「……あの人嫌いの婆さんが弟子に取るわけだ。
それ、職人連中にほいほい言うのやめたがいいよ」
「聞かれたから答えただけなのに……」
「そうだけど。ま、これからは濁しなよ。
魔道具作れるってのも黙ってたが良いかもね。あんた特に騙されやすそうだし」
エルムさんにもすぐに騙されそうだと言われたことを思い出す。
そんなに危なっかしいだろうか。
「鉄……鉄ねぇ。下に置いとけば? 魔法陣描くとこ」
「鉄板にしてってこと? 出来る?」
「出来るけど、問題はライが扱えるかじゃない?」
作って貰った鉄板の品質が高過ぎると扱えないけど、扱える品質の鉄板なら大丈夫だ。
とは言え、《黒炎鉄》は1個しか使えそうにないかな。それ以上は俺が扱える魔法陣で調整するのは無理だ。
「多分、大丈夫だと思う」
「ん。で、決まった?」
声を掛けられた2人が困ったように笑う姿を見て、どうやら決まっていないようだと分かる。
弘法筆を選ばずってやつかな。
「じゃ、こっちで適当に作るから」
「お願いします」
「黒炎属性なんて見たこともないから、どうなるかわかんないけどね。
一緒に作るのが一番手っ取り早いけど」
「あー……魔石も鉱石も置いてきてるや」
「急ぎ?」
「出来れば今日欲しかったけど……」
「さすがにそれは無理。急ぎで作りたい物でもあんの?」
「急ぎではないんだけど、俺この後帰るから、皆が家で暇しないように」
「あぁ……それじゃ、参考用に買った炉、持って帰って良いよ。
魔道具だから、すぐ使える。次来る時返してくれたら良いから」
「え!? いいの?」
「いーよ、別に。俺は使わないし」
初対面の相手にそこまでお世話になって良いのかと悩む。
ましてやつい先程騙されやすそうだと言われたばかりだし。
でも、エルムさんと知り合いのようだし、それに、忠告してくれたところを見ても、信頼できる人だと思う。
「ありがとう。凄く助かる」
「いーえ。次、いつ来れる?」
明日はいないし、明後日はカヴォロとトーラス街に行く約束がある。
「夜で良いなら明後日かな」
「んー……じゃ、その次の日。3日後」
「うん、わかった。今日くらいの時間で良い?」
「良いよ。その時、魔石とか……使うもの用意できる?」
「魔法陣以外は用意できるよ。魔法陣は調整が必要かな」
「ま、それはこっちで調整したら良い……ん?」
ガヴィンさんは話している途中で、何かに気付いたように俺達から視線を外し、庭の柵の外へと視線を向ける。
その視線を追ってみれば、そこにはカヴォロがいた。
「あれ? カヴォロ?」
「知り合い?」
俺が頷いたのを見た後、ふらりと俺達の傍から柵まで歩いて、俺達に声を掛けてくれた時と同じ言葉をカヴォロに掛けた。
カヴォロはガヴィンさんの姿を見て、それから、俺達の姿を捉えて少しだけ目を細めた後、再度ガヴィンさんと向き合い、口を開く。
「商店の石窯じゃ耐えられるかわからないって言われて紹介された」
「耐えられない? 何が?」
「……火力?」
「あーはいはい。
庭まできて。入ってすぐの右の扉」
カヴォロの石窯も《黒炎魔石》を使って作るつもりだったけど、耐えられないこともあるのかと思考を巡らす。
「あの兄ちゃんの石窯も、ライが作るって認識で良い?」
「うん。そうだよ」
「そ。耐えられないだろうね、それは」




