day48 弐ノ国のヌシ
森を進み、姿を現した大きなナメクジを見上げて、塩をかけたら小さくならないだろうかと考える。
なるとしても、こんなに大きなナメクジに振りかける程の塩なんて用意できないけど。
兄ちゃんと狩りをしたお陰で、ジオンのレベルは25になり、《氷壺秋月》を装備できるようになった。
ヌシの適正レベルはわからないけど、大丈夫だと兄ちゃんにも言われたし、今日中に倒せるだろう。
エルムさん曰く狩猟祭の☆9モンスターよりも弱いだろうとのことだし、火と魔法が弱点だったとは言え、☆10のモンスターを一撃で倒した黒炎弾もある。
ちなみに、兄ちゃんも一緒にヌシを倒しに行かないか聞いたけど、断られた。
新しい魔力銃を作って、ソロで挑戦したいそうだ。
「どうですか?」
「んーと……弱点はなさそうだね。あ、でも魔法耐性あるっぽい」
「魔法効かねぇの?」
「耐性だから、効かないってわけじゃないと思うよ」
鑑定のレベルが10になったことで、弱点が見えるようになった。
見えると言っても、事細かに分かるわけではなく、簡単なものだ。
大ナメクジ改め『フォレストスラグ』の場合は、『物理:普通 魔法:耐性あり 弱点属性:なし』と表示されている。
ちなみに、弱点属性があった場合、『あり』と表示されるだけで、どの属性が弱点なのかはわからない。
分かったところで戦い方を変えられるわけではないので、現状ほとんど意味をなしていない。
「ライくん、呪毒?」
「うん、よろしく。2人が呪毒を使ったら、俺も黒炎弾使うね」
倒すのに時間が掛からないモンスターだと、呪毒の恩恵は少ないけど、ヌシのようなHPが多いモンスターなら恩恵は多いだろう。
シアとレヴが呪毒スキルを使用した後、フォレストスラグが毒状態になった事を確認する。毒耐性はなかったようだ。
「【黒炎弾】」
黒炎に包まれたフォレストスラグが、甲高い金属音のような叫び声を上げる。
粘液を辺りに飛び散らせながら、暴れ始めたフォレストスラグから距離を取り、様子を伺う。
手足のないフォレストスラグの攻撃方法は、恐らくあの粘液なのだろう。
「すごーい!」
「ライくんつよーい!」
黒炎弾を初めて見たシアとレヴが、キラキラと目を輝かせて俺を見る。
「ありがとう。でも、連発は出来ないから、ここからは皆で倒さなきゃだよ」
「魔法効くみたいだな! おっし、後はHPを削りきるだけ!」
「呪毒の効果で体力も削れていってますし、時間は掛からなさそうですね」
シアとレヴには、クールタイムが終わり次第、水弾を。毒状態が回復することがあったら呪毒して貰えるように伝えておく。
リーノには雷弾を使用しつつ、シアとレヴを守って貰うように伝えて、俺とジオンで前に出る。
「ライさん、粘液には触れない方が良さそうです」
ジオンの言葉に、地面に散らばる粘液を見てみれば、シューシューと音を立てて草木を溶かしていた。
呪毒が効くことから、毒耐性はないはず……つまり、あの粘液は毒ではない、と思う。
硫酸のようなものなのだろうか。そんなものを頭から被ったらと想像して、ぶるりと体が震えた。
地面に散らばった粘液は、時間が経てば消えるというわけではないようで、留まり続けている。
「急いで倒さないと面倒なことになりそうだね」
頷き合って、粘液を避けつつ攻撃を仕掛けていく。
避けきれずに肩に落ちてきた粘液を慌てて振り払えば、HPは削れたものの、服や肌が溶けている様子はなく、安堵の息を漏らした。
「ライ、やべぇ! 盾がボロボロになってきた!」
「え!? 盾は溶けるの!?」
服と肌が大丈夫だったことで安心していたけど、盾は駄目だったのだろうか。
「溶けてるわけじゃねぇけど……どんどんボロボロになってるぜ!」
「あぁあ~……リーノの盾も新調しておくべ……おわっ!?」
粘液を避けた先にあった粘液で足を滑らせる。
「ライさん! 大丈夫ですか!」
「大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
手をついた先には運良く粘液がなかった為、無事だ。
足を滑らせてしまった粘液でHPが減っているから、無事と言っていいのかはわからないけど。
倒せはするだろうけど、時間が掛かりそうだと小さく溜息を吐く。
ジオンも上に下にと襲い来る粘液の対処で、あまり攻撃を仕掛けられていないようだ。
時間を掛ければ掛ける程、足の踏み場がなくなっていくと予想できるのに、時間が掛かりそうでもどかしい。
「リーノ! 耐えられそう!?」
「無理! もう壊れる!」
「無理かぁ……」
「恐らく、この粘液と盾の相性が頗る悪いのでしょうね。
新調していたとしても、同じ結果かと」
「おー! 多分どの盾でもダメだと思うぜ!」
新調するとしても、5レベル上の装備条件のものだったわけだし、劇的な変化があるわけではない。
ジオンとリーノの言葉を聞くに、例え30レベル上の盾でも同じ結果のようだ。
「リーノ、盾が壊れたら、シアとレヴを抱えて避け続けて!」
「無茶言う……やってみるわ!」
シアとレヴは、レベルは低いとは言え、決して弱いわけではない。
ただ、狩りをしている時の2人を見る限り、戦闘に慣れているようではなさそうだった。
今の2人では避け続けるのは厳しいだろう。
HPも多くはない……まぁ、俺とほとんど変わらないけど。俺、HP少ないし。
リーノへと視線を向けてみれば、両脇にシアとレヴを抱え、ひっきりなしに飛んでくる粘液を逃れて、あちこち動き回っている。
早く倒すには、足元の粘液なんて気にしていたら駄目だと走り出せば、つるりと滑って思いっ切り転んでしまう。
そんな俺を見て近付こうとしたジオンも足を滑らせ、ばたりと転ぶことはなかったが、体勢を崩してしまった。
なんともどたばたしている。もっとスマートに倒したいのに。
ぐぬぬとフォレストスラグを睨み付けながら、どうしたものかと考える。
まずは近付かなれば。粘液を避けるためにどんどん離れてしまっている。
「毒でHPが減っていくのを待っていたほうが早い気がしてきた」
「黒炎弾の冷却時間を待つ方が早いと思いますよ」
「むぅ……」
黒炎弾がなければ何もできないみたいで、なんか、嫌だ。
そんなわけないとは分かってはいるものの、ほぼチートな黒炎弾のみで倒してしまうのが、楽しくない。
刀で攻撃を仕掛けている間に、クールタイムが終わったというのなら、まだ、良いのだけど。
とは言え、そうなったとしても勿体ないからって理由で使わない気がする。
「ライー! シアとレヴが!!」
リーノの声に慌てて振り向く。
無事だろうかと焦るが、2人はリーノに抱えられて楽しそうにしていた。
「? どうしたの?」
「2人に当たった粘液が溶けた! 溶けた? 元気がなくなった!」
「……? 粘液で溶けたんじゃなくて、粘液が溶けたの?」
どういうことだろうかと、ジオンと一緒にリーノの元へと近付く。
「粘液が当たってしまったんだけど、2人に全然効いてなかったんだよ。
その上、粘液がしな~って元気なくなって……消えたんだ」
「うん? 元気がなくなる……? ……ちょっと粘液の上に立って貰っていい?
危なそうだったらすぐに抱えてね」
「「わかったー」」
リーノから降りたシアとレヴが、一番近くにある粘液の上に立つ。
リーノが言った通り、HPが減る様子はない。
2人の足元からしおしおと粘液が干からびて、やがて粘液は消えてしまった。
「……何事!? あ、塩!? 海に住んでるから!?」
「塩……ですか?」
「俺達の世界だと、ナメクジって塩を掛けたら小さくなるんだよね」
「ナメクジ? スラグのことか?」
「多分そう。こんな大きいのはいないけどね」
ナメクジに海水をかけたらどうなるのだろうか。
塩分が含まれているとは言え、水分なのだし、塩をかけた時の様にはならない気がするけれど。
いや、そもそも、シアとレヴは海に住む種族ってだけで、海でもなければ海水でもない。
触れたら水っぽいなんてこともない。実際、抱えていたリーノの服がびしょ濡れになんてことにもなっていない。
なんだかよくわからないけど、これは好機到来だ。
「シア、レヴ。道を作って」
「任せて。シアはあっちに」
「わかったー。レヴはあっちね!」
俺の言葉に頷いたシアとレヴがそれぞれ走り始める。
2人が通った道がしおしおと干からびて消えて行くのを見て、ジオンと顔を見合わせて頷く。
「俺、いよいよすることなくなっちまったなぁ」
「相性は仕方ないよ、リーノ。雷弾よろしくね」
「おう。任せてくれ!」
フォレストスラグの周りを走り回り、作ってくれた道をジオンと共に走る。
それにしても、兄ちゃんが手こずるはずだ。
避ければ避ける程、粘液が増えて、遠くからしか魔力弾を撃つことができなくなるわけだし、その分攻撃力はどんどん低くなる。
後で塩を撒いたら良いと教えてあげよう。大量の塩を使うのは勿体ない気もするけど。
「シア、フォレストスラグに触れる?」
「うん!」
俺の言葉にシアは躊躇なくフォレストスラグへと手を伸ばした。
「ぬるっとしてるー」
「そっかぁ。ありがとう」
HPは減っていないようだけど、触れた場所が干からびている様子はない。
さすがにフォレストスラグ自体には効果がないようだ。
俺が触れた場合はどうなるかなと触れてみれば、HPが減ることはなかった。
ぬるぬるしているが、飛び散らせている粘液とは違うもののようだ。
2人が作ってくれた道を進み、フォレストスラグへと攻撃を仕掛けていく。
あちこち走り回って粘液を消してくれているお陰で、避けた先に粘液があって転んだなんてことにもならず、攻撃を仕掛けることが出来ている。
残念ながら、全てを避けきることはできなくて、少しずつHPが減ってしまっているが、思い切り頭から被るなんてことにはなってないから及第点ってことにしておこう。
教会で2人を仲間にできていたから良かったけど、そうじゃなかったら、何も出来ずに黒炎弾を2回打って終わっていたのかなと思うと、もっと戦闘技術を磨かなければと思う。
「あと少しだぜ!」
狩猟祭のあの大きな蛇を倒した時のように、頭の上に乗れていたら違ったかもしれないと、3メートル程の高さにあるフォレストスラグの頭を見る。
さすがに何もなしで3メートルは飛べない。バスケットゴールが確かそのくらいの高さだったはずだから、頑張れば手は届くだろうけど、上に乗るのは無理だ。
ホップ、ステップ、ジャンプで飛べたら良いのに。
まぁ、それは今後の課題として、今はフォレストスラグを倒してしまおう。
最後の仕上げだとばかりに、総攻撃をしかける。
「【氷晶魔刃斬】」
「【雷弾】!」
「「【水弾】」」
「【連斬】!」
シアとレヴが消していなかった粘液も一緒に、エフェクトと共にフォレストスラグが消えて行く。
手間取ったけど倒せて良かったと息を吐く。
「みんな、お疲れ様。シアとレヴ、ありがとうね」
「役に立てたー」
「良かった」
本日のMVPは間違いなくシアとレヴだろう。
「リーノの盾、新しく買わなきゃね」
「盾がなくても、防御力高いから壁は出来るんだけどなぁ」
「だって、見てて心が痛む……」
「ライさんも結構無茶してますけどね。
狩猟祭の時も雷の中に突っ込んでいってましたし」
「ワイバーンに飛び込んでたよー」
「ボクたちに当たらないようにしてたよ」
「ぐぅ……そう言われると、反対できないね。
うーん……重傷になるようなのじゃないなら、良いよ」
「おっしゃ! 無理じゃない範囲で頑張るぜ!」
雷弾にはクールタイムもあるし、皆が戦っている中のんびりしているのは嫌だろう。
俺だって同じ立場だったら嫌だし。
話が纏まったところで、時間を見る。『CoUTime/day48/14:38』だ。
地図を取り出して確認してみると、ここからほとんど時間が掛からずに次の村へと辿り着くことができそうだ。
この時間なら、トーラス街まで行けそうだけど、どうしようかな。
次の村に滞在するか、それともトーラス街まで行くか。
明日のお昼にはログアウトするから、今日中にトーラス街に行ってしまったほうが良いかな。
「一旦次の村に行って、その後、トーラス街まで一気に行ってしまおう!」