day2 洞窟へ
ログインすると辺りは真っ暗だった。
窓から薄っすらと月の光が照らされた室内でもぞりと上体を起こす。
隣のベッドを見るとジオンが眠っている。
時間を確認すると『CoUTime/day2/2:00』。深夜である。
時間を計算してログインしたほうがよかったかな。
特に眠いわけではないけれど、何もすることはないので寝てみることにしよう。
ジオンを起こすのも申し訳ないし。
そう考えたのが、7時間前のことだ。
たっぷり寝たような、そんなに寝ていないような不思議な感覚だ。
ゲーム内で寝ておけば現実世界でも大丈夫、というわけにはいかないようだ。
「おはようございます。
夜のうちにお戻りになってたんですね」
「おはよ、ジオン。2時に戻ってきたんだけど、することもないし寝ちゃった。
先に起きてたの?」
「ええ。と言っても1時間程前ですが」
空腹度が上がっている。
朝から憂鬱ではあるが、仕方ない。
「……朝ご飯食べようか」
「……受付で水を貰ってきてますよ」
机の上を見てみれば、そこにはガラスの水差しとグラスが2つ用意されていた。
気の利く仲間を持てて幸せだ。
どうぞと差し出された水の入ったグラスを受け取り、ジオンは俺が渡しておいた簡易食糧を、そして俺はアイテムボックスから簡易食糧を取り出して食べ始めた。
2人して眉間に深い皺を刻み、無言で食べ進めていく。
こんなまずいものを食べさせて友好度みたいなものは下がらないのだろうか。
そもそも友好度があるのかどうかもわからないけれど。
残る簡易食糧は6。あと3食耐えるだけだ。
売ってしまってもいいけど、大したお金にならないだろうし、お金を使う予定があるから節約したい。
最後の一欠けらを水で胃に流し込んだ後も暫く無言の時間が続いたが、いつまでもこうしちゃいられないと口を開く。
「ジオン、俺戦闘スキルを覚えようと思うんだ」
「戦闘スキルですか? 戦闘は私に任せていただいて問題ありませんよ?」
「俺も戦いたいんだよ。ジオンと一緒にね」
「一緒に……」
「……邪魔?」
「いいえ! 邪魔だなんてとんでもない!
はい。一緒に戦いましょう」
足を引っ張るだけだろうから邪魔かもしれないと思ったけど、花が咲くように笑うジオンの顔を見て安心する。
邪魔になるならやめたほうがいいかもって思ってたから、良かった。
武器を使って戦ったことなんて……ゲームでくらいしかないし、実際に持った事はないので、戦闘が出来るかどうか不安だ。
「ジオンは鍛冶ができるでしょう?
だから、鍛冶で作ることが出来る武器のスキルを覚えようと思ってるんだけど」
「それは名案ですね。最高の物を作れるように精進しますね。
どの武器をご所望なんですか?」
「決まってないんだよね。そもそも俺STRが1だから威力もないし、装備条件も厳しいだろうから」
「ふむ……1、ですか……」
ジオンは顎に手を当て考えこむ。
STR低すぎて引いてるわけではない、だろう。多分。
「でしたら、刀術はどうですか?
他の武器も作れますが、私自身が扱っていることもあって刀が一番勝手が分かります。
ライさんの装備条件、それから、癖や戦闘方法に合わせて打つことができるかと」
「そう? それならそうしようかな」
ジオンの持つ氷晶魔刀術とは違うけど、刀で戦うのは変わらないわけだし、それなら色々教えてもらえそうだ。
それに、刀なら着物にも合うだろう。
動きにくいんじゃないかと思っていた着物は、ゲーム補正なのか案外軽くて動き易く楽なので気に入っている。
防具を買い変える時も着物があったらいいんだけど。
「ジオンの氷晶魔刀術って元は刀術だったりする?」
「えぇ、そうですね。元々はそうです」
「そっかぁ。ってことは、俺もそのうち覚えられるかな?」
「恐らく大丈夫かと」
ジオンは氷晶魔刀術と氷晶属性の2つのスキルを持っている。
魔法スキルと武器スキルの両方を持っていたら、なんらかの条件で魔法武器スキルに進化するのではないだろうか。
スキルレベルを上げたらいいのか、それとも違うのか、わからないけど。
ジオンに聞いたら教えてくれるかな? まぁ、その内わかるかな。
ということは、俺は黒炎魔刀術になるのかな。
進化する条件がスキルレベルだとすると黒炎魔法が使えない今、道は長そうだ。
「よし! それじゃあ覚えちゃおう」
スキル一覧から【刀術】をSP10で取得する。
それから、残るSP5で兄ちゃんが言っていた【魔力制御】も取得できた。
SPが0になってしまったけど、レベル上げをしたら増えるから問題ない。
なんたって俺も戦えるのだから。
「凄いですね。さすが異世界の旅人は違います」
「何が?」
「私共は努力をしなければ、スキルを取得することができませんから」
「そうなの?」
「はい。異世界の旅人は宝珠を使用して取得できると聞いたことがあります」
「宝珠、ね。なるほど。
それじゃあ俺も努力次第で覚えられるかな?」
「どうでしょう? あ、そういえば昨日、フィールドで採取をしていましたよね?
採取スキルをお持ちですか?」
「ううん。持ってないよ」
「でしたら……異世界の旅人は努力で取得はできないのかもしれませんね。
採取は植物を集めていたら、割と誰でも簡単に取得できるスキルですから」
「そっか、それなら覚えられないのかも」
スキル一覧を閉じて、立ち上がる。
「初心者用の刀を買いに行きたいんだけどいい?」
「ええ。本音を言えば最初から私の打った刀を使用していただきたいですが」
「んージオンがそうしたいなら、先に鍛冶道具用の資金集めをしてもいいけど」
「いえ、私の我儘に付き合う必要はないですよ。その気持ちだけで充分です。
それに、私も早くライさんと一緒に戦いたいです」
「そう? それじゃあ、買いに行こう」
俺達は宿を後にして、昨日の武器屋の扉を開けた。
「お、昨日の兄ちゃんじゃねぇか。
今日はどうした? 売却か?」
「ううん。刀を買いに来たんだ。初心者用の刀ってある?」
「あるぞ。5,000CZだ」
そう言って店主さんは俺に《はじめての刀》を見せてくれた。
「STR1でも装備できるんだよね?」
「ああ、大丈夫だ」
「それなら良かった。それください」
『承認』、と。
所持金は1,878CZになった。
「毎度あり」
早速刀をジオンに教えてもらって帯に差す。
思ってたよりも重くない。実際はもっと重いんだろうけど、これもゲーム補正なんだろうか。
「しっかしよぉ……この先はどうするんだ?
STR1で装備できる刀はそうそうないぞ」
「いつまでもSTR1なわけない……はずだから!
それに、ジオンが作ってくれるんだよ」
「へぇ? 兄ちゃん鍛冶スキル持ちか。
その腰の刀は兄ちゃんが打った刀かい?」
「いえ、この刀は違いますね」
そう言えば、ジオンの過去ってどうなるんだろうか。
話を聞いている限り、はじめてのモンスター石で契約召喚をした時に生まれたって感じではない。
「あ、店主さん、洞窟の場所ってわかる?」
「街の中に洞窟の入り口があるぞ」
「あれ? 街の中にあるの?」
「ちょっと待ってろよ」
そう言った店主さんは、カウンターの引き出しから街の地図を取り出し、カウンターに広げた。
「うちの店がここで、洞窟の入り口はここだ。
洞窟内にはモンスターも出てこないし、安全だぞ。
その分ありふれた鉱石ばかりらしいけどな」
兄ちゃんは街の近くにあるって言ってたと思うけど。
それに、モンスターの話もしてたし……バグ修正で疲れてたのかな?
「モンスターがいないんだったら、すぐにでも行ってみようかな」
「刀を試してみなくてもよろしいんですか?」
「行き当たりばったりになってるのは否めないけど、鉱石、気にならない?
それに、洞窟に行った後でも時間はあるよ」
「そうですね。必要な鉱石があるのかは気になります。
では、洞窟に行きましょうか」
「うん。それじゃあ、店主さんありがとう。またね」
「あー待て待て」
店主さんに挨拶をして店から出ようとしたところを呼び止められる。
振り返って首を掲げると店主さんが口を開いた。
「つるはし持ってんのか?」
「……持ってないね……必要?」
「そりゃあ、必要だよ。素手で掘る気か?」
「そうかぁ……そうだよねぇ……。
ちなみに、つるはしっていくら?」
「一番安いので2,000CZだな」
「んん……足りない……
はぁー仕方ないから、やっぱり狩りに行こうか」
「そうですね。そうしましょう」
店主さんは呆れた顔をして大袈裟なくらい溜息を吐く。
「仕方ねぇな。これやるよ」
「え?」
「壊れかけのボロだけどな。まぁ、ほとんど掘れねぇで壊れちまうだろうけど、様子見程度なら充分だろ?」
「いいの!?」
「おう。邪魔になってたから遠慮せず貰ってくれや」
「ありがとう、店主さん!」
つるはしを受け取って、改めて店主さんにお礼を言ってから店を出る。
店を後にした俺たちは、店主さんに教えてもらった洞窟の入り口に向かう。
道中にある市場を横目に、後から来ようかなんてジオンと話しながら進んでいくと、街の外れの岩場に辿り着いた。
親切にも『洞窟はこちら』と書かれた看板が置かれていたため、洞窟への入り口はすぐに見つけることが出来た。
岩と岩が重なり、まるでぽっかりと穴が開いているように見える。
中を覗いてみると数メートルおきに明かりが灯っていた。
俺とジオンは顔を見合わせて頷いてから、整備された道を進んで行く。
暫く進めば広い空間に出ることができた。
どこからかぴちょりぴちょりと水音が聞こえる。
あちこちで光っている植物のおかげか視界は悪くない。
「それじゃあ、早速……」
いかにも採掘ポイントです、と言っているような亀裂の入った箇所につるはしを突き立てる。
その反動で掌がびりびりと痺れた。
「いてて……これかな? 【鑑定】」
ぽろぽろと落ちてきた岩の中からその中でも一番大きな岩を拾い鑑定してみる。
「……んん。《岩》、だね」
「《岩》ですね」
「うん、ただの岩。他はどうかな」
落ちてきた岩をどんどん鑑定していく。
岩、岩、石、岩、石……。岩と石の違いってなんなのだろうか。
「《岩》だね」
「……あ」
「ん?」
「そういえば、鉱石を採掘をするには、採掘スキルが必要なのを忘れてました」
「……俺達行き当たりばったり過ぎない!?」
そこでふと、兄ちゃんとの会話を思い出す。
兄ちゃんが電話の前に『それと、鉱石は……』と言いかけていたことは、採掘スキルのことだったんだろう。
「あー……今もうスキル覚えられないから、結局狩りに行かなきゃだ。
遠回りしただけだったなぁ……まぁ、こういうのも悪くない、かな?」
「ふふ。そうですね。のんびりいきましょう」
「そうだね。それじゃ、のんびり昨日狩りしたとこまで行こうか」
「はい。行きましょう」