day47 トーラス街を目指して
何もしていないとお金って減るものなんだなぁと、ギルドカードに表示された残高を見て思う。当たり前だけど。
イベント前から、売却用の装備を作っていないから、減る一方だ。
トーラス街に着いたら、家具を買わなければいけないと思っていたけれど、昨日のリーノ、それからシアとレヴへの依頼の報酬として、家具を揃えてくれるとエルムさんに言われた。
一戸建ての大半が作業場だから、揃えると言ってもそれだけでは報酬が足りないからと、イベント賞品で交換できなかったカットする前の《魔石》をたくさん分けてもらった。それから、昨日作った《氷晶魔石》も。
ギルドカードを鞄に入れて、代わりに地図を取り出し、現在地を確認する。
エルムさんに聞いた次の村までは、レベル上げも兼ねて狩りをしながら進んでいることもあり、もう少しかかりそうだ。
「ごちそうさまー」
「すっごくおいしかった!」
シアとレヴがタコスを食べ終わったのを合図に、地図を鞄へと戻し、鞄をアイテムボックスへ入れる。
昨日の夜、エルムさん宅からホテルまでの道中で、オーナーさんに食材を貰いにきたというカヴォロに偶然会った時に貰ったタコスだ。
疲労状態になるぎりぎりまで、つまり20時間弱、強化効果のある料理を作り続けていたと、うんざりした顔をしていた。
ちなみに、トーラス街へ向かうつもりだから一緒にどうかと聞いてみようかと思ったけど、俺にタコスを半ば強制的に押し付けた後、ふらふらとした足取りでレストランへ入って行く後ろ姿を見て諦めた。
シアとレヴは初めてのカヴォロの料理だけど、表情がほとんど変わらないとは言え満足げな様子を見せる2人の姿に口角が上がる。
「それじゃあ、行こうか」
辺りでうろうろと歩いて回る『ヴァファル』という真っ白な鷹のような魔物の姿を見ながら、地面に刺している《魔除けの短剣》を抜き取る。
光る壁が消えると共に、こちらへと向かってくるヴァファルに、刀を構える。
「次の村の近くにも洞窟があるんだよな?」
「そうみたいだね。近くって言っても、鉱山の村程の近さではないらしいけど」
「品質はこの前岩山脈で掘ったやつと変わらねぇみたいだし、行きやすさで言えば岩山脈だよなぁ」
「トーラス街側だと更に上の品質が採れるって言ってたし、採掘は岩山脈かなぁ」
兄ちゃんとエルムさんに聞いた話によると、次の村にはギルドはないけど、転移陣はあるらしい。
弐ノ国へ続く関所の兵士さんも、噴水広場にあった転移陣がギルドへ移動したと言っていたし、必ずしもギルドにあるわけではないのだろう。
鉱山の村や牧場の村にはなかったけれど、距離の問題なのだろうか。それとも、ヌシかな。
カプリコーン街からトーラス街までの間には2つ村があり、その村と村の間にある森の中にヌシがいるとのことだ。
「鉱石の種類も一緒のしかねぇのかなぁ」
「多分、そうだと思うけど……欲しい鉱石があるの?」
「銀とか金が欲しいんだよなぁ……よっと! シア、レヴ頼んだぜ!」
「「【呪毒】」」
「さすが! 後は俺ね。
確かにアクセサリーには金とか銀のほうが良さそうだね」
飛び掛かって来るヴァファルをリーノが盾で弾き返し、離れたタイミングでシアとレヴが呪毒スキルを使用する。
呪毒スキルは、相手を毒状態にするスキルだ。
じわじわとHPが減るヴァファルを俺が刀で倒している間に、別のヴァファルをリーノが盾で弾き返しては、シアとレヴが呪毒で毒状態にするという流れを繰り返す。
ジオンは俺達の後ろから狙ってくるヴァファルを倒してくれている。
「鉱山とか洞窟とか、結構あちこち行ったけど、見たことねぇんだよなぁ」
「え、そうなの?」
「おう。掘った後のやつなら見たことあるし、細工に使ったこともあるんだけどな」
俺達よりも数メートル後ろでヴァファルを倒していたジオンが、俺達の元へとやってきて口を開く。
「本には、銀や金は深海の洞窟にあると書いてましたよ」
「深海? それって採掘できるの?」
「どうでしょう……辿り着くのも困難な程深い場所にあるとか。
洞窟に住む妖精達の収入源になっているそうですよ」
「そいつらしか掘れねぇのかな?
俺、辿り着く自信も海の中でつるはし使う自信もねぇや」
「街で探せば売ってるかもね。見つけたら買おう」
「そうです、ね……あ」
シアとレヴを見て、何かを思い出したというように発された言葉に、俺とリーノは首を傾ける。
「洞窟に住む妖精……ネーレーイスですね」
「アタシたち、洞窟……いたような、いなかったような」
「わかんないけど、なんとなくわかる」
「うん。覚えてないけど、採れるよー」
「……そっかぁ。それじゃあ、採りに行く時は2人に任せようかな」
「「うん! 任せて!」」
同時に答えた2人に笑顔で頷く。
教会にいたネーレーイス。それから、海の街と呼ばれるトーラス街。教会のある岩山脈はトーラス街のすぐ傍だ。
リーノが金と銀を必要とするのは、このタイミングでなくとも、遅かれ早かれあっただろうから、ここでは関係ないとして。
2人はトーラス街近くの海に住んでいたのではと考えるのは、早急過ぎるだろうか。
でも、そうなると、堕ちるような出来事って……いや、まだ、判断材料が少ないかな。
「俺達も一緒に採りに行ける?」
「いっぱいいっぱい泳いだら大丈夫だよ」
「でもシア、外の人は息できないよ」
「そっかぁ。息ができるようになったら大丈夫だよー」
「うーん……海で呼吸するコツとかある?」
「コツ云々の話じゃないと思うけどなー」
「じゃあ、スキル……」
「聞いたことないですね」
「息は無理かなぁ……」
がっかりしながら、呪毒でHPが削られているヴァファルへ刀を振るう。
仲間になったばかりのシアとレヴはともかく、余程気を抜かない限りはヴァファルに倒されることはないだろう。
狩猟祭の数体纏めて飛び掛かってくるワニのほうが強かったと思う。
「魔道具でなんとかできませんかね?」
「あっ。そっか」
海の中で息が出来る魔道具……酸素ボンベしか思いつかない。
そもそも、素人が酸素ボンベを担いで行ける深さなのだろうか。
潜ることが出来る場所なら、さすがに現実で深海に潜るよりはゲーム補正で楽になっているとは思うけれど。
「泳ぐのにスキルっている?」
「ふむ……シアとレヴのスキルにありますか?」
「ううん。でも、種族特性の『碧海』が水中で動ける特性みたい」
「でしたら、恐らく必要ないのではないかと思いますよ。
種族特性がそうだとしても、泳ぐのにスキルがいるとしたら、種族スキルにあるはずです」
何か特別な条件があるようにも思えないし、泳ぐのにスキルは必要なさそうだ。
「みんな泳げるー?」
「人並みには泳げると思うよ」
「俺、泳いだことねぇな。まともに海見たこともないし」
「私もないんですよね」
「ボク教えるよ」
「それいいね。皆で練習しよう!」
皆で泳ぎの練習するのは楽しそうだ。良い運動にもなるし。
水着を用意したほうが良いのだろうか。でも、ゲームでキャラクターが泳ぐときは、服を着たまま泳いでることが多かった気がするし、どうかな。
「海の中って魔物いる?」
「「いる」」
シアとレヴが俺の言葉に同時に答える。
「いるのかぁ。水中で戦えるかな……。
刺さないタイプの魔除けの魔道具作ったほうが良いかな」
「刀を使うのは厳しそうですね」
「魔法使えるよー」
「使えるんだ? 雷魔法で皆がビリビリしたりしない?」
きょとんとした顔をするシアとレヴを見て、ならないんだろうなと予想する。
水中の敵なら雷が弱点な可能性は高そうだ。
「おや? ヴァファル以外の魔物が見えてきましたよ」
「ジオンは目が良いね。俺じゃ見えないや」
試しに魔力感知で確認してみれば、確かにヴァファルとは違うもやが見える。
「ってことは、そろそろ村に着くかな?」
「恐らくそうだと思いますよ」
今日新しい村に到着して、明日はヌシを倒して、次の村。明後日に、トーラス街。
順調に行けば、3日でトーラス街に辿り着けるけど、果たして順調に進めるだろうか。
エルムさん曰く、森にいるヌシなら、狩猟祭の☆9モンスターのほうが強いだろうとのことなので、倒せると思うけれど。
出来ればジオンのレベルをヌシと対峙するまでに、以前作ったレベル25の刀を装備できるように上げておきたかったが、さっき上がったばかりだから、あと1とは言えこのペースで狩りをしていたら難しいかもしれない。
25になる前にヌシと対峙しても、ジオンなら大丈夫だろうとは思うが。
「村を見て回った後、夜も狩りする?」
「したい」
「やる気だね、レヴ。うん、それじゃあ、夜も狩りしよう。
あ、でも、兄ちゃんも次の村にいるみたいだから、会った後ね」
「レンと一緒に狩りするか? 強くなるんだよな?」
「それ良いね。聞いてみよう」
ヌシさえ倒してしまえば、後は全力疾走で街まで駆け抜けてしまうのもありかもしれない。
トーラス街に着いたら、する事やしたい事がたくさんある。
まずは家に行って、荷物整理。それから、エルムさんに家に着いたと手紙を書いて送らないと。
これまでに手紙や宅配を利用する機会もなかったし、探したことがなかったから知らなかったけど、街や村には郵便局があるらしい。
この世界の住宅や店舗にはそれぞれIDが割り振られていて、そのIDが住所になるそうだ。
アイテムボックスがあまりにもギリギリだったので、家具と一緒に郵送してくれると言うエルムさんに甘えて、宝箱に入りきらないサイズの鋳型は全部、エルムさんの家に置かせてもらっている。
「おー……鳥種の次は、蛇種か」
「えっと……『ローシュセル』だって」
「ライさんは蛇種は大丈夫なんですか?」
「平気だよ。苦手なのは蜘蛛だけ……いや、足が多い系も苦手かな。
蜘蛛程ではないけどね」
「ライくん、エビは?」
「エビは……考えたことなかったな。確かにいっぱい足あるね」
辺りが野原から砂地へと変化すると、太さが手首程もある蛇が現れるようになった。
周りの砂と同じ色の体に、白の班点のある蛇で、周りと同化していて分かり難い。
「ライくん、呪毒できないよー」
「毒耐性があるのかな? 毒の攻撃をしてくるかもしれないね」
毒になろうがなるまいが、噛まれたくはないので、大きく口を開いて飛び掛かってくるのを避けながら、倒していく。
ヴァファルよりも当然強いが、5人がかり……正確には4人分の戦力だけど、それだけいれば倒すのは難しくない。
「おうちに着いたらたくさん作る?」
「うん。たくさん作るよ。もっと大きな家を買うために、いっぱいお金貯めなきゃだからね」
作業場に置く魔道具と生産道具を皆で作って、売却用の装備も作って。
自分用の武器は……その時のレベル次第かな。35を超えていたら作って貰おう。
それから、皆で泳ぐ練習もして、釣りもしたい。
カヴォロのお店でご飯も食べたいけど、カヴォロがくるのはいつになるかな。
ヌシを倒す必要がないなら一緒に走り抜けたんだけど、ほとんどの時間を露店で過ごしているカヴォロはレベル上げをほとんどできていないようだし、時間がかかりそうだ。
「シアとレヴは水弾打てそうなら打っていいからね。
見え難いから気を付けて」
「「はーい」」
「っと、あぶねー。盾、間に合ったー!」
「リーノ、後ろからきてますよ」
アルダガさんのお兄さんにも会いに行かなきゃ。
紹介状を貰ってから、1ヶ月以上も間が空いてしまっている。
とは言え、最前線プレイヤーである兄ちゃんもトーラス街には辿り着けていないし、決して遅くは無いはずだ。
兄ちゃんの場合、先に進めないのは種族特性で強くなってしまっているヌシが原因のようだけど。倒すのに何時間かかるかわからないと言っていた。
ちなみに、朝陽さん達はこの強さは無理だと、兄ちゃんを置いてトーラス街に行ってしまったそうだ。
装備条件30以上の武器を作るために必要らしい《ホワイトクォーツ》は無事岩山脈でゲットできたので、これから行く村で魔法鉱石とエルムさんに貰った魔力銃の本と一緒に渡す約束をしている。
さて、あともうひと踏ん張りだ。