day46 勉強会の後に
「誘われんのが面倒だからクラン作ったのにさぁ。
なんか、人増えるし。個人行動でよろしくって言ったのに結局色々五月蠅いし」
「はぁ……」
どうしてこんなことになったのか。
お洒落なカップに注がれたハーブティーを口にしながら、目の前で愚痴を紡ぐ人物に意識を向ける。
魔道具についての勉強会の息抜きも兼ねて、1人で街へと出てみれば、小豆……じゃ、なくて。秋夜さんと出くわしてしまった。
話しかける義理もないしと通り過ぎようとしたが、俺の心境なんて関係ないとばかりに声を掛けられて、声を掛けてきた相手を無視することはできず答えたら、近くのカフェに引き摺り込まれた。なんで。
「僕、元々ソロプレイヤーだからさぁ。
ライ君もそうだよねぇ?」
「俺は別にそういうわけじゃないけど、結果そうなっちゃってると言うか……」
「そうなの? なんで?」
「なんでって……」
「あぁ、友達いないんだ? 可哀想にねぇ」
ぐぬぬと眉間に皺を寄せて、むっすりと口を閉じる俺の顔を見て、秋夜さんはにんまりと笑った。嫌な人だ。
「俺の事、気に入らないんじゃなかったの」
「気に入らないねぇ。まー、でも、前も言ったけど、なんでもかんでも気に入らないわけじゃないよ。
人型のテイムモンスターがいるとか、調子に乗ってるとかさぁ。
そういうのはどうでも良いんだよねぇ」
「……それってつまり、秋夜さんのクラメンは、それが気に入らないって言ってるってことだよね?」
「そうだねぇ。他にもたくさんあるよ? 聞く?」
「絶対に聞きたくない」
俺に纏わるネガティブな話は極力聞きたくない。本人から言われるのなら、まだ、良いけど。
人型のテイムモンスターはかなり珍しいことは分かっている。
それを妬まれたり、気に入らないと言われることはあるだろうと覚悟していたとは言え、やっぱり落ち込む。
調子に乗った覚えはないけど、周りにはそう思われているのだろうか。
「僕、負けず嫌いなんだよねぇ。
ライ君に勝てそうにないから、気に入らないの」
「勝てない? 何が?」
「単純に、勝負。PVP」
「俺ぇ? 兄ちゃんじゃなくて?」
「あぁ……あいつはだめ。何回やっても勝てないから、無理。
もー笑ってるだけで気に食わない」
βの頃にも対人戦のイベントがあったのだろうか。
それともPVPエリアがあったのかな? 今は……あるのかどうか知らないけど。
とは言え、兄ちゃんがPVPエリアに常駐しているイメージはない。
「まー、正直、武器については妬んでるかなぁ。
対人戦じゃ武器も大事だからねぇ。ライ君、良い武器持ってるだろうし」
「……気付いてるんだよね? 誰かに、言ったりしないの?」
店内を見渡してプレイヤーがいないことを確認してから、声に出した。
「人が隠してる事をわざわざ吹聴する趣味はないねぇ」
「隠してるというか……ロゼさんから欲しいと思ってる人に売ってくれるって言われて。
その後、兄ちゃんから内緒にしたほうが良いって言われたから」
「欲しいと思ってる人? あー、なるほどねぇ」
「正直、どこまで内緒にするべきなのかはわかってないんだよね。
兄ちゃんは作り方は内緒って言ってたけど、他の……作った人とかも内緒なのかって」
「内緒にしとけば? 面倒臭そうだし」
「面倒臭い?」
「あー……ふぅん。まーいいや。
ところで、お願いがあるんだけど」
その言葉に、肯定も否定もせず、無言で返す。
この人に対する嫌悪感は、お願いを聞いてあげても良いと思える程には拭えてない。
多少、ちょっと、ちょびっとだけ、1ミクロンくらいなら拭えたけど。
「大鎌、作ってくれない?」
「鎌? 秋夜さん、農業するの?」
「しないねぇ。デスサイズって言った方がわかりやすいかなぁ」
「デスサイズ……死神が持ってるような大きいやつ?」
「そーそー。欲しいんだよねぇ」
デスサイズで戦うんだろうか。それは、ちょっと格好良いかも。
スキル一覧に鎌のスキルはなかったような気がするけど、条件が必要なスキルなのかな。
「35……いや、45レベルかなぁ。それで出来れば、何か属性の付与……。
そうだなぁ、君が使ってたって言う魔法の属性が付いてたら最高なんだけど」
デスサイズに黒炎属性は凄く合っている気がする。
性能とかじゃなくて、絵面が。黒炎属性が付いてたからって黒い炎を纏った武器ができるというわけではないけど。
「いや、作らないよ! 仲が良い人じゃないとオーダーメイドは受け付けません」
「君と仲良くなりたくはないねぇ。まー、いいじゃん。お金は払うからさぁ」
「本人に仲良くなりたくないとか普通言う?」
「ライ君だって、別になりたくないでしょ」
「いやぁ……それは、どうかなぁ」
現状、なりたいとは一切思っていない。
「僕さぁ、死神なんだけど」
「……患ってる?」
「種族の話ね」
「あぁ……そんな種族あるんだね」
「そーそー。で、強い大鎌がないと、種族スキルの1つが死んじゃうんだよねぇ。
大鎌しか使えないし、大鎌なんて街じゃ売ってないし。今の大鎌じゃスキル死んでるんだよねぇ」
「ふぅん……種族で制限されてるんだ?」
俺も魔法スキルは黒炎属性しか使えないし、兄ちゃんは魔法しか使えないし、種族で制限されてることって多い……あれ?
「もしかして、☆4種族だったりする?」
「うん。ライ君もそうだよねぇ」
「えっと……まぁ、うん。見てわかるものなの?」
「まー普通はわかんないけど。僕、相手の種族が種族特性でわかるんだよねぇ」
「なるほど……死神って魂を取る相手の人生とかわかりそうだもんね」
「さすがにそんなことまでわかんないけどねぇ。知りたくもないし。
ただまー、ライ君の場合、種族特性がなくても鬼人じゃないってことはわかるよ」
「そうなの? ロゼさんとかには鬼人だって思われてたけど」
「僕、βの時、鬼人だったからねぇ。
鬼人の最低値以下の筋肉量じゃん。ゼロ。ひょろひょろ」
やっぱり嫌いだ。
いつもより大きな足音を立てながら、早足でエルムさんの家へと向かう。
あの後、秋夜さんを探していたらしいクラメン数人がカフェへやってきて、俺の姿を捉えた途端ぶちぶち、ちくちく嫌味を言われた。
よくもまぁ探し人がお茶をしていた相手にあそこまで言えるものだ。
それとも、たまたまカフェが一緒になり、わざわざ俺が秋夜さんのいる席に座り、自慢話でもしていたように見えたのだろうか。
ちなみに、俺が嫌味を言われ続けている間、秋夜さんは特に何も言わずに優雅にコーヒーを飲んでいた。凄く嫌なやつである。
扉のノッカーを握ろうとして、律儀に鳴らすなと言われた事を思い出して、やめる。
今日の来訪回数はまだ2回目だけど、エルムさんは作業場にいるだろうし、まぁ良いかと扉を開けた。
コツコツと石畳を蹴る音を鳴らしながら作業場へと向かえば、リーノ、シア、レヴ、それからエルムさんを見つける。
「なんだいなんだい。ご機嫌斜めかい?」
「んー……」
アイテムボックスからポイントと交換した大きな飴玉を取り出して食べる。
甘い。何味かはわからないけど、美味しい。
もごもごと口を動かしながら、シアとレヴと一緒にリーノの手元を覗き込む。
今日もエルムさんが作った魔道具に細工をしているようだ。
「シアとレヴは何してたの?」
「型作ってたー」
「お婆ちゃんに頼まれたー」
「おば……あー……そっかぁ。どんな鋳型作ったの?」
俺の問い掛けに2人は作った鋳型を見せてくれる。
なんの型だかさっぱりわからないけど、多分、何かの魔道具に使うんだろう。
「あ、そうだ。エルムさん、作業場使わせて貰って良い?」
「良いぞ。普段からここで作業してくれて良いんだがね」
「有難い提案だけど、自分で魔道具作る必要がなくなっちゃうからなぁ」
アイテムボックスから必要な物を取り出していく。
その中から、《黒炎鉄》と2つの鋳型を手に取り、シアとレヴに体を向ける。
「この鋳型で作って貰える?」
《黒炎鉄》と鋳型2つをシアとレヴに手渡すと大きく頷いて、宝箱からいくつかの鉄を持って溶鉱炉へと向かって行った。
「よっし! 完成だ! どうだ?」
「ふむ……さすがだな。助かったよ」
「いーえ。な、ライ。俺、アクセサリー作って良いか?
シアとレヴの分。それと腕輪も作りてぇんだけど」
「もちろん! 楽しみにしてるね」
「俺も借りていいか?」
「構わないさ。好きに使ってくれ」
エルムさんの答えににかりと笑って作業場へ向かうリーノの姿を眺めながら、《闇魔石》を手に取る。
「本当に作るのかい? コストが高いからおすすめは出来んぞ?」
「常時遣いはできないけど、困った時用に持っておきたいからね」
勉強会中に、瀕死になっていなくても最後にいた街の噴水広場に戻るような魔道具ができないかと2人であれこれ議論を交わした結果、1度の使用で壊れてしまうだろうが可能かもしれないという答えに行きついた。
俺の魔道具製造スキルのレベル4でも作れるか心配だったが、スキルレベルを補う為に魔法陣が複雑になるけれど、その全てを魔石に描けるのであれば作れるだろうとのことだ。
これが完成できたら、仲間になって一番最初に経験することが死に戻りなんてことはなくなる。
いつもは大中小のチョークから選んで魔法陣を描いてきたけれど、今回はペン先がチョークの小と比べても断然細い羽ペンを使う。
メモしておいた魔法陣を見ながら、細かく、丁寧に魔法陣を描いていく。
「ほう。器用なものだね。私ではそんなに細かく描ける気がしないよ」
「んー……お米に字を書いたことがあるんだけど、それに比べたら全然大きいよ」
「……変わった趣味だな……」
間違えても消せはするけど、拭えば周りも一緒に消えてしまうから、慎重に見比べながら描く。
魔石全体にみっちりと魔法陣を描くのはなかなかに骨が折れる作業だ。
ちらりとシアとレヴが冷蔵庫の前で今か今かと鋳物が冷えるのを待ち構えている姿へ視線を向けて、また魔石へと視線を戻す。
トーラス街の家に辿り着いたら、あの冷蔵庫も用意したいところだ。
今は元となる生産品も鋳型もないし、アイテムスロットがほぼ満タンになってしまっているから厳しいけれど。
「よし! 描けた!」
最後にもう一度、魔石に描かれた魔法陣とメモを見比べて、間違いがない事を確認しておく。
みっちりと描かれている魔法陣は、確認するのも一苦労だ。
「多分、大丈夫だと思うんだけど、どうかな?」
「ふぅむ……」
俺から魔石を受け取ったエルムさんが、目を細めてくるくると魔石を回しながら確認する。
「試すことができないから絶対に大丈夫とは言えないが、恐らく大丈夫だろう」
エルムさんから魔石を受け取って、魔道具として完成させる。
これまでは魔法陣に魔石が溶けて完成だったけれど、今回は魔石が溶けることはなく、黒で描かれていた魔法陣が白へと変化するだけだった。
一度使ってしまえば壊れてしまうし、テストは出来ない。
鑑定してみれば『帰還石』と表示されていたので、これは大丈夫そうだと頷く。
いつでも使えるようにクイックスロットに登録しておこう。
《帰還石》を完成させたと同時に、スキルレベルが5になった。
これまで扱うことが出来なかった《黒炎魔石》が使えるようになったことが分かる。
使えると言っても、一番品質が低い☆1だけれど、それでも《火魔石》の☆5より効果が高いというのだから、恐れ入る。
《火魔石》を使うつもりだった溶鉱炉に使おう。魔法陣を変更する必要があるな。
何の属性も封印されていない《魔石》を取り出して、☆1になるよう力を制限して封印を施す。
魔石の周りにふわりと舞う黒の煙のような靄を見ながら、ぱちりと目を瞬く。
「わかった! これ、あれに似てるんだ!」
「なんだい?」
「何かに似てるなってずっと思ってたんだけど。
これ、魔法スキルの……えっと、氷晶纏とかで体に纏うオーラ?
あれに似てると思わない?」
「あぁ……まぁ、似てるな……まさか」
「うん。リーノ、今、ちょっと良い?」
「おーいいぜー」
そう言って、俺の元へとやって来たリーノに、雷纏を使用して欲しいと頼む。
リーノの体を黄色の封印時の霧によく似た霧が包むのを確認してから、手を翳す。
「【魔操】……ほら! 見て! 操れるよ!」
黒炎弾や氷晶弾を魔操するときのようなどろりと溶けた魔法ではなく、霧のまま俺の手へ集まる魔法をエルムさんに見せると、大きく目を開いて、ぱちぱちと瞬きをした。
新たな魔石を取り出して、属性を封印する時と同じ要領で力を込めれば、俺の右手に集まっていた黄色の霧がふわりと魔石の中へと消えていく。
確信を持って鑑定してみれば、そこには『雷魔石』と表示されていた。
「……ジオンを呼んでくる!!!」
そう言って部屋から飛び出して行ったエルムさんの姿に、これはこの後封印させられるなと小さく笑う。
それにしても、もっと早く気付いていれば、《雷魔石》を交換しなくて良かったものを。
氷の属性が封印された魔石は賞品一覧にはなかったし、元になる魔石はエルムさんに貰った10個……今2個使ってしまったから8個だけど。
それだけしかなかったから、ちょっと損した気分にはなったけど、まぁ、良いか。