day43 一緒に遊ぼう
噴水広場からエルムさんの家へ走る。
エルムさんの家はカプリコーン街の中心部から離れた場所にあるため、カプリコーン街内にいくつかある噴水広場の中で、エルムさん宅から一番近い噴水広場でリスポーンするとは言え少し距離がある。
4回目までは玄関の扉のノッカーでノックしていたけれど、『律儀に毎回鳴らさなくていいから勝手に入れ、やかましい』とエルムさんに言われてしまった。
7回目で抜け道を見つけた。10回目からはいかにこの道を最速で行けるか挑戦を始めた。
もちろん、住人の皆さんに迷惑を掛けないように心掛けていたけれど、何度も俺が走り抜けるものだから驚いた顔をさせてしまった。
曲がり角を最短距離で進むのにも慣れた17回目頃には、『なんだかよくわからないけれど、頑張れ』と笑って応援されるようになったが。
「ねぇ、何してんの?」
次の曲がり角はコーナーを攻めると、その後の植木鉢でこけそうになるからなんて考えながら走っていると、声を掛けられた。
走る速度を緩め、声のした方へと顔を向けて見えた姿に、顔を顰める。
「……何か用?」
「何してるの?」
質問に質問で返した俺も俺だけど、更に質問で返されるとは思わなかった。
足を止めて、息を吐く。
「走ってるよ」
「走ってるのは見ればわかるんだよねぇ」
「小豆さんは、ここで何してるの?」
「僕の名前、小豆じゃないんだけど。僕は散歩中だよ」
ちらりと周囲を見渡してみれば、小豆さん……ラセットブラウンのクランマスターは一人でいることがわかる。
いつも誰かとぞろぞろいるものかと思っていたけれど、狩猟祭中はともかく、狩猟祭の結果発表時に話しかけてきた時は一人で俺のところへ来ていたなと思い出す。
「何度も死に戻ってるみたいだけど、刀も装備せず何と戦ってるの?」
デスペナルティでステータスが半減しているお陰で、装備することができなくなった刀はエルムさん宅に置いてきている。
受賞ポイントで交換した防具も装備条件は満たせていないのだけれど、さすがに死に戻ると共に脱がすわけにはいかないのか、装備されてはいるものの防具として機能していない。
装備画面を見てみれば防御力や魔法防御力の数値がグレーアウトしていた。
「別に戦ってるわけじゃないよ。それじゃあ俺、急いでるから」
「あーあ。僕も嫌われたものだよねぇ。僕が直接何かしたわけでも言ったわけでもないのにさぁ」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、本当に急いでるんだよ」
何せ転移陣は時間制限付きだ。
まぁ、好きではないけれど。
嫌いというわけでもない。関わりたくないだけだ。
「ふーん……まぁいいや。またね。あぁそれと、僕の名前、秋夜ね」
「……俺はライだよ。じゃあね!」
出来ればまた会いたくはないけれど、プレイヤー同士また会うこともあるだろう。
くすくすと笑う小豆さん改め、秋夜さんを横目に見ながら、エルムさんの家へと走る。
がちゃりと扉を開けて、ぱたぱたと転移陣のある部屋へ向かい、転移陣の上に立つ。
最初は俺が帰るのをこの部屋で待ってくれていたジオンとリーノは、5回目からは好きなことをして貰っている。
ジオンは書斎、リーノは作業場だ。
次で記念すべき40回目。
現在の時刻は『CoUTime/day43/22:52』だ。あと約1時間で転移陣が使えなくなってしまう。
最初の頃は1往復に20分程度掛かっていたが、今では10分ちょっとで往復できている。
抜け道を見つけることができたのが大きい。
辿り着いた教会の扉の前で、今度こそはと気合を入れる。
躊躇なくこの扉を開くことができるようになったのは何回目だっただろうか。
「たのもー!!!」
扉を開けてこちらを認識すると同時に飛び掛かってくる堕ちた元亜人の姿は何度見ても恐怖を感じるし、瘴気の臭いには耐えられないけれど、それでも最初の頃と比べると少しは慣れたと思う。
ちなみに、隠密でこっそり近付いてみたこともあったけど、普通に気付かれた。
40回繰り返しても呪詛のような言葉は止むことはない。ただ、少しだけ勢いがなくなってきている気がする。
疲れているのだろうか。そうだったら俺の話を聞いてくれないだろうか。
「仲間に! なってください!
【テイム・百鬼夜行】、【テイム・百鬼夜行】、【テイム・百鬼夜行】……」
また失敗だったかと意識を手放すその時、小さく声が聞こえた。
『一緒に』
『遊ぼう?』
その声は呪詛のような言葉を紡ぐ声に似ていたけれど、柔らかで楽しそうな、鈴の鳴るような声だった。
噴水広場で目が覚めてから、もしやと辺りを見渡したけれど、テイムが成功していたわけではないようだ。
けれど、あの声があの堕ちた元亜人の声なのだとしたら、俺の言葉が届いたのかもしれない。
もしかしたら幻聴かもしれないけど、期待しても良いのだろうか。
エルムさんの家への道を走る。
道中、また秋夜さんの姿を見かけたけれど、今度は話しかけられることはなかった。
俺を見て何やら楽しそうに笑ってはいたが。
41回目。
さて、遊ぼうと言われても、何をしたらいいのだろうか。
教会の扉の前で、考える。
恐らく堕ちた元亜人は、2人いる。あの声の感じからして、小さな子供だろう。それから、男の子と女の子だと思う。
これまで、小さな子供と遊んだことはない。俺が小さな時は何をして遊んでいただろうか。
幼稚園の頃は、女の子と一緒におままごとをしていた覚えはあるけれど。
ちなみに小学生以降に誰かと遊んだ記憶はない。兄ちゃん以外。
おままごとをするのは構わないけれど、元は小さな子供とは言え、今の姿はお世辞にも可愛らしいなんてとてもじゃないけど言える姿ではない。
あの姿の2人と、ましてやあの臭いに包まれながらおままごとなんてできるだろうか。
「……一緒に遊ぼう。何がしたい?」
『憎い、憎い、憎い、憎い、憎い』
『許さない、許さない、許さない、許さない、許さない』
聞こえてくる言葉はこれまでと何も変わらない。
さっきの声は幻聴だったのだろうか。
『悲しい、嫌だ、憎い、嫌だ、嫌だ、悲しい』
『怖い、寂しい、憎い、寂しい、憎い、寂しい』
勢いよく扉を開けて、相手がこちらへ飛び掛かってくるよりも先に、2つの闇へと飛び込む。
触れてしまえばすぐに動かなくなってしまう腕で2つの闇を抱きしめる。
「一緒に遊ぼうよ。おままごとで良い? なんの道具もないけど。
あ、食器はあるよ。次持ってくる?」
抱きしめることが出来たのは一瞬で、すぐにだらりと腕が落ちる。
これは麻痺なのか、何かの呪いなのか。
目も見えなくなるし、頭はがんがんと痛むし、上も下も右も左もわからなくなるし、酷い臭いだし散々だ。
ゲーム補正が入ってこれなんだから、堪らない。
「何して遊びたい? なんでもいいよ」
リスポーンする時の感覚は、眠る時の感覚と近い。
眠るように意識を手放す間際でまた声が聞こえた。
『かくれんぼ』
『貴方が鬼ね』
噴水広場からエルムさん宅へ走る。
リクエストはかくれんぼだ。かくれんぼをしたことはないけど、ルールは知っている。
42回目。
教会の扉を勢い良く開けて、口を開く。
「みーつけた!!!」
言い終わるのと同時に飛び掛かって来た闇に包まれる。
違ったようだ。
噴水広場からエルムさん宅へ走りながら、ルールを思い返す。
突然見つけたじゃだめかと反省する。次は大丈夫だ。
43回目。
「もういいかい?」
『許さない、許さない、許さない、許さない、許さない』
『憎い、憎い、憎い、憎い、憎い』
いいのか悪いのかさっぱりわからない。
魔力感知で扉の向こうを探ってみるが、2人の位置は変わっていないように見える。
とは言え、かくれんぼをするなら魔力感知を使うのは卑怯だろう。
魔力感知を止めて、目を閉じる。
「いーち、にー、さーん……」
何秒数えれば良いのだろうか。まぁ、10秒でいいか。
本当にあの2人がかくれんぼを望んでいるのなら、10秒で大丈夫だろう。
びっくりするくらい素早いし。
「じゅう! もういーかい?」
叫ぶように紡がれる言葉が止んだ。
俺の言葉は届いていたんだと分かって、頬が緩む。
扉を開けると、堕ちた元亜人の姿はなくなっていた。
扉を開けて1、2歩程度中に足を踏み入れたことしかないこの教会で、果たして見つけることが出来るだろうかと悩んでいると、朽ちた木の椅子が並ぶ身廊の先、祭壇の上に、ボトリボトリとヘドロのような何かが瘴気と共に落ちてきていることに気付いた。
隠れるの下手だなと思う。いや、あれが落ちてきていなければ気付くまでに時間がかかっただろうけど。
頭を上げて、汚れてしまっていてほとんど光を通さなくなってしまっているステンドグラスを見上げる。
ステンドグラスが嵌められた窓枠の淵で2つの闇が寄り添いながら俺を見ていた。
「見つけた!」
ベチャリと嫌な音を立てて、2つの闇が落ちてくる。
次は俺が隠れるのだろうか。様子を伺ってみるが、そこから動く気配はない。
「……俺の仲間になってくれない? 一緒に遊ぶというより、一緒に冒険になっちゃうけど、楽しいよ」
繰り返し紡がれていた言葉が再度紡がれることはなく、黙って俺を見ている2つの闇に笑いかける。
まぁ、本当に俺を見ているかわからないけれど、恐らく見ている。
「【テイム・百鬼夜行】」
ぐちゃりぐちゃりと嫌な音をさせていた、堕ちた元亜人の泥のようなヘドロのような闇が晴れていく。
辺りの瘴気や落ちている物体も、ふわりと消え、耐えられない臭いも薄くなる。
全ての闇や瘴気が晴れると、よく似た顔の男の子と女の子が俺を見上げていた。
浅瀬から深海への色の移り変わりによく似た髪の色で、大きな瞳も吸い込まれるような深い海の色だ。
「なるほど。双子かな?」
「そうだよ。アタシはシア」
「ボクはレヴ」
「俺はライだよ。これからよろしくね」
シア・レヴ Lv1 ☆4ユニーク
種族:ネーレーイス
HP:100 MP:250
STR:9 INT:25
DEF:11 MND:24
DEX:28 AGI:11
『種族特性』
・碧海
『種族スキル』
【鋳造】Lv☆
『戦闘スキル』
【呪言】
【呪毒】Lv1
『魔法スキル』
【水属性】
【水弾】Lv1
『スキル』
ステータス画面を開いてみれば、2人いるのに、ステータスは1つだけだった。
よくわからないけど、2人で1人ということなのだろうか。
種族スキルにLv☆、この世界で言う尤があるのを見つけて、俺には生産が得意な仲間が集まるのかなとぼんやり考える。
それはともかく、魔道具製造スキルを覚えたこのタイミングで鋳造スキルの尤を持つ仲間が増えるとは運が良い。
それに、ジオンとリーノが使う道具も作って貰うことができる。
いや、本当、運が良すぎて怖い。何かしっぺ返しがくるのではないかと不安だ。
まぁ良いかとウィンドウを閉じて、2人に顔を向ける。
「それで……これからのことなんだけど」
俺の言葉に頭を傾ける2人を眺めながら、どうしたものかと頭を捻る。
「帰りのこと何も考えてなかったんだよね。
俺、今なんにも持ってなくて……帰り道にはワイバーンがたくさんいるんだけど」
リーノの時のように死ぬ間際でテイムに成功して、噴水広場に一緒にリスポーンするつもりだったのだけれど。
さて、帰れるだろうか。
刀もなければ防具も機能していない。ステータスだって半減している。
俺一人なら隠密スキルもあることだし、可能性は低いけれど逃げることができるかもしれない。
ただ、2人は初期数値が高いとは言えレベル1だ。隠密もない。
「……仲間になって貰ってすぐにこんなことになるのは申し訳ないんだけど、俺はこれから瀕死になります」
「大丈夫」
「一緒だから」
俺が何を言いたいのか分かってくれたようで、ありがたいやら悲しいやらである。
せめて2人に痛い思いはさせないようにしなくては。
教会から出て、魔力感知をする。
一番近くにいるワイバーンのもやを確認して、走る。
ワイバーンの目の前に飛び出て、さぁどこからでもこいとシアとレヴを守るように両手を広げた。




