day43 教会の迷い子
荷物を置いて良いという言葉に甘えて、アイテムボックスに入った全てのアイテムを取り出し、リビングに纏めて置いていく。
十中八九、MPが尽きる前に死に戻ることになるだろうから、ポーションもマナポーションも必要ない。
ポーション類はばらばらと散らばるので、一旦普通の宝箱に全部入れておこう。
それから、ギルドカード、紹介状、地図、契約書の入った封筒を鞄へ入れておけば、後はつるはしと刀以外は収納アイテムだけだ。
お金は20,529CZ全てをアイテム化してリーノに全て渡しておく。
邪魔にならないように隅の方にリーノと移動させていると、エルムさんが地下の作業場から戻って来た。
「ふぅむ……それだけの荷物を持ち歩けるとはな……」
「レベルによって持てる上限は変わってくるけど、もっと持てるよ」
「そうか……魔道具で再現できたら良いんだが……転移陣を応用したら出来るか?
しかし、アイテムを自由に出し入れする事は……それに、品質の維持は……」
「エルムさん、渡したい物って?」
「……あぁ! すまないね。これさ」
手渡されたのはくるくると巻かれた模造紙程の大きさの2枚の大きな羊皮紙だった。
受け取って広げてみれば、中には魔法陣が描かれており、魔道具だと言うことがわかる。
「なんの魔道具?」
「転移陣を作っていた時の魔道具……正確には失敗作だがね」
「え!? そんなもの貰えないよ」
「失敗作だと言ったろ? 使い道がないわけではないだろうが、不便でね。
一方通行なのさ。帰ってくることができない。その上、一度設置すると変更は不可能だ」
「充分便利だと思うけど……」
「それに、日が変わるまでしか使えない。朝設置しようが、昼に設置しようが、0時きっかりに壊れる。
それから、使えるのは設置した本人だけ……従魔も無理だ」
「どうして俺にこれを?」
「教会に行くのは君だけで良いだろう? 最初の一回、設置の時は同行しても良いだろうがね。
いくらジオンが強かろうと、いくらリーノの防御が高かろうと、今の2人が堕ちた魔物相手に敵うとは思えない」
「まぁ、俺達何もすることねぇな。壁になることも難しいだろうだし。
移動時間が短縮できるってならその方が良いと思うぜ!」
言われてみれば、ただただ死にに行くだけだし、ジオンとリーノはお留守番で良いかもしれない。
離れすぎたからってデメリットは何もないし、パーティーを解除しておけばデスペナルティに巻き込まれることもない……らしい。
狩猟祭はともかく、それ以外でパーティーを解除したことがないのでいまいちわからない。
「岩山脈の麓までも30分以上掛かるし、それは凄く助かるけど……いいの? 貴重なんでしょう?」
「君なら良いさ。私には使い道がない。魔道具なんだから、使わなければな。
作業場で腐らせておくより、君に使って貰うほうがずっと良い」
「ん……うん、ありがとう。有難く使わせてもらうよ」
設置の説明を聞きながら、魔法陣を眺める。
見たこともないシンボルがたくさん描かれた複雑な魔法陣だ。今の俺では扱えないシンボルだろう。
「この魔法陣メモっておいても良い?」
「転移陣を作るまでに出来た全ての副産物……いや、失敗作だな。
それらの魔法陣のメモが作業場のどこかにあるはずだ。探しておこう」
「本当? ありがとう!」
「渡した本には載っていないシンボルばかりだから、書斎にある本も探しておこうか。
ふむ……そうなると、指導する時間がある時のほうが良いな」
「うん、わかった。明日……は、帰るから、次に戻ってきた時にくるね。
俺のスキルレベル……4でも作れるのあるかな?」
「さて……失敗作の魔法陣を全て覚えているわけではないから、メモを見てみないことには何とも言えないな。
ただまぁ……完成品の転移陣も極致でなければ作ることが出来ない魔道具だから、失敗作もそれなりさ」
エルムさんが作る魔道具なのだから、俺がほいほい作れるようなものではないことは分かっていたけれど。
失敗作ならどうかと思ったが、そちらも厳しそうだ。
のんびりしていたら使用期限が短くなるばかりだと、時間を確認してみると『CoUTime/day43/11:43』と表示されている。
魔法陣が使えなくなる半日の間に成功したら良いのだけれど、どうだろうか。
「墜ちた元亜人じゃなかったら持って帰ってくるね」
「はは! 確認できた時には瀕死だろうさ。確認する前に設置しておけ。
堕ちた元亜人どころか、堕ちた魔物でなかったとしても、気にしなくて良い」
「んん……そっか。わかった。転移元の魔法陣は、どこに設置したら良い?」
「どこでも良いさ。日が変われば消えるからな」
エルムさんの言葉に頷いて、転移元となる魔法陣が描かれた羊皮紙を床に広げて起動する。
魔法陣がじわりじわりと羊皮紙を燃やし、羊皮紙が全て燃え尽きると、魔法陣が床に移動していた。
「あとは、もう1つの魔法陣を転移したい場所に設置したら良いんだね」
「あぁ、そうさ。くれぐれも、相手との距離に気を付けるんだぞ」
出会ってしまったら設置することは無理だから、出会う前に設置しておかなければ。
「堕ちた魔物が相手なら瀕死は確実だけど、最初の一回はリーノ着いてきてくれる?
魔物避けの短剣を刺して移動しなきゃだから」
「おー、良いぜ! 一緒にやられに行くとするか!」
ジオンはどうしようかな。岩山脈までのモンスター達は俺とリーノだけでもなんとかなるだろうけれど。
留守番してもらうにしても黙って出かけるわけにはいかないので、書斎へと向かう。
「ジオン、教会の噂本当らしいから行ってくるね!」
「はい?」
本から顔を上げて怪訝そうな顔をするジオンにリーノが笑いだす。
経緯を説明すると、ジオンは神妙な顔をして頷いた。
「わかりました。私も行きます」
「うん、わかった。それじゃあ、行こう」
書斎から出て、再度エルムさんの元へと戻ってくる。
「行ってくるね、エルムさん」
「あぁ、行ってらっしゃい。またあとで」
岩の陰からもやの持ち主であるモンスターの様子を伺おうと顔を出せば、そこには石造の教会が建っていた。
その教会は朽ちていると言われているだけあって、石の壁は本来の色とは違うであろう黒ずんだ色へと変化し、所々が欠けている。
佇まいは神秘的だと感じるのに、中にいる魔物のせいなのだろうか。背筋にぞくりと冷たいものが走る。
『悲しい、嫌だ、憎い、嫌だ、嫌だ、悲しい』
『怖い、寂しい、憎い、寂しい、憎い、寂しい』
聞こえてくる2つに重なった声が、そこに堕ちた元亜人がいることを示している。
呪詛のように繰り返される言葉に思わず耳を塞ぐが、魔力感知によって聞こえてくるその声が消えることはない。
「……教会から出てくる様子はない……かな。こっちに気付いていないだけかもしれないけど」
「近付いてみますか?」
「……うん、そうしてみる」
設置するなら少しでも近いほうが良いだろうかと、ジオンとリーノを先頭にじわりじわりと教会の入口へ向かって近付いて行く。
『憎い、許さない、悲しい、憎い、憎い』
『寂しい、憎い、許さない、嫌だ、許さない』
重なり合う声と重なり合うもやに、堕ちた元亜人が2人いるのだろうと予想する。
堕ちた元亜人が2人、同じ場所にいることなんてあるのだろうか。
けれど、実際に教会の中には2つのもやがあるわけで、ひょっとすると、分身することができたりするのかもしれない。
教会の入口の扉の目の前まで近付いても、動く様子が見られなかったことに安堵の息を漏らす。
アイテムボックスから転移先となる魔法陣が描かれた魔道具を取り出して、転移元の魔道具と同じように地面へ設置していく。
地面に移った魔法陣が起動していることを確認して、教会の入口へと視線をやる。
堕ちた元亜人がいることは確実だ。後は☆4以上かどうか、だけど。
それから、ユニークかどうか。どの道近付かなければスキルが使用できるかどうかはわからない。
「さて……それじゃあ行こうか。
ジオン達はここにいても大丈夫だけど、どうする?」
「どの道一緒に消えるんだから一緒に行くぜ~」
「そうですね。それに、私達がいる分、時間稼ぎができるかもしれませんし」
「おーそうだな! 少しでも時間が稼げれば何度も挑戦できるしな!」
「条件が満たされていることを祈らなきゃね」
そう言えば、相手が了承していればテイム失敗しないんだったと思い至るが、果たしてこの声の主に届くだろうかと悩む。
リーノの時は一方的に伝えただけで返事はなかったけれど、リーノには届いていたようだし、一方的でも効果はあるのかもしれない。
ただ、リーノの場合はその前に何度か話した……正確には話しかけられていたことでリーノに俺達の存在を認識させていたからというのが大きな要因ではないかと思う。
とは言え、物は試しだ。
「えーと……今から行くからね。良かったら仲間になってよ」
呪詛のような言葉は止むことなく、俺の声が聞こえているのか、届いているのかは判断できない。
届いているとしたら、呪詛が止まるなり、何かしらの反応を示しそうなものだけれど。
大きく深呼吸をして目の前にある扉のドアノブを握る。
力を入れればがちゃりと音を立ててノブが回った。
鍵は掛かっていないようだ。
もやの大きさ、それから距離の感じで、扉を開けてすぐに堕ちた元亜人がいるだろうと予想できる。
もう一度大きく深呼吸をして、扉を開いた。
そのヘドロのような、闇のような、蠢く何かは、重なり合っていて分かり難いが、二体が寄り添っているように見える。
噴き出す瘴気に顔が歪む。
ギィと古い扉が軋む音が教会内に響いた瞬間か、それとも石畳を叩く俺達の足音が響いた瞬間か。
呪詛のような言葉が止んだ。
「ライさん! きますよ!」
「うん……!」
落ちた元亜人との距離は数メートル。
この距離なら、届く。
「【テイム・百鬼夜行】!」
蠢く闇が一瞬にして俺達へと飛び掛かってくる。
「ライ!!!」
「……っリーノ!!」
リーノに突き飛ばされて尻餅をついた俺から見えたのは、その2つの闇がリーノへと纏わり付く光景だった。
リーノのHPバーにいつか見たアイコンの羅列が並んでいる。
時間稼ぎをしてくれるとは言っていたけれど、その姿に顔を顰める。
助けられないとは分かっていても、すぐにでも助けに行きたいと頭に過るが、せっかく稼いでくれた時間を無駄にするわけにはいかない。
素早くMPを確認すると、MPが減っていることがわかる。
つまり、テイム可能だ。
リーノのHPがどんどん減って行くのを視界の隅に捉えながら、リーノに纏わり付く闇を睨み付ける様に見つめて、何度も唱える。
「【テイム・百鬼夜行】! 【テイム・百鬼夜行】! 【テイム・百鬼夜行】!!」
ふわりとモンスターを倒した時のエフェクトとは少し違う、まるで花びらが舞うようなエフェクトを上げ消えてしまったリーノの姿に、ぐっと眉間に皺が寄るのがわかる。
目の前で誰かが消えてしまうのは初めてで、そして、目の前の闇への恐怖心でドクリドクリと心臓がうるさいくらいに動いている。
『憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い』
『許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない』
悲痛に歪む叫び声と共に、ごぽりごぽりと瘴気が零れ落ちる。
目どころか、その頭も、体も何もかもがどこにあるかもわからないのに、蠢く何かがこちらを見たのがわかる。
「【テイム・百鬼夜行】!! 【テイム・百鬼夜行】!!!」
俺に飛び掛かってくる闇へとジオンが飲み込まれるのを視界に捉えながら、祈るように何度も何度も唱える。
花が舞い、俺の目の前が真っ黒に染まっても、意識がなくなるまで唱えた。
意識が戻った時、そこはカプリコーン街の噴水広場で、周囲にはジオンとリーノだけで他の誰かの姿を見つけることはできなかった。
「はぁ……失敗だね」
「いやー……あれはやべぇな。改めて、ライには申し訳ないことをしたなぁって……」
「あー……まぁ、過ぎたことは気にしない気にしない。
それに、リーノは一回で仲間になってくれたしね」
「あの様子ですとライさんの言葉は届いてないのでしょうね。
届いていたとしても了承していないということになるのでしょうか」
「そういうことだろうね。
それにしても、あの二人……凄く辛そうだったなぁ」
「そりゃあ、堕ちてるわけだし、何かしらあったんじゃね?」
経験者……と、言っていいのかはわからないけれど、リーノがそう言うのならば、そうなのだろう。
リーノにも堕ちてしまうような何かが起きたということでもあるけれど。
「それじゃあ、エルムさんの家に行こう」
そして、テイムできるまで死に戻りだ。




