day38 狩猟祭③
「うーん……」
「んー……」
月夜に染まるサバンナを前に、2人で首を傾げる。
のしのしと歩いて回るモンスター達は多くはない、が。
ジャングルで一度も見かけることのなかった☆8のモンスターが歩いているのが見える。
この周辺には1体だけだが、遠くにも同じもやが数個見えている。
数がこなせるジャングルか、☆8がいるサバンナか。
「どうする? モンスターの数は確実にジャングルのほうが上だけど」
「近くにいる☆8は倒すとして……その後どうしようか」
立派な鬣を持つモンスターだ。
モデルになっているのは恐らくライオン……いや、バッファローのような逞しい角が生えているので、そちらかもしれないけれど。
合成獣というやつなのだろうか。
駆け寄って、攻撃を仕掛ける。
「【連斬】! うん、それなりにダメージ入ってるよ。
時間が掛かりそうなら黒炎弾を使おうかと思ったけど」
「黒炎弾か……どれくらいの威力なんだろうね」
「試しに使ってみてもいいけど、必要な時に使えなくなっちゃうのが怖くて、なかなか使えないよね」
「はは、ライは貴重なアイテムは取っておくタイプだからね」
「あー……それで結局最後まで使わないんだよね」
さすが☆8と言うべきか、魔法攻撃と物理攻撃どちらも仕掛けてくるタイプのモンスターだ。
魔法攻撃なら当たってもそこまで痛くないとは言え、HPが低いので避けるに越したことはない。
これまで数時間の間、兄ちゃんの動きを見て、色々と勉強が出来た。
ジオンは回避するより受け流すことのほうが多いので、常に避け続けている兄ちゃんのほうが回避に特化していると思う。
俺も受け流しはジオンから学んではいるものの、技術が足りなくて失敗してダメージを受けることも多いし、避けてしまったほうが良さそうだ。
「ライは優勝にそこまで興味ないのかと思ってたけど」
「兄ちゃんが優勝を目指してるんだから、俺も目指すよ。
それに、1位はあの人達だし……勝ちたい」
「そっか。頑張ろうね」
最後に見た時の俺達の順位は2位だった。ちなみに、朝陽さん達が3位だ。
朝陽さん達とは2位争いで、抜いたり抜かれたりしていたけれど、1位との差は大きく、引き離されることはなくとも、縮まることもなかった。
ランキングが見れなくなった今、どれ程の差があるのかは分からない。
「ジャングルとサバンナ、どっちのほうがいいかな?」
「んー……サバンナかな。どうやらジャングルには☆8以上は出ないみたいだし」
「大きなもやを狙って進むのは変わらずだね。道中のモンスターはどうする?」
「☆7以上がいたら倒そうか。☆6以上でもいいけど、モンスターの数次第かな」
逞しい角を避けながら、ちらりと周囲に視線を向ける。
まだ、どの敵がどのもやかわかっていないけれど、もやの大きさで強さは分かる。
「あっちのほうにライオンより大きなもやがあるよ」
「へぇ? 大きさで強さが変わるんだよね?」
「うん。ジャングルの☆3の蛇とトカゲは、もやの色は違ったけど大きさはほぼ同じだったよ」
「なるほど。ってことは、☆9かな。これ倒したら行ってみようか」
「うん!」
夜になっても出てくるモンスターが変わるということはなく、兄ちゃんの種族特性も発動しなかったので、これまで通り狩りをすることが出来た。
仮に発動していたとしたら、その分ポイントが増えていたのなら効率にそこまでの変化はなかったかもしれないけど、避けられなかった時点で即死かほぼ瀕死だろうから、発動しなくて良かったとしみじみ思う。
モンスターを倒した時のエフェクトがキラキラと舞い始めたのと同時に、☆9のもやへ視線を向ける。
「ライ、☆6のモンスターはどれくらいいる?」
「えっと……ジャングルの虎よりも狭い間隔でもやが見えるよ。
密集していたワニと比べると断然量が少ないし、間隔も広いから微妙かも。
でも、☆7のもやも、大体同じ間隔で見えてる」
「ジャングルの☆7よりもサバンナの☆7のほうが出現数が多いってことかな。
それじゃ、基本は☆7のモンスターを倒しつつ、☆8、☆9を狙う感じで行こうか」
「わかった。それじゃあ、☆9を目指しつつ、☆8と☆7に会う方向へ向かうね」
「よろしく。多少遠回りになっても大丈夫だよ」
「うん! それじゃあ……よーいどん!」
残り時間は2時間を切っている。のんびりしてる暇なんてない。全力疾走だ。
頭も体も疲労を感じているけど、イベントが終わってからいくらでも休めば良い。
そもそも、この疲労だって勘違いかもしれないのだから、どれだけだって全力で走る。
「兄ちゃん、前方に☆7!」
「りょーかい。……よし、見えた」
前方にいる狼と猪を足したような☆7のモンスターに、走りながら兄ちゃんが両手の魔力銃から魔力弾を撃ち始めた。
水色、赤色、黄色等の様々な魔力弾が飛んで行く中、俺は更にスピードを上げてモンスターとの距離を詰める。
一定の距離まで詰めたら、地面を蹴ってモンスター目掛けて飛び掛かり、その勢いのまま刀を振り下ろす。
離れた位置から魔力弾を撃ち続けていた結果、一撃で倒しきることは無理だったけれど、数回の追撃で倒しきることが出来た。
エフェクトがキラキラと舞う中を脇目も振らずに走り抜ける。
走って走って、走り続けて。☆8と☆7のモンスターを倒して、また走り続ける。
「もうすぐ……って、いや、見えてるね!?」
「……あれは凄いな」
もやの場所はまだ先だというのに、進行方向に見える大きな巨体に目を見開く。
「大きすぎない!?」
「☆9でこれか。☆10までいるんじゃないかって予想してたけど……違ったかな」
サバンナの☆9モンスターはそれはもう大きな大蛇だった。俺達プレイヤーなんてパクリと一飲みだろう。
チロチロと伸びる舌からだらりと紫色の涎が地面へと落ちると、蒸発するような音を立てて地面が溶けた。
「毒……だよね。兄ちゃん、毒になった時はよろしくね!」
「はいはい。無茶しないように」
「だめ! 無茶する!」
「はは、りょーかい」
兄ちゃんの魔力弾が蜷局を撒く蛇に届いた瞬間、大きな図体からは想像できないスピードで俺達を目掛けて襲い掛かって来た蛇に驚いて、慌てて背中へと飛び乗る。
「わっ!? 乗っちゃった! どうしよう!?」
「そのまま攻撃したら良いんじゃないかな?」
兄ちゃんの言葉に頷いて、どこかに弱点があったりしないだろうかと、蛇の背中を走りながら斬り付けていく。
これまでに弱点を気にして狩りをしたことはなかったけれど、兄ちゃん曰く弱点があるらしい。属性の弱点だけでなく、部位の弱点だ。
「兄ちゃん! 背中は弱点じゃないみたい!」
「多分、頭だね。ダメージの入り方が違う」
「俺からは届かないから兄ちゃんよろしく!」
蛇の尻尾が風を切り、俺に向かってくるのを飛んで避けて、斬る。
背中で動き回る俺が気になるのだろうか。攻撃が俺に集中している。
「ライ! 頭そっち向いてるよ」
「わかった! よっ、と……あ! 違う違う! 間違えた!」
噛みつこうと突撃してきた蛇の頭に、思わず飛び乗ってしまった。
その高さと遠い地面にぶるりと体が震える。
「落ちるなよー!」
「高い高い! 落ちたら死ぬかな!?」
「高い所から落ちたって話は聞いたことないけど、死ぬんじゃないかな?」
受け身、受け身……だめだ、受け身の取り方なんてわからない。
選択授業で柔道を選んでおけば良かったと後悔する。
そもそも、落下時に受け身を取って意味はあるのだろうか。
「せっかくだから、このまま頭を狙うよ!」
「暴れるだろうから、気を付けて。
体を捻ったり回ったりして着地したら大丈夫だと思うよ!」
「えぇ……で、できるかなぁ……」
漫画やアニメで見たことはあるけれど、してみようだなんてこれまでに思ったことはない。
とは言え、乗ってしまったものは仕方ない。どこにいようが攻撃をするしかないのだ。
アイテムボックスから少し前まで使っていた刀……《雪月華》を取り出して、鞘を投げ捨てる。
後で拾わなければ。それから、こんな使い方をしてごめんと、ジオンに心の中で謝っておく。
《雪月華》を蛇の鼻筋辺りに上から真っ直ぐに突き刺す。ぐっと力を込めて深く突き刺せば、蛇は大きな咆哮を上げて暴れ始めた。
突き刺した《雪月華》の柄を握り、振り落とされないように体に力を込める。
「さっきのは準備! ここからが攻撃!」
振り落とされないように力を込めながら、右手に握る《風華雪月》を蛇の眉間を目掛けて大きく横に薙ぎ払った。
続け様に俺の横を通って、兄ちゃんの魔力弾が次々と大きな蛇の眼孔を目掛けて飛んでくる。
当然、蛇は更に暴れ始めるが、突き刺した刀でなんとか体を支えながら、俺もどんどん追撃していく。
「ライ! 後少しだから、踏ん張って!」
「と、う……ぜん!!! 頑張るよ!」
兄ちゃんと蛇の頭の距離は遠い。その分、兄ちゃんの魔力弾の威力は落ちている。
手数が多いので、それなりのダメージを与えることは出来ているけれど、どれだけ早く倒せるかは俺の攻撃に掛かっている。
《雪月華》の柄から手を離し、飛び上がる。
重力に逆らう体で、刀を構えた。
「【刃斬】! 【連斬】!!」
最後の斬撃音と共に、まるで硝子が割れる時のような音を立てて、エフェクトが弾けた。
キラキラと舞うエフェクトと一緒に、体が地面へと吸い寄せられていく。
「ひ、捻って……回る!!!」
高い所から飛び降りたアニメの主人公を頭に思い浮かべながら、体を動かす。
勢いを殺した体は、思いの外小さな音を立てて地面へと着地した。
「はぁあぁ~……出来た……!」
「うん、さすがライだね。お疲れ様」
「ありがと、兄ちゃん」
俺より先に地面へと辿り着いた《雪月華》の刀身を拾い、近くに落ちていた鞘に納めてからアイテムボックスに入れておく。
休みたいところだけど、休んでいる暇はない。
辺りに視線を向けてもやを探すが、☆9のもやは見当たらない。
「兄ちゃ……」
それを兄ちゃんに伝えようと口を開いたその瞬間、辺りに大きな警告音が鳴り響いた。
『警告。高難度モンスターが各地に発生しました。
危険度最大。お気を付けください』
警告のアナウンスが終わるや否や、視界の中にこれまでに見たことがない程の大きさの、禍々しいもやが発生する。
「へぇ、なるほど。☆10は1時間前に発生ね。
高ポイントを狙うか地道に稼ぐか、か」
「やっぱり、時間が掛かるってことだよね?」
「そうだろうね。1時間以内で倒せたら良いけど、倒せないなら地道に稼いだほうが良い」
「ちなみに、兄ちゃん。すぐ近くにいるよ」
「はは、そうなんだ? 行ってみる?」
アイテムボックスから《中級マナポーション》と《初級マナポーション》を取り出して飲む。
大蛇を倒すのに使ったMPが回復したことを確認してから、頷く。
「黒炎弾を使うよ」
「りょーかい。行こうか」
頷き合って走り出す。
視界を遮っていた木々を抜ければ、すぐにモンスターを目視することが出来た。
鑑定をしてみれば『狩猟祭モンスターK:☆10』と表示されているが、あのモンスターは違うゲームなんかで見たことがある気がする。
俺の体よりも2倍以上大きな斧を持った、二足歩行をする巨大な牛……ミノタウロスだ。




