day38 狩猟祭①
「近くに虎はもういない?」
「えーと……近くにはいないかな。川沿いに進めばいるみたいだけど」
「そっか。なら、ランキング確認してみようか」
頷いてウィンドウを表示する。
狩猟祭中はパーティー画面からパーティーの現在の順位と狩猟数、ポイント、それからランキング一覧を見ることが出来る。
ただ、19時からは自分達の狩猟数以外は見れなくなるらしい。
ちなみに、会場の人達は狩猟数も含めて全て見えなくなってしまうとのことだ。
「わー! 兄ちゃん、俺達20位だよ!」
「なかなか良い順位だね。へぇ、朝陽たちは5位か。1位は……うん、射程圏内だね」
「兄ちゃん、優勝狙ってるの?」
俺の言葉に兄ちゃんはニコリと笑った。
2人だから無理かなぁって思っていた俺と違い、兄ちゃんは優勝を狙っていたらしい。
そうと決まればもっと頑張らなきゃと気合を入れる。
「1位……『ラセットブラウン』? ソロの人?
あれ? ソロで参加ってできるんだっけ?」
「2人以上だよ。
クラン名をパーティー名にしてるみたいだね」
「あ、そっか。参加申請の時にパーティー名を付けることもできるんだったね」
申請の際に何も付けない場合はパーティーメンバーの名前が並ぶだけだ。
ちなみに、今の俺のパーティーは兄ちゃんと2人で、ジオンとリーノはパーティメンバーじゃなくなっており、仕方がないとは言え少し寂しい。
ただ、以前考えていたパーティーメンバー以上の仲間をテイムすることが出来るかという悩みは、恐らく出来る、ということで解決したと思う。
「ラセットブラウンって何?」
「小豆色だって」
「へぇ~小豆が好きなのかな?」
「はは、俺も同じ感想だったよ。
どうする? 川沿いに行ってみる?」
「行きたいけど、モンスターほとんどいな……あ、川の中にいる」
森の中では動いていないもやがあちこちに見えていたけど、川沿いではうろうろと動く虎のもやがぽつんぽつんとしか見えない。
ただ、川の中には別のもやがうようよと動いている。こちらは恐らく誘き寄せる必要があるのだろうけれど……密集しているので魔力弾を撃ったら一気に全部出てきそうだ。
「兄ちゃんが言ってたように、ワニなんじゃないかな……密集してる。
もやの大きさは、密集してて分かり難いけど、虎よりは小さいかな」
「ポイントは高そうだけど、密集しているとなると結構きつそうだね。
森の中とどっちが効率良いかな」
「効率計算してみる?」
「うーん……一匹だけ誘き寄せられるならいいけど……放置かな。
虎がいるポイントまでは森の中。虎がいたら川に出てくるってのでどうかな?」
「うん! わかった!」
早速俺達は森の中へ戻り、先程と同じように茂みや木の上等の植物に隠れているモンスターを倒しながら進んで行く。
「教えてくれてるのはそれぞれのモンスターの中で一番大きなもやなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「なるほど」
兄ちゃんは何かを考えているようだ。その間も一切攻撃の手が止まっていないのはさすがの一言に尽きる。
「右、上、右隣、斜め左」
考え事をしている兄ちゃんの邪魔をしないように、場所を示す以外はとにかく狩り続ける。
優勝を目指すのだから、どんどん狩っていかなければ。
俺達より上の順位の人達もどんどんポイントを増やしているわけだし、多少の順位は変わっても差が一気に縮まるなんてことはない。
とは言え、無言で只管狩り続けるのはいささか退屈なのも事実だ。
話しながら狩りをしてもほとんど効率は変わらないと思うし、せっかくのイベントなのだから楽しみたいけれど、考え事をしている間はともかくとして、考え事が終わった後兄ちゃんはお喋りを楽しんでくれるだろうか。
「あっちとあの木の上。それから、茂み」
倒している感じだと、鳥が一番強そうだ。数もあまりいない。
見かけるもやの数と大きさから見るに、恐らく蜘蛛も同程度の強さだと思う。
蜘蛛も倒したほうが効率が良いのは間違いないけれど、蜘蛛だけは本当に無理だ。
何か頭に落ちてきたなとそれを掴んだら、掌より少し大きい蜘蛛だった時のトラウマが克服できない。
「うーん……あ、ライ結構攻撃受けてるね」
「大丈夫だよ! 今からポーション飲むから!
兄ちゃん、考え事終わった? あ、斜め右の木の上とその下の茂み」
「まだだけど、今はこれ以上わからない感じかな。
虎と森の中のモンスターの差が知りたくてね」
「ポイントの差? 効率?」
「時間効率かな。続きは虎が出てきてからだね」
「もうすぐそこだよ。あ、右側とあっちの茂み」
「それは良かった。それにしても、ライ。さっきの場所から次の虎の場所が見えてたの?」
「すごーく集中したらうっすらもやが見える感じ。風景とかは無理だよ」
無言で狩り続けるということにはならないようなので良かった。
兄ちゃんはソロで狩りをしていることが多いみたいだし、無言で狩り続けることはなんの苦でもないだろうけれど。
兄ちゃんと話しながら狩りをして進んでいると、すぐに目的地へ到着した。
減ってしまっているHPをポーションで回復しておく。HPが少ないのでほぼ全快だ。
「兄ちゃん、虎がいるよ」
「ん、りょーかい」
木々を抜けて、川沿いへ出て、かちゃりかちゃりと爪の音を立てながら歩く虎に走り寄り、攻撃を仕掛ける。
前回と同様に、牙に雷を纏わせて、噛みつこうと飛び掛かってくる。
行動パターンが同じなのだから、動きも予想できるし、回避も簡単だ。
「バチバチしだした! 任せて!」
「はいはい。よろしく」
前回は咆哮を上げ始めた時は離れたけれど、今回は離れずに斬り続ける。
確実に兄ちゃんに背中を撃たれるだろうから、覚悟を決めておこう。
「あぁ~体がふわふわする~」
「ふわふわする程度で良かったよ。回復するね」
「うへぇ!? やっぱ慣れないよ兄ちゃん」
背中に受けた衝撃にドキリと心臓が大きく揺れる。
でも、攻撃の手は止まらなかったので、覚悟をしておいたのは正解だった。
前回よりも早く倒せたなとエフェクトとなって消えて行った虎を眺めながら思う。
行動を予想できたことと、咆哮時も攻撃していたことが時間短縮の理由だろう。
「んー……虎のほうが時間効率は若干上かな。
ただ、数が少ないから虎だけを狙って川沿いを移動するのはやめた方が良いね」
「それじゃあこの後も、森行って川行ってってする?」
「うん、そうしようか」
「兄ちゃん、次あっち!」
「りょーかい」
場所を指差して、兄ちゃんが魔力弾を撃つ。飛び出してきたモンスターを2人で倒してどんどん進んで行く。
虎のいる場所に辿り着いたら、静電気に包まれながら回復弾を撃たれて、虎を倒す。
最早作業ゲーとなってしまっているけれど、兄ちゃんと喋りながら楽しく過ごすことが出来ている。
そうして、狩猟祭開始から2時間程が経った頃、視界に変化が訪れた。
「あれ? この先、見たことないもやばっかりだよ」
「ん? あ、地形が変わってるみたいだよ」
「本当だ! ん? うーん……?」
ジャングルを抜けると、そこは不気味な沼地だった。
植物は枯れ落ち、ぽこりぽこりと泡が立つ紫色の沼が至る所に広がっている。
「ねぇ、兄ちゃん。ジャングルの横にこんな沼地があることってあるの?」
「さぁ……どうだろうね。
ちょうど安全地帯もあるし、昼食にしようか」
「ここで!?」
「ジャングルに戻っても良いよ」
「うーん……まぁ、いっか。こんな経験できないしね」
安全地帯にある大きな岩の上に座って、アイテムボックスからカヴォロに貰ったサンドイッチを2人分取り出し、1人分を兄ちゃんに手渡す。
「いただきまーす」
美味しいお昼ご飯を食べながら、辺りを見渡す。
魔力感知で見るまでもなくモンスターが活動しているのが確認できる。
見える範囲にいるモンスターは、どろりと溶けているスライムに、ぬめぬめした大きな蛙、飛んでいる大きな虫は蚊だろうか。
それからぬるぬるとした大きな紫色のタコの足のようなものが時折地面から飛び出てきている。
ご飯を食べるには向かない場所だという事は間違いないだろう。
「ん? あ、兄ちゃん、あっちからプレイヤーがきてるよ」
「うん? あぁ、本当だ」
6人組のパーティーが安全地帯に向かって歩いてきているのがわかる。
これからお昼ご飯だろうか。狩猟祭中も空腹度は減っていくので食事が必要だ。
ギルドで申請をした時に注意を受けるので、持って来ていない人は恐らくいないと思うけれど。
「あ、朝陽さんの準決勝の……」
「うん、そうだね。それと、1位のパーティーだよ」
「え? えーと……ラセットブラウン?」
「そうそう」
そういえば昨日空さんが……。
ちらりと兄ちゃんを見れば、ウィンドウを眺めながらサンドイッチを食べている。
「お、いつの間にか9位になってるよ。あと少しで朝陽達に追いつけるね」
「本当? やったね。この後も頑張ろうね」
「そうだね。ここで狩りする?」
兄ちゃんに返事をしようと口を開いた時、大きな舌打ちが聞こえてきて、口を紡ぐ。
恐る恐る視線を向けてみれば、先程のパーティーのプレイヤー達が、不愉快そうに顔を歪めて安全地帯にいる俺達を見ていた。
その表情が心に突き刺さる。こういう空気は苦手だ。怖い。
うろうろと視線を彷徨わせていると、兄ちゃんがそっと体を動かして俺から見えないようにしてくれた。
「へ~本当に2人なんだ?」
「それで9位ねぇ? どんな手を使ったんだか」
「普通に狩りをしてただけだよ」
兄ちゃんが返事をしているのを聞きながら、空さんが何かと敵視してくると言っていたのはこういうことかと納得する。
どうやら俺も敵視されているようだ。弟だからだろう。
それにしても、面と向かって敵意や嫌悪を向けられたのは初めてだ。
『男らしくない』等と影で言われている場面にたまたま遭遇したことはあったけど、それを面と向かって言われたことはない。
どちらにしても、人に嫌われていると分かるのは凄く悲しいし、苦しい。
でも、直接話してくれるのなら、何を考えていて、何が気に入らないのか、ちゃんと聞くことができる。
「ねぇ、弟君さぁ、その武器って付与武器?」
目の前まで来たプレイヤーが俺の刀を指差す。
兄ちゃんが小さく溜息を吐いたのに気付いて視線を向けると、苦笑いを浮かべていた。
「うん、そうだよ」
「へぇ~。それ作ったやつ、知ってる?」
その言葉に頷いて応える。
「ふぅん……」
「羨ましいよなぁ~。顔の広いお兄ちゃんがいるとさぁ」
「俺なんてこの大剣、オークションで25万CZで買ったって言うのになぁ」
そう言って見せられたのは薄っすらと青みがかった大剣だった。
俺の勘違いでなければ、ジオンが作った装備条件Lv25の大剣、《アイスブレード》だ。
この人が落札者なのかと顔を向ける。
「知り合いだと、直接売って貰えるんだろ?」
「まぁ……そうなのかな?」
「はっ。いいねぇ、安く買えて」
「君、その大剣落札した後、自慢してたって聞いたけど」
「あ? そりゃ1つしか出品されてない大剣だぜ? 自慢するだろ」
「はは、君、結構素直な性格してるね」
「はぁ? 馬鹿にしてんのか?」
「まさか。してないよ」
落札額に不満があるのかと思ったけれど、兄ちゃんとの会話を聞く限り少し違うようだ。
それなら、知り合いだと安く買えるという点だろうか。
でも、彼は俺が出品者だとは知らないはずだから……つまり、俺が出品者と兄ちゃん経由で知り合い、オークションで大金を使って落札せず、直接安く売って貰っている、ということになっているらしい。
そして、それに対して嫌味を言われている、と。
出品者が俺である可能性は考えないのだろうか。
兄ちゃんに視線を向ければ、小さく首を横に振ったので、大人しくサンドイッチを食べる。
そもそも、知り合いに安く売った覚えは……カヴォロしかない。というか、知り合いがいない。
朝陽さんとロゼさん、それから実は買っていたらしい空さんも、露店の値段で買ってくれている。
あ、いや、朝陽さんに最初に売った時は値段が決まる前だったから、その後決まった値段の10万CZより安い6万CZだったけど。
「つーか、オークションに出てたやつとは違うみたいじゃん?」
「知り合いだとオーダーメイドで作ってくれんじゃねぇの」
知り合いなら安く買おうがオーダーメイドで作って貰おうが、本人達が納得しているのなら良いと思うんだけど。
「あーでも、あいつらは売ってんのと一緒のやつ持ってたよな」
「そんじゃ、こいつは気に入られてるってことだねぇ」
「ほーん。つーことは、製作者は女か」
「は?」
耳に届いた言葉に、思わず声が出た。
「んだよ。その面のお陰だろ」
「その顔お任せで作ったのー? 自分で作ったんだとしたら必死過ぎなんだけどー」
「ねぇ弟君、その刀見せてよ」
「……鑑定したいってこと?」
「そーそー」
最後の一口を口に入れてもぐもぐと口を動かし、ごくりと飲み込んで、立ち上がる。
「見せない。兄ちゃん、行こ」