day38 狩猟祭スタート
目を開くとそこは、ジャングルだった。
今日は待ちに待った狩猟祭だ。
狩猟祭の参加者はなんと39,144名。9,786組のパーティーが参加している。
それだけの参加者がいるはずなのに、見渡す限り様々な木々や色鮮やかな草花が鬱蒼と生えているだけで、プレイヤーの姿は見えない。
恐らくジャングル以外にも様々な地形があるのだろうけれど、俺達はどれだけ大きなフィールドに転移してきたのだろう。
現在の時刻は『CoUTime/day38/10:03 - RWTime/19:37』だ。参加者の皆は夜ご飯は食べたのだろうか。
俺と兄ちゃんは昨日の打ち上げを早めに抜け出して、大慌てで夜の支度を済ませてログインしたけれど、2時間ちょっとしか時間がなかった為、筋トレは出来なかった。今日は寝る前に筋トレをしなければ。
それはともかく、まずはルールの確認だ。
俺達参加者は12分後、つまり10時15分から21時まで狩りを行い、パーティーで倒したモンスターのポイントで競い合う。
品評会と戦闘祭は大体CoUTimeの17時から18時くらいには終わっていたけれど、狩猟祭は22時から結果発表と、長い時間が設けられている。
ポイントはモンスターを倒したパーティーに加算され、強いモンスターであればある程ポイントが高くなるという単純なものだ。
レベルアップはしないし、ドロップもなし。採取や採掘等の素材集めも出来ない。
テイムは出来るらしいけど、このフィールドのみでしか使役出来ないそうだ。
まぁ、堕ちた元亜人なんて出てこないだろうから、残念ながら俺には関係ない話だけれど。
死んだ場合は縁がどうとか魔力がどうとか色々難しいことが書いてあったけれど、凄く簡単に言えば15分幽霊になるらしい。
その間、パーティメンバーと話すことは出来ず、攻撃や魔法、スキルを使うことも出来ない。
15分経てば一番近くにいるパーティメンバーの元で生き返るそうだ。デスペナルティはなし。
「ポーション、昨日空さんからたくさん売ってもらったけど足りるかな?」
「大丈夫だと思うよ。それに回復弾もあるしね」
「わぁ……ついに撃たれるのかぁ……」
元々持っていたポーションは、☆3の《初級ポーション》が6個と《初級マナポーション》が10個。
《初級ポーション》だけ追加で10個売ってもらい、それから☆2の《中級ポーション》を30個、☆2の《中級マナポーション》20個、☆2の《初級ハイポーション》10個、☆2の《初級ハイマナポーション》30個を売ってもらった。
別のランクのポーションはクールタイムも別なので、備えあれば憂いなしだ。
総額71,500CZという金額になってしまい、手持ちの46,600CZでは足りず、兄ちゃんにお金を借りる事態になってしまったけれど。
もちろん、すぐに銀行でお金を降ろして返しておいた。
「あれだけたくさん買っても大丈夫なくらい作ってるって凄いね」
「ポーションは皆大量に買って行くから、たくさん作ってるんだよ。
大きな鍋で作れば一気に大量生産できるんだって」
「へ~そうなんだ? あ……状態回復ポーションのこと忘れてた」
「あぁ、俺が持ってるから大丈夫だよ。毒なら治癒弾もあるし」
「聖属性って便利なんだねぇ……撃たれるけど」
「はは。まぁ、魔法スキルだったら光に包まれるだけだけどね。
でも、魔力銃ならクールタイムがほとんどないからどんどん撃てるよ」
「撃たれる度にびっくりしそうだけど」
「撃つ前に言うから安心していいよ」
何も安心できない気がするけれど。毒にならないように気を付けよう。
ポーション類をクイックスロットに登録しておく。
アップデートで追加された機能で、アイテムを登録しておけば、言葉にするか念じるかするとすぐに取り出すことが出来る機能だ。
スロットは3つしかないので、急を要するであろうポーション3種を登録しておく。
マナポーション3種の合計回復量は200くらいなので、刀術のスキル分は回復できるけれど、黒炎弾を使う程の回復は出来ない。
魔力回復もあるし、なるべく常にMPは全快にしておいて、黒炎弾はここぞという時に使おう。
『まもなく狩猟祭が開始します』
ジオンやリーノ、それから他の皆は会場で俺達を応援してくれている。
モニターに映れるかどうかは運次第。ただ、上位にいれば映る機会も多くなるだろう。
お昼と夜の分のご飯もカヴォロが用意してくれたものがあるし、飲み物も牛乳がある。
ポーションもセットしたし、準備は万端だ。
『狩猟祭開始まで10秒―――9秒―――8秒―――』
俺は刀を鞘から抜いて、兄ちゃんも両手に魔法銃を持つ。
会場で応援してくれている皆のためにも頑張って上位を狙わなければ。
『狩猟祭開始です』
開始の合図と共に辺りから鳴き声が聞こえ始める。
まずは刀術スキルの【強化】を使用しておく。大量のキラービーを倒した時に増えた攻撃力上昇スキルだ。
耳に届いた葉が揺れる音の方向へ視線を向けるも、植物が鬱蒼としていて、どこにモンスターがいるのかが分かりにくい。
疲れるけれど、集中して魔力感知を行った方が良いだろう。
集中して辺りの様子を伺うとあちこちにもやが浮き出てきた。
「兄ちゃんって魔力感知持ってるんだっけ?」
「持ってないね。位置、教えてくれる?」
「もちろん! まず、兄ちゃんの真横、右の茂みの中だよ」
「はは、真横か」
無属性の魔力弾を茂みに向かって撃つと、長い葉ががさがさと大きく揺れ、中から腕程の太さもある真っ黒な蛇が兄ちゃんの顔を目掛けて飛び出してきた。
兄ちゃんの顔に届く前に、上から一直線に刀を振るえば、スパンと真っ二つに切れた後、エフェクトと共に消えた。
「わ、真っ二つに切れた」
「やるね、ライ。どんどん魔力銃で誘き出してしまおうか」
「うん。あの茂み、あっちの……植物? 木の上、あっちの茂み」
俺が指を差した場所に、兄ちゃんが次々と無属性の魔力弾を撃っていく。
飛び出してきたモンスターを薙ぎ払って、斬り付けて……まるでもぐらたたきのようだ。
普段狩りをする時のようにうろうろしてくれていたのなら楽なのだけれど、今のところ見かけていない。
ジャングルはそういうギミックなのだろうか。
「移動しながら倒そうか」
頷いて、走り始める。
「兄ちゃん、前の茂み全部! 多分、全部蛙!」
「うん? りょーかい」
兄ちゃんが撃つと同時に、走るスピードを上げて、飛び出てきた蛙達を一気に薙ぎ払う。
薙ぎ払われたことで勢いをなくした蛙達に、次々と色んな魔力弾が飛んできて、地面に落ちる間もなく消えて行った。
魔力弾で倒しきれなかった蛙は、兄ちゃんに次のモンスターの位置を伝えながら、俺が倒していく。
真っ黒で牙がある蛙、派手な色をした鋭い爪を持つ鳥、真っ赤な目の大きなトカゲ。
一度蛇を鑑定してみたけれど、そこに現れたのは『狩猟祭モンスター52:☆3』という文字で、狩猟祭専用のモンスターだということが分かった。
倒すまでの攻撃の回数が同じ蛇でもばらばらなので、☆3は強さの目安なのだろう。
「あれ……?」
「どうかした?」
ぴたりと足を止めた俺に、不思議そうな顔を向ける兄ちゃんに視線を合わせる。
「ジャングルってさ、他にどんな生き物がいるっけ?」
「うーん……水場があるならワニとか?
なまけもの……は、さすがにモンスターとして出て来そうにないか」
「……虫は?」
「あー……なるほど。蜘蛛はいるかもね」
ジャングルスタートだなんてとんだ厄日だ。
他の虫ならともかく、蜘蛛が出てくるのだけは勘弁してほしい。
「ライの魔力感知ってどういう風に見えてるの?」
「うーん……もやというかオーラというか……。
蛇は少し小さくて色がちょっと緑がかった黒? 蛙は蛇より大きくて赤みがかった黒で……」
「へぇ? 違いがあるんだ? 初めて聞いたよ。
なるほど、さっき蛙だって言ってたのはそういうことか。
普通の魔力感知だと赤い点が見えるだけらしいよ」
「そうなの? へぇ~百鬼夜行、凄いね」
洞窟でリーノの声が聞こえていた事から、堕ちた元亜人の声が聞こえる効果があるのだろうと思っていたけれど、そんな効果もあったとは嬉しい驚きだ。SP30は伊達じゃない。
「これまでのモンスターのもやに差はあった?」
「同じモンスターなら色は同じだったけど、大きさにちょっと差があったよ。強さが違うんだと思う」
「なるほどね。それじゃ、それぞれのモンスターの大きいもやだけを狙って行こうか。
蜘蛛が出てきた時は俺が倒すから、その後は蜘蛛以外を狙おう」
「わかった!」
そう言って走り出し、もやが大きいものだけを指差しては誘き寄せる。
蛙、トカゲ、蛙、蛇、鳥、蛇……。
「蜘蛛ぉおおおお!!!」
「大丈夫大丈夫。こっちにおいで」
くるりと方向転換して兄ちゃんの元へと走る。
その間も兄ちゃんはどんどん魔力弾を撃ち込んでいて、兄ちゃんの背中に隠れて様子を伺えば、そこには蜘蛛の姿はなかった。
「ライ、どんなもやか覚えた?」
「覚えた。大丈夫」
「それなら良かった。行こうか」
「うん……あ、待って。あっちのほう、大きなもやがあるみたい」
「へぇ、大物かな? 行ってみようか」
これまで進んでいた方向を12時だとすると、3時の方向に……距離はどれくらいだろうか。
結構離れていることはわかるけれど、もやが大きくて距離感が掴めない。
誘き寄せては倒してを繰り返しながら、目的地へ向かう。
同じモンスターの中の大きなもやだけを選びながら誘き寄せているけど、数が多い。
誘き寄せる必要があるかわりに、モンスターが多く発生するようにしてあるとかあるのかもしれない。
「斜め右の茂み、木の上、あっちの木、そこと、そこと、あそこの茂み」
兄ちゃんのお陰で楽に誘き寄せることができているけれど、近距離2人だったら、揺らしたり石を投げたりして誘いだすのだろか。
茂みなら武器を突き刺すのもありかな? 魔法スキルはクールタイムが長いし、誘き出すには向かなさそうだ。
一度当たったら死ぬであろう兄ちゃんは、モンスターに対しては威力が高いという理由で近距離……ほぼ零距離で攻撃することが多いので、少し心配だ。
兄ちゃんなら避けられるだろうけれど、飛び出してくる瞬間は、俺が前に出るようにしている。
俺のDEFとHPも低いとは言え、さすがに即死はしない。
「兄ちゃんもうすぐ着くよ」
「ん、りょーかい」
一旦足を止めて、木々に阻まれている前方の様子を伺う。
木々の間からは川が見えた。川の周りはこれまでと同様に様々な植物が鬱蒼と生えているので、違う地形に出るとかではなく、単純にジャングル内を流れる川だろう。
もしかしたら、川を辿って行けば違う地形に出られるかもしれない。
「☆7か。急に強いのが出てきたな」
「見た目からして強そうだよね」
川の畔をのしのしと歩くのはサーベルタイガー……ジャングルなら虎だろうか。
動物園で見る虎に比べて一回りか二回り程大きいように見える。
上顎から伸びる大きな牙で噛まれたら穴が開きそうだ。
ほとんど黒に近い赤一色の毛がぶわりと逆立っており、鋭い爪が歩く度にかちゃりかちゃりと鳴っている。
「とりあえず木の向こう側に行かなきゃね」
「そうだね。今ちょうど違う方見てるし良いんじゃない?」
顔を見合わせて頷き合い、木の間を抜けると、一気に距離を詰めて攻撃を仕掛ける。
「【連斬】!」
これまでの蛇や蛙は刀術のスキルを使わずに倒せていたけれど、今回の虎はスキルを使ったというのにHPが全体の10分の1弱しか減っていない。
さすがは☆7だ。とは言え、兄ちゃんと2人なら削りきるのに時間は掛からないだろう。
唸り声と共に牙にびりびりと雷が纏わり付いていく。
「魔法攻撃? 両方?」
雷を纏う牙で噛みつこうと俺へ向かってきた虎を避けながら兄ちゃんに問いかけると、わからないと返事が返ってきた。
狩猟祭専用モンスターなのだからそれもそうかと納得して、斬り続ける。
片手で魔力銃を撃ちながらマナポーションを飲む兄ちゃんをちらりと横目で見つつ、俺もどんどん攻撃を仕掛けていく。
「ライ、離れたほうがよさそうだよ」
「ん? うん」
兄ちゃんの言葉に頷いて、離れて様子を伺っていると、地鳴りのような咆哮を上げる虎の体全体を雷が包んでいく。
バリバリと体に稲妻を走らせた虎の咆哮が止んだかと思うと、今度は辺りの地面にピリピリとした小さな稲妻が走った。
特にダメージは受けていないけれど、なんだか嫌な予感がするので、稲妻が走っていない場所へと移動する。
その瞬間、虎の周囲の地面から、まるで間欠泉のようにいくつもの雷が噴き出した。
「うわ!? あっぶな!」
「おっと……近付けなくなっちゃったな。
恐らく本体が纏ってる雷も当たったらダメージ入るだろうし」
「えー! 俺何もできないじゃん」
「まぁ、俺も遠くから攻撃するだけになるけどね」
そう言って、魔力弾を放ち続ける兄ちゃんを見ながら、考える。
このまま兄ちゃんに任せておいても問題なく倒せるだろうけど、たくさんのポイントを稼ぐにはいかに早くたくさんの敵を倒すかに掛かっているだろう。
「俺、MND高いから行ってくる!」
「は? あ、ちょっと」
立ち昇る雷の中へ飛び込めば、全身が静電気に包まれたような感覚が襲う。
現実で雷に飛び込もうものならこんな程度では済まない……というか普通に生死に関わる。
HPバーを確認すると少しずつHPが減っていっているのが分かる。
でも、これくらいなら倒しきるまでに3分の1程度しか減らないだろう。
「【強化】、【刃斬】!!」
雷を噴き出させている間は動けないのか、攻撃が当て放題だ。
「ライー回復するよー」
「え!? ぎゃ!!」
風船を割ったような衝撃を背中に受けたかと思うと、俺の体を緑色の光がふわりと包んだ。
兄ちゃんのお陰で全快したけれど、なんとも言えない気持ちになる。
「合図されてもびっくりするよこれ!」
「はは、きっとその内慣れるよ」
「慣れないと思うなぁ……」
衝撃で止まってしまった攻撃の手を八つ当たりを込めて再開する。
というか、のんびりしていたらまた撃たれる。早く倒さなきゃ。
「【連斬】!」
続けざまに飛んできた赤色の魔力弾が命中すると同時に、地面から立ち昇る雷と体を包んでいた雷が消えた。
大きな唸り声を上げて地面に倒れた虎の体がエフェクトとなって消えていく。
「ライは無茶するなぁ……回復するよ」
「待っ……ふぎゃ! 待ってって言ったじゃん!」




