day37 戦闘祭
「だー! 負けた負けた!」
「朝陽さん、お疲れ様」
空さんが相性が悪いと言っていた相手に、準決勝で負けてしまった朝陽さんが来賓席へと戻って来た。
俺達はそれぞれ賛辞やねぎらいの言葉を朝陽さんに投げかける。
「朝陽、3位おめでとう」
「おーあんがと。けど、やっぱ優勝したかったなぁ。
総合トーナメントの一回戦でレンと戦いたかったわ」
「朝陽さんの準決勝の相手が兄ちゃんの一回戦の相手だったよね」
「そうそう。ま、仇は取ってくれたみてぇだし、満足満足」
総合トーナメントは各ブロックの優勝者、つまり、8名で行われる。
準々決勝、準決勝、決勝で終わりだ。ジオンが兄ちゃんと戦えるのは……決勝戦。
せっかく総合トーナメントまで勝ち進んだのだから、決勝戦で2人が戦うところが見たいと思ってはいたけれど。
『決勝戦 ジオンVSレン』
モニターに表示された文字を見て、まさか本当に見れることになるとはと改めて驚く。
確かにジオンは強い。それは俺がこの世界にやって来た最初の日からずっと知っていたことだ。
だからと言って、15,384人の最後の2人まで来れる程に強いだなんてさすがに思っていなかった。
考えてみれば、ジオンのプレイヤー換算レベルは、高レベルプレイヤーと言われているらしい兄ちゃんよりも2程高い。
それはつまり、ジオンも高レベルプレイヤーに並ぶ強さというわけで。
更には、ジオンの技術はそんじょそこらのプレイヤーよりも高いのだから、負けるわけがなかった。
とは言えジオンの相手は兄ちゃんだ。
前にヌシを一緒に倒した時、ジオンは兄ちゃんの戦う姿を見てただただ凄いと感心していたことを思い出す。
でも、兄ちゃんの防御力では一太刀でも浴びれば終わりだ。
「俺……俺、どっちを応援したらいいの!?」
「そ、そりゃ……ジオン……いや……レンか……?
ジオンに負けて欲しくねぇし、だからってレンに負けて欲しいとも思えねぇ!」
あたふたしているのは俺とリーノだけではない。
品評会と打ち上げを経てここに集まっている全員が仲良くなったので、皆少なからず同じ悩みを抱えているようだ。
「両方! 両方応援しよ!
どっちが勝っても嬉しいし!」
どっちが負けても、悲しい……とは少し違うだろうけれど、なんとも言えない気持ちになるのは間違いない。
『決勝戦がまもなく開始します』
アナウンスの声に会場内が静寂に包まれた。
胸がどきどきと高鳴っていて落ち着かない。
舞台上に立つジオンと兄ちゃんは、いつもと何ら変わりない様子で穏やかに何かを話しているのに、それを見ている俺の緊張はピークに達している。
『決勝戦……始め!!!』
最初に動いたのは兄ちゃんだった。
兄ちゃんは一気にジオンへ駆け寄ると、そのままジオンの眉間目掛けて弾を撃つ。
それを体を傾けることで避けるも、近距離で発射されたその弾はジオンの頬を掠ってしまった。
ジオンはすぐに体勢を立て直し、構えた刀を兄ちゃんに向かって斜め下から斜め上へ斬り上げる。
「ひえええ……無理、無理。緊張する」
「ジオンは一度当てりゃ勝ちだからな……けど、レンの回避能力すげぇんだろ?」
「うん。兄ちゃんこれまでに一回しか敵の攻撃当たったことないって。
それも、わざと当たった時だけだし」
「すげぇなそれは……」
兄ちゃんはひらりひらりとジオンからの攻撃を避けながら、両手の魔力銃から様々な魔力弾を撃ち続ける。
ジオンもそれを避け続けては攻撃を仕掛けているけど、次から次に飛んでくる弾に、さすがに苦戦しているようだ。
掠った弾で、少しずつ、じわりじわりとHPが削れている。
これまでのジオンと兄ちゃんの試合は、すぐに決着がついていたけれど、今回の試合は長くなるだろうか。
それとも、一瞬で決まるのだろうか。
このままの状態が続けばジオンの負けだ。
じわりじわりと削られて、負ける。
兄ちゃんの魔力銃の威力は種族特性で上がっているし、HPが削られている今、まともに当たってしまっても終わりだろう。
一度でもジオンの攻撃が届けば、ジオンの勝ちだ。
「ジオン頑張って! 兄ちゃんも頑張れ!」
ジオンは弾を避けながら、一度兄ちゃんから距離を取り、大きく息を吐いた。
その様子から勝負を決めるつもりなのだろうと分かる。
氷晶弾を兄ちゃんへ向けて放ち、放った氷晶弾が兄ちゃんに届くと同時に、一気に距離を詰めて、氷晶弾を避ける兄ちゃんへ刀を振るう。
さすがにこれは避けられないと思う間もなく、兄ちゃんは左手に持っていた魔力銃を離すと、上から振り下ろされた刀を掴むジオンの腕を掴むと同時に、右手の魔力銃をジオンへ構えて、引き金を引いた。
「ジオン!!!」
腹部に水色に光る魔力弾を受けたジオンの体がぐらりと揺れて、どさりと地面に倒れる。
『勝者、レン!』
割れんばかりの大きな歓声がスタジアムに湧き上がる。
「あぁぁああ!! ジオン負けた! 負けちゃった!!
兄ちゃん勝った! おめでとう!! 負けたぁ~!!」
なんとも支離滅裂な言葉を舞台へと投げかけてしまったけれど、頭の中もめちゃくちゃなので仕方ない。
兄ちゃんが勝って嬉しい気持ちと、ジオンが負けて悔しい気持ちがごちゃ混ぜになっている。
試合終了と共に回復したジオンは立ち上がり、兄ちゃんと握手をしている。
モニターに映る顔は、悔しそうで、それでいて、やりきった時のような晴れ晴れとした笑顔だった。
「くっそー! 悔しい! 俺、悔しさのほうが強ぇわ!」
「うぅぅう……俺も……俺も、ちょっとだけ悔しさのほうが強いかも」
兄ちゃんは生まれた時から知っているわけだし、ここにいる誰より一緒にいた時間が長い。
仲も良いし、ブラコンの自覚もある。優勝だなんて、やっぱり兄ちゃんは凄いと思う。
それでも、仲間であるジオンが負けた事が想像以上に悔しい。
もし、兄ちゃんが負けていたら、同じだけ悔しかったのだろうか。
「もぉ~! 次は負けない!」
「おう! 次は勝つぞ!」
ここにいないジオンのリベンジを勝手に誓った俺達の言葉に、皆が笑いだす。
『総合優勝のレン様には5,000、総合2位のジオン様には4,000の受賞ポイントが贈呈されます』
アナウンスと同時に、受賞ポイントを入手したお知らせが視界に表示された。
これだけあれば、3人分の防具と交換できるだろう。
舞台上の兄ちゃんとジオンに拍手を送り、2人が戻ってくるのを待つ。
それから、露店を出店しているカヴォロとロゼさんも。
今日もオーナーさんのレストランで打ち上げだ。
「弟君」
「どうしたの? 空さん」
戦闘祭に関する雑談を皆としていると、朝陽さんの傍にいた空さんから声を掛けられた。
口元にぐっと力を入れていた空さんは小さく息を吐くと、決意したように口を開く。
「宝箱……作り方教えて欲しい。マナー違反、だけど」
「いいよ。ちょっと待ってね」
アイテムボックスから魔道具を作るための道具を入れている鞄を取り出して、《風の宝箱》と《氷の宝箱》を作った時にメモしておいた羊皮紙を眺める。
そう言えば、魔法宝石の事はロゼさん達にも内緒にしとくと兄ちゃんが言っていたので、風属性が付与されている魔法宝石を使う必要がある《氷の宝箱》は教えないほうが良いかな。
《氷の宝箱》を作った時のメモは鞄の中に戻して、《風の宝箱》についての羊皮紙を空さんへ手渡す。
「……いいの?」
「うん? うん、いいよ。
あ、でも、他にメモしてないから書き写しておきたいんだけど」
「わ、私が書き写す! ちゃんと、返す」
そう言って、空さんはお爺さんの元へ駆け寄り、何かを話した後、お爺さんとエルムさんを連れて、羊皮紙と羽ペンを持って戻って来た。
コーヒーテーブルの上に羊皮紙を広げ、俺の書いたメモを新しい羊皮紙に書き写し始める空さんの手元を覗き込んでいると、エルムさん達も同様に空さんの手元を覗き込んでいることに気付く。
「ほう? 風の宝箱ねぇ。面白い物を作ったな」
「そんなに難しい物でもないでしょう? レベルの低い俺でも作れたし」
「そうさね。難しくはない。ただ、魔道具を作るには閃きが重要さ。
既にある魔道具を作るでなく、新しい魔道具を作るにはね」
「軽い宝箱ってなかったの?」
「ないな。必要がない……いや、必要に駆られたことがないと言うべきだろうね」
「あー……俺、STR6だから、大きい宝箱も持てなくて」
「ぶは! 君、そんなにSTR低いのかい? はは! それは必要に駆られるよな!」
「弟君、STRそれだけなの……」
俺の言葉に手を止めて顔を上げた空さんが紡いだ言葉に、少しだけショックを受ける。
「へへ……あ、DEXとAGIって、俺達の世界だと命中と敏捷のイメージなんだけど、この世界では違うの?」
STRが低いと物が持てなかったりするのに比べ、当たっているのに攻撃が通っていないということもないし、足だって遅くなったりしていない。
DEFとMNDはそのまま防御力になっているとこれまでに感じられてきたけれど、DEXとAGIの変化を感じることはなかった。
「DEXはクリティカル率があがる。あと、スティールでは重要」
「確かモンスターからアイテムを盗むスキルだったっけ?」
「そう。それから、器用さ。生産してる時、DEXが高いほうが早く作れる。
スキルレベルにもよるけど」
なるほどジオンが武器を作るのが早いのはDEXとスキルレベルが高いからかと納得する。
それから、カヴォロの包丁の使用条件でDEXが必要だったことも思い出す。
「AGIは……よく分からない。レンは補助じゃないかって言ってた」
「ふむ……レンの言うことは間違ってはいないな。AGIは他のステータスとは少し違う。
まぁ、これまでの統計上そうだと私達が認識しているだけで、正解はわかっていないがね」
空さんの言葉にエルムさんが言葉を繋ぐ。
「AGIは君達異世界の旅人にとってのスキルに近いな。
私達は技能と知識を高めることでスキルレベルが上がる。
しかし、君達は技能だけを高めていればスキルレベルが上がり、知識が増えるのだろう?」
「なんとなく、基本がわかるようになるみたいなことだよね?」
「あぁ、そうさ。羨ましいことだよ。技能を上げているだけで知識が増えると言うのだからな。
まぁ、レベルによって使える素材やランクが限られるのは私達も君達も変わらないがね」
「あ、でも、前にエルムさんの家で魔法陣の本で勉強していた時にスキルレベルが1上がってたから、知識だけでも上がるんだと思うよ」
「ほう……であれば、知識だけを高めた場合は、スキルレベルによって技能が補填されるのだろうな」
大体のプレイヤーは何度も生産を繰り返すことでレベルを上げていくから、知識がその度に補填されている。
ただ、わかるのは新しい物の基本が分かるだけだと聞いているし、違う物を作るには試行錯誤が必要だ。
結局知識を増やす必要がある……つまり、そのスキルレベルに合った最低限の知識と技能が補填されるってことだろうか。
「それはともかく、AGIはそれに近い。
高ければ高い程、体の動かし方が分かる。逆に、種族や職業にもよるが、動かし方を学ぶことで上がりやすくなる。
他のステータスも同じではあるがね。学んでいるステータスが上がりやすい」
言われてみれば、レベル1の時は2だったDEFが現在17になっているのに比べ、3だったAGIが26になっている。
それに、DEXは5でAGIの3よりも高かったが、今のDEXは23で逆転している。まぁ、その差は3ではあるけれど。
「俺、毎回INTが上がってるけど、つい最近まで魔法使ったことなかったよ?」
「種族や職業にもよると言っただろう? 君はINTが元々上がりやすいのさ。使おうが使うまいがな。
あくまで、多少上がりやすくなるという程度さ」
「つまり……筋トレしたら、STRが上がるってこと?」
「さて……どうやら君はSTRが酷く上がりにくいようだが……」
「でも、希望はあるってことだよね!?」
「あ、あぁ……そうなんじゃないか?」
よし、筋トレしよ。