day36 品評会スタート
「みんな一緒に座れてよかったよ。エルムさんありがとう」
「はは! 可愛い弟子の為だからね。動かないわけにはいかないさ」
全員がここにいるわけではないとは言え、数万人のプレイヤーがここに集まっている。
それから、この世界の人達も集まっているのだから、1人から4人程度なら一緒に座れたかもしれないが、この人数で集まって座るのは無理だっただろう。
多くなるようだから来賓席が良いだろうと、元々招待されていたらしいエルムさんが掛け合ってくれたのだ。
来賓席……つまり、エルムさんは主催者側から招待されたということになる。
主催者というと『Chronicle of Universe』の運営のことなのではと思ったけれど、どうやらギルドが主催しているお祭りということになっているらしい。
お祭りの会場は10万人が収容できるというスタジアムだ。
それはもう広い。どこを見ても人、人、人である。広すぎてどんな人がいるのか、全く見えないけれど。
来賓席はそんな広い会場の中の一画。座り心地の良いソファが置かれたボックス席だ。
コーヒーテーブルなんかも置いてあり、食事を楽しみながら観戦することもできる。
なんとも贅沢な気分が味わえる席である。
難点を上げるとするなら、スタジアム内に出店された露店までが遠いということだろうか。
「さすがエルムさんだね。生ける伝説って呼ばれてるって聞いたよ」
「あー……あまり大きな声で言ってくれるなよ。面倒は嫌いなんだ。
そう呼ばれているのは知っているがね。
それは本来、師匠のことなんだ。私は二代目さ」
隣の来賓席とは2メートル程離れている為、大声ならともかく普通の声であれば、余程聞き耳を立てていないと聞かれることはない。
とは言え、他の来賓席も含めて、スタジアム全体がこれから始まるお祭りへの期待にわいわいと盛り上がっているから、大きな声でも大丈夫かもしれない。
「謙遜だなんて婆さんらしくないな。婆さんだって充分伝説だよ」
エルムさんの言葉に反応したのは、眉間に皺を深く刻むオーナーさんだ。
そして、そんなオーナーさんの言葉に、アルダガさんと鍛冶場のおじさんが大きく頷く。
「まぁ否定はしないさ。私の腕を否定することは師匠の腕を否定することになるからな」
エルムさんにも師匠がいたのか。そうやって伝説とも呼ばれた腕が引き継がれていくのだろう。
あれ? つまり、次は俺? いやいや、まさか。
「はぁ~緊張で胃が飛び出て来そうだぜ」
「腹括って来たつもりだったが、まさか来賓席とはな……」
「驚きの連続だよ……しがない職人の俺を誘いにくるわ、生ける伝説がいるわ、来賓席だわ……。
おまけにお前がいるときた。兄貴元気にしてっか?」
「おー元気元気。会ってねぇのか? おっさんのが近いだろ」
「仕事が忙しくてなぁ。あいつも忙しいみたいだし」
どうやらアルダガさんと鍛冶場のおじさんは知り合いだったようだ。やはり世間は狭い。
元々アルダガさんのお兄さんとおじさんが幼馴染だったそうで、アルダガさんにとって兄貴分のような人だとか。
「これが今日絞ってきたばかりの牛乳だ。
それからこっちは卵に……これはウィンナー、ベーコン」
「わかった。わかったから……顔に押し付けるんじゃない!」
クリントさんのお父さんに大量の食材を押し付けられているカヴォロへ、眉間の皺を深くしたオーナーさんが視線を向ける。
その視線はまるで、息子に外で会ったはいいが、友人が周りにいるから話しかけていいのか迷っている父親のようだ。
カヴォロはそんなオーナーさんの視線には気付いていないようだけれど、話したそうにしているので気付いてあげてほしいと思う。
クリントさんのお父さんの隣で、困ったように笑うクリントさんのお母さんの腰は、すっかり治ったようだ。
「ライにも牛乳持って来てるぞ。一昨日は手伝ってくれてありがとうな」
「ううん。朝早くから押しかけてごめんね。
あの時間以外だと行商に出てるかもしれないと思って」
「誘ってくれてありがとよ。大勢でわいわい出来て楽しいぜ」
アルダガさん、鍛冶場のおじさん、クリントさん家族、エルムさん、オーナーさん。
それから、カヴォロ、俺、ジオン、リーノ。そして……。
「ごめん、ライ。遅くなった」
兄ちゃんとロゼさん、朝陽さん、それから空さんの総勢15人だ。
「兄ちゃん! 遅いよ!」
兄ちゃん達とは待ち合わせ場所で合流できなかった為、直接ここに来てもらった。
ある程度の位置はメッセージで送っていたとはいえ会場は広いし、ましてや来賓席だなんて、一介のプレイヤーがふらりとこれるものかと不安だったけれど、そこはエルムさんが話を通しておいてくれた。
もしかしたら別の場所で見ることになるかもと心配していたが、会えてよかったとほっとする。
ちなみに遅れた理由は寝坊だ。
俺がログインする時間になっても寝ていたので布団を剥ぎ取って起こしたけど、待ち合わせには間に合わなかった。
「ほう? 君がライの兄か……なるほどねぇ」
兄ちゃんの姿を捉えたエルムさんがニヤリと笑う。
これは兄ちゃんがハイエルフ、つまり、あの宝石を作った人物だとばれたなと苦笑する。
「私はエルム。ライの師匠だ」
「話は聞いてるよ。俺はレン。
弟がお世話になっている恩師がこんなに可愛らしい人だなんて思ってなかったな」
「き、きみな……はぁ……君達兄弟はよく似ているようだな。
まったく、年寄りに何言ってんだか」
エルムさんは眉間に手を当てて、大きく溜息を吐いた。
「ライ君、おはよう。お招きありがとう。
話すのは久しぶりだねぇ」
「ロゼさんと話せて嬉しいよ。きてくれてありがとう」
「……相変わらずね、ライ君……」
「よう、ライ! 来賓席だなんて相変わらず規格外だな!
おい、空、俺に隠れてないで、出てこいって」
その言葉に、朝陽さんの後ろへ視線を向けると、頭が少しだけ出てきた。
フードを深く被っているため口元しか見えないけれど、フードから出たさらさらと揺れる灰色の長い髪に女性だということが分かる。
「空……です」
「俺はライです。ポーションと楓食器、それからこの前も色々作ってくれてありがとう」
「……これ、あげる」
そう言って朝陽さんの後ろから、にゅっと伸びてきた手には紙袋が握られている。
頭を傾げながら受け取ると、手はすぐに朝陽さんの後ろへと消えていった。
「開けても?」
頷いた事を確認して、紙袋を開けてみると、バナナプリンが入っていた。
「バナナプリン……これ、カヴォロの?」
「そう。あげる」
何故俺は初対面でバナナプリンを貰ったのだろうかと考えて、そう言えば空さんに食いしん坊だと思われていたことを思い出し、なんとも言えない気持ちになる。
いや、女性からの贈り物に対して変な顔をするわけにはいかない。笑顔だ。
「空さんから贈り物が貰えるなんて俺は幸せ者だね。ありがとう」
「……レンに似てる」
「本当似てるわよねぇ……」
「うん? そうかな? でも、兄ちゃんに似てるって言われるのは嬉しいな」
格好良い兄ちゃんに似てるといわれて喜ばないわけがない。
「あー……空、ライに聞きたいことがあるんだってよ」
「俺?」
武器のことだろうか?
それとも……作って貰った宝箱を勝手に魔道具にしてしまった挙句、オークションに出品してしまっていることだろうか。
「……魔道具のこと聞きたい」
「空さんにぴったりだと思うよ」
「……スキルについて聞きたい」
「スキルについて……」
何を聞きたいのだろうかと頭を傾け、そう言えば、魔道具製造スキルは条件を開放しなければ覚えられないのだったと思い至る。
俺が解放した条件はエルムさんの弟子になったことだろうけれど。
ちらりとエルムさんに視線を向けてみれば、兄ちゃんと何やら話している。
「魔道具製造スキルについて知ってる人を紹介することは出来るよ」
「弟君が良いなら、紹介して欲しい」
エルムさんを紹介することは出来る。
でも、弟子にするかどうかはエルムさん次第だ。
「生産スキルの腕をアピールしたら大丈夫だと思うよ」
空さんは思案するように首を傾げた後、小さく頷いた。
「エルムさん、紹介したい人がいるんだけど」
「そこのお嬢さんかい?」
「うん。兄ちゃんとパーティー組んでる空さん」
俺はほとんど空さんのことを知らない。そもそも、初対面である。
調薬、木工、革細工のスキルを持っていて、いつも素材集めにあちこち行っている人という印象だ。
「……魔道具、製造? スキルのことを知りたい……です」
「へぇ……」
エルムさんは探るような視線を空さんに向ける。
その視線の意味を考えて、伝説とまで言われている人なのだから、これまでも色んな人が色んな目的で近付いてきていたのだろうと思い至る。
利用しようと企む人なんかもたくさんいたのかもしれない。
「家具と家庭用品を作るのが、好き」
「はは、なんともざっくりとした売り込みだ。
それで? 君の作品を見せてくれるのかい?」
初日に見せた刀と種族スキル、それから黒炎属性のことでエルムさんは俺に興味を持ってくれたのだろうと考えた俺は、空さんにも生産スキルのアピールをしたら良いと言ったのだけれど、どうやら人見知りである空さんは緊張しているようだ。
空さんは逡巡した後、頷いた。
「見てて」
そう言って、空さんは豪華な舞台が設置されたフィールドを指差す。
「ほう? 君は参加者か。そいつは楽しみだ」
「調薬部門と木工部門」
「そっか~空さん、応援してるからね。頑張ってね」
頷いて控室へと向かう空さんを見送り、時間を確認する。
品評会開始まであと10分。あと少しでお祭りが始まると思うと、どきどきと胸が高鳴る。
カヴォロに聞いた話によると、参加者は各部門開始時刻の1時間から30分前に各個人に用意された控室に行く必要があるそうだ。
その部屋で生産を行い、その場で提出するらしい。自分が作った物以外を提出する等の不正を防ぐ為だそうだ。
武器や防具が1時間以内で作れるこの世界だからこそ出来るルールだなと思う。
「弟子にするのは簡単だが、魔道具製造には素質が必要だ」
「空さんはきっと素質あるよ。ぴったりだと思う」
「あれもこれもと手を出している者の腕は、期待出来ないというのが世の常だがね。
まぁ、その限りではない者もいるにはいる。
とは言え、異世界の旅人は別さ。お手並み拝見といこうか」
ちらりと兄ちゃんに視線を向けると、俺の視線に気づいた兄ちゃんがにこりと笑う。
「空なら大丈夫だよ」
「あんな売り込みじゃさっぱりわからん」
「はは、口下手な子だからね」
「緊張してたんでしょう?」
「慣れてもあんな感じだよ。寧ろ今日はよく話したほうじゃないかな」
なるほど。口数はあまり多くはないらしい。
「調薬部門は一時間後か。えーと……一番最初は防具部門だね」
スタジアムの至るところに浮いているプログラムを確認する。
「武器部門が楽しみですね」
「やっぱり興味ある?」
「もちろん。異世界の旅人にどんな武器が人気なのかわかるかもしれませんし」
「あー……他の人達がどんな武器を使っているのか、これまで気にして見たことなかったなぁ」
「えぇ、私もほとんど見ていなかったので……やはり需要のある武器のほうが売れますからね」
それはその通りだ。
兄ちゃんに聞いたのは大丈夫かどうかだけで、プレイヤーに人気の武器は聞いたことがなかった。
「あーなるほど。俺もその辺考えながら見てみっかなー」
「リーノはやっぱり、アクセサリー部門が楽しみ?」
「おう! 一番はそうだな! けど、他のも楽しみだぜ?
細工する時の参考になるしなー」
俺も、今日見たものを魔道具の参考に出来たら良いのだけど。
「わ。料理部門ってお昼なの? それは……飯テロだね」
「見る側は食べながら見れるんだから良いだろう。
参加者は作るだけ作って味見程度しか出来ない」
「あー……それはお腹が空きそうだねぇ」
「ここで食べて行くから問題ない。広げていいか?」
「お弁当!?」
「弁当箱は持ってない。大皿料理だ」
カヴォロはそう言っていくつかの大皿料理をコーヒーテーブルに並べて行く。
並べられた料理を見たみんなが賞賛の声を上げる。どれも凄く美味しそうだ。
「飲み物は俺が持って来てるぜ! 」
「わー! クリントさんありがとう!」
牛乳、紅茶、コーヒー、アップルジュースが入った瓶が机に並ぶ。
「……取り皿と箸を忘れたな」
「あ……俺もコップ持ってくんの忘れてたわ」
「俺達は持ってるけど……」
「大丈夫! 空が作った物がたくさんあるわ。
コップは……マグカップしかないけどねぇ」
にっこりと笑ったロゼさんが、お皿とお箸、それからマグカップをアイテムボックスから取り出し、みんなへと配ってくれた。
カヴォロの料理をつまみながら観戦できるなんて最高だ。
そうこうしているとイベントの開始を知らせる花火の音がスタジアムに鳴り響いた。
品評会、スタートだ。




