day1 day1終了
暇だ。
広い草原とは言え低レベル向けなフィールドなため、モンスターは少ない。
少ない兎達は出てきたそばから俺から一定の距離を保ったジオンによって薙ぎ倒されている。
なんならもうここで横になって寝ても問題ないくらいだ。
2時間程ジオンが兎を倒してくれているが、ジオンと2人で分配しているからか、そもそもレベルが上がるのに必要な経験値が多いのか、レベルは先程ようやく2に上がったばかりだ。
残念ながらSTRは上がっていなかったし、ステータスを自分で振ることもできなかった。非常に残念である。
小さく溜息を吐いて、ぶちりと傍にあるヨモギに似た植物を抜く。
そしてその近くに生える青々とした葉の植物もぶちぶちと抜いていく。
暇すぎて草むしりをしているわけではない。いや、最初は暇すぎて適当に目についた草を抜いてみただけだったけれども。
1時間くらい前だっただろうか。
ヘルプを読んでいたがずっと文字を読むのに疲れてしまい、暇を持て余した俺が適当に抜いた草が、兎を倒した時と違い手元に残ったことに疑問を覚えた。
試しに一面に生えた芝を抜いてみると芝は消えたため、消えていない植物はアイテムなのではないだろうかと予想し、目に付いた植物を手当たり次第抜いてみることにした。
そうして色々な形の植物を抜いてみると、エフェクトと共に消えてしまう植物のほうが多く、消えることのなかったヨモギに似た植物と青々とした葉の植物を今は抜いている。
使い道がわからないので抜いては積んでを繰り返していたら小さな山が出来た。
山と言っても俺の膝程度の高さのものだが。
いい加減この草達について考えるべきかもしれない。
「どうしようかなこれ……あ」
草の山からヨモギのような植物を1つ取り眺めていると、小さなウィンドウが現れた。
アイテムだというのは正解だったようだが、そこには《草》と表示されている。
そりゃ草だけど。
「そういえば」
アイテムやモンスターは鑑定がないとわからないと兄ちゃんが言っていたことを思い出す。
さっきレベルが上がった時に貰えたSPは5で、今、合計15のSPがある。
恐らく必須スキルだろうし、スキル一覧を開き【鑑定】をSP5を使用して取得した。
ステータスのスキル一覧に【鑑定】が追加されていることを確認して、スキルの詳細を開く。
「消費MPはなし……そういうのもあるんだ。
レベルによって詳しく見れるようになる、か」
改めてヨモギに似た植物を鑑定してみると、小さなウィンドウに『薬草☆1:回復量5』と表示された。
レベルが上がれば更に詳細が見られるようになるのだろう。
まぁ、薬草だし見られなくても大体わかるけれど。
「こっちは……【鑑定】……へぇ、《バジル》か。料理に使うんだっけ?」
生憎植物の知識はバラ、カーネーション、ひまわり等といった一般的によく知られている植物の判断ができる程度で詳しいことはわからない。
恐らく薬草は調薬で、バジルは料理で使うのだろう。スキル一覧にもあったし。
再度スキル一覧を開く。
筋肉増加スキルは見当たらないが、『???』と書かれた選択不可な文字が多く並んでいるのでそこにあるだろうと期待している。
「料理も調薬もSP10かぁ。SPは10あるからどちらかは取れるけど……うーん」
今は戦闘スキルのほうが欲しい。それも悩んでいるところだけれど。
現状俺が選択できる戦闘スキルは最低でも10のSPが必要なようだ。
ログアウトした後に兄ちゃんと相談してみようかな。
そんなことを考えていると、ぐぅとお腹が鳴った。
ウィンドウから視界の右上に視線を向ければ、『空腹度:70』と表示されている。
先程からあったお腹の違和感は空腹だったのかと驚く。
まさかお腹が空く感覚をゲーム内で感じるとは思っていなかったため、空腹としか感じられないその違和感を気のせいだと思って放っておいたのだ。
スキル一覧を閉じて、ステータス画面の右上に表示された時計を見る。
『CoUTime/day1/12:30 - RWTime/10:30』
『CoUTime』がゲーム内時間で『RWTime』が現実の時間だ。
現実世界ではログインしてからまだ30分程度しか経っていない。
空腹を感じることにしても凄い技術だなとただただ感心するばかりだ。
「おぉーい、ジオンーお昼ご飯食べようー!」
俺の言葉に反応したジオンは刀を一度払い、鞘へと納めると俺の元へと来た。
アイテムボックスから《簡易食糧》を2つ取り出して、1つをジオンへと手渡す。
「これは?」
「《簡易食糧》だって」
包まれた銀紙を剥がしてみると中からはコンビニ等でも売っているバーの栄養食品によく似たものが出てきた。
現実世界で食べるあれはお菓子のようなものだが、果たしてこれはどうだろうか。
一口食べてみる。
「……まずい」
「……」
隣で一緒に食べ始めたジオンも眉間に皺を寄せてなんとも渋い顔になっている。
物凄く苦い。のに、甘い。かと思えば辛い。そして苦い。味覚への暴力である。
飲み物で流し込みたいが飲み物がないためそれは叶わない。
2人して顔を歪めながら無言で、無心で食べ続ける。
長い時間を掛けてようやく食べ終わった時にはどっと疲れが出た。
「……酷い味だった……」
「そう、ですね……」
「あと8個あるんだよね……貰ったんだけど」
「そ、れは……頑張って食べましょう」
「次は飲み物を用意しよう。もう街に戻る?」
「そうですね……ライさんが大丈夫なのであればこのまま狩りを続けたいですが」
「そう? なら、そうしようか。暗くなると強いモンスターが出るみたいだから、夕方までね」
「はい。わかりました」
今すぐにでも飲み物を買いに街へと戻りたいところではあるが、ジオンがやる気のようなのでこのまま狩り続行だ。
笑顔で頷いて立ち上がり一定の距離まで歩いていくジオンの背を見送りながら、さて俺は何をしようかと頭を傾ける。
ジオンの近くで跳ねる兎を鑑定してみると、先程まで『???』と表示されていた頭上の文字が『ホーンラビット』へと変わった。
「ふむ。鑑定のレベル上げしようかな」
草の山から薬草を1つ取って【鑑定】。
同じものでも大丈夫だろうかと思ったが、鑑定するまでは《草》と表示されているため恐らく大丈夫だろう。
小さなウィンドウを確認した後はアイテムボックスに入れておく。
現状、俺には必要のないものだけど、調薬や料理を覚えるかもしれないし、覚えなかったとしても売ってしまえばいいだけだ。
アイテムボックスには他にもジオンの狩ったホーンラビットの素材が入っている。
スタックされたものがいくつか並んでいるが、全てアイテム名が《ホーンラビットの素材》となっているから、これも鑑定する必要があるだろう。
鑑定が終わったら街で売ってしまおう。いくらになるかはわからないけど、宿代の心配はなくなる、と思う。
「よし、見ていくぞー」
1つ取っては鑑定して、ウィンドウを確認したらアイテムボックスへ入れるを繰り返す。
稀に☆2のものも混ざっているが、《薬草》と《バジル》以外はないようだ。
飽きてきたらジオンの近くにいるホーンラビットを鑑定して、アイテムボックスから《ホーンラビットの素材》を取り出して鑑定し、そしてまた草を鑑定してを繰り返していく。
少しずつ減っていく草の山が3分の2程減った頃、鑑定のレベルが上がった。
「よし! 上がった!!
でも……うーん。表示に変化はないなぁ」
レベル2では変化はないみたいだ。
もしかしたら、見えるものが増えたのかもしれないが、比較対象がない。
一息つこうと周囲を見渡したついでに、手当たり次第抜いていた時に消えてしまった植物を鑑定してみる。
小さな細長い葉がたくさん付いた少し背の高い植物だ。
「あ、手に入れる前でも鑑定できたんだ。
《ローズマリー》かぁ。えぇと、ハーブ? だっけ?
表示が出るってことはアイテムなんだろうけど……っと、やっぱり消えちゃうな」
ぶつりと抜いてみるも、エフェクトと共に消えてしまった。
【採取】というスキルがあったから、それが必要なのだろう。
生産スキルを覚えるのなら一緒に覚えなきゃいけなさそうだ。
「うーん。まぁ、今はこの山と素材を片付けてしまおう」
俺はまた、《草》とジオンが狩る度に増える《ホーンラビットの素材》を鑑定していく。
正直、嫌になってきているけど、他にすることもない。
寄生プレイに変わりはないが、せめて何かしておかないと俺の沽券に関わる。
全ての草の山がアイテムボックスに入った頃には辺りは夕日に染まっていた。
鑑定のレベルは3に、そして俺のレベルも3になった。
ちなみにジオンはレベル2で、同じレベルでスタートしたはずの俺とはレベルの上がり方が違うようだ。
経験値の分配が半分ではないのかもしれないし、元のステータスが高いから上がりにくいのかもしれない。
街へと続く道を現れたモンスターをジオンが倒しながら進む。
「街に戻ったら素材を売りたいんだけど、いいかな?」
「私の許可は必要ないですよ。従魔が取得したアイテムの所有者はライさんですので」
「そうは言っても俺何もしてないし」
「いいえ。ライさんがいないと私は戦えません」
なんだか口説かれているような台詞だが、システム上の話である。
「あ、門が見えてきたよ」
門をくぐり抜けて、素材を売れそうな店を探す。
幸いにも武器屋をすぐに見つけることができた。
「いらっしゃい。おや? 異世界の旅人かい?」
声のほうを見れば、がっちりとした体格で立派な髭を蓄えたおじさんが煙草をふかしながらカウンターに座っていた。
他にプレイヤーはいないようだ。
「わかるものなの?」
「あぁ、なんとなく、だがな。そっちの鬼人の兄ちゃんは従魔だな。テイマーか?」
「そうだよ」
「そうかいそうかい。うちにはテイマーの杖は売ってねぇぞ?」
「素材を売りにきたんだけど、ここで買い取ってもらえる?」
「あぁ、大丈夫だぜ。見せてくれ」
店主の言葉と共に目の前に取引ウィンドウが現れた。
俺はそこに素材を並べていく。
薬草とバジルは迷ったけど、まだ持っておくことにした。
「ホーンラビットか。この辺りには多くいるからそう高くは買い取れねぇがいいか?」
「うん、大丈夫」
「そうか。それじゃあそうだな……全部で2,378CZってところだな」
俺はその言葉に頷いてから、ウィンドウに表示されている『承認』に触れた。
『取引が完了しました』の文字と共に所持金が増えているのが確認できる。
これで所持金は7,378CZになった。
「毎度あり」
「あ、この辺りに宿屋ってあるかな?」
「あぁ、すぐ近くだ。三軒右隣が宿屋だぜ」
「教えてくれてありがとう。それじゃあまた」
「おう。テイマーの装備はねぇが、いつでもくるといい」
店から出て、早速教えてもらった宿屋へ向かう。
言われた通り、三軒右隣に宿屋を見つけることができた。
扉をくぐるとすぐに受付があり、可愛らしい女性が俺達を見てにこりと笑う。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
「うん……えーと、いくらかな?」
「2名様ですと、ツインの部屋で夕食付500CZです。
シングルですと1名様夕食付400CZ、計800CZでございます」
思っていた以上に安くて安心する。
さすがに現実の宿よりは安いだろうとは思っていたけれど。
「ジオン、ツインでいいかな?」
「えぇ。問題ありませんよ」
「じゃあ、ツインでお願いします」
「はい。それでは2名様夕食付で500CZでございます。
また、チェックアウトをしていない状態で翌日の夕方17時を過ぎますと自動で貴方様の所持金から翌日分の宿泊費が引き落とされます。
所持金が足りない場合、従魔の宿泊はできなくなってしまいますのでお気をつけください。
3日以上経って従魔が魔領域へと向かわれた場合は1名様分、ツインの場合は一部屋分が引き落とされます。
よろしいでしょうか?」
ログアウト後、戻ってくるのに時間が掛かる場合の対応策だろう。
現実世界で夜に7時間眠るとしたら、その間にゲーム内では1日以上が過ぎてしまう。
その間にテイムモンスターが宿屋から追い出される事態にはならないようで安心する。
現れたウィンドウの『承認』に触れると所持金から500CZが支払われた。
「それでは、こちらの鍵をお受け取りください。
夕食は18時から21時の間、1階の食堂にて提供させていただいております」
「ありがとう」
鍵を受け取り、時間を確認する。『CoUTime/day1/18:30』だ。
荷物もないことだし、先に夕食にしよう。
受付の横にある案内板の通りに食堂へと向かうと、プレイヤーだけでなくNPCも席についているようで賑わっていた。
食堂の入り口にいたNPCに席まで案内してもらった後、暫く待っていると夕食が運ばれてくる。
メニューはシチューとパンという簡素なものではあったが、2人分で500CZの宿泊費ではこんなものなのだろうと納得できた。
いただきますの合図と共にスプーンで一口。
味はまぁ、まずくはない。とびきり美味しいというわけでもなく、普通だ。
簡易食糧とは比べ物にならないが。
試しに鑑定してみると☆3だった。
アイテムの☆がいくつまであるかはわからないけど、☆3、4辺りが普通レベルなのかなと予想をつける。
料理と他の素材や植物等のアイテムでは☆の基準が違うかもしれないけれど。
ジオンと雑談を交わしながら食べ進め、食べ終わるとすぐに部屋へ向かう。
こじんまりとした、だけど窮屈さは感じない温かみのある部屋だ。
ジオンと共にそれぞれのベッドに腰掛ける。
「俺この後ログア……異世界に一回帰るけど、大丈夫?」
「はい。大丈夫ですよ。いつ頃戻られる予定ですか?」
「んー……明日には戻ってくるよ。でも一応、これ、渡しとくね。
お腹が空いたら食べて」
ジオンに簡易食糧を5個差し出すと、若干嫌そうな顔をしながら受け取った。わかる。
「それじゃあ、また明日!」
「はい、お帰りになるのをお待ちしております」
ごろりとベッドに横になり、ステータスウィンドウの横にある『ログアウト』のアイコンに触れる。
まるで眠りに落ちるように、ゆっくりと意識が落ちていく。