day33 出品終了
「よ、よし……見るよ??」
ジオンとリーノと顔を見合わせて、頷く。
昨日狩りの途中、出品ページに並ぶ数字を見た俺は、驚き過ぎて瞬き一つ出来ない程に固まった。
固まっている間も動き続ける数字をただただ唖然として見たものだ。
やがて動き出した頭で、なるほどバグかと導き出した俺は、そっとウィンドウを閉じると、そのまま夜になるまで狩りを続けた。
そうして現実逃避を続けたままログアウトし、それを兄ちゃんに伝えたところ、それはもう大いに笑われた。
「まずは、刀からね? 初めてだし」
これまでは玉鋼は俺達の刀に使うからと溜め込んできたけれど、上の品質の鉱石を採掘する為に違う鉱山、または洞窟に行くことになるならと、大量にある玉鋼を一掃する為に売却用の刀を作ってもらった。余りは《黒炎玉鋼》にする為に残している。
少量でもアクセサリーを作ることができる鉄と銅は全て綺麗に使い切った。
お陰でせっかく作った鉱石の宝箱の中身は、ころころと数個入っているだけの宝箱になってしまっている。
「ひぇ……」
3振出品したランク15の刀の1振、191,200CZ。他の2振も数千CZの差はあれ、大体同じ値段である。
ちなみに出品した時の値段は街の買取額の約2倍、40,000CZだ。
その値段を2人に告げれば、2人は困ったように笑う。
「それは……高いな……? いや、高くないのか……?」
「えーと……ジオン、どうなの?」
「高い……でしょうね。恐らく。
前にダガーを武器屋で売った時の値段を覚えてますか?」
「えっと……15,000CZだったかな」
「ふむ……」
あのダガーは全部氷晶鉄で作ったもので、☆3だった。
売りに出しているダガーは氷晶鉄を1個使っている☆2。
「あくまで武器だけの話ではありますが、例えば街で売っている……そうですね、5,000CZで買った《はじめての刀》を売却した時の値段を覚えてますか?」
「2,000CZだったかな?」
「はい。つまり、店で売却した場合、店に並ぶ際の値段と比べて3分の1程度になります。
他にも耐久度でも変わってきますが……」
耐久度。実際に数値を見ることができないので判断が付きにくい箇所だ。
刃を見ると欠けていたりするのだろうか。
「街で売られている武器の値段は、鉱石の品質と数、攻撃力、武器の品質によって定められた値段が設定されています。
そして、付与がされたものなら付与の数値によって値段が加算されているのですが……。
この付与の数値の値段が店によってまちまちなんですよ」
「高いこともあるし、安いこともあるってこと?」
「そうです。買取時は恐らく一定になっているのでしょうが……」
ジオンは一度言葉を止めて一度思考を巡らせた後、口を開く。
「ダガーの買取額から見るに、数値1につき大体1,000CZというところですかね」
「む……そう言われると、付与ってかなり大変って聞くのにそんなものなのかって思うね」
「はい、そうなんですよ。ですが、店に並ぶ際に1,000CZで売られることはありません。
どれだけ安くとも5,000CZ以上……その値段でもほぼありませんが。
かなり高く設定されて売りに出されています」
先日、カヴォロに効果付与がない状態なら大体の相場は分かると言っていたジオンの言葉なのだから、間違いないのだろう。
売り上げのためには仕方ないとは言え、なんとも損した気分になるのは事実だ。
店主さんはあのダガーを家に飾ると言っていたけれど。
「付与に対する価値観の差ですかね」
「なるほど。数値が低いんだから意味がないと思う人もいれば、それでも意味があると思う人もいるもんね」
それから、付与を施した職人への賞賛の気持ちなんかもあるのだろう。
「そもそも、付与の値段にしても、それ以外の値段にしても、一定の値段っつーのがおかしな話だよなぁ。
職人の腕によって攻撃力が変わるわけだろ? 当然、強いやつが売れる」
「まぁ、普通は攻撃力が高いやつが欲しいと思うよね」
「そこなんですよ。ですので、腕の良い職人は基本、特注品しか作りません」
「あぁ、鍛冶職人ではないけど、エルムさんもそうみたいだしね。
……ん? もしかして、俺、2人に凄く失礼なことを……?」
ジオンとリーノの腕は間違いなく一流だ。
つまり、それは、特注品だけを作る職人達と同じ腕ということで。
「エルムの婆さんにも言ったけどよ、俺は細工を生業にしたことがねぇから、なーんにも考えてねぇよ。
つーか、俺が作った物が売れるんだなーって嬉しいだけだぜ」
「私も、気にしていませんよ。そもそも私の場合、生活する上で必要な分を店に卸していただけなので……。
街にある武器と同じになるよう打っていましたしね。特注品を作ったのはカヴォロさんの包丁が初めてです」
「そう? それなら良いんだけど……」
「たっくさん金貯めて、すっげー家買おうぜ!
ま、そんなことより、続き続き。結局どうなんだ?」
「あぁ、そうでしたね……まぁ、これが高いと思うかは価値観によるということですかね」
「……なんつーか、ざっくり纏めたな」
価値観の違いか。まぁ、それもそうか。
落札した人がその値段を出して買いたいと思ってくれたということだ。
高く買ってくれてありがとうラッキー! くらいに思えるように、頑張ろう。
「よし! 次、次! 次は……たっか!!!!!」
そう決意を新たにしたものの、落札額を見るたびに毎回大騒ぎしてしまったのはご愛敬と言うことで。
出品していた全てのアイテムを確認したところ、全ての装備が兄ちゃんから聞いた値段よりも大体倍の値段となって売れていた。
そもそも、兄ちゃんから聞いた値段も店売りの3倍から5倍前後の値段だったそうで、それにも大いに驚いたのだけど。
俺のスキルレベルは低いから街で売っているのと変わらないだろうと思い、少しでも性能を上げようと思ってリーノに細工を頼んだコンロも、街売りの約7倍の値段になっていた。
黒炎の魔石はスキルレベルが足りなくて使えないので、エルムさんに貰った炎の魔石を使ったコンロだったのだけれど、思ってた以上に性能が良い物が出来ていたのだろうか。
恐らくイベント前になんとしても良い武器やコンロを用意しておきたいというプレイヤーが入札したのだろうと思うし、イベントが終わった後はさすがにここまでの値段にはならないだろうと予想できる。
出品していた武器は全部で12本、それからピアスが7つとコンロが3つ。
落札合計額はなんと、4,553,800CZなんてことになっていた。
恐らく100CZずつ入札ができるんだろうなと現実逃避をしつつ、落札結果を確認したことで増えた所持金を眺める。
所持金は4,642,618CZ。銀行に行かなくては。
ちなみに兄ちゃんから受け取ったお金は既に入金しているし、ジオンとリーノにもそれぞれ20,000CZを渡しておいた。
それから、昨日狩りをした時の戦利品も既に納品と売却を済ませている。
「とりあえず……銀行に行って、その後は今日の目標を達成しようか」
「そうですね。まずははじまりの街ですか?」
「うん。転移陣ですぐだからね」
「俺、初めて会うんだよなぁ~」
宿屋から出て、銀行へと足を進めながら、会話を楽しむ。
はじまりの街に行くのは、カヴォロとヌシを倒して以来だから2週間ぶりくらいだ。
銀行でお金を預けると、預金は7,803,761CZとなった。一戸建ての最低額まで約220万だ。
とは言え、住居購入の一番の最低額である100万CZが納屋だったことを考えると、そもそも納屋は住居と呼んで良いのかという点については、住めないことはないし良いということにしておく。
この額で購入できる一戸建ては狭いのではないかと予想できる。
この先仲間が増えることを考えても大きな家を買いたい。作業場も欲しいし、書斎も欲しいし……それぞれの部屋も出来れば欲しい。
それから、皆が集まる部屋、ダイニングやリビングは広い方が良い。
まぁ、この先何人の仲間が増えるかわからないので、人数に対して広すぎるなんてことになる可能性はあるけれど。
家具も必要だし、生産の道具も揃えなきゃいけないし……たくさん貯めなければ。
転移陣ではじまりの街へ到着すると、早速目的の武器屋へと向かう。
武器屋の扉を開けると、すぐに店主さんが俺達に気付いて笑顔を向けてくれた。
店内にプレイヤーの姿はないし、遠慮なく店主さんのいるカウンターへと向かう。
「おう! 久しぶりだな! 元気にしてたか?」
「店主さん、久しぶり。元気だよ」
「お? 新顔もいるな。へぇ……亜人か……召喚石でも拾ったのか?」
「召喚石があるの?」
「極稀に見つかるらしいが、実際に見たってやつは知り合いにはいねぇな。
そりゃもう高価な値段でテイマーやサモナーの間で取引されてるらしいぜ」
召喚石と言うと、ジオンを召喚した《はじめてのモンスター石》を思い出す。
見つけることが出来たら、仲間を増やすことが……まぁ、運が良ければ増やせるだろうけど、貴重な物のようだし、ほぼ確実に失敗する俺が使ってしまって良い物なのだろうか。
異世界の旅人にしろ、この世界の住人にしろ、他の人が使った方が良い気がする。
「するってぇと……新顔の兄ちゃんは召喚石ではないと……。
まぁ、良いか。よろしくな」
「おう! 俺はノッカーのリーノ。おっちゃんは?」
「ん? んん?? そういや、俺達名乗ってなかったな」
「あ、確かに。俺はライだよ」
「私はジオンです」
「はっはっは! まさか、お互いの名前を知らなかったとはな!
俺はアルダガ。改めてよろしくな」
店主さん改めアルダガさんはにかりと笑った。
「それで、今日はどうしたんだ? 顔見せに来てくれたのか?」
「アルダガさんに会いたかったのもあるんだけど、お祭りに応援にきて欲しいってお願いにきたんだ」
「元々、品評会は見に行く予定だったが、ライは何に参加するんだ?」
「俺が参加するのは狩猟祭。それからジオンが戦闘祭に参加するよ。
品評会も友達が参加するから応援に行くんだ」
「そうかそうか! 品評会の日に顔が見れたら良いと思ってたが……まぁ、干し草の中で縫い針を探すようなものだろうが。
ライとジオンが出ると聞いて応援しないわけにはいかねぇな!」
「お店は大丈夫?」
「おう、心配ないぜ。どの道この店にくる連中は祭りに行ってるだろうから、休む予定だったんだ」
アルダガさんの話から考えるに、この世界の人達も結構見に来るということだろうか。
プレイヤー全員が参加するわけではないにしても、凄い人数がお祭りに集まることになりそうだ。
ギルドのお姉さん曰く、会場は空間の歪みを利用した亜空間とやらにあるらしい。
当日は各街、各村にあるギルドや噴水広場、露店広場、それから公園等のあらゆる箇所に専用の転移陣が用意されるとのことだ。
「それで……一緒に応援したいんだけど、どうかな? 他に予定がある?」
「お、良いぞ。どっかで待ち合わせしとかねぇとな」
ギルドで貰った会場マップを取り出して、カウンターに広げる。
「んーどこがわかりやすいかな?」
「あー……どうなってんのかわかんねぇからな。どっかの門の近くがいいんじゃねぇか?」
「転移陣で移動してすぐの門だね。それじゃあ、Pの門でどう?」
「おう、Pだな。了解。祭りは10時開始だったよな?
余裕を持って9時頃に待ち合わせすっか?」
「あ、そうだね。うん、9時に待ち合わせで!」
当日はそれはもう混み合うだろうし、いつもより早くログインしなきゃ。
街からの移動の事も考えると、8時には街にいた方が良いかな。
朝ご飯も食べなきゃいけないし。お昼ご飯は会場内に露店があるそうなので大丈夫だ。
カヴォロが言っていた露店の申請はおそらくそれだろう。
「他にも一緒に見ようって誘おうと思ってる人がいるんだけど、その人達も一緒に良い?」
「俺は構わねぇぜ。ちなみにどんなやつらなんだ?」
「えーと……兄ちゃん、は、もしかしたら、別で見るかな? 誘ってみようとは思ってるけど」
「へぇ? 兄貴がいんのか。会えたら良いな」
兄ちゃんはロゼさん達と見るかもしれないし、空さんが極度の人見知りだと言っていたから、一緒には難しいかもしれない。
カヴォロは露店があるだろうから、一緒には見れないかな。一応後で聞いてみよう。
「あと、鉱山の村の鍛冶場のおじさんに、牧場の村のクリントさん達……牧場経営してるんだよ。
それから、カプリコーン街の師匠とレストランのオーナーさん!」
「はっはっは! 相変わらずのようで安心したよ。
それにしても師匠? なんの師匠だ?」
「魔道具の師匠だよ。俺、魔道具作れるようになったんだ」
「魔道具だと? そりゃすげぇな……。
って、待て待て。カプリコーン街の魔道具職人?」
「そうだよ。エルムさんって言うんだけど、知り合い?」
「知り合いなわけあるか! 生ける伝説とまで言われてる人だぞ!
転移陣もそれから銀行のシステムも、大元を作ったのはその人だ」
生ける伝説……とんでもない人を師匠にしたのではないかとは思っていたけど、そこまでとは。
今度転移陣の作り方教えてくれないかな。どこででも転移できたら便利だ。
「お前さん……とんでもねぇ人の弟子になったな……待て。
おいおいおいおい。会うのか? 当日? 俺も?」
「エルムさんが一緒に見てくれるってなったら、そうなるね。
良い人だよ。可愛いし」
「可愛いって……いくつだと思ってんだ……」
「それは知らないけど。優しくて面白くて、いつも魔道具の事考えてる人だよ」
「人嫌いで有名だが……」
「人嫌い? そんな話は聞かなかったけど」
技術目当てに掃除を依頼していたり、腕の良い職人と繋がりたいと言っていたから、人嫌いという印象は全くない。
あぁでも、初めての弟子だと言っていたから、そういう面もあったりするのだろうか。
「腕利きの職人達がこぞって繋がりを持ちたいと思ってる相手に、ただの武器屋の俺が会ってしまって良いもんかねぇ。兄貴に恨まれそうだ」
「お兄さん、当日来ないの?」
「おう。仕事押し付けられたらしいぜ。他の連中は全員祭りに行くんだと。
はぁ~~~……当日までに腹括るしかねぇな」
「はは。大丈夫だよ。俺もいるしね」
「ったく……お前さんはいつも驚かせてくれるよ。
当日、楽しみにしてる。遅刻すんじゃねぇぞ?」
くしゃりと顔を歪めて笑ってそう言ったアルダガさんに、笑顔で返す。
今日中に鍛冶場のおじさんとカプリコーン街のエルムさんを誘って、それから牧場の村に辿り着いておきたいから、急がなくては。
牧場の村に着くのは夜だろうから、誘うのは明日だ。早朝に牧場を覗けば作業をしているだろう。
よし、次は、鉱山の村だ。みんなで一緒に応援ができたらいいな。