day32 レン
「へぇ、珍しい」
狩りを終わらせて露店へと来てみれば、露店の傍にいる朝陽の隣に座り込み、ウィンドウを眺めている空の姿を見つけて、思わず呟く。
「レンに用があるんだと」
「俺? 何?」
ウィンドウに向けていた視線を俺に向けて、その後、俺の横に向ける。
ちらりとその視線の先を見てみるけど、何もない。
「え、なに。なんかいる?」
「……弟君は?」
「あぁ、俺じゃなくてライ……ん? それこそ珍しいな。
話したことないだろ?」
「でも、聞きたいことがあるから」
「あぁ……例のアレ?」
こくりと頷いた空は、じっと俺を見る。
「ライはまだログインしてないよ」
現実の昼食後すぐは、ゲーム内は深夜。
狩りや他に何か予定がない限り、来李は勉強に勤しんでいる時間だ。
日によってはおやつを楽しんでいることもあるみたいだけど。
朝は8時に起きてランニングに行き、シャワーを浴びて朝食を取る。
昼食には遅れずにログアウトして、昼食後は勉強。ゲーム内が朝になる頃にログインする。
それから、夕食前に筋トレしてお風呂を済ませて夕食。
そして、1時になったら睡眠。数日前までは0時に寝てたけどゲームを始めてから変えたようだ。
これが来李の毎日のルーティンだ。
雨で走りに行けない日は、朝のリビングで踊っている日もあれば、バランスボールの上にいる日、ストレッチをしている日等様々だ。
最近の雨の日のお気に入りはヨガみたいだけど、ヨガで筋肉は付くのだろうか。
ランニング以外でほとんど外出をしたがらない事以外は、健康的で真面目な生活を送っている。
俺とは大違いだとつくづく思う。
朝はコーヒーで済ますし、学生の時も碌に勉強なんてした覚えはない。
好き好んで運動することもなかったし、ゲームをしていたら朝になっていたなんて経験もしょっちゅうある。
「空が興味あると思うって話はしたけど」
「……何か言ってた?」
「空にぴったりだって言ってた」
空が聞きたいのは、取得方法や制作方法について教えるつもりがあるかどうかだろうけど、言っていたことをそのまま伝える。
残念ながら来李はその辺りのことを何も考えていない。言われたことをそのまま受け取り、感想を言っただけだ。
恐らく、取得条件が特殊だってことは頭に浮かんでいなかったのだろう。
「それは……教えてくれるってこと?」
「単なる感想。まぁ、聞けば答えるだろうし、教えて良いか聞いても良いって言うと思うよ」
「レンは知ってる?」
「知ってるよ。教えて欲しい?」
俺の答えに、少し考える素振りを見せた後、首を横に振った。
「自分で聞く」
「うん、頑張って。空なら大丈夫だよ」
「ライ良いやつだから緊張する必要ないぞ!」
「別に……良い人でも悪い人でも緊張するのは一緒だから」
「それもそうか。でもまぁ、レンの弟だって分かってたら少しは緊張しねぇだろ?」
「……多分。食べ物渡したほうがいい?」
「いや……どうかな……」
食いしん坊だと思われている事に不満気だったし、空に食べ物を渡されたら微妙な顔をしそうだ。
とは言え、食いしん坊ではなくとも、食べる事が好きなのは間違いない。
現実でもよく食べているし、俺にも食べ物を勧めてくる。バナナとか。
「はぁ~今日は駄目だね。みんなオークションに夢中で全然人がこない」
「お疲れさん。期間1日だからなぁ」
露店を閉じたロゼが溜息を吐きながら俺達の元へとやってくる。
「レンの入れ知恵か?」
「入れ知恵だなんて人聞きが悪いな。皆早く欲しいかと思って」
朝陽にこそりと耳打ちされた言葉に否定の言葉を返す。
「ふぅん? ま、とりあえず移動する?」
「納屋。生産する」
「ほんじゃ、納屋行くか~」
空の作業場として購入したアリーズ街の納屋へ移動する。
生産スキルをいくつも覚えていると、いくら収納アイテムがあるとは言え、道具と素材、それから生産品でアイテムスロットが埋まってしまう。
そもそも、大きな道具は収納アイテムに収納するのが難しい。
物置くらい大きな収納アイテムなら話は別だけど。
「おー物増えたなー」
「裁縫覚えた。ソファ作りたい」
「ソファか、いいね。楽しみにしてるよ」
俺の言葉に頷いて、早速生産を始めた空を見ながら、木工で作られた椅子に腰掛ける。
「いや、裁縫ってローブとか服とか作るやつじゃねぇの?」
「服も作る」
空は机や椅子、お皿やコップ等の家具や生活用品を作るのが好きなようだ。
ただ、そう言ったアイテムはあまり売れない。
ゲーム開始から長い時間が経てば、そろそろレベル上げ以外に目を向けてみようかと手を出すプレイヤーも増えるだろうけど。
空本人もそれが分かっているから、露店では例えば木工なら杖を、革細工なら鞄やホルスターをメインで売っている。
「それで、何の話してたの?」
「空がレン……いや、ライか。ライに話が聞きたかったんだとよ」
「あぁ、魔道具のこと? 土台の宝箱は空が作ったんだっけ。
それでライ君は?」
「そろそろログインするんじゃないかな。後でどこかに呼ぶ?」
「弟君が暇なら」
「今日は狩りをするって言ってたけど」
「それなら、良い」
呼んだらくるだろうけど、空が良いなら良いか。
「ライ君って結構レベル高いんだよね?」
「そうだね。でもまぁ、ロゼと朝陽のほうが上だよ」
「へっへっ! 狩猟祭の勝ちは貰ったな!
そもそも、テイマーってテイムモンスターいなきゃ弱いだろ?」
「普通はそうよね。レベルが高いってことはテイムモンスターが強いってことになるけど……」
ジオンが強いのは事実だけど、贔屓目抜きにしても来李は強い。
フルダイブ型VRの世界では本来の身体能力が高い人の方が有利だ。
運動神経が壊滅的になかったとしても補助がある為同じ動きをすることは可能だけど、これまでにしたことがない体の使い方をするわけだから、すぐに同じ動きをするのはなかなか難しい。
逆に考えると、ゲーム内で体の使い方を覚えれば、現実でも多少運動神経の上昇ができるのではないだろうか。
それはともかく、来李は元々の身体能力が高い。
生まれつきのものなのか、毎日のトレーニングのお陰なのかはわからないけど。
ジオンという良い先生がいることもあってめきめきと成長している。
「ライ君、刀使うのよね? 護身用とかではなく」
「前衛だよ」
「んぁー……前衛ねぇ。テイマーで前衛は厳しいだろうに」
種族にもよるけど、基本的にテイマーのSTRは低い。それに、STRよりは高いけどINTも低いという話だ。
まぁ、それはβの頃の話で、正式オープンでテイマーを選んだプレイヤーはほとんどいない為、恐らく変わっていないとは思うけど真相は分からない。
テイマーとテイマー以外ではテイムスキルの成功率が全然違うらしいが、自身で戦闘が出来ない為、違う職業でテイムを覚える人もいる。
ただ、お金は掛かるし、テイムモンスターが増えるまでが結構厳しいので、それもほとんどいない。
来李はどれにも当て嵌まらない。いや、STRは驚く程低いけど。
普通のテイマーでもさすがにあそこまで低くはない。逆に、来李のINTは高い。
STRもINTも種族によるものだろうけど、何にせよステータスだけ見れば来李も前衛向きではない。
「弟君、付与武器も持ってる」
「あぁそっか。そりゃ当然持ってるよな。
まぁ、俺らも持ってるけど。逆にレンは持ってねぇよな。自作だし」
「そうだね。
俺達のことより、他のパーティーはどうなの?」
「んー……やっぱあいつらかなぁ。
ほら、βの時からいる、妙に俺らに突っかかってくるやつら」
「あぁ……強いよね、彼等。でもまぁ、朝陽のほうが強いよ」
「まぁな! それに、ロゼと空もいるしな!」
「そうだね。可愛い女性が2人もいる時点で勝ちだよ」
「そういう事言ってんじゃねぇよ……」
彼等のパーティは男ばかりだし、それも、突っかかってくる理由の1つだろうけど。
まぁ、突っかかってくると言っても、特に何があるわけでもなく、舌打ちされる程度のものだ。
「当然6人で組んでんだろうなぁ。まぁ、そこはプレイヤースキルでなんとかするしかねぇよな。
申し込み終わってっからこれ以上パーティーメンバー増やせねぇし」
「少し前にクランを作ったらしいのよ。戦闘職メインのクランらしいけど……。
優勝狙いでクランのメンバーのレベルが高い順でパーティーを組んで申し込んだって話よ」
「へぇ、クラン?」
「えーと……『ラセットブラウン』だったかな」
「んあ? どういう意味だ?」
「小豆色」
クランマスターは小豆が好きなのだろうか。
「……俺達のクランは小豆系以外の名前にしような」
「小豆系の名前ってそんなにないでしょ」
「んー……小豆洗いとか? 俺は嫌だけど」
「私も嫌」
まぁ、クランを作るのがいつになるかわからないけど。
元々、空の作業場に家を購入するかクランハウスかという話になり、それならクランにしようとなっただけだ。
どうせなら気に入った街にクランハウスを建てたいからと、街が見つかるまでは一旦放置している。
イベントでクラン対抗戦なんかがあったなら作ったけど、狭いとは言え納屋もあるし、今は特に急いでクランを作る理由がない。
「あいつら、露店で付与武器買って行ってたっけ?」
「さすがにクランメンバー全員を把握してるわけじゃないからわからないけど、私達を敵視してた人達はさすがにきてないわね」
「ふぅん。そんじゃ今頃オークションに噛り付いてんだろうなー」
「作ったプレイヤーを見つけてクランに入れようとしてるらしいわよ」
露店に来ることがなかった彼等のことだ。
俺の弟だと分かれば誘いはしないだろうけど。
「他にも狙ってるやつ多いらしいしなぁ。
つーか、そもそもライが狙われてっからな……先にクラン誘っとけば?」
「ライからクランに入りたいって言うなら大歓迎だけどね」
余程の事がない限り、来李の好きにしたら良いと思っている。
まぁ、正直に言えば、兄としては人に舌打ちするようなプレイヤーとは関わって欲しくないけれど。
それでも来李がそこを選んだのなら止めはしない。
「ライのことだから、唐突にクランを作りたいって言いだすかもしれないし、好きにさせるよ」
「あー……レンの話聞いてると、ライ君って結構気紛れなイメージあるわね」
「見てて退屈しないよ」
「もし、ライ君がクラン作るってなったら、カヴォロ君もそっちに入るかなぁ。
私、実は狙ってたんだけど」
「あぁ、カヴォロの料理は美味しいからね」
とんでもない魔道具を手に入れたらしいし、更に料理の味が上がっているだろう。
来李は俺になんでも話してくれるから、カヴォロの情報が駄々洩れになっているけど、もちろん誰にも言ってない。
包丁のことも、コンロのことも……それからお手伝い依頼についてもだ。
「なかなか買えねぇけどなぁ。並び過ぎ並び過ぎ。
2人して同じ店行くかね、普通」
「たまたまだよ」
「いやー2人共、第六感っつーの?
良い物だけを選んでるっつーか、鼻が利くって言うんだっけ?」
「あーあるよねぇ。ほら、ライ君が盾買ったらしい露店の甲匠プレイヤー。
元々作る装備の性能は良かったけど、気付かれてなかったって話じゃない?
それがライ君が買ったことで気付かれて、今じゃ品評会の優勝候補よ」
「その内、お前ら2人が買った店なら良い物だってなってくんじゃねぇの。
ほら、三ツ星露店みたいな」
来李は運が良かっただけだと言うだろうし、俺もそう思う。
そもそも、今このゲームをしているプレイヤーは1000倍と言われている抽選を突破しているのだから、全員運が良い。
「昔から運は良いんだよ。ライもね。
商店街の福引で温泉旅館の宿泊券が当たったり」
「へぇ! そりゃ運が良いな」
まぁ、本人は3等のプロテイン1年分が欲しかったみたいだけど。
「レンが買い物してるの見たことない」
「銃は自分で作るし、ポーションは空のが一番だからね。
防具は……まぁ、そのうち」
「スライムで死ぬような防御力だもんな!」
「本当、誰にも見られないとこで試してくれて良かったわ。
見られてたらファン減ったわよ?」
「ファンって……まぁ、女性に格好悪い姿は見せられないよね」
まさかとは思ったけど、本当に死ぬとは思わなかった。
狩りをするのにかなり神経を使うので疲れるけど、これはこれでスリルがあって楽しいから良しとしている。
「うわ……ライの武器やべーことになってる」
「……本当だ。うーん……これは、露店の値段設定ミスってたね。
もっと高く売ってあげるべきだったか~申し訳ないなぁ」
その言葉に、オークションのページを開く。
来李の武器の価格を見て、これはまた来李が騒ぎそうだと小さく笑う。
「さて……俺はそろそろ狩りに行こうかな。またね」