day31 アップデート
今日は楽しみにしていたアップデートの日。
事前告知があったように、プレイヤーショップとオークションシステムが追加されている。
と、いうわけで、今日はカプリコーン街の鍛冶場へとやってきた。
出品するにしても、しないにしても、イベント直前。稼ぎ時である。
まぁ、ここ数日、稼ぎ時だと言いながら売る用のアイテムはちっとも用意していなかったけれど。
「ライ。頼まれていた宝箱と鞄と……木? 持ってきたよ。
それで……どんなお宝を入れるのかな?」
「鉱石と宝石だよ」
「なるほど確かにお宝だね」
兄ちゃんは小さく笑うと、取引ウィンドウにアイテムを並べていく。
イベント参加の申し込みの時に、空さんに頼んで貰えないかと兄ちゃんにお願いしていたアイテムだ。
それにしても、結構な量を頼んでいたのに、CoUTimeで2日足らずで作ってしまうとは、仕事が早い。
しかも、現実では深夜から朝の時間帯だ。空さんはいつ寝ているのだろうか。
「空への代金は、武器とアクセサリーの代金から引いておいたよ」
取引金額に表示された『1,725,000』という数字に思わず顔をしかめる。
いや、でも、少しずつ慣れて……きてない。
「ぐぅ……ありがとう、兄ちゃん。
空さんにもお礼を伝えておいて」
これで所持金は1,802,454CZ。
ここ最近、アリーズ街とカプリコーン街の往復や宿泊代等で少しずつ減っていたけれど、一気に増えた。
申し込みのついでに、ここ数日の戦利品の売却、それから納品依頼の達成をした分も含まれている。
エルムさんから貰った紙袋をアイテムボックスに入れた時に《贈り物の入った紙袋》と表示された事で気付いたのだけど、鞄や箱等の収納アイテムに入ったアイテムは1スロットに纏めることができるみたいだ。
兄ちゃんにそれを聞いたところ《楓食器セット》がまさにそれだと言われてしまったけれど。
《贈り物の入った紙袋》といったように、ある程度は中身が想像できる表示になるそうだけど、中に何が入っているかはアイテムボックスから収納アイテムを取り出して中身を確認する必要があり、また、アイテムボックスから中身を直接取り出すことも出来ない為、ポーション等の戦闘中に使用するアイテムを入れておくのには向かないとのことだ。
当然、容量以上のアイテムを入れることはできない。
それから、《楓食器セット》のように同じ収納アイテムで中身が全く同じ場合、素材やアイテムのように1スロットとして扱われるらしい。
「兄ちゃん、収納アイテムに入れた食材は、アイテムボックスの中に入っていても時間が経つと腐るんだよね?」
「そうらしいよ。あぁ、なるほど。ライが作りたい物がわかったかも」
「へへへ。便利そうかなーって」
「便利だと思うよ。俺も欲しいな」
「うん! 兄ちゃんのも作るね!」
「これから鍛冶場?」
兄ちゃんはちらりと俺達の横にある鍛冶場へと視線を向ける。
「うん。ジオンとリーノはもう中にいるよ」
「俺も一緒に良い? 魔道具作るとこ見てみたいな」
「いいけど、狩りはいいの?」
「はは。俺、そんなにバトルジャンキーじゃないよ」
大体いつも狩りをしているような気がするけれど。
レベルもいつの間にか抜かれていたし。
「兄ちゃんきたよー」
扉を開けてそう言えば、作業の手を止めたジオンとリーノが兄ちゃんに視線を向ける。
「よう、レン。狩りはいいのか?」
「俺ってそんなに戦い好きに見えてるのかな……」
「こんにちは、レンさん」
「こんにちは。お邪魔させてもらうよ」
さっき受け取ったアイテムをアイテムボックスから机に1つずつ出して眺める。
「《宝箱:大》、《宝箱:中》、《白狼皮の鞄》……これ、《ホワイトウルフの毛皮》から作ったやつ?」
「多分そうじゃないかな? 詳しくはわからないけど」
並べ終わった宝箱の大きさを見比べて、鉱石は《宝箱:大》、宝石は《宝箱:中》に入れようと頷く。
各属性の魔法鉱石やそれぞれの鉱石がごちゃ混ぜになってしまうけど、1種類ずつ箱を分けたら結局同じスロット数だ。
早速、机に無造作に置いていた鉱石をぽいぽい放り込んで、蓋を閉じる。
収納するなら宝箱が良いなと、ふわっとした考えで宝箱をお願いしたけれど、なかなか良い選択だったのではないだろうか。
「兄ちゃん、どう思う?」
「ん? うん、いいんじゃない?」
兄ちゃんのお墨付きも貰ったし、満足だ。
次は宝石を宝箱に入れてしまおう。
鉱石の時と同じく、無造作に置かれた宝石をぽいぽいと宝箱に放り込んでいると、兄ちゃんが横から魔法宝石ではない宝石だけを抜き取り、アイテムボックスから取り出した魔法宝石をぽいぽいと放り込み始めた。
兄ちゃんに視線を向けると、視線に気づいた兄ちゃんがにこりと笑う。
「魔法宝石と普通の宝石、交換ね。
俺、全然使わないから」
「いいの? やったね。ありがとう、兄ちゃん」
「どういたしまして」
その後、机の上の魔法宝石を全て入れ終わった後も、兄ちゃんは《宝箱:中》がいっぱいになるまで魔法宝石を入れてくれた。
大体、全部で50個くらいの魔法宝石が入っている。
ちなみに、鉱石は宝石より少しだけ大きいものの、そこはさすが《宝箱:大》。
100個以上の鉱石を入れることができそうだ。多分、宝石だったら150個から170個は入ると思う。
今はジオンが使う鉱石やリーノが使う鉱石を別にしていることもあり、半分程しか入っていないけど。
「兄ちゃん、これ、宝箱だよ!」
「はは、そうだね。宝石がたくさん入った宝箱」
今は赤と青の宝石しか入ってないけど、いつか色とりどりの宝石が入ることになるのかと思うとわくわくする。
宝石がたっぷりつまった宝箱を、リーノの元へ持って行こうと持ち上げ……持ち……上がらない。
「おも……え、これ、兄ちゃん持てる?」
「んー……俺もそんなにSTRないんだけどね」
「そうなの?」
「やっと13。まぁ、魔法職だから必要ないんだけど。
よっと……あぁ、重いね。持てるけど、結構きついよ」
「STRの差……? ジオン~今ちょっと良い?」
「大丈夫ですよ。どうかしました?」
俺の元へ来てくれたジオンに、宝箱を持ってみてとお願いすると、ひょいと持ち上げてしまう。
「重い? それどのくらいの重さ?」
「まぁ、多少は……大体15kgから16kgかと思いますよ」
「……俺、今ちょっとショック受けてるかも」
「兄ちゃんは持てたんだからいいじゃん。俺なんて持てなかったんだからね」
俺が筋トレで使うダンベルよりも軽いと知って悲しくなる。
ギルドのお姉さんは間違っていなかった。本が持てて良かった。
「ってことは、鉱石の宝箱は確実に持てないよね」
「まぁ……空っぽの宝箱は持てた?」
「直接机に出したから持ってな……持てないのかな俺」
「んー……どうだろうね」
空っぽの宝箱も持てないなんてと項垂れる。
それにしても、直接床や机に置けば良いは言え、持ち運べないのは不便だ。
「……魔道具を作りたいと思います」
アイテムボックスから《宝箱:大》を机に出して、《贈り物の入った紙袋》を2つ取り出す。
ジオンの紙袋はアイテムボックスへ戻し、俺の紙袋の中身を全て取り出して机に並べる。
「……あった。《風魔石》」
魔法陣の本を開き、パラパラとページを捲り、目的の文字、記号を探していく。
四大元素は当然風だろう。軽くするのに風というのは短絡的すぎるかな。でも、他に思い付かないし。
「変化は……スレイプニール……いや、ノルニル? うーん……どっちがいいんだろ」
羊皮紙と羽ペンを手に取り、見つけたシンボルを書き連ねていく。
「さて、ライの作業を見ながら、凝固でもしてようかな」
「では私も鍛冶に戻りますね」
別の本を手に取り、ページを捲っていく。
星座の本、惑星の本、属性の本、付与の本……これは作業場が散らかるはずだと苦笑しながら、次々と本を手に取ってはページを捲る。
「天秤は良さそうかな。でも、そうなると……」
収納アイテムなので使用条件を気にする必要がないのは助かる。
ただ、俺のスキルレベルが低くて使えないシンボルもあるので、組み合わせを試行錯誤するしかない。
周囲に広げた本を次々と手に取り、シンボルの組み合わせを考える。
ある程度の構想が固まったら、シンボルの最終確認をしていく。
「うーん……これと、これと……んー……これは、いらないかな」
最終確認が終われば、いよいよ魔法陣だ。
シンボルを組み合わせて、魔法陣を描いていく。
場所や大きさ等、何度か失敗しながら、試行錯誤を繰り返して、二重の円の中を埋める。
「……うん、これで……大丈夫、かな」
エルムさんに見て貰いながら、コンロと炉、それから冷蔵庫の魔法陣を描いたことはあるけど、これは俺が1人で描いた初めての魔法陣だ。
それも、魔法陣を羊皮紙に描いただけで、実際に魔法陣を起動したことはない。
この先の作業は、エルムさんがしているところを見ただけの、初めての作業だ。
どこに魔法陣を描こうかと宝箱を眺める。
恐らくどこでも良いだろうけど、やっぱり底かな。内側か外側か……内側にしよう。
「兄ちゃん、兄ちゃん。宝箱、床に降ろしてくれない?」
「うん、いいよ」
凝固をしていたらしい兄ちゃんが椅子から立ち上がり、宝箱を持ち上げて床に置いてくれた。
「ふぅ……俺も筋トレしたほうがいいかなぁ」
「一緒にする? ありがとう、兄ちゃん」
チョークを手に取り、内側の底へと手を伸ばして、羊皮紙に描いた魔法陣と見比べながら、丁寧に描いていく。
間違えても手で払えば消えるけど、慎重にゆっくりと描く。
「……よしっ。できた!」
「へぇ、本当に魔法陣だ。
魔法陣が出てくるゲームを作る時はライにデザイン考えて貰おうかな」
「任せてよ。中二心をくすぐる魔法陣を描いてみせるよ」
さて、完成前に動作確認だ。
《風魔石》を撫でた後に魔法陣をなぞれば、魔法陣がぼんやりと光り、起動したことがわかる。
ここまでは順調だ。宝箱が壊れたりもしていない。
「よし……」
ごくりと唾を飲み、宝箱に手を伸ばす。
「……も……持てたー!! 持てたよ兄ちゃん!!
見て! 羽のようだよ!」
魔法陣がちゃんと作動したことと、宝箱が持てたことへの嬉しさに宝箱を持ったままくるくると回る。
「はは、良かったね。アイテムを入れた後はどうなるの?」
「多分変わらないはずだけど、鉱石を入れて確かめてみたほうがいいね」
別の宝箱に入れておいた鉱石を兄ちゃんと2人で全て移していく。
完成させるために、後から魔法陣の全容が見えるまで取り出さなきゃいけないけれど、完成させた後に失敗がわかるほうが困る。
「うん! 変わってないよ!」
そう言って兄ちゃんに宝箱を渡す。
「へぇ、凄いね。何も持ってないみたい」
「一応、STRがどうであれ感じる重さは同じだと思うんだけど」
「そんなことができるんだ?」
「うん。軽くしたというよりは、重さを感じないように変化させたというか……。
物凄く簡単に言うと、魔法凄い」
「はは。間違いないね」
「ただ……軽くなってることを忘れて、勢いよく持ち上げたりしたら腰がやられそうだね」
「もう少し重くなるようにしてみるとか? 勢いよく持ったら一緒だろうけど」
「それなら、少し調整すれば出来ると思う」
宝箱を床に置いて、鉱石を取り出し、起動を解除する。
一応、羊皮紙に先程の魔法陣を少し変えたものを描いてみてから、底の魔法陣を書き換えていく。
少し調整するだけだから、すぐに描き終えることが出来た。
「……多分、これで大丈夫だと思うけど」
早速、もう一度動作確認をしてみる。
「あ、良い重さじゃないかな?」
「ん……あぁ、丁度良いね」
一応いくつか鉱石を入れて、重さが変わらないことを確認してから、動作確認は終了だ。
《風魔石》を魔法陣の上に置いて、力を込めれば、じわりじわりと魔石が溶け出し、魔法陣へと変化していく。
これは常時起動するように調整した魔法陣だから、コンロのように起動用のシンボルを描く必要はない。
溶け出した魔石が全ての魔法陣に行き渡り、魔法陣が起動したことを確認したら、完成だ。
「完成~!」
「お疲れ様。これでライも立派な生産プレイヤーだね」
「生産って楽しいね!」




