day27 お片付け2日目
「ジオン、この本はどこ?」
「奥から二番目、一番左の本棚の3段目です」
片付け作業2日目。
昨日、全ての本棚への道が出来た頃には窓の外はすっかりと赤く染まっていて、遅くまで居座るのは迷惑になるだろうと、作業に夢中のエルムさんの背中に声を掛けて家を出た。
道と行っても片足が入る程度の道とも言えない小さなスペースがほとんどだけれど、本棚に本を入れることが出来るなら問題ない。
「なー、ジオン、これは?」
「リーノの右の棚の1番上です」
「おー」
今日からの作業は道を作るよりも時間が掛かりそうだ。
イベントまでは今日を入れてあと5日。その間の1日半は寝ているから、3日半。
正直なところ、お手伝い依頼にここまで時間がかかるとは思っていなかった。
1日お手伝い依頼をして、それからは売る用の武器を作るなり、イベントに向けてレベルを上げて過ごすなりしようと思っていたのだけれど。
まぁ、鍛冶はともかく、狩りは夜にもできる。
昨日もここを出てから、夜ご飯を食べて色々した後はログアウトするまで狩りをした。
それから、今日も早めにログインして深夜から朝方まで狩りをしていた。
他のプレイヤーと差はつくかもしれない。それに、イベントまでにジオンのレベルを次の刀の装備条件である25にすることも難しいだろう。
それでも今は、本に囲まれてジオンとリーノと話しながら片付けをするこの時間が好きで、楽しくて仕方ない。
もちろん狩りだって楽しいし、鍛冶だって楽しいけれど、やっぱり新しいことをしている時が一等楽しいものだ。
「えーと、次は……鉱石の本」
「左の……」
「上から2段目?」
「えぇ、その通りです」
やり取りをしている内に、少しずつ分類方法が分かってきた。
先にある程度仕分けてから本棚に入れる案もあったけど、置く場所がないので1冊ずつ本棚に入れている。
これは、絵本。それから、植物図鑑。鉱石、料理、鍛冶……またまた鉱石。
火属性の本、水属性の本……本当に多種多様な本が揃っている。
表紙の文字を確認しては本棚に並べて、たまにそれについてジオンやリーノと話して、1冊ずつ本棚へ詰め込んでいく。
「っと……そろそろお昼ご飯の時間だね。
エルムさんのところへ行こうか」
手を止めて、地下へと向かう。
実は昨日の夜、鍋を返しに行くついでに、事情を説明して、料理を作って貰ったのだ。
カヴォロはかたくなに料金を受け取ってくれなかったけれど、俺もいつか何かを押し付けようと心に決めて、好意に甘えた。
カプリコーン街とアリーズ街の往復代は、この依頼の達成報酬よりも高いけれど、エルムさんは作業に夢中になっていると平気でご飯を抜くタイプではないだろうかと予想して、昼食を用意することにした。
実際、今日俺達の前に現れたエルムさんは、徹夜で作業をしていたのか目の下に真っ黒な隈が出来ており、『目を覚ましてくる』とふらふらと浴室へと向かって行く背中は昨日よりやつれて見えた。
夢中になって他が疎かになってしまう気持ちは分からないわけではないし、これまでもそうして過ごしてきたのであろう人の生活にとやかく言うつもりもないけれど、せめて俺達がいる間のお昼ご飯は一緒に食べてくれたら良いなと思う。
「エルムさん。お昼にしようよ」
「なに? 今日も用意してくれたのかい?」
「うん。昨日言ってた友達の料理だから、きっと美味しいよ」
「へぇ、そいつは楽しみだ」
エルムさんと共にダイニングへ向かい、アイテムボックスから鍋を取り出す。
また返しに行かなきゃいけないけど、どの道明日のお昼ご飯もお願いするつもりだから問題ない……と、言うことにしている。
俺専用鍋を用意したほうが良いだろうか。さすがにそれは図々し過ぎるから無しだ。
「今日はね、ミネストローネ、だって」
お皿にミネストローネを注いで、テーブルに並べていく。
昨日シチューを食べたお皿は洗っていないのか、エルムさんは昨日と違うお皿を持ってきた。
『いただきます』の合図と共に、それぞれスプーンを口に運ぶ。
「あぁ、良いね。胃に染み渡るよ」
「んー美味しい。さすがカヴォロだね」
野菜はほくほくで、優しい味がする。
事情を聞いたカヴォロが、胃に優しそうなものをと言って作ってくれた。
本当は雑炊やリゾットを作りたかったそうだが、お米がないそうだ。
街にはあるはずの、だけど手に入らない材料についても色々聞いたけれど、まぁ、今はこの美味しい食事を楽しまなくては。
「この料理がいつでも食べられたら良いのだがね。
露店広場に行くのは躊躇してしまうよ」
「俺もそう思ってたんだけど、そうでもなかったぜ。
考えてみりゃ、異世界の旅人は俺達に興味ねぇからなぁ」
「はは! 違いない。機会があれば足を運んでみたいものだな」
そう言えば、アップデートでプレイヤーショップが追加されるみたいだし、そっちならプレイヤーだらけの露店広場より行きやすいのではないだろうか。
恐らくプレイヤーショップを持つには結構なお金が必要だろうから、すぐにお店を開店することは難しいだろうけれど。
「エルムさんは今何を作ってるの?」
「ん? あぁ、さすがにわかるか。まぁ、隠していたわけでもないしな。
今は君の友人のコンロを作っているところさ」
昨日話してくれた内容と書斎に揃った多種多様な本、そして、作業場にいる姿。
その3点から予想するに、恐らくエルムさんは魔道具職人なのではないかと思って尋ねてみれば、正解だったようだ。
「カヴォロの?」
「あぁ、そうさ。昨日話しただろう?
あの朴念仁が君の友人に渡したいからと私に注文してきたのさ」
「そんな話、カヴォロしてなかったけど……」
お手伝い依頼についてカヴォロが話していたのは、スキルレベルが上がりやすかったということと料理について色々聞けたということだ。
単純に、俺には内緒にしてるって可能性もあるけど、そんな様子ではなかったように思う。
「そりゃそうさ。馬鹿な男だよ。
また来るかもわからない異世界の旅人相手にこっそり用意したいって言うんだから」
「そうなの? そっか、俺も内緒にしておくよ」
「そうしてやってくれ。しかしまぁ、店主の話を聞いた時には何を素っ頓狂な事をと思ったものだが……。
こうして実際に食べてみると君の友人の腕に期待したくなる気持ちは分かるな。
是非とも繋がりを持ちたい相手さ」
魔道具職人は腕の良い職人と繋がりをもちたいものだと昨日言っていたけれど、それは料理人も含まれるのだろうか。
てっきり、鍛冶職人や木工職人、それから鋳造職人等の魔道具の元となる道具を作る職人の事だと思っていたのだけれど。
「一流の料理人が使う魔道具を作れるなんて光栄な話だよ。
まぁ、一番の理由は良い宣伝になるからだがね」
「あぁ……なるほど。確かに、良い宣伝になるのかも」
それなら包丁も良い宣伝になっている……と、考えたところで、そもそも誰が作ったか秘密なので、宣伝も何もない事に気付く。
「差し当っては、そうだな。君、リーノを少し借りても?
手伝って欲しいことがあるんだ」
「俺? 片付けはちゃんとしてるぜ?」
「はは、それは知っているさ。そうじゃない。
君達の友人のコンロを作るのを手伝ってくれないかい?」
「それは構わねぇけど、ライ」
ちらりと俺に視線を向けたリーノに首を傾げる。
「はは、君、何を不思議そうにしている。リーノの主人は君だ。
君にきた依頼ならともかく、他の誰かの依頼、ましてやリーノ個人への依頼となると君の許しが必要だ」
考えてみれば、これまで、俺達の装備と兄ちゃんの魔力銃の細工とアクセサリー、売る用の装備、それからカヴォロに頼まれた包丁を作ってきたけど、それは全て俺がそうしたいと言ったものばかりだ。
好きにしてもらって構わないけれど、それがこの世界の理だと言うのであればそれに従う他ない。
「カヴォロのためなら頑張らなきゃね。よろしく、リーノ」
「おう! 任せてくれ!」
「交渉成立、だね。いや、その前に、報酬はいくら必要だい?」
「報酬なぁ~別にいらねぇんだけどなぁ」
「そうはいかないさ。自分で言うのも何だが、私への依頼は高額でね。
それを手伝わせといて、何の礼もしないだなんて信用にかかわるのさ」
職人の世界はシビアなんだろうなとぼんやり思い浮かべながら、それよりもそんな高価なコンロを贈ろうとしているだなんて、カヴォロは何をしでかしたのだろうかということのほうが気になった。
前に朝陽さんに規格外だと言われたけれど、カヴォロのほうが余程規格外ではないだろうか。
「そう言われてもなぁ~……ライ、どうしたら良い?」
「えー俺もお金のことはさっぱりだからなぁ。ジオンどう思う?」
「私もさっぱりわかりません」
どうしたものかと3人で頭を傾ける。
そんな俺達を見て、エルムさんは溜息を吐いた。
「報酬については私が考えておこう。なに、悪いようにはしないさ」
「おーそんじゃ、それで!
それに、何の実力も示してないのに報酬も何もないよな!」
「はは、刀の細工で充分わかるがね。
君達も見に来るかい?」
「いいの? 見てみたいな」
片付けを放り出すのは少し気が引けるけど、依頼主であるエルムさんからのお誘いなら気にする必要はない。
「あぁ、構わないさ。それじゃあ早速行くとしようか」
空になったお皿と鍋を片付ける。
お皿や鍋は空になっていればアイテムボックスに入れたらすぐに綺麗になる。
なんとも便利なものだ。洗うのが苦というわけではないけれど、洗わなくて済むならそれに越したことはない。
エルムさんの後を追って、地下室へ向かう。
「散らかっていてすまないね。本来なら客を招くような部屋でないことは自覚しているのだがね。
書斎や他の部屋ならギルドに依頼を出すのだが、ここに関しては無闇矢鱈と触れられては困る」
床に散らばる本や羊皮紙、道具を蹴とばしてしまわないように気を付けながら、作業台へと歩く。
「さて、これがコンロだ。未完成だがね」
そこに置かれていたのは、卓上のIHコンロによく似たものではあるものの、材質には鉱石や木材が使用してあり、近未来的な印象は受けない。
描かれた魔法陣やスイッチやボタン等の代わりに何かの文字が刻まれているその姿は、現実の世界で見ることはない。
「木材燃えないの?」
「魔道具職人にとって、燃えない木材……いや、燃えないよう調整するというべきか。
それは、初歩の初歩さ。鉱石ばかりを使えば重くなるし、何より温度調整が難しくなる」
「木に付与をしている感じ? 防火加工みたいな」
「いいや、魔法自体を調整しているのさ。魔法陣でな。
そもそも、木材や鉱石なんかの素材には付与はできないからね」
付与を試したことがないからはっきりとそれを知っていたわけではないけれど、出来ないのだろうと思っていた。
仮に鉱石に付与ができるなら、俺の種族スキルは珍しくもないし、ジオンも俺のスキルについてあそこまで驚かなかっただろう。
それに、出来るのだとしたらジオンが教えてくれていただろうし。
「しかし、1つだけ出来るものがある。
いや、付与スキルが使えるわけではないがね。似たようなものさ。
魔石を見たことはあるかい?」
そう言って透き通った濃い紫色の石を俺達へと見せてくれた。
「ううん。見たことないよ」
「竜種の魔物から稀に手に入るんだ」
「おー俺も実物は初めて見たぜ。魔石はカットしなきゃ使えねぇんだっけ」
「おや、君も初めてなのかい? 細工師なのでは?」
「いや? 細工は得意だけど、細工師としてそれを生業にしたことはねぇな。
そもそも、人里にいた頃は細工したことなかったし」
唐突にリーノの昔話が飛び出したことに少し驚く。
堕ちていたということは、何かしらの良いとは言えない過去があるのだろうし、聞いていいのかわからなかった。
そもそも、ジオンの昔の事も肆ノ国出身で俺の呼びかけに応えてくれたということだけしか知らない。
「ほう? まぁ、その話は今度ゆっくり教えてもらうとしようか。
そう、魔石はカットしなければ使えない。だが、カットした魔石は酷く脆い」
「ふむ。私も魔石には詳しくないのですが、魔道具職人なら扱えるとか」
「あぁ、そうさ。要するに、魔石は魔道具用の素材ってことだね。
しかし、カットだけは細工師に頼むしかない。まぁ、自分で細工が出来るのならしても良いが……」
「細工スキルのレベルが高い細工師のほうが質の良い魔石になる?」
「あぁ、そういうことさ。
さて、リーノ。お願い出来るかね?」
「おう! 魔石のカットは初めてだけど、ま、大丈夫だろ!」