day26 お片付け
「すみません。お手伝いの依頼を受けたいんだけど、生産スキルを持っていなくても出来るお手伝いってあるかな?」
ログインした後、朝食を取って、部屋でごろごろしていると、カヴォロからメッセージが届いた。
最初は趣味を聞かれるだけというカヴォロらしくないメッセージではあったけれど、その後続いたやり取りの中でお手伝い依頼は生産スキルのレベルが上がりやすいようだとカヴォロに聞いて、今日はお手伝い依頼を受けてみようと早速カプリコーン街までやってきた。
まぁ、俺は生産スキルを持っていないので、何か面白いものはないかなという好奇心だけれど。
「ありますよ~! ただ、お片付けや荷物運び等といった肉体労働がメインのものばかりですが……大丈夫ですか?」
お姉さんの視線が俺の体をさらりと辿ったのを見て、筋力的な意味なのだろうと察し、笑顔が引き攣る。
確かに筋肉もないし、STRも低い……あれ? 俺重い物持てるのかな?
現実で困ったことはないけれど、ステータスが物を言うこの世界で持てるのかどうかは分からない。
「あ! エルムさんのお片付け依頼なら大丈夫かもしれません!
本がメインだと思いますので! 本なら持てますか?」
「……俺、一応刀は持てるからね……」
「あぁ~そうですね! だったら多分大丈夫ですね!」
「多分」
お姉さんの言葉がクリティカルヒットした俺の心はぼろぼろだ。悲しい。
リーノは笑っているし、ジオンはおろおろしているし、お手伝いの依頼を受けにきただけだというのに、どうしてこんなことになったのか。
「依頼を受けますか?」
「お願いします……」
「は~い! 『エルム家・書斎の掃除依頼』の受領を確認しました。
場所の説明をしますね~」
無邪気な笑顔でクリティカルヒットを繰り出すお姉さんにすっかり参ってしまった俺は、お姉さんの説明のほとんどが頭に入っていない状態で、ギルドの外へ肩を落としたまま出ることとなった。
「まぁまぁ、元気出せって! な!」
「えぇ、大丈夫ですよ! 持てない物があったら私達が持ちますから」
「……うぐぅ……」
ジオンに止めを刺された俺は、その場で崩れ落ちる。
ゲームの中でも筋トレをするべきだろうか。
レベルを上げてSTRが上がればいつかはむきむきになれるだろうと思っていたけれど……STRだけでは見た目が変わらない可能性もある。
そもそも、一度作成したプレイヤーキャラクターの見た目が変わることはあるのだろうか。
……いや、変わる。変わるはずだ。大丈夫、大丈夫!
頭を過った嫌な予感を振り払い、気合を入れて起き上がる。
「よし! 行こう!」
俺の代わりに説明を聞いてくれていたジオンとリーノに案内してもらいながら目的地を目指す。
エルムさんの家は街の中心から離れた場所にあるそうだ。
牧場からカプリコーン街に来た時は、ギルドからすぐにアリーズ街に行った為ほとんど街を見られなかったので、エルムさんの家までの道中、街並みを楽しみながら歩いた。
そうして辿り着いた家の外観に驚く。
レンガの壁を蔦がほとんど覆い隠してしまっている、まるで魔女が住んでいそうな家だ。
恐る恐るノッカーで扉を叩くと、やがて中から足音が聞こえてきた。
「どちら様だい?」
「片付けの依頼を受けてきたものです」
女性の声に返事を返すと間もなく扉が開かれる。
扉から顔を出したのは髪を左右の高い位置で結んだ所謂ツインテールの眼鏡を掛けた可愛らしいエルフの女性だった。
こちらを警戒しているのかじろりと俺達を値踏みするような視線を向けている。
「……へぇ、異世界の旅人かい? 珍しいこともあるものだ。
さぁ、入りなさい。あぁ、本を踏まないように気を付けてくれたまえよ」
促されるまま扉をくぐり抜けて、無造作に地面に置かれているたくさんの本に目を丸くする。
なるほど、この本を片付けるのだろう。
「さて、名前を聞いておこうかね。私は依頼主のエルムだ」
「俺はライ。それから、ジオンとリーノです」
笑顔でぺこりとお辞儀をする。
「ふぅん……さて、依頼だが、散らかった本を片付けてくれるかい?
書斎も酷い有様だが、まぁ、3人もいるなら大丈夫かね。
それじゃあ、書斎に案内するから着いてきとくれ」
足元に置かれた分厚い本を拾い上げながら、エルムさんの後に続く。
1冊、2冊、3冊……さすがにこの分厚さの本を十数冊重ねて持って行くのは無理そうだ。
重さの問題ではなく、単純に高さの問題だ。
「さて、ここが書斎だ。気を付けてくれたまえよ。
雪崩が起きてしまうと助けるのは困難だ」
エルムさんの言葉の通り、広い書斎の中は本で埋め尽くされており、少し体をぶつけただけで雪崩が起きそうな状態だった。
「一日で終わるような量じゃないがいいかね? 依頼を取り消しても構わないよ」
「お祭りの日までかかるかな?」
「さて、それはあんた達次第だろうさ」
「それもそうだね……うん、大丈夫だよ」
「そうかいそうかい。そいつは有難いね。
まぁ、間に合わないようなら休んでも良いさ。片付けてくれるのなら何日掛かっても構わないからね」
なるべくそうはならないようにしたいけれど、もし間に合わないようなら甘えさせてもらおう。
「私は作業場……地下にいるから、何かあったら声を掛けてくれ」
そう言って地下へと向かうエルムさんの背中を視線で追った後、書斎へと視線を向ける。
「さて……どこから手を付けたらいいのかわからないね」
「まずは、本棚に辿り着けるようにしましょうか」
積まれた本に阻まれた先にある本棚にはほとんど本は並べられていない。
恐らく、読んだ傍から地面に積み重ねているのではないだろうか。
4、5冊の本が重ねられた本の塔もあれば、天井近くまで高く積み上げられた本の塔もあり、どうやって積み上げたのだろうかと首を傾げる。
幸い、扉の傍に脚立があるので、運ぶことは出来そうだ。
「そんじゃ、俺脚立の上から本渡すから、受け取ってくれっか?」
「うん、わかった」
「では私はそれ以外を」
「よし! 頑張ろう!」
ぱんっと手を叩いて気合を入れる。
脚立の上にいるリーノから本を受け取って、数冊受け取った後はそれを移動する。
ジオンはそれ以外の、頭より高い位置まで積み重なっていない本を数冊ずつ持ち上げて、運ぶ。
「貴重な本がたくさんあるので緊張しますね」
「そうなの? あ、そっか。ジオンは俺がいない間図書館に行ってる事が多いんだったね」
料理の本を買った時は図書館を見つける前だったそうで、図書館があるのなら買う必要がなかったと残念そうにしていた。
家を買った時はジオンの為に書斎を作っても良いかもしれない。
さすがにこの書斎程の本を集めることは難しいだろうけれど。
「多種多様な本が揃っていますね」
「えーと、これは、絵本かな? こっちは植物図鑑?」
「えぇ、そうですね。他にも鉱石の本や料理の本、それから魔導書等様々な分野の本が揃っているようです」
収集家なのだろうか。それにしては無造作に置かれている。
「ライさん、次はこちらに」
「了解」
せっせと本を移動して、本棚への道を作っていく。
部屋の脇に新たに重なっていく本をこの後また本棚へと運ぶ必要があるのかと考えると少し気が滅入るけれど、それよりも全ての本が本棚に並んだ時への期待が勝る。
これだけの本が並ぶ書斎だ。きっと圧倒されるような光景がそこに広がるだろう。
あちこちに本が積み重なった今の光景も絵本や映画のワンシーンの様で壮観ではあるが、見るだけならともかく、実用性はない。
まずは、一番近くの本棚への道。
それから、その次。そしてまた次。
種類毎に並べたほうが便利なのではないかというジオンの提案に頷いた俺達は、まずは全ての本棚に辿り着けるようにと本を移動していく。
本の種類はいまいちわからないので、仕分けはジオンに任せることにした。
そうしてせっせと本を運び続けていると、いつの間にやら時間が過ぎていた。
「……お腹空いたね」
空腹度が高くなってしまっている。
料理を作って貰った時にカヴォロから貰った料理があるので、少し遅めのお昼ご飯としたいところだけれど、さすがに書斎で食べるのは気が引ける。
「エルムさんに聞きに行こうか」
「そうですね」
抱えていた本を床に降ろし、書斎から出て地下へと向かう。
階段を降りるとそこには10畳程の空間が広がっており、ここにもたくさんの本が塔になって置いてあった。
本だけでなく、他にも羊皮紙が散らばっていたり、何に使うかわからない大中小様々な道具が所狭しと置かれており、散らかっていると言えばそうだけれど、汚いというよりは物が多いという印象を受ける部屋だ。
その部屋の一番奥、本や道具の隙間からエルムさんの背中を見付ける。
こちらの気配に気付くことなく机に向かうエルムさんの姿に、声を掛けるのを躊躇うが、ふと、この様子ではエルムさんもお昼ご飯を食べていないのではないだろうかと思い至り、口を開く。
「エルムさん」
俺の声に頭を上げたエルムさんが、一拍置いて振り返り、俺達の姿を捉えて何かを思い出したような顔をして、立ち上がった。
慣れた様子で隙間を縫う様に俺達の元まできてくれたエルムさんに、優しい人だと感想を抱く。
「何かあったかね?」
「お昼ご飯にしませんか? 美味しいご飯があるんだ」
「……なんだって?」
「一緒に、お昼ご飯食べようよ」
大きな目をぱちりと瞬いて、訝し気に俺達に視線を向けるエルムさんに笑顔を返す。
「一緒に? 君達と、私がかい?」
「あ、初対面の相手と一緒に食事は嫌かな。
それじゃあ、渡しておくから、良かったら食べてよ。
俺が作ったわけじゃないけれど、でも、凄く美味しいんだよ」
カヴォロが作った料理だ。美味しくないわけがない。
エルムさんだって気に入ってくれるはずだ。
「もしかして、お昼ご飯食べた後だった?
夢中で取り組んでるようだったから、食べてないかと思ったんだけど」
「それはその通りだが……依頼には私の食事の用意なんてなかったはずだが?」
「俺、料理スキル持ってないから、食事の依頼は受けられないよ」
「そういうことを言っている訳ではないのだが……いや、せっかくの誘いだ。ご相伴に預かるとしよう」
案内してもらったダイニングで、カヴォロに貰った料理をアイテムボックスから取り出す。
何故だか鍋ごと受け取ったシチューは、ヴァイオレントラビットのお肉を使ったクリームシチューだ。
本当はデミグラスソースで作りたかったらしいが、まだ材料が揃っていないとのことで。
鍋は他にもあるから全部食べてから返してくれたら良いと言っていたけれど、さすがに鍋ごと渡されるとは思っておらず、押し問答の末、半ば無理矢理押し付けられたそれは、結果、今こうしてエルムさんの分も用意できているのだから、何が起きるかわからない。
「異世界の旅人達はアイテムボックスが使えると聞いていたけれど、まさか鍋ごと出てくるとはね。
ほう? 暖かいままなのか。いやはや、便利なものだよ」
俺が取り出した鍋を興味深そうに眺めると、まるで独り言のように言葉を紡ぐ。
「あ、お皿……俺達の分しかないんだった」
「なに、気にしなくて良い。無精者だが皿くらいあるさ。持ってこよう」
そう言って、キッチンへ向かったエルムさんの後姿を見ながら、アイテムボックスからお皿を取り出し、シチューを注ぐ。
キッチンから戻ってきたエルムさんからお皿を受け取り、シチューを注いだら、昼食の準備は終わりだ。
4人掛けのダイニングテーブルに並べて、椅子に座る。
「いただきます」
まずは一口……うん、美味しい。
前回のログアウト前に食べた時から更に煮込まれて……なんてことはなく、あの時と全く同じ味だけれど、美味しい物は美味しい。
「これは美味いね。君が作ったわけではないと言っていたが買ってきたものかね?」
「ううん。友達が作ったんだ」
「へぇ。良い友達を持ったな。
そう言えば、食事処の店主が腕の良い異世界の旅人が依頼で来たと言っていたが……」
「あ、もしかしたら、友達かも」
カプリコーン街で見かけるプレイヤーの数はまだ凄く少ない。恐らくそのほとんどが戦闘職プレイヤーだろう。
それに、イベント前でレベル上げしているプレイヤーが多い中、料理の手伝い依頼を受けるプレイヤーはいないのではないだろうかと予想できる。
「ほう? 魔道具をどこぞの誰かに渡してやりたいと言って来た時には酷く驚いたものだが。
そうか、君の友達か。はは! あの朴念仁にあそこまで気に入られるなんてどんな手を使ったんだか」
「魔道具?」
「あぁ、そうさ。その友人が料理をする様を見たことはあるかね?」
「うん。このシチューを作っている時に見たよ」
「その時に小さなコンロを使っていただろう? それが魔道具さ」
言われてみれば、ファンタジーの世界でガスだなんて、風情がない。
つまりあれは魔法の力を使った道具……魔道具なのだろう。
「それじゃあ、家にあるキッチンのコンロも?」
「そうさ。それから冷蔵庫や流し台も魔道具だ」
「鍛冶で使う炉も魔道具ですよね?」
「おや、君は鍛冶をするのかい? そうさ、炉も魔道具だ。
他にも色々あるぞ。ギルドや銀行に登録する時の道具も魔道具さ」
これまで凄いなと思いながら気にしたことはなかったけれど、魔道具はあちこちにあったようだ。
「へぇ、そうなんだ。生産に使う道具は全部魔道具?」
「いいや、槌や彫刻刀、それからつるはしや鍬……まぁ、そういうものは鋳造スキルだ」
「ということは、魔道具を作るには、魔道具スキルが必要?」
「そういうことさ。正しくは魔道具製造スキルだがね」
ウィンドウからスキル一覧を開いて探してみるが、見当たらない。
何か条件が必要なスキルなのだろう。
「魔道具は魔道具製造スキルがあれば作れるわけじゃない。
元となる道具が必要だ。鍛冶や細工、それから木工、鋳造……とにかくたくさんの生産スキルが必要になる」
「燃えるスプーンを作るには、木工で作ったスプーンが必要ってこと?」
「はは! スプーンを燃やす必要があるかはさておき、そういうことさ。
元の道具が良い物ならばそれだけ魔道具も良い物になる。
まぁ、自分で作れるのならそれが一番だがね。その道の職人にはなれない」
例えばジオンやリーノのように、それだけを極めた職人と同じ物は作れない。
俺達プレイヤーだって、簡単にスキルを覚えることはできるけど、その全てのレベルを極めるのは相当な時間と情熱が必要だ。
「だから、魔道具職人は、腕の良い職人と繋がりを持ちたいのさ。
ところで君、その刀を見せてくれるかい?」
「刀? うん、いいよ」
頷いて、帯から《風華雪月》を抜き、エルムさんに手渡す。
エルムさんは受け取った刀を鞘から抜いて、まじまじと見つめると小さく感嘆の息を漏らした。
「これを作ったのは君……ジオンかね?」
「はい。打ったのは私ですね。細工はリーノがしています」
「ほう? これは驚いた。君の周りはどうやら腕の良い職人が多いようだ」
返された刀を帯に差し直し、エルムさんに顔を向ける。
「しかし……鍛冶と細工、ね。それだけではないようだが」
エルムさんは俺を見て、ニヤリと笑った。
「さて、私はそろそろ作業に戻るとしようか。美味しい食事をありがとう」
「こちらこそ、魔道具のこと色々教えてくれてありがとう」