day1 冒険開始
賑やかな声が俺の耳へと届く。
目を開けて辺りを見ると、噴水のある広場のような場所にいた。
少し離れた場所にはレンガ造りの建造物がいくつも建っているのが見える。
焼きたてのパンの匂いを乗せた心地よい風が髪を撫でていく。
近くにパン屋でもあるのだろうか。
目の前に広がるファンタジーな世界を見て下がっていたテンションが少し上昇する。
あの後、どんなデメリットを見ても折れなかった俺の心はばきばきに折れた。
筋肉があれば乗り越えられると思っていたデメリットも、筋肉がないなら乗り越えられない。
削除の二文字が頭に浮かぶも、鬼人が出なかったとしてもまた明日は嫌だと考えていたこともありぎりぎりのところで踏みとどまることができた。
しかし、折れた心は戻らない。
絶望に頽れた俺の頭上で、なんとも言えない顔をしていた妖精ちゃんにカスタマイズは一任した。
せめて格好いいアバターになれと願う。自分で作る元気はない。
自分で考えるのが苦手な人や気合を入れて作ったと思われるのが気恥ずかしい人のためのお任せカスタマイズだ。
下手に自分で弄るよりお任せカスタマイズをしてしまったほうが美形のアバターができると噂だ。
完成したアバターは美化されているもののほぼ俺だった。
右目の目じりにあるほくろはそのままに、両方の目元には、戦化粧と言うのだろうか? 朱色の細いラインが引かれており、瞳の色が角とよく似た朱色へと変わっている。
身長は変わっていないが足が長くなっていて、まるでアニメのキャラクターのような体型だ。筋肉はないが。
15センチ程の角がすらりと伸びる頭は、普段と同じか普段より深い黒。
普段の髪型と比べ所々が長くなっており、右耳の後ろから一房だけが鎖骨の少し下辺りまで伸びている。
その一房の毛先と顔周りの毛先は朱色に染まっていた。
格好良くならなかったことを残念に思う程の気力もない俺はのろのろと立ち上がり、妖精ちゃんから初心者セットを受け取ってこの世界へと降り立った。
きょろきょろと辺りを見渡してみると、俺と同じくきょろきょろと辺りを見渡すプレイヤーがたくさんいる。
そこには、すらりとした知的な顔をした男性、褐色肌の強気な顔をした男性、猫耳を付けた子供のような見た目の女性、金色の長い髪をした儚げな印象のある女性等々多種多様の美形がいた。
「……これなら、大丈夫なんじゃ?」
これだけ多種多様な美形が揃っているのだ。
見た目だけで判断なんてされないのではないだろうか。
誰も俺を女みたいだとか、病弱そうだとかで判断しないはずだ。
できればむきむきの格好いい男になりたかったが、男らしくて頼りになる男になれば、友達ができるのではないか。
それに、今はSTR1だけど、この先STRが上がれば、もしかしたら筋肉がつくかもしれない。
種族や職業で上がりやすいステータス、それから初期のステータスの数値は違うらしいが、まさか1のままなんてことはないはずだ。
それに、この先スキルでむきむきになることだってできるかもしれない。
よし。よしよし! テンション上がってきた!
STRを上げるにしても、スキルを取得するにしてもレベル上げが必要だ。
さて、そのためにはこれからどうしようかと、先程までと違い前向きに辺りを見渡すと、すぐ傍に先程までの白い空間で見た人物がいることに気づいた。
そう、《はじめてのモンスター石》で契約召喚したテイムモンスター……俺の、仲間だ。
俺と目が合った彼はにこりと笑って口を開く。
「はじめまして。私は鬼人のジオンと申します。
落ち込んでいらっしゃったように見えましたが、元気になられたようで安心しました」
「あー……はは。大丈夫大丈夫。気にしないで。
俺はライ。これからたくさん迷惑をかけると思うけど、よろしくね、ジオン」
「はい。よろしくお願いします、ライさん」
穏やかに笑うジオンを見て、悪い人ではなさそうだと安心する。
早速だけど、ジオンのステータスを確認しておこう。
ジオン Lv1 ☆4ユニーク
種族:鬼人(氷鬼)
HP:150 MP:250
STR:18 INT:27
DEF:12 MND:10
DEX:23 AGI:18
『種族特性』
・雪華
『種族スキル』
【憤怒】Lv1
『戦闘スキル』
【氷晶魔刀術】
【氷晶魔刃斬】Lv1
『魔法スキル』
【氷晶属性】
【氷晶弾】Lv1
『スキル』
【鍛冶】Lv☆
「つ、強い……」
ウィンドウに表示された文字に思わず呟く。
氷鬼という文字を見て、一瞬あの鬼ごっこを思い浮かべたが、スキルと見比べて文字通り氷の鬼だろうと思い直した。
ちなみに、俺は氷鬼をしたことはない。
それはともかく、この氷鬼という部分がユニークたる所以だろう。
この世界で鬼人の上位種であると言われている鬼神の俺が黒炎属性なところを見ると、鬼人の属性は火や炎なのではないかと予想できる。
『鬼人(氷鬼)』という種族が存在している可能性もあるけど、他に突然変異していそうな箇所も見当たらないし恐らく正解だと思う。
そういえば先程の部屋では気にしていなかったが、腰から刀を下げている。
『氷晶魔刀術』というスキルがどういったものかはわからないけど、いわゆる魔法剣というやつではないだろうか。
「これならすぐにでも狩りに行けそうだね」
「はい。お任せください」
「ジオンのほうが強いだろうけど、俺だって黒炎弾で攻撃できるからね?」
「黒炎弾、ですか?」
「そう! 強いって聞いたよ!」
「えぇ、そうですね。とても強いです。ただ……」
ジオンは顎に手をやり何かを思い出すように考え始める。
とりあえず、初心者セットとそれから、一応装備も確認しておくとしよう。
『アイテムボックス 3/30』
《初心者用ポーション》x5
《初心者用マナポーション》x5
《簡易食糧》x10
『装備』
手:なし
外套:なし
上半身:旅人の着物
下半身:旅人の着物
足:旅人の下駄
アクセサリー(1/3):旅人の腕輪
紛うことなき初心者セットである。
ジオンもいるし、恐らく買い足す必要はないだろう。
様子見なら近くで狩りをすればいいし、それならすぐに戻ってくることもできる。
早速狩りへと向かいたいところだが、ちらりとジオンの様子を伺ってみると未だ何かを思い出そうとしているようだ。
「ジオン?」
「あ、すみません。大丈夫です。
どうしますか?」
「早速だけどレベルアップに行こう!」
俺の言葉に笑顔で頷いて応えたジオンと共に、街の外へと向かう。
どこにどんなモンスターがいるのかはわからないし、そもそも街の外にモンスターがいるのかもわからないけど、周囲のプレイヤーが友達であろうプレイヤーと狩りに行こうと外へ向かっていることと、最初にログインした街の近くは初心者向けなはずであることから、俺もそれに続く。
いいなぁ。友達。
俺も兄ちゃんがログインできてたら、一緒にできる人はいたのになぁ。
まぁ、兄ちゃんはクローズドβの頃に出来た友達もいるし、俺も友達を作りたいからずっと一緒というわけではなく、最初は一緒にしようって話だったんだけど。
「あ~ぁ。男らしさも数値でわかればいいのになぁ」
「男らしさ、ですか?」
俺の呟きにジオンが応えてくれたことで、俺には一緒にできる友達はいないけど仲間がいるんだと嬉しくなる。
「そう。俺、男らしくなりたいんだ。むきむきで」
「むきむき……?」
「むきむきな人って男らしいでしょう?」
「外見だけ見るとそうですね」
「そう。だから外見だけじゃだめ。中身も男らしくならないと。
だけど、最初の印象は見た目で決まるから」
「ライさんの外見に不快になる輩はいらっしゃらないと思いますが」
「輩……うーん。不快にはさせてない……と、思う、けど。
ただ、良い印象は与えられないみたい」
「あぁ、とても整った綺麗な顔立ちをしてらっしゃるので、近付くことが畏れ多いのでしょうね」
「まさか。ジオンは褒め上手だね。
とにかく、今の俺じゃだめなんだ。男らしくならないと」
「むきむきに……ですか……」
「そう! でも……残念ながら暫くむきむきはお預けかなぁ」
「おや、それは良か……あ、魔物が見えてきましたよ」
話しながら歩いていると時間はすぐに過ぎる。
契約召喚に成功して本当に良かった。
一面に広がる草原に心が躍る。
VRゲームでも一面に広がる草原はあったけど、それはあくまで視覚だけ。
今は風を感じることができる。草の匂いがする。
「結構人いるね。邪魔にならないようにしないと」
正式サービス開始して間もないから行くところはみんな同じだ。
すし詰め状態になっていないところを見ると俺たちが通ってきた門以外にもフィールドへ続く門はあったのだろう。
もちろん、街を散策しているプレイヤーだっているだろうし、狩りをメインにしないプレイヤーだっている。
妖精ちゃんが言っていた通り、楽しみ方は人それぞれだ。
「少しだけ先に進んでみますか? 恐らく大丈夫だと思いますし」
「んー大丈夫ならそうしようか」
俺たちは人がまばらになる場所まで移動する。
周囲のモンスターがスライムから可愛いとは言えない顔つきをした角の生えた兎に変わったくらいで立ち止まり、辺りを見渡す。
4人くらいでパーティを組んでいる人達がぱらぱらいるくらいだし、これなら邪魔をすることはなさそうだ。
「どう? いけそう?」
「はい。問題ありませんよ」
角の生えた兎の頭上には敵対モンスターの印である赤いマーカーとHPバー、それから『???』と書かれた文字が表示されている。
恐らく『???』はモンスターの種類だろう。
倒したらわかるようになるだろうか? それともスキルかな?
なんにせよまずは【黒炎弾】の威力を知るところからだ。
「じゃあ早速……あれ、どうやって使うんだろう? 唱えればいいのかな?」
「魔法ですか? でしたら、杖……はないようですので、手を翳して唱えれば問題ないかと」
うーん。少し気恥ずかしい。まぁそのうち慣れるだろう。
「それじゃあ……【黒炎弾】!!
……ん? あれ?」
言われた通り手を翳し呪文……スキル名を口に出してみたが何も起きない。
もう一回だと改めて手を翳した瞬間、俺に気づいた兎がこちらに向けて飛びついてきた。
「ちょ、うわ! 待って待って!」
慌てて逃げようとするも目前に迫る角に間に合わないと察し、咄嗟に翳していた腕で顔を庇う。
「大丈夫ですよ」
聞こえてきた声に腕の下から視線をやると、俺を庇うようにジオンが前に出ていた。
次の瞬間、青白く光る刀の切先が風を切る。
流れるような動作で軽やかに振られたそれは、そんな印象とは裏腹に重い斬撃音を立て兎を薙ぎ払った。
その一太刀で兎の頭上にあるHPバーは0へと減り、兎は光るエフェクトと共に消えて行く。
「ありがとう、助かったよ」
「いいえ。ご無事でなによりです」
ぴろんという軽快な音と共にアイテム入手のお知らせが視界の隅に表示される。
だけど今は、そんなことより。
「俺、スキル打てなかったんだけど……」
「……黒炎弾と聞いて気になってはいたのですが、本来、黒炎属性は鬼人が火属性を極めた先の属性なんです。
ライさんは異世界の旅人ですし、鬼神のようでしたので使用することができるのかと考えていたのですが……」
「ん? んん?? 極めた先??」
「はい。火属性が進化すると炎属性、それから、火炎属性、灼熱属性へと進化します。
そうしてその先に、気が遠くなる程の年月を経てもそこへ辿り着くことはできないと伝わる黒炎属性があるのです」
「えーと……そんなすごい属性なの?」
「はい。灼熱属性になることすら人生を捧げる覚悟でなければ厳しいため、幻だとも言われていますね。
ただ、異世界の旅人達はその限りではないとも伝えられています。鬼人であることは絶対のようですが」
「俺、鬼神だけど……あぁ、鬼人の上位種族なんだっけ」
「えぇ、そうです。とは言え、本来、鬼神も同じ道を進まなければ極めることは出来ませんので、やはり異世界の旅人であるライさんは別格ですね」
「もしかして、レベルが上がらないと使えない、とか……」
「……いいえ、恐らく……MPが足りないのかと……」
「え?」
俺は慌ててステータスを開き黒炎弾の詳細を表示する。
そして、そこに書かれた消費MPに驚愕した。
「ご、ごひゃく……」
どれだけレベルを上げたら、今の俺のMPである50から500になるだろうか。
他のステータスと違いHPとMPは1レベル上がる毎に1上昇だなんてことは恐らくない、はずだ。
しかし、1レベルで10上がるとしても45のレベルを上げなければ使用することはできない。
「んあぁあ……まだデメリットがあったなんて……」
強いレア種族を選んで無双したがるプレイヤーの心を折ることに全力を注いでいるのではないだろうか。
俺は決して無双したがっているわけではないのだけれど。
ジオンがいなければ俺はここで魔法も使えず死に戻っただろう。
本当に成功して良かった……。
ちらりとジオンへと視線を向ける。
離れた場所で4人でパーティを組み兎を倒す彼らは苦戦とは言わずとも、一撃で倒すなんてことはできていない。
恐らくジオンにとってここにいるモンスターなんてなんてことはないのだろう。
ジオンが倒したモンスターの経験値は、もちろんテイマーである俺にも入る。
スキルレベルは上がらないが、レベルは上がる。
STRだって上がる。多分。
つまり、人の稼いだ経験値でむきむきになりたい……?
「俺が求めているむきむきはそういうのじゃないいいいい!!!!!」
「はい!? 突然、どうしたんです?」
「いいえ……なんでもありません……」
だってこれは、寄生プレイだ。
良く言って、寄生プレイ。悪く言ったら姫プレイである。
男らしくないにも程がある。
とは言え、他に何か方法があるかと言われると閉口せざるを得ない。
今あるSPを使って戦闘スキルを取得しても良いが……果たしてSTR1でどれだけ戦えるか……。
己の肉体で戦うスキルは駄目だ。蚊が止まった程度の威力だったら俺が泣く。
となると、武器を使うスキルだけど、生憎武器は持っていない。
街に戻って購入してもいいけど、お金は足りるだろうか?
所持金を見てみると『5000CZ』と表示されている。
「ジオン、一番安い武器の値段がどれくらいかわかる?」
「詳しくはわかりませんが……初心者用の武器は5000CZ程度かと」
全財産である。
全財産を使い果たしてしまっていいのか……。
初心者セットにポーションはある、食べ物も。
あと使いそうなことと言えば……宿?
ログアウトは街か、フィールドのセーフティエリアでしか行えない。
夜はログアウトするつもりではあったが、その場合ジオンはどうなるのだろう。
詳細は書かれていないが初歩的なことが書かれたヘルプがあると妖精ちゃんが言っていたのを思い出し、ステータスウィンドウの横にあるヘルプと書かれたアイコンに触れる。
ずらりと並んだ項目の中からテイマーの項目を選び、目的の内容が書かれている箇所まで読み飛ばしていく。
『テイムモンスターはこの世界で生活を続けながら異世界の旅人の帰りを待っているため、異世界へ帰る際は宿屋を利用したほうが良いでしょう。フィールドではテントを使用することもできます。
また、街の住人と意思疎通が取れるテイムモンスターであれば、お金を渡しておけば安心です。
待っている間テイムモンスターは自由に行動できますが、縁が薄くなってしまっているため戦闘をすることはできません。生産スキルを持ったテイムモンスターは材料があれば生産を行うことができます。』
ログアウト時に一緒に消えて、ログイン時に一緒に出てくるってわけではないようだ。
スキルは使用できるけど、戦闘はできない。いない間にレベル上げはさすがに無理だということだろう。
意思疎通が取れるモンスターはお金を渡しておけば宿屋に泊まることができるということかな。
『戻るまでの時間がこちらの世界で3日過ぎると、テイムモンスターは縁の維持のため魔領域へ赴き眠ります。
戻った時には魔領域から帰ってきますのでご安心ください。』
長い間戻れなくても一人で過ごし続けるわけではないみたいだ。
魔領域というのは恐らくデータの海、だろうか。なんにせよこの世界から一旦消えるということだ。
それはともかく、夜は街に戻って宿を取ったほうがいいだろう。
可愛らしい、例えばスライムとかだったら草原のセーフティエリアで寝てても微笑ましいけど、ジオンは違和感しかない。
テントがあるならまだ違うかもしれないけど、それでもイケメンに野宿させるのはなんだか凄く申し訳ない。
仮にフィールドにあるセーフティエリアでログアウトしたとしても、お金があるなら街に戻って宿を取ってくれるだろう。モンスターの巣窟とかだと難しいかもしれないけど。
と、なると、ここで全財産を使うわけにはいかない、かな。
狩りをして手に入れたアイテムを売ればお金は手に入るけど、物価がわからない内は下手に散財するわけにはいかない。
そもそも、5000CZぴったりで武器が買えるかもわからないし。
無駄足掻きせず、覚悟を決めるしかないようだ。
「あのー俺、レベル上げたいんだけど、でも、俺なんもできないから……」
「お気になさらず。私が戦えますから」
その綺麗な笑顔が憎い。
「ぐぅ……お願い、します……」