day23 隠密スキル
「へぇ。幌馬車かぁ」
「幌馬車で連れて行って貰えたから良かったけど、徒歩だったら大変だったかも」
距離のことではなく、魔物のことだ。距離はアリーズ街から鉱山の村くらいのものだからそう遠くはない。
道中に見かけた魔物は、牧場の村の周辺にいたグラトランスとは違う魔物だった。
適正レベルが公開されているわけではないので、はっきりとした強さはわからないけれど、恐らく、いや、十中八九グラトランスより強いはずだ。
「んー大丈夫なんじゃない? 今のレベル26なんだろう?
空に聞いた感じ、多分、同等か少し上かだと思うよ」
「そっかぁ。……あれ? 兄ちゃん達もカプリコーン街まで行ってるの?」
「空だけね。空は新しい素材が欲しいからってどんどん進んで行くから」
「空さんだけ? 兄ちゃん達は一緒に行かなかったの?」
「うん。でも、俺達もこの後一緒に行く予定だよ」
個人行動が多いパーティーだと言っていたし、必ずしも一緒に新しい街に行くってわけじゃないんだろう。
それにしても、どんどん先に進んで、素材を集めて、狩りもしてるだろうし……空さんはいつ生産をしてるんだろう。
「空さんって強いんだね」
「んー……まぁ、強いかな? 空はほとんど戦闘しないんだよ。レベルも20超えてない。
ただ、空は隠密のスキルレベルが高いからね」
「隠密……敵に見つからなくなるの?」
「見つからなくなるというよりは気付かれ難くなるスキルかな。
それと、戦闘中は他にパーティメンバーがいるなら自分にタゲが向き難くなる。前衛だと効果ないけどね」
離れた場所から魔法だったり弓で攻撃する分には大丈夫だけど、目の前にいる上に攻撃してきている相手はさすがに気付かないわけがないってことだろう。
便利そうだけど、今は必要ない、かな?
でも、早めに覚えておいたほうがその分スキルレベルを上げることができるから、いつか必要になるなら今のうちに取っておいたほうがいいかもしれない。
「テイマーは取ってる人多いよ。戦闘は任せて後方支援ってテイマーは多いからね。
でも、来李は前衛だし、戦闘中以外もジオンとリーノがいるからどうかな」
「そっか。2人は気付かれちゃうもんね。
んー……例えば相手にまだ気付かれていないって前提で、木に隠れながら観察したいってなった時、隠密を持っていないと観察できない?」
「大丈夫だよ。隠密を持っていたらその時に真横を通られても大丈夫って感じかな。スキルレベルによるけど」
つまり、隠密をざっくりと説明するなら影が薄くなるスキルということだろうか。
「敵がいる場所で採掘する時には良さそうだね。あ、でも、採掘の音で結局気付かれるかな?」
「あぁ、そっか。来李は採掘持ってたね。
採掘だったり採取だったりの採取系スキルの音は大丈夫みたいだよ。空もそうやって素材集めてる」
「へぇ~! いいね! ログインしたら覚えようかな」
「うん。採掘を持ってるならいいと思うよ」
ジオンに戦闘を任せて俺とリーノで採掘をするこれまでのスタイルで困ったことはないけれど、俺にタゲが向き難くなることでジオンの負担が減るのではないかと思う。
これまでは俺とリーノ、それからジオンに向かってくる敵を倒して貰っていたけれど、これからはリーノとジオンに向かってくる敵だけで良くなる。
まぁ、スキルを取ってすぐ、スキルレベルが低い時はほぼ変化はないだろうけど。
「あ、そうだ。この後、鍛冶場に行く予定だから武器渡せると思う」
「伝えておくよ」
「はじまりの街の露店広場に持って行ったらいい?」
「んーアリーズ街かな。イベントに向けてレベル上げや素材集めしてるプレイヤー達が弐ノ国に集まり始めてるからね」
なるほど。鉱山で見かけた採掘をしているプレイヤー達は品評会に参加する生産職の人達だったのかもしれない。
これまで鉱山でプレイヤーと出会った事がなかったので、1人2人ならともかく急に人が増えていたので少し驚いた。
幸いにも奥の方にはプレイヤーがいなかったので、他のプレイヤーの邪魔をすることなく採掘ができたけど、これからもっと増えるならリーノの助言でふらふらするのは難しそうだ。
「それじゃあ、また連絡するね」
「了解。待ってるよ」
◇
いつもは夜ご飯の後のログインは決まってCoUTime12:00だったが、今日はそれよりも1時間半早くログインできた。
とは言え現実世界では約20分程早くログインしただけなのだけれど。
「おや? 今日は早いんですね。おかえりなさい」
「ただいま、2人共。伝えてなかったから出かけているかもって思ってたけど」
「おかえり。あー待ってりゃ良かったなぁ。朝飯食っちまったよ」
ちらりと空腹度に視線を向けると70と表示されている。
2人は朝ご飯を食べてきたところみたいだし、この数値なら多分お昼ご飯まで耐えられるだろうから朝ご飯は食べなくていいかな。
「今回はたまたま早くこれただけだから気にしないでいいよ。
お昼は何か買って鍛冶場で良い?」
「えぇ。そうしましょう」
「それじゃあ買いに……あ、その前に隠密スキル」
ウィンドウを開きスキル一覧を表示する。
隠密のSPは5か。使ってないSPは55もあるし、取ってしまおう。
「隠密ですか?」
「うん。今すぐは必要ないかもしれないけど、スキルレベル上げておいて損はないと思って」
魔力回復や魔力制御、それから、魔力感知・百鬼夜行のような常時発動というわけではないようだ。
まぁ、常時発動とは言え魔力感知はしていても集中してやっと感知できたけれど。
スキルを使用した後は敵に気付かれるまで発動する、か……自分で解除は出来るのかな?
ジオンが前に氷晶弾を解除していたし、出来そうなものだけれど。
「えーと、【隠密】」
HPバーの下、前に大量の状態異常を受けた時と同じ場所に、目に斜め線が書かれたアイコンが表示されている。
あの時並んでいたアイコンの中で、目にバツが書かれた似たアイコンがあった覚えがあるけど、あれは暗闇かな。
「どう? 何か変わった?」
「んー? いや? 特に変わってねぇけど」
隠密が発動していない人に話しかけたら解除されるかと思ったけれど、アイコンは表示されたままだ。
「対魔物じゃないと意味ないのかな?」
「いえ、対魔物以外でも効果はありますよ。
私達はライさんの従魔ですので、ライさんを認識できなくなることはありませんし、発動の邪魔もしませんよ」
「なるほど。話しかける度に効果が解除されてたら戦闘中に連携できなくなるもんね」
と言うことは、パーティーメンバー相手も同じなのではなかろうか。
今度兄ちゃんに頼んで試してみようかな。あ、空さんで知っているだろうし聞いたほうが早いか。
「宿の部屋や作業場なら良いですが、街の中では必要な時以外は解除しておいた方が良いですよ。
驚かせますし妙な疑いを掛けられるかもしれませんからね」
必要な時……部屋に忍び込んだり聞き耳を立てたりする時だろうか……。
もしかしたら、プレイヤーの中には隠密を使って箪笥を漁り壺を割って回る人がいるのかもしれない。
この世界の法がどうなってるのかはわからないし、仮に法に触れたとして俺達プレイヤーがどうなるのかはわからないが、人様の家に忍び込むのも箪笥を漁るのも普通にアウトだと思うので、俺に必要な時はこないだろう。
「えぇと……解除の仕方がわからないんだけど、気合でなんとかなるかな?」
「さて……氷晶弾であれば、それが消えることを思い描けば解除できますが……」
「隠密なら、存在感出したらいいんじゃね? 気合で」
気合で存在感を出すとはなんだろうか。暴れたら良いのだろうか。
とりあえずフンっと気合を入れてみたらアイコンは消えた。
「よくわからないけど、気合で存在感出せたみたいだよ」
「いつもと変わんなかったけど……まぁ、解除できたならよかったな」
「うん、そうだね。それじゃあ、お昼ご飯買って鍛冶場に行こうか」
宿から出て、商店でサンドウィッチを3人分買い、鍛冶場に向かう。
扉を開けるとすぐにいつもの男性が俺達に気付いて声を掛けてくれた。
「よう。お前らか。作業場か?」
「こんにちは。空いてる?」
「4番は空いてるぜ。お前さんらが使ってた3番の向かいにある部屋だな。
最近、この街にも異世界の旅人がくるようになったから、他は埋まってるんだよ」
プレイヤーは生産の道具はアイテムボックスに入れておけるから作業場を借りる人は少ないのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。
考えてみれば、スキルレベルが上がる度にレベルにあった良い道具を買うよりは、そのレベルに合った道具のある鍛冶場の作業場を借りたほうが良いのかもしれない。
ちなみに、鉱山の村にある道具は初級の道具だ。はじまりの街にあるのは初心者用だとはじまりの街のギルドで聞いたし、進めば進む程道具の質は上がっていくのだろう。
「それじゃあ4番の部屋を……6時間、借りられる?
人が多い時は時間に制限があったりする?」
「んにゃ、制限とかはねぇよ。
そんじゃ19時まで使っていいぞ。6時間で4,800CZな」
「ありがとう」
お金を払って、4番の作業場へ向かう。
扉の中の音は聞こえてこないが、みんなどんなものを作っているんだろう。
品評会、楽しみだな。
4番の扉を開けて、作業場の中へ入り、アイテムボックスから鉱石と宝石を取り出して机に並べる。
「俺たちも頑張らなくちゃね!」
「はい、まずはライさんと私の刀からですね」
俺とジオンが持つ刀の装備条件はどちらもLv15。Lv15の次のランクの装備条件はLv20で、その次がLv25らしく、新しい刀に替えることを提案された。
つい先日リーノに細工をしてもらったばかりなのにと悩んでいる俺の横で、リーノは気にもせず『新しい刀楽しみだな~早く細工してぇ!』とそわそわしていたので、作ってもらうことにしたのだ。
ちなみにジオンのレベルは21なので25が条件の刀はまだ装備出来ないけど、25になった時用にジオンの刀も一緒に作ることになった。
「まずはライさんの刀から打ちますね。
始める前に……【氷晶弾】」
「【熔解】、【魔操】……【融合】っと」
《氷晶玉鋼》が出来たのを確認すると、ジオンは早速作業に入った。
これまで同様、クールタイムが復活し次第、作業をしながら氷晶弾を浮かせて貰う手筈になっている。
《氷晶玉鋼》はこれまでに作っておいた分が結構残っているけれど、他はほとんど残っていなかったので、昨日、ログアウトまで宿屋で融合した。
でも、量も多いし、クールタイムやMPの関係で出来た魔法鉱石は多くない。
残るマナポーションは☆3の《初級マナポーション》が10個と昨日商店で買って部屋で使った☆2の《初級マナポーション》の残りが12個。
使う魔法鉱石は多くないだろうから、多分足りると思うけれど、どうかな。
「リーノ、よろしく。【熔解】」
「おう! 【雷弾】!」
「【魔操】……【融合】」
「おっし、それじゃ、俺もアクセサリー作るわ。
残ってる宝石は麻痺付与のやつ以外全部使っちまっていいんだな?」
「うん、いいよ。武器に使えそうな付与効果が付いてるの麻痺付与だけだからね」
前に兄ちゃんに作ってもらった魔法宝石で残っているのは『魔力回復』、『体力回復』、『麻痺耐性』、それから『麻痺』だ。
今日ジオンに作ってもらった新しい刀に細工をしてもらうのは、兄ちゃんに宝石を貰ってからになる。
昨日そわそわしていたリーノの様子を思い浮かべて、ログアウトしてる時に伝えてくれば良かったなと後悔する。
種族スキルは内緒の話なので、アリーズ街の露店広場で、それも、兄ちゃんの周りは人が多いから大っぴらに話すわけにはいかないし。
今頃兄ちゃんはカプリコーン街へ向かっているところだろうけど、メッセージを送っておこう。
『TO:レン FROM:ライ
兄ちゃん、武器渡すときに宝石も一緒に渡すから、時間がある時に凝固してもらえないかな?』
ウィンドウを閉じて、椅子に座る。
熔解、融合、魔操にクールタイムはないが、2人のクールタイムが復活するまでは目の前に置いてある鉱石を熔解するくらいしかやることがない。
それも、何も考えずに熔解していると2人のクールタイムが復活した時に魔操することができなくなってしまうのでどんどんできるわけではない。
要するに、暇である。
「あ、そうだ。【隠密】」
作業場ならば良いとジオンも言っていたし、特になんの効果もないけれどスキルレベルを上げるためにも発動させておこう。
幸い、最初に使用する時にMPを5消費するだけで、発動中や解除で消費はしないようだし。
クールタイムが回復した2人の魔法を融合したところで、メッセージが届いたことを知らせる音が鳴った。
まだ向かっていないのだろうかと頭を傾ける。
でも、兄ちゃんなら戦いながらでもメッセージを送れそうだし、単純に今は敵と戦っていないだけかな。
『TO:ライ FROM:レン
いいよ。カプリコーン街に着いたら、そっちに行くよ。
16時前には行けると思うけど、鍛冶場は何時まで?』
まさかすぐに作ってもらえると思わなかったが、ここは甘えてしまおう。
『TO:レン FROM:ライ
鍛冶場は19時までだよ。4番の部屋』
『TO:ライ FROM:レン
了解。武器とお金もその時にね』
「ジオン、リーノ。後から兄ちゃんくるって」
「お! それじゃあ刀に細工できるってことか?」
「うん、多分できると思うよ」
兄ちゃんの魔力銃スキルならクールタイムは少ないし、細工に使う分はすぐに作って貰えるだろう。
「でしたら、お兄さんの分も魔法鉱石を用意しておきますか?」
「うん、そうだね!」




