day22 カプリコーン街
かぽりかぽりとカプリコーン街へと続く道を蹴る足音を聞きながら、辺りの景色を眺める。
魔物避けが施されているという幌馬車には一定の距離以上はモンスターが近付いてくることがないようだ。
クリントさんの話によると魔物避けにもレベルがあるらしく、レベルが高いとその分掛かる料金も高くなるそうで、俺達が乗る幌馬車に施された魔物避けはこの辺りに出現する魔物に合わせた魔物避けだそうだ。
ちなみにユニークモンスターが現れた場合は襲撃されてしまうそうだが、これまでに現れたことはないとのことだ。
カヴォロが朝食の準備のためにCouTimeの4時にログインすると言っていたこともあって、俺は5時にログインした。
ログインしてからはカヴォロの作った朝食を取った後、牧場の手伝いをしてカプリコーン街への出発の時間まで過ごした。
念願だった動物達との触れ合いも体験することができて大満足だ。
「そういえば、カヴォロは地図持ってるの?」
「いや、買ってない。食材やら調理器具でほとんどが埋まってるから地図でスロットを埋めたくなくてな。
地図スキルを取ればいいんだろうが……」
「あーそっか。料理に使えそうなものを取ってるって言ってたね」
地図スキルはSP5だから、例えば属性スキル……まぁ、俺は取ったことがないけれど、属性スキルのSP15と比べると少ない。
でも、SP5を取得するにはレベルを1上げる必要があるので、レベルの上がりやすい序盤にSPがたくさんあるからと考えなしにスキルを取得するのは悪手だろう。
「でも、料理に関係あるスキルってそんなにたくさんあるの?」
「たくさんあるぞ。俺は料理人だから料理は最初からあったが、材料を集めるのに採取は必要だし、釣りも欲しいな。
それから製パン、製菓、醸造、発酵、調合と……まぁ、他にも色々」
「たくさんあるね!? あれ? 製パンと製菓ってパンとお菓子だよね? 料理では作れないの?」
「あぁ、そうらしい。まぁ、今度の品評会では料理部門だけのようだが」
「食べ物は全部、料理部門?」
「多分。ただ……現状パンの材料が手に入らないから作れるプレイヤーはいないだろうな」
パンの材料と言えば小麦粉だろうか。いや、薄力粉……? 強力粉だったかな?
よくわからないけど、何れにせよ小麦が必要ってことだと思う。
でも、これだけ細かく料理に関するスキルがあるところを見ると小麦を小麦粉にするのにも製粉とかそういうスキルが必要だったりするのだろうか。
まぁ、玉鋼が鉱山から手に入るわけだし、さすがにそこまでは必要ないと思うけど。
「料理人は大変だねぇ。
あ、牧場の村では小麦も育ててたみたいだし、今度来た時に聞いてみたら?」
「聞いてみる、か……そうだな。これまで考えたこともなかったが、ライを見ていたら考えが変わった」
「俺? あー……そういえば、この世界の住人に仲良く話しかける人っていないんだっけ」
ジオンとリーノ、それからクリントさんがいるので、声のトーンを落として、カヴォロと話す。
この世界の住人、つまりはNPCだ。
クリントさんに泊まっていくかと聞かれた時にカヴォロが俺に視線を向けたのは、NPCと仲良く話す俺が不思議だったのだろうか。
「あぁ。冷たくしたつもりはないが、最低限しか話してこなかった。
でも、これからはもう少し話してみようと思う。材料が貰えるかもしれないからってわけじゃなく、まぁ、それもないわけではないが……その方が楽しめそうだからな」
「うん、凄く楽しいよ!」
みんなとても親切で、笑顔が素敵な住人ばかりだ。
「ライ、カヴォロ、そろそろ着くぞ~」
馬の操縦をしているクリントさんから声が掛かる。
慌てて進行方向へと視線を向ければ、大きな街へと繋がる門が見えた。
「わー! 凄いね!」
「あぁ。はじまりの街ともアリーズ街ともまた違う雰囲気だな」
「カプリコーン街は冒険者の街だぜ。この辺りは少し離れると色んな魔物が出てくるから、ギルドの依頼も多いらしいぞ。
お前達なら、依頼も簡単にこなせるんじゃないか?」
馬を止め、門の兵士さんと話していたクリントさんが、俺達を見て笑いながらそう言った。
「そうなんだ? この後ギルドに行く予定だから、ついでに見てみるよ。
もうすぐイベント……お祭りがあるから、今すぐに受けるかはわからないけど……」
「祭りが終わった後でも良いから是非受けてくれると助かる。
この世界の冒険者も弱くはないが、やはり異世界の旅人は別格だからな」
俺の言葉に言葉を返したのはクリントさんと話していた兵士さんだ。
アリーズ街の関所にいた兵士さんと同じ鎧を装備しているようだが、同じ部隊とかなのだろうか。
「料理の依頼とかあるか? これまでの街にはなかったが」
「多くはないがあるぞ。ほとんどがレストランや市場の露店の手伝いで報酬が安いから人気はない。
君は強そうだし、討伐依頼や納品依頼のほうが稼げると思うが」
「いや、手伝いが楽しそうだ。俺は料理人だからそのほうが合っている」
カヴォロは狩りが嫌いというわけでもなく好きというわけでもないらしい。
レベルが上がらないと料理系のスキルを覚えられないから少しは狩りもしていたそうだけど、兄ちゃんとレベル上げをした時以外は、狩りをするのは料理の材料を集めるためと、採取中に邪魔が入った時くらいだったそうだ。
序盤は持っていた初心者用ナイフで殴るくらいしか攻撃手段がなく、大変だったとのこと。
「なるほど君は料理人か。ふぅむ……強化効果のある料理を作ることはできるか?」
「いや……そんな料理があるのか?」
「あぁ、ある。が、この街……いや、弐ノ国にはないな。作れる料理人がいないんだ。
詳しくはわからないが、料理スキルが高ければ作れるというわけでもないらしい」
カヴォロと兵士さんが話しているのを眺める。料理のことはさっぱりだ。
料理スキルが高ければいいってわけじゃないのだとしたら、料理の材料や道具だろうか。
「……料理に使用できる付与スキルがあるのか?」
「いや、そういうものはないはずだ。
とは言え、俺は料理の事はわからない。街の料理人なら知っているかもしれないから、気になるなら聞いてみてくれ」
「そうか、後で聞きに行ってみる」
「もし、作ることができたら……ギルドの受付でそれを報告すれば依頼が受けられるかもしれない。
現状は作れる料理人がいないから依頼はないが、強化効果のある料理は冒険者に人気があるからな」
話を聞いている限り、この世界に作れる人はいるということだろうけれど、参ノ国に行けばいるのだろうか。
レベル上げやヌシ退治前に食べておけば効率が上がるわけだし、人気になるのは当然だろう。
強化効果にも恐らくランクがあるとは思うけど、僅かでも効率が上がるなら食べる。
ましてやカヴォロの作った料理だ。物凄く美味しい上に強くなれるなんて最高である。
そう簡単にできるものではなさそうだけれど、カヴォロならきっと作れるだろう。楽しみにしておこう。
「おっと、行商に来ているというのに長話してすまないな。
冒険者と会った時は仲良くしてやってくれ。口は悪いが気の良いやつばかりだ」
「うん、任せて! それじゃあ兵士さん、またね」
「情報ありがとう」
「良い旅を」
兵士さんに手を振って、門を潜り抜ける。
「クリントさん、幌馬車のまま売りに行くの?」
「いいや、馬は厩舎に預けるぞ。ほら、あそこに見えるだろう?」
クリントさんの指差す先に馬が数頭休んでいる厩舎が見えた。
街中を馬が闊歩していたら迷惑になるだろうから預ける必要があるんだなと納得する。
「屋台は取引してる商店に商品を割引する代わりに預かってもらってるんだ。
俺が行商に行く街や村では大体預かってもらってる」
「それじゃあこれからその商店に行くの?」
「そうなるな。おっし、到着だ。人を乗せるように作ってないから気を付けて降りろよ」
クリントさんの言葉に頷いて、少し高さのある荷台から飛んで降りる。
これは気を付けて降りたことになるのだろうか。まぁ、危なげなく降りれたことは確かだし大丈夫だろう。
「送ってくれてありがとう。それに泊めてくれて助かったよ」
「世話になったのはこっちだよ。牧場の危機も柵がいくつか壊れただけで回避できた。
それに、あんなに美味い飯そうそう食えるもんじゃないからな!」
「お役に立てたならなによりだよ」
「また牧場に行ってもいいか?」
「おう! いつでも遊びに来い! 俺がいなくても父ちゃんはいるからよ。
まぁ食べ物の催促はされるかもしれんが……」
クリントさんのお父さんが凄く嬉しそうにカヴォロの料理を食べていたことを思い出す。
「料理は好きだからいくらでも作るが、酔っ払って絡むのは勘弁してほしい」
「ははは! 言っておくよ! じゃあ、またな!」
荷台をごろごろと押して運ぶクリントさんの背中を見送り、時間を確認する。
現在の時刻は『CoUTime/day22/9:18』。朝早くに出発したから、1日はまだ始まったばかりだ。
「カヴォロはこれからどうする?」
「まずは市場だな。食材を見たい。それからギルドで手伝いの依頼を受けてみようと思う。
そのついでに、強化効果の料理の事も聞けたらいいんだが」
「あ、そうだね。品評会に間に合うかな?」
「どうだろうな……」
「まぁ、カヴォロなら優勝するって俺信じてるよ! 凄く美味しいからね!」
そう言ってから、これまでにプレイヤー産の料理はカヴォロの料理しか食べたことがないことに思い至る。
他のプレイヤーの料理はどんな味なのだろうか。
はじまりの街の露店広場は生産しやすいからなのか料理の露店が一番多かった覚えがある。
「そうか、ありがとう。
あぁ、そうだ。品評会までに頼みたいことがあるんだが……いいか?」
「もちろん! 何か必要な材料がある?」
「いや、冷気包丁を作って欲しいんだ」
「なるほど」
ジオンに視線を向ける。
「えぇ、もちろん。今の料理スキルのレベルをお聞きしても?」
「あぁ……12だ」
「12!? そんなに高いの!?」
「料理ばかりしているからな。その分、魔法攻撃スキルのレベルは低い。
それに、ライが持って来てくれた材料のお陰でもある。
適正レベルが高いところで取れる材料のほうが経験値が高いらしい」
確かにレベル上げも強い魔物と戦ったほうが効率は良いし、他のスキルもそうなのかもしれない。
「でしたら……料理レベル10のものを作りますか? それとも15?」
「15で頼む。受け取るまでには上げておく」
「わかりました。三徳包丁で良いですか?」
「そうだな。いつかは食材によって使い分けたいが……もっとレベルが上がってからだな」
包丁の種類か。よくわからないけれど、使い分けたほうが良いんだろう。多分。
「料金は……出来上がったものをレンに見て貰って決めてもらうってことで良いか?」
「うん、いいよ。あ、お得意様割引するからね」
「お得意様……頼んだのは初めてだが」
「これからも頼んでくれるんでしょう? えーと、ほら、細いやつとか、大きいやつとか」
「ふ……そうだな。それじゃあ甘えさせてもらう」
前回は冷気の氷晶鉄を2つと普通の鉄を使って作ったものだったから、今回は氷晶鉄の量を増やしてもらおう。
全部氷晶鉄でも良いかもしれない。カヴォロはそれを誰かに言って回ったりしないだろうし。
「さて、そうと決まれば、鉱山に行かなくちゃ」
「他にすることがあるなら、後からでも大丈夫だぞ」
「ううん。元々行く予定だったんだよ。稼ぎ時だからね」
「聞いていいのかわからないが……レン達の露店に出てる付与武器はライか?」
「あ、そうだよ。俺……というか、ジオンが作った武器だよ」
作り方は内緒だって言われたけど、渡していることは言ってもよかったのだろうか。
まぁ、いっか。既に冷気が付与された包丁を渡した後だし、カヴォロなら話しても大丈夫だ。
「そうか。品評会には出るのか?」
「ううん、出ないよ。あ、でもリーノは考え中だって」
「リーノも鍛冶ができるのか?」
「俺が持ってんのは細工スキルだから、参加するならアクセサリー部門だぜ」
「そうそう、今付けてるピアスはリーノが作ったんだよ」
耳に付いた赤色の宝石のピアスを見せる。
「包丁にも細工してもらうから楽しみにしててね」
「おう! 任せてくれよな!」
「細工すると数値が上がるんだったか?」
「うん、そうみたいだよ。包丁だとどうなるんだろ? 単純に調理があがるのかな」
「……性能が良すぎると金が払えなくなるんだが」
あれだけ人気なお店なんだからカヴォロも結構稼いでると思うんだけど、どうなのかな。
材料は買い取ることが多いみたいだし、利益は大きくないのだろうか。
いやいや、人の懐事情なんて考えるべきではないな。
「任せろ! 最高の出来にしてやるからな!」
「……お手柔らかに頼む……。
さて、そろそろ行くとするか」
「そうだね。色々ありがとう。楽しかったよ」
「こちらこそありがとう。助かった。またな」
「うん、またね!」
カヴォロと別れて、俺達は今回の旅で手に入れた素材の売却と転移陣を利用するためにギルドへと向かう。
《キラービーの蜂蜜》と《キラービーのローヤルゼリー》、それから《グラトランスの肉》と《ホワイトウルフの肉》は昨日カヴォロに渡したが、それ以外の素材の納品依頼はあるだろうか。
恐らく街から一定距離に出現する魔物のみが管轄のようだから、キラービーはアリーズ街の管轄だと思われる。ホワイトウルフはどうだろう。微妙なところだ。
ギルドの扉を潜り、早速受付の女性に話しかける。
「すみません、素材の売却をしたいんですが、納品依頼があるかどうか確認してもらえますか?」
「大丈夫ですよ~。見せてください」
一応、キラービーとホワイトウルフの素材も一緒にウィンドウに並べておく。
それから、納品依頼に届かないヴァイオレントラビットの素材も。
「えぇと、グラトランスとホワイトウルフの毛皮と牙は納品依頼がありますよ~。
他の素材と余りはどうしますか?」
「うーん……グラトランスとホワイトウルフの素材の余りと、ヴァイオレントラビットの素材は売却で」
「それじゃあ、それ以外の素材と納品分の素材はお返ししますね~売却の合計は5,499CZです!」
この後アリーズ街から鉱山に行くから、カプリコーン街に納品依頼がない素材はアリーズ街で依頼を受けよう。
鉱山に行く予定がなかったら、多分、面倒だからとここで売ってしまっただろうけれど。
「依頼を受領しますか?」
「お願いします」
「えー……『ホワイトウルフの毛皮10個の納品』、『ホワイトウルフの牙5個の納品』、『グラトランスの毛皮10個の納品』、『グラトランスの牙5個の納品』の依頼を受領を確認しました~。
達成報酬は……25,120CZです! ご確認くださいね!」
売却と達成報酬で所持金は33,803CZとなり、銀行にも約30万CZ預けてあるし、これだけあれば衝動買いしても大丈夫だ。
いや、一戸建てのために貯めるつもりではあるけれど。
行き当たりばったりで行動している自覚があるので、正直、衝動買いしてしまうだろうと思う。
受付から離れて、今度は転移陣の受付へと向かう。
転移陣代3人分3,000CZを支払ってから扉の中へ進み、転移陣の上に立つ。
行先を指定すれば、辺りが光に包まれる。
目を閉じて開けば、そこはもうアリーズ街のギルドだ。
「まずは、キラービーの素材の依頼を達成して……それから鉱山の村に行って……」
「鉱山の村に着くのは……大体12:00頃でしょうか」
「それじゃあ、お昼ご飯は鉱山の村で食べよう」
「おう! んで、その後は採掘だな!」