day17 堕ちた元亜人
「あれが……堕ちた元亜人……」
泉に囲まれた大きな岩で蠢く真っ黒な塊を見て、元は人の形をしていたと言われても信じることはできない。
ヘドロのような、闇のような、全身から噴き出ているのは瘴気というものだろうか。
泉の淵から大きな岩までは10メートル程の距離があるが、それでも、淵まで行ってあれの近くに行きたいとは思えない。
テイム……できるのだろうか。人型だなんて冗談でも言えない。
ごくりと生唾を飲む。
「……【テイム・百鬼夜行】」
変化は、ない。
ステータスを確認してみるとMPが消費されていないことがわかる。
つまり、使用できていないということだ。
距離のせいなのか、それとも、百鬼夜行の条件を満たしていないのか。
条件といっても、ランクが足りないだけなのか、ユニークじゃないのか、それとも、元亜人ではだめなのか、どれなのかわからない。
「……泉の淵まで、行ってみよう」
相手から目を離さず、動向を確認しながら泉の淵まで歩く。
堕ちた元亜人との距離は10メートル。現状、岩の上で蠢いているだけで、こちらに向かってくるような気配はない。
「【テイム・百鬼夜行】」
MPは消費されない。距離か、条件か。結局わからない。
10メートルという距離はすぐそこなようで、案外遠いものだ。
こんな状況でなければ意外と遠いと思っただろうけれど、今はすぐ近くに感じる。
泉を見てみれば、堕ちた元亜人からぼとりぼとりと落ちるヘドロのような黒い物体と噴き出す瘴気で濁っていた。
これ以上近付くには、泉の中に入らなければならないけれど、出来れば遠慮したい。
だが、このまま睨み合っていても時間が過ぎていくだけだ。
「ライさん!!!」
恐る恐る、右足を前へ動かそうとしたその時、これまで動かなかった堕ちた元亜人が動いた。
岩の上から飛び上がり、俺目掛けて飛んできている堕ちた元亜人から慌てて距離を取ろうと図るも、その凄まじい速度から逃れることはできず、目の前が真っ黒に染まると同時に俺の体は地面へと叩き付けられていた。
「っ……ぐ……ぁ」
全身を抑え込んできている堕ちた元亜人から逃れる為体を動かそうとするが、力が入らず指の一本も動かすことができない。
酷い臭いだ。それに、目が霞んできた。
HPバーが表示されている場所に状態異常を知らせるアイコンがいくつも並んでいる。
そのアイコンがそれぞれ何の状態異常を示しているのかはわからないけど、麻痺、毒には確実になっている。
目の霞みはどんどん酷くなり、やがて辺りは暗闇に包まれた。
暗闇、だろうか。目が見えなくなる状態異常にもなっているのだろう。
「ライさん! 今、助けます!!!」
ジオンの声と斬撃音がうっすらと聞こえる。
それでも、俺を抑えつける堕ちた元亜人が動く気配はない。
あぁ、これは死んだな。
今回はいつもより少し多めに所持金を持っておいたというのに、死ぬなんてついてない。
徐々に薄れていく意識の中、そんなことを考える。
「……【テイム・百鬼夜行】」
なんとか絞り出したこの言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。
目を開けて、一瞬太陽の光に目を細める。
どうやらここは、鉱山の村にある小さな公園のようだ。
久しぶりのリスポーンに大きく溜息を吐く。
「ごめん、ジオン」
「いえ……私も、助けられず申し訳ありません」
「いいよ。仮に助けて貰えてても、これでもかってくらい状態異常になってたから無理だったよ」
抑え込まれていただけで攻撃をされていたわけではないのに、さくっとすぐに死んでしまったのは恐らく、毒だけではない。
髑髏のアイコンもあったから、恐らくそれだ。多分、呪いとかそういうの。
もう一度大きく溜息を吐いて、アイテムボックスを確認する。
氷晶鉱石はなくなっていないけれど、いくつかの鉱石と宝石、それから奥へ進んで行く間に狩った吸血蝙蝠の戦利品がいくつかなくなっていた。
お金は半分の5,000CZだ。
なくなった鉱石を取り戻すためにも再度鉱山に行きたいところだけれど、謎の声が聞こえなくなった今、効率は悪い。
安全地帯だけではあまり集まらないし、ステータスが半減している間は吸血蝙蝠を倒しながらということも難しいだろう。
現在の時刻は『CoUTime/day17/14:18』。1時間以上奥へ続く道を走り続けていたようだ。
思ってた以上に時間が経っている。まずは、お昼ご飯かな。
「ライさん」
「あ、うん。お腹空いたよね。お昼ご飯にしようか」
「いえ、あ、はい。お腹は空いているんですが……」
顔に困惑を滲ませたジオンが俺の後方へと視線を向ける。
不思議に思いながら振り返ると、そこには、俺より少し身長が高い男性が、申し訳なさそうな顔で立っていた。
「? えーと……君は?」
頭上のマーカーが黄色なのでプレイヤーではないことがわかる。
ちなみに、プレイヤーは青色でNPCは緑色、モンスターは赤色だ。
では、黄色はと言うと、ジオンと同じ色……つまり、テイムモンスターである。
テイマーとはぐれてしまった迷子だろうか。
「……飛び掛かって、悪かった」
「え……もしかして、さっきの」
こくりと頷いて、項垂れる。
その姿を見て、先程閉じたステータス画面を慌てて開けば、テイムモンスターの一覧にジオンの名前だけではなく、新しい名前が増えていることに気付いた。
「……リーノ?」
「……おう」
その返事に目を見開いて、ジオンを見る。
ジオンはほっとした表情をしていて、先程の困惑した表情は俺がリーノに気づいていなかったからだとわかる。
「ジオン! やったよ! テイム、成功してた!」
「はい! おめでとうございます! やりましたね!」
俺達はハイタッチをして、新しい仲間が増えたことを喜ぶ。
堕ちた元亜人がテイム可能だと分かって安心した。
亜人が堕ちることはほとんどないとジオンが言っていたから、この先もなかなか仲間はできないだろうけれど、それでも、可能性があることがわかっただけでも全然違う。
「俺はライだよ。仲間になってくれて、ありがとう」
しょんぼりと項垂れていたリーノは俺から差し出された手を見てぱちりと瞬きをする。
「俺……仲間になってって言われて……嬉しくて……だから」
あの時の俺の声は届いていたようだ。
ふと、百鬼夜行の詳細に『テイム可能なモンスターが契約を了承している場合、必ず【テイム・百鬼夜行】が成功する』と書かれていたことを思い出し、道理で一回のテイムで成功したわけだと納得する。
「だから、俺、待ってたんだ。
でも……泉に入ろうとしてっから、止めようと思って、それで……」
「……あぁ」
何をしょんぼりしているのかと思っていたけれど、そういうことか。
「止めてくれて、ありがとう。俺は大丈夫だよ」
まぁ、死んだんだけど。
異世界の旅人は瀕死になると最後にいた街や村に強制転移するという設定らしいから、正確には瀕死だ。
死んだら終わりというシステムではないから、デスペナルティはあるけれど何の問題もない。
「これからよろしくね、リーノ」
再度差し出された手を見て、リーノは申し訳なさそうな顔をして、でも、にかりと笑ってその手を取った。
オレンジがかった金色の髪は活発な顔で笑うリーノに良く似合う。
「よろしくな! ライ! それから……」
「私はジオンです。よろしくお願いしますね」
「おう! よろしくな、ジオン!
俺は、ノッカーのリーノ。宝石を見つけるのが得意だぜ!」
「ノッカー? でも、そっか、だからいつも教えてくれてたんだね。すごく助かったよ」
早速リーノのステータスを開いて確認する。
デスペナルティで半減したステータスを元のステータス表示に切り替える。
リーノLv1 ☆4ユニーク
種族:妖精族 (ノッカー)
HP:230 MP:190
STR:19 INT:18
DEF:25 MND:23
DEX:20 AGI:12
『種族特性』
・宝眼
『種族スキル』
【採掘】Lv☆
『戦闘スキル』
『魔法スキル』
【雷属性】
【雷弾】Lv1
『スキル』
【細工】Lv☆
さすがは☆4ユニークだ。レベル1でもステータスが高い。
今の俺なら負けていないけれど、テイムモンスターはレベルが上がりにくいとは言え、レベル23の俺とレベル1のリーノではレベルの上がりやすさが違うしすぐに抜かれそうだ。
とは言え、ステータスを見る限り、戦闘向けというよりは生産向けなのではないかと予想できる。
ノッカーというのは妖精族の種類……なのだろうか。
妖精族と言えばβの頃に兄ちゃんが選んでいた種族だけれど、妖精の種類があったとは言っていなかった。
それに、小学生くらいの身長になっていたとも言っていたが、リーノは俺よりも少し身長が高い。
この辺りがユニークたる所以だろう。
「お昼ご飯を食べたら、皆で鉱石を取りに行こうか。
リーノのつるはしも必要になるね」
「つるはしは持ってるから大丈夫だぜ!」
その言葉にリーノの姿を眺めるがつるはしを持っているようには見えない。
俺の視線に気づいたリーノは腰に提げた掌サイズか少し大きいくらいのポーチから、いくつかの部品を取り出し、それを組み立てて見せてくれる。
「ほら、つるはしになったろ?」
「わー本当だ!」
「組み立て式のつるはしだ。ちょっとばかし小さいが、性能は良い」
恐らく種族特性の【宝眼】というのが、鉱石や宝石を見つけるものなのだろう。
それに、【採掘】がスキル欄ではなく種族スキル欄にあることからも、採掘に特化している種族だということがわかる。
これはたくさん鉱石を集めることができそうだと頷く。
「それじゃ、お昼ご飯を食べに行こう」
「おう! ずっと洞窟にいたし、久しぶりの食事だぜ」
楽しそうにしているリーノに笑顔で応えてレストランへと向かう。
今日からは3人分のお金が必要だ。なるほど。テイマーはお金がかかる。
まぁ、5,000CZあれば足りるだろう。
デスペナルティの回復まで時間もあるしと、俺達はご飯だけでなくデザートも注文することにした。
合計金額は4,800CZ。鉱山の村には銀行があるから最悪お金を出金しに行けばいいが、足りて良かったと胸を撫で下ろす。
食事を楽しみながら、これまでのことや、これからの目標を話しているとあっという間にデザートを食べ終わっていた。
楽しい時間程、あっという間に過ぎるものだ。
レストランを出た後は、銀行へ行きお金を降ろしておく。
どれくらい鉱山に籠るかはわからないけれど、出てきた時に閉まっていては困るからだ。
デスペナルティが回復するまであと30分程あるが、ステータスが半減しているだけでスキルのレベルは変わらないし、回復するまでは安全地帯で採掘をしようと鉱山へと向かう。
ステータス半減のせいで刀は装備できない。一応腰に差してはあるが装備欄からは外れている。
安全地帯までの吸血蝙蝠は……まぁ、無理矢理走り抜けるしかない。危ない時はジオンとリーノの魔法でなんとかしてもらおう。
3人で吸血蝙蝠地帯を走り抜け、安全地帯へ辿り着く。
アイテムボックスからつるはしを2本取り出し、1本をジオンに渡してリーノの顔を見る。
「んー宝石はいらねぇの?」
「今のところ、使い道がないから……あ、リーノの【細工】って」
「おう! アクセサリーと装飾の制作だな!」
「それじゃあ、宝石も鉱石も、全部!」
「おう、任せてくれ! まずは、あっちとあっち……それからあっちだな!」
リーノが指差す場所へ分かれて向かい、採掘を始める。
ちらりとリーノの姿に目を向ければ、採掘Lv☆だからなのか俺やジオンと違い一切の岩や石を掘り出していないようだ。
迷いなく掘り進めては違う箇所へと移動してどんどん鉱石と宝石だけを掘り出している。
「ジオン、お前下手くそだな!」
「上手くなったと褒めてくださっていたのではなかったんですか!?」
「最初に比べりゃ上手くなったけど下手なのは変わらねぇよ。もっと、こうだって」
仲良くできているようで良かった。
しかし、ジオンと俺の採掘のスキルレベルは大差ないから、俺も下手くそだということだ。精進せねば。
採掘箇所を教えて貰いながら安全地帯の中をある程度掘り尽くした頃、デスペナルティが回復していることに気付いてリーノに声を掛ける。
「それでは、魔物の処理は私にお任せください」
「んーわかった。任せたよ、ジオン。俺とリーノは採掘ね」
「おう、任せとけ」
時間を確認してみれば『CoUTime/day17/16:32』だ。
この時間から鍛冶場に行ってもすぐに閉店時間になってしまう。
どの道、デスペナルティで打てても2、3本だろう数まで鉱石が減ってしまったから、鍛冶は明日かな。
今日はずっと採掘をしよう。
採掘スペシャリストのリーノもいることだし、大量に鉱石を集めることができそうだ。