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day17 鉱山へ

起きてからカヴォロに貰ったバナナジュースを飲む。

バナナ特有の渋い苦みもなく、ほんのりと甘味があって飲みやすい。

何より、牛乳が美味しい。牧場に行った時は再度俺用の牛乳を買おう。グラスも忘れないようにしないと。


『TO:カヴォロ FROM:ライ

 バナナジュース、美味しかったよ。今度買いに行くね』


カヴォロに感想を送った後は宿を出て銀行へ向かう。

その道中、カヴォロから返事がきた。


『TO:ライ FROM:カヴォロ

 レンの笑顔が怖い』


カヴォロのメッセージを見て頭を傾ける。


バナナジュースの感想に対する返事ではなさそうだけれど、一体何の話だろうか。

兄ちゃんは大体笑顔だと思うが、そう言えば、兄ちゃんの友達が笑顔で無言の圧力をかけてくる時が怖いと言っていた覚えがある。

カヴォロが圧力を掛けられるようなことになるとは思えないのだけど。


俺達が露店広場から離れた後に何かあったのだろうか。

銀行への道を歩きながら、考える。


カヴォロへの返事はどうしようか。露店……は、暫く開かず狩りをするって言ってたから狩りの最中かな。


「あ、結局何の武器がいいか聞くの忘れちゃってた」

「あぁ、そうですね。私も忘れてました」


銀行の扉を潜り抜け、カウンターへ続く列に並ぶ。朝一ということもあってプレイヤーが多い。

並んでいる間に武器のことと、カヴォロのことについて兄ちゃんにメッセージを送っておこう。


『TO:レン FROM:ライ

 武器を作るなら何の武器がいいかな?

 それと、カヴォロに何かした?』


送信して数分で兄ちゃんから返事がくる。


『TO:ライ FROM:レン

 前と同じで大丈夫だよ。

 でも、ロングソードとショートソードを使ってる人が多いかな。

 カヴォロに何かした覚えはないよ。

 あの後から一緒にレベル上げしてる』


ずるいと呟いて大きく溜息を吐く。

一緒に狩りに行ってレベル上げをするというのがすっかり頭から抜け落ちていたことが悔やまれる。

兄ちゃんに一緒に狩りに行こうと誘うことはできるのに、友達となると抜け落ちるのはどうしてだろう。


思考が暗くなる前に、次は誘えばいいと気持ちを切り替える。


それにしても、一緒にレベル上げをしている中で笑顔が怖いことなんてあるだろうか。

笑顔でばっさばっさとモンスターをせん滅しているところが怖いとか、そういうことかな。


兄ちゃんとあの後からレベル上げしているのなら、すぐに15になるだろう。

ヌシを倒しに行く日は近そうだ。


順番が回ってきたので、10,000CZを残してお金を預ける。

預金残高は378,766 CZとなった。


銀行を出て、ジオンに話しかける。


「何が良いかは兄ちゃんから教えてもらったし、鍛冶する?」

「ライさんは今日は何時までこちらにいらっしゃいますか?」

「んー……夜まではいるよ」


現実時間の夕方過ぎにはログアウトして、筋トレ、お風呂、夜ご飯を済ませなければならない。


「でしたら、まだ時間はたくさんありますし、先に鉱山で鉱石を集めませんか?

 鍛冶だけなら、ライさんがいない間でもできますし」


テイマーがいない間のテイムモンスターは、戦闘はできないが生産スキルは使用できるとヘルプに書いてあったことを思い出す。


テイマーはテイムモンスターの防具、武器、それから消費アイテムも必要な上、宿泊代、食費、それから転移陣の代金も必要になるため、他の職業と比べてお金がかかるからあまり人気がないとは兄ちゃんが言っていた。

ログアウト中にテイムモンスターが生産可能なのは少しでもお金を稼ぐためではないか、とも。


そもそも、テイムモンスターが生産スキルを持っているかは運だ。

その後、努力次第で取得できるとは言え、採取や採掘と違い、スキルを取得するまでに時間がかかるだろう。

それに、生産をするにしても素材は必要だし、集めるにはほとんどの場合が戦闘を伴うので、テイマーがログインしている間しか集めることができない。


俺の場合、ジオンは鍛冶スキルを持っていたし、なおかつLv☆だ。

そのお陰で大量生産せずとも、序盤に大金を稼ぐことができている。


人型かつ☆4以上であるジオンが《はじめてのモンスター石》で召喚できる確率はほぼ0だろうと兄ちゃんも言っていたし、なおかつ生産スキルを持っていたのは本当に運が良かったなとしみじみ思う。


「それじゃあ、鉱山の村に行こうか」

「はい。そうしましょう」


鉱山の村にも転移陣があれば楽だったのだけれど。

まぁ、道中のモンスターを倒す必要もないし、走れば1時間程度で着くから良い運動ということにしておこう。

ゲーム内でどれだけ運動しても現実にはまったく反映されないが。




鉱山の村から鉱山へ続く道を進み、鉱山内の安全地帯へ向かう。

採掘している内に安全地帯の外へ行くことになるだろうが、最初は安全地帯で様子見だ。

主に、あの謎の声の様子を。


前回来た時に採掘スキルのナビゲートではないことがわかったので、常に聞こえてくるかはわからない。

聞こえないなら聞こえないで手当たり次第掘ってしまえばいいだけだが、聞こえたほうが効率が良い。


安全地帯に到着してから、つるはしを取り出す。

さて、今日も聞こえてくるだろうか。

聞こえてくるのなら、少し話してみたいのだけれど。


辺りの岩につるはしを突き立てるところりと石が落ちてくる。

声は聞こえてこない。いないのだろうか。

もう一度、つるはしを振るう。


「……うーん」


いつもの声が聞こえない。今日はいないのだろうか。


そもそも、どうして俺だけに聞こえていたのか。

俺だけが持っているもの……種族スキルではないだろう。当然黒炎属性も関係ないはずだ。

あるとしたら、百鬼夜行……いや、【魔力感知・百鬼夜行】だろう。


なんの効果も感じられていなかったのに、何故だかスキルレベルが上がっていた。

現在のスキルレベルは3。上がっていることに気付いたのはどちらも鉱山に来た後のことだった。

それは、つまり。あの謎の声の相手はテイム可能なモンスターなのではないだろうか。


とは言え、それが分かったとしても、声が聞こえないのであればどうしようもない。


「ジオン、今日はいないみたい」

「いえ、いますよ。ですが、前回に来た時より……嫌な気配がします」


その答えにジオンに視線を向けると、前に何かがいると言っていた岩……正しくは、岩の奥か。

岩の奥を警戒するように見ていた。俺もジオンの視線の先を目を凝らして見てみる。


全神経を集中して見つめ続けていると、うっすらともやのようなものが見えた。

なるほど、これが魔力感知か。これだけ集中しないと見えないとはわかりにくい。

それに関しては、スキルレベルが上がれば見えやすくなるとは思うけれど。


周囲を確認する。岩の向こうに続く道はあるだろうか。

もやの大きさからして、つるはしで掘り進めて簡単に辿り着く距離ではなさそうだ。

つるはしで掘るにしてももっと奥に行ってからのほうが良いだろう。


「ジオン、奥に行ってみよう」

「奥……ですか?」

「うん。俺だけに声が聞こえていたのは魔力感知・百鬼夜行を取得したからだと思うんだ」

「……つまり、テイムが可能、と?」

「わからない、けど。可能性はあると思う」


ジオンは目を閉じて、少しだけ思考を巡らせた後、口を開いた。


「そうですね。あの気配、昔感じたことのある気配とよく似ています。

 ……堕ちた元魔獣の気配と」

「ってことは、堕ちた元亜人?」

「ライさんに話しかけてきていたようですし、恐らく亜人でしょうね。

 魔物はよほど高位のものでなければ人の言葉を話すことはできませんし、それほどに高位なものが堕ちることはほぼありません。

 何れにせよ、堕ちた魔物だとしたら、強敵ですよ」


前回に来た時は堕ちていなかったのだろうか。

それとも、既に堕ちていたのか。

俺の声は聞こえていたはずだ。今はもう、聞こえていないのかな。


「今の俺達じゃ戦うのは厳しい?」

「……そうですね。現状では避けたい相手です」

「それなら、テイム・百鬼夜行が使えるかだけ試したいな。

 テイム可能な相手じゃないとそもそもスキルが使えないみたいだから」

「ふむ……それでしたら距離を取って行えるでしょうし、安心ですね」

「うん。ちらっと見てスキル使って、使えるのがわかれば、遠くからテイムし続けてみる。

 仲間にできるかどうかは……運次第だね」


スキルレベル1のテイム・百鬼夜行で☆4以上のユニークモンスターをテイムできる確率は……まぁ、よほど運が良くなければ無理だろう。 

一応、相手の体力が低いほうがテイムの成功率は上がるみたいだけれど、体力を削るのは厳しそうだ。


「ねぇ、いつも鉱石の場所を教えてくれてありがとう。

 今から行くからさ、良かったら俺の仲間になってよ」


岩の向こうに声を掛けてみるが、返事はない。


ジオンと顔を見合わせて頷き合い、つるはしをアイテムボックスに入れて、安全地帯から出る。

この辺りは吸血蝙蝠が出現しているが、このまま奥に進めば吸血蝙蝠より強いモンスターが出てくるだろう。

いつでも応戦できるように刀を抜いて、奥への道を進んで行く。


集中していればうっすらとではあるが、近くにいるモンスターの魔力を感じることができる。

さっき目を凝らして見たお陰かコツが掴めたようだ。

そもそもジオンがいるとすぐにモンスターの気配を感じ取ってくれるので、これまでに周囲の気配をほとんど気にしていなかったことも、魔力感知の効果がわからなかった原因だろう。

今は、まぁ、集中し続けるのも疲れるし、奥へ進むことが最優先事項なので、ジオンの勘に任せて進むことにしよう。


吸血蝙蝠を倒しつつ奥に進み、吸血蝙蝠の出現数が減ってきた頃、辺りからゴトゴトと何か重い物が岩にぶつかる音が聞こえ始める。

その音が聞こえる方向へ目を向ければ俺の頭程の岩が跳ねていた。

間違いなくモンスターだろうと鑑定をしてみると、その岩は『ストーンスライム』だということがわかる。

スライム要素は形くらいのものだが、果たしてあれはスライムと呼んでいいのだろうか。


「恐らく、物理攻撃はほぼ効かないかと思います」

「なるほど! 俺は何もできないってことだね!」


ジオンの放った氷晶弾が命中したストーンスライムは、キラキラとエフェクトと共に消えて行く。


「わ、ジオン強い」

「いえ、恐らく物理防御が高い代わりに魔法防御が著しく低いのかと」

「魔法使い向けってこと?」

「クールタイムがあるので、そう簡単な話でもなさそうです。

 お兄さんなら楽に倒せるのでしょうが」


魔力銃は魔法攻撃だ。

通常の魔法スキルと比べて属性弾もクールタイムが短いそうだし、無属性ならクールタイムがないとも言っていたから、MPがある限り倒し続けられるだろう。

夜ご飯の時にでもストーンスライムのことを教えてあげよう。


「さて……クールタイムが回復するのを待っていたら先に進めませんし……」

「うん。全力疾走でストーンスライム地帯を抜けようか」

「えぇ、そうしましょう」


跳ねて体当たりをしてくるストーンスライムの攻撃を避けながら、整備されていないでこぼことした岩の上を走る。

突然坂道になったり、かと思えば飛び降りなきゃ進めなかったりで、まるでアスレチックのような道だ。

アスレチックを走り抜けることなんてこれまでもこれからもないだろうが。


ストーンスライムの繰り出す体当たりを避けきれずに当たりそうになると、ジオンが【氷晶弾】で倒してくれるので、攻撃に当たらずに済んでいる。

攻撃に当たった瞬間にバランスを崩してごろんごろんと転がる自信がある。

うっすらと魔力が感知できるようになったとは言え避けられないなら意味がないなとつくづく思う。


そうして登ったり飛び降りたりして走り続け、奥へ奥へと道なき道を進んで行けば広い空間へと出た。

鉱山の中だからこれまでも薄暗かったがここは更に暗い。

所々に飛ぶ蛍のような光と夜目が効く種族だからなんとか見えているが、そうでなければ何も見えなかったかもしれない。


「……ん!? あ、まって、水! 水が!」


前方に泉が広がっているのに気づいて慌てて足を止めるが、急に足を止めたせいで派手に転んでしまう。

ジオンは転んでいないのに。


「いててて……」

「大丈夫ですか?」


差し出してくれたジオンの手を借りながら起き上がり、周囲を見渡してみる。

安全地帯というわけでもないのに一切敵がいない。


「……泉の中心の、小さな島……いえ、大きな岩……でしょうか。見えますか?」

「岩……」


ジオンの指差す方向へと視線を向ければ、暗闇の中でゆらゆらと何かが揺らめいているように見えた。

目を凝らしてそこを見れば、揺らめいているなんて表現は間違いだったと気づく。


闇だ。……いや、違う。闇じゃなくて、液体。いいや、それも、違う。

ぼとりぼとりと何かを地面へと落としながら、真っ黒な何かが、蠢いている。


その姿を捉えた俺は、『およそ人とは思えない姿をしている』というジオンの言葉を思い出した。

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