day17 露店広場にて
夜はいつもログアウトしているか狩りをしていたから知らなかったけれど、露店広場は深夜だというのにプレイヤーで賑わっている。
露店を開いていると教えてもらった場所はその中でもプレイヤーが多かった。
兄ちゃん達は有名プレイヤーのようだし、言い方は悪いけれど野次馬が集まっているのかもしれない。
これから兄ちゃん達を探す時はプレイヤーが集まっているところに行こう。
プレイヤーの対応をしているロゼさんの傍で朝陽さんと話している兄ちゃんに近付いて声を掛ける。
「兄ちゃん」
「ライ、さっきぶり」
「お、ライじゃねぇか。兄弟揃ったな!」
朝陽さんが俺と兄ちゃんを見比べた後、俺の髪をくしゃりと撫でてにかりと笑った。
「朝陽さんこんばんは」
ロゼさんにも挨拶をと思い視線を向けてみると、対応しながらちらりと俺を見たロゼさんが笑って手を振ってくれる。
俺もそれに手を振って返すと、ロゼさんは頷いて対応しているプレイヤーへと視線を戻した。忙しそうだ。
「代金は俺が預かってるよ」
兄ちゃんから取引の申請が来たので承認をして、取引ウィンドウに入力されていく数字を眺める。
いちじゅう、ひゃく……270,000CZ!?
「えっ!? 多くない!?」
「んー? はは」
兄ちゃんは小さく笑うと、内緒話をするように俺の耳に手を翳して顔を近づけた。
「俺も見せてもらったけど、凄い武器だったからね。
朝陽に売った値段より高い値段でも売れると踏んで並べたらしいよ。
あ、朝陽からも追加でお金貰う?」
悪戯を思いついたようににやりと笑う兄ちゃんに首を横に振って応えてから、兄ちゃんの耳に顔を寄せる。
「そんなに凄い武器なの? 俺、武器のステータスを見て回ったことないから、基準がわからないのだけれど」
「付与のついた武器はβでもあったけど、あまり見かけなかったね。
それに、付与1とか2のものばかりだったよ。5以上のやつなんてほとんど見かけなかったし、驚く程高かったな」
「そうなの?」
「付与はギャンブルみたいなものだからね。
モンスターの素材から付与する時はほとんどが失敗だって話だし、付与できても数値はランダム。
まぁ、素材1つにつき、大体1か2かな?」
「付与スキルだと? あ、確かある程度は決められるけど何が付くかわからないんだっけ?」
「うん。そうだね。
付与スキルだと素材から付与するよりは成功率が高いらしいけど、どの付与が付くかは運。
それに、数値はランダムで1度しかできない」
俺の融合で出来る付与もランダムではあるけれど、失敗はない。
何が出るかは魔法によって変わるけど大体は属性付与だ。ジオンが驚いていたのも頷ける。
「作り方あとで教えてくれる?」
「うん。兄ちゃんには話すつもりだったから。夜ご飯の時に話すね」
俺の言葉を聞いて頭を離した兄ちゃんは、笑って頷く。
「ありがとう、兄ちゃん」
「売ったのは俺じゃなくて、ロゼと朝陽だよ。な、朝陽」
「あ、そうだよね。ありがとう、朝陽さん」
「おう! っと……」
朝陽さんが先程の兄ちゃんと同じように俺の耳元へ顔を寄せる。
「他にも欲しいって言ってるやついるから、また持ってきてくれっか?」
「それはいいけど……」
「ん? ああ、気にしなくていいぜ。あいつのポーション売るついでだしな」
「それなら……お願いします」
申し訳ない気持ちはあるが、相場もわからないし、必要としている知り合いがいるわけでもないから、朝陽さん達にお願いしよう。
何かお礼ができたらいいのだけれど、兄ちゃんのパーティーの人達だ。
俺より強いだろうし、色んな事を知っているだろうし、それに、何よりβの頃からいるのだから知り合いも多いだろう。
俺が朝陽さん達にしてあげられることなんてあるのだろうか。
「ねぇ、兄ちゃん。ロゼさんの戦い方って?」
「ロゼは双剣だよ。カトラスみたいに曲がったやつじゃなくて真っ直ぐな剣を2本使ってるね。
ロングソードだと長すぎるからってショートソードが良いみたいだよ」
兄ちゃんの言葉にちらりとジオンを見れば頷いてくれる。
今度はショートソードも一緒に持ってこよう。ロゼさんが気に入ってくれたらいいのだけれど。
そんなことを考えていると、メッセージを知らせる通知音が鳴った。
カヴォロからのメッセージだ。
『TO:ライ FROM:カヴォロ
着いたぞ。どこにいる?』
『TO:カヴォロ FROM:ライ
兄ちゃん達の露店にいるよ。カヴォロは?』
メッセージを読んですぐに返事をすれば、やや時間が空いた後にカヴォロから返事がきた。
『TO:ライ FROM:カヴォロ
俺は露店広場の入口だ。どこにあるか恐らくわかるから、そっちに行く』
ロゼさん達はいつも大体同じところで露店を開いているようだし、カヴォロもそれを知っているのかもしれない。
もしくは、人が多いところに行けばいるとカヴォロも知っているか。
ウィンドウを閉じて辺りを見渡す。先程より人が多い気がする。
「兄ちゃんの周りは人が多いねぇ」
「んー……まぁ、ロゼと朝陽もいるしね」
「俺達じゃなっあだっ」
「兄ちゃん!?」
話している途中の朝陽さんに突如デコピンを繰り出した兄ちゃんに驚いて、目を見開く。
プロテクトがあるからダメージはないようだが、何事だろうか。
「そう言えば、さっきメッセージ送ってたみたいだけど、カヴォロかな?」
「あ、うん。そうだよ。カヴォロがこれからここにくるんだ」
「そうなんだ?」
「卵と牛乳が欲しいらしくて、牧場の話をしようと思って」
「へぇ、牧場か。あ、噂をすれば」
兄ちゃんの視線の先を辿れば、カヴォロが疲れた顔で人混みの間を縫ってこちらに向かっている姿が見えた。
俺がカヴォロの元へ行ったほうが良かったのではないだろうか。
「待たせたな。悪い」
「ううん。兄ちゃん達と話してたから大丈夫だよ」
カヴォロは兄ちゃんと朝陽さんに視線を向けて、小さく頭を下げる。
「お? 串焼きとつくねの」
「あぁ……カヴォロだ」
「俺は朝陽。レンとパーティーを組んでるんだ。つっても、割と個人行動が多いパーティーだけどな」
笑顔で手を差し出す朝陽さんの手をカヴォロは一度じっと見つめた後に握る。
「……よろしく」
「おう! 串焼き、俺も食べたぜ。うまいなぁ、あれ」
「そうか……ありがとう」
「あ! バナナプリン、凄く美味しかったよ!」
「メッセージでも聞いたが……ありがとう」
小さく口角を上げるカヴォロの顔を見て、俺も笑う。
「早速だけど、牧場は弐ノ国の……あ、地図出すね」
アイテムボックスからアリーズ街で買った弐ノ国の地図を取り出して、カヴォロの横に立って見えるように広げる。
何故だか兄ちゃんと朝陽さんも俺達の正面から覗き込んでいるが、牧場に興味があるのだろうか。
「ここが壱ノ国から続く関所で、ここがアリーズ街。
それで、牧場はこの辺りって言ってたよ」
アリーズ街と恐らくプレイヤーが弐ノ国についてから2番目に訪れる街の間を指差す。
行ったことがない場所なので、お使いをするにしてもどの程度時間が掛かるのかはわからない。
俺もジオンも強くなっているから、何らかのアクシデントが起きない限りはそう困難な道のりにはならないとは思うけれど。
「弐ノ国に行ってすぐ手に入るってわけじゃないのか」
「うん。俺はアリーズ街にきてた行商で買えたけど、いつもいるわけじゃないみたい。
あのさ、それで……良かったら一緒に行かない?」
「行きたいが……俺のレベルは8だからヌシを倒せない」
「一緒に……」
俺とジオンで倒すから、カヴォロはついてきてなんて提案をしていいのだろうかと悩む。
俺なら、それは嫌だと突っ撥ねるからだ。男の沽券に関わる。
途中で口を噤んだ俺を見てカヴォロが小さく笑う。
「せめて、俺のレベルが15になるまで待ってくれ。
暫くは露店を開かずに狩りに専念する」
「うん、わかった。カヴォロが15になったらヌシを倒しに行こうね」
「あぁ、楽しみにしてる。……ライのレベルはいくつなんだ?
ヌシを倒してるってことは最低でも15以上だろう?」
「えーと……俺は、23だよ」
「へ? そんなに上がってんの?」
俺の言葉に最初に反応したのは、カヴォロではなく朝陽さんだった。
「うん。ヌシを倒したくて急いで上げたってのもあるし、それに、ヌシを3回も倒してるからね」
「3回……そう、か……いや、まぁそうだよな。復習するっつってたし。
しかも1回はレンと行ってるわけだから……そうか。俺もヌシでレベル上げすっかなぁ」
3回目のヌシは兄ちゃんと一緒だったお陰で経験値が高かった、はず。
経験値の数字は一切表示されないからわからないけれど。
朝陽さんからカヴォロへと視線を移すと分かりにくいが、少しだけ目を見開いているのが分かった。
ゲーム内で2週間程度でヌシ3回は俺自身も倒しすぎだとは思う。
「あ、カヴォロ。お肉渡そうと思ってたんだ。
ヴァイオレントラビットもだけど、ホーンラビットとポイズンラビットのお肉も少しだけあるよ」
「あ、あぁ……売ってくれ」
「お金いらないけど……それだとカヴォロ、納得しないよね。
値段はこの前と同じでいいよ。ホーンラビットとポイズンラビットは少ないし相場が分からないからおまけってことで。
あ、あと牛乳もあげる。一口も飲んでないから安心して」
カヴォロは俺の言葉に目を細めたが、すぐに溜息を吐いて頷いた。
「それじゃ、これは受け取ってくれ。バナナジュースだ。ジオンの分もある」
「いいの? ありがとう。朝に飲むよ」
取引ウィンドウを開いて、お肉を並べていく。
21,600CZが取引金額に表示されたのを確認して、取引完了。
「助かる。ヴァイオレントラビットの肉は串焼きやつくねにするのは勿体ないから取ってあるが、材料が揃ったらビーフシチュー……ラビットシチューか?
それにしてみようと思ってるから、食べにきてくれ」
「いいね。ビーフ……ラビットシチュー。楽しみにしとくよ」
ウィンドウを閉じて、カヴォロに顔を向ける。
「それじゃあ、カヴォロ、レベルが15になったら教えてね」
「あぁ。その時にヌシのことも詳しく教えてくれ」
カヴォロの返事に笑顔で応える。
「それじゃ、またねカヴォロ。
兄ちゃんと朝陽さんも。ロゼさんにもよろしく伝えておいて」
「あぁ、うん。ロゼには伝えとくよ」
「おーまたな、ライ」
兄ちゃん達に手を振って、露店広場を後にする。
「それじゃ、ジオン。ギルドに行ってアイテムボックスの中の戦利品を売ってしまおう。
その後は、銀行だね。あ、ジオン、まだお金ある?」
「4,800CZありますよ」
「んー……一応追加でお金渡しておくね。今は余裕もあるし」
ジオンは本を買った以外は食事代にしかお金を使っていないようだ。
4,800CZあれば問題はないと思うけど、思い出した時に渡しておかないと忘れてしまいそうなので、渡しておこう。
他に買い物もするかもしれないし、鍛冶場の作業場を借りるかもしれないし。
10,000CZをアイテム化してジオンに手渡す。
「ありがとうございます」
「あ、財布買ってないよね?」
「ええ、そうですね。懐に入れてますよ」
ゲーム内の貨幣は紙幣と硬貨だ。
種類は現実と同じく、1CZ、5CZ、10CZ、50CZ、100CZ、500CZの硬貨があり、1,000CZ、5,000CZ、10,000CZの紙幣がある。
紙幣はともかく硬貨は懐に入れていて大丈夫なのだろうか。
銀行で従魔との共用のカードが作れるようになれば問題ないけれど。
まぁ、ジオンのことだから、財布を買っていいと言っても買わないだろうな。
「欲しい物があったら買っていいからね。足りないなら言ってね」
「ありがとうございます。ですが、今のところ欲しい物はないので充分ですよ」
ジオンがそう言うならいいかと納得して、ギルドへの道を進む。
大きな街というわけでもないので、ギルドにはすぐに辿り着いた。
ギルドの門を潜り、最初にきた時のお姉さんがいたので、お姉さんのいるカウンターへ向かう。
「こんばんは」
「こんばんは。お久しぶりですね。
今日はどのようなご用件ですか?」
「アイテムを売りに。それから、納品依頼が達成できそうならお願いします」
取引ウィンドウに戦利品を並べて行く。
自分で依頼ボードを確かめなくても、受付で確認してくれるのはありがたい。
「はい、では……納品依頼のあるものはお返ししますね。
それ以外の合計は5,629CZです。ご確認ください」
ウィンドウを確認して、取引を完了する。
「お返ししたアイテムで達成できる依頼を受領されますか?」
「お願いします」
「はい。それでは、『ヴァイオレントラビットの毛皮5個の納品』、『ヴァイオレントラビットの角2個の納品』、『ヴァイオレントラビットの爪4個の納品』、『ポイズンラビットの角5個の納品』の受領を確認しました」
再度現れた取引ウィンドウに、それぞれを並べる。それぞれ1回分だ。
「報酬の合計は8,440CZです。ご確認ください」
取引ウィンドウで詳細を見てみれば、ヴァイオレントラビットの納品依頼の報酬が高いことがわかる。
ヌシだからだろうと納得して、依頼を達成する。
これで所持金は、301,269CZだ。銀行に預けているお金が87,697CZなので、全部で388,966CZ。30万超えだ。
「お姉さん、住居の購入って、最低でも100万CZって言ってたよね?
100万CZだとどんなところなの?」
「100万CZですと……この辺りですね」
お姉さんはそう言って、カウンターの上に資料を広げた。
「なるほど……」
これは家というよりは納屋ではないだろうか。
どうせ家を買うなら良いところを買いたいから100万CZ以上貯めるつもりではあったが、最低ラインの100万CZが納屋となると、良い家はどれくらいの値段になるのか。
「ちなみに、集合住宅でしたら1部屋最低500万といったところですね。
ですが、お2人では500万CZ台の物件では手狭かと思われます」
「なるほど。一戸建てだと?」
「最低でも1,000万CZですかね」
これは、1,000万CZ以上貯めたほうがいいかな。住居購入までは長そうだ。
お姉さんにお礼を告げて、カウンターから離れて転移陣へ向かう。
アリーズ街へ転移陣で飛んだ後は銀行でお金を預けようと思ったけど、営業時間外だったので、宿屋に戻ることにした。
現在の時間は『CoUTime/day17/6:17』。営業時間になるまで、少しだけ寝よう。