day17 深夜の作業
リビングのソファに寝転がり、スマートフォンを弄る。
連携しているだろうからメッセージを送れば気付くだろうけど。
「兄ちゃん狩りしてるのかなぁ」
ヴァイオレントラビットを倒した俺達は、アリーズ街へと行き、3人で夜ご飯を食べた。
その後は兄ちゃんと別れて、疲れていた俺とジオンは銀行でお金を降ろしてから宿を取り、部屋で世間話をしてからお昼ご飯を食べるためにログアウトした。
お昼ご飯は、暫く待っても兄ちゃんが降りてこなかったので、お母さんと2人で食べた。
お母さんは兄ちゃんとも一緒に食べたかったとしょんぼりしながら出かけて行った。
ソファーでごろごろしつつ、ダイニングテーブルに置いてあるラップのかかった皿を見る。
がちゃりと扉の開く音に、チャーハンから扉へと視線を移す。
「遅いよ、兄ちゃん。俺もお母さんもご飯食べ終わったよ」
「ごめんごめん。母さんは?」
むくりとソファーから起き上がり、ダイニングテーブルに向かうと皿を手に取り、レンジへと入れる。
まだ完全に冷めたわけではないし、少し温めるだけで大丈夫だろう。
「出かけたよ。兄ちゃんとも一緒に食べたかったってしょんぼりしてた」
「それは悪いことをしたな。夜は遅れないようにしないと」
「兄ちゃん、狩りしてたの?」
「あぁ、そうだね。
そうだ。ロゼから武器が全部売れたって連絡きたよ。結構良い値段になったってさ」
「わ、本当? 露店広場にいるかな?」
「どうかな。急ぎならこれからログインして聞いてみるけど」
「ううん。急ぎじゃないよ。それに……」
電子レンジからピーと電子音が鳴る。
扉を開けてお皿を取り出して、スプーンと一緒に兄ちゃんの前に置いた。
「冷めちゃうよ」
「ありがと。いただきます」
この後はどうしようかな。今ログインしても深夜だし、ジオンも寝てるだろう。
ログインしたところで寝るだけになりそうだ。
「カヴォロだっけ? お礼してきたよ」
「あー先越された! バナナプリンのお礼だよね?」
「はは。そうだよ」
ヴァイオレントラビットを倒す前に食べるつもりだったお昼ご飯は、魔力銃に夢中で忘れてしまっていたため、アリーズ街の公園で夜ご飯として食べた。
ヴァイオレントラビットを倒した時の空腹度は85だった。ちなみにMAXは100。
これまでに経験したことはないけれど、空腹度が90を超えるとステータス減少と歩く速度が遅くなるそうだ。
倒している最中に90になっていたらと想像して、これからは気を付けようと心に決めた。
紙袋に入っていたのはこの前のお土産で作ってくれたのであろう、3人分のバナナプリンだった。
滑らかな舌ざわりでほんのり甘いバナナプリンで、カヴォロは凄いでしょと得意げに兄ちゃんに自慢をした。
まぁ、俺は材料を渡しただけで何もしてないんだけど、初めて出来た自慢のフレンドなのだ。
「俺もお礼言いたいなぁ。今はまだ深夜だし、ログインしてもカヴォロいないかなぁ」
「んーどうかな。露店出してるプレイヤーは昼に出して夜に狩りをするか、その逆かだから」
「え、それいつ寝てるの? 20時間以上起きてると疲労状態になるでしょう?」
「露店閉めた後とか、狩りの後とかに寝るんだよ。まぁ、全員がそうってわけでもないしね」
「そっか。それじゃあカヴォロはいつも昼に露店出してるから、夜は狩りしてるかな?」
「可能性はあるんじゃない?」
深夜にログインしてもジオンは寝ているし、起こすのも忍びないから、ゲーム内が朝になるまではログインするつもりはなかったけれど、ログインしてみてもいいかもしれない。
カヴォロがログインしているかはわからないけど、その時は大人しく眠ればいいだけだし。
「俺ログインする! いってきます!」
「いってらっしゃい」
「夜ご飯は遅れないでね!」
「はは。わかってるよ」
◇
「あれ? ジオン、まだ起きてたの?」
「ライさん、お帰りなさい。
あの後すぐに寝たんですが、ついさっき目が覚めたので本を読んでいたんですよ」
「そっかぁ。まぁ、あの後すぐに寝たのならそうなるよね」
今の時間は『CoUTime/day17/1:00』だ。
俺がログアウトしたのは確か『CoUTime/day16/18:45』だったはずだから、そりゃ目も覚めるだろう。
ちなみにログアウトしている間は睡眠扱いなので、俺も同じだけ睡眠を取ったことになっている。
まぁ、起き続けた時にはペナルティがあるけど、寝続けた時はペナルティはないのでこの後寝てもなんの問題もない。
「こんな時間にお帰りになるのは珍しいですね」
「前も1回あったけど、その時はジオン寝てたからね。俺もすぐ寝ちゃったし」
フレンドリストを開く。兄ちゃんは当然だけど、ログインしていない。
まぁ、ログインしてたらご飯はどうしたのかと文句を言うところだけれど。
「カヴォロは……いる、けど。寝てるかもしれないし……」
フレンドリストは単純にログインしているか否かがわかるだけのもので、どこにいるか、何をしているかなんてことはわからない。
メッセージを送ろうかと悩むが、通知音で起こしてしまっては申し訳ない。
一応寝ている間は通知音を切ることができるみたいだけど、カヴォロが設定しているかわからないし。
「うーん……まぁ、急ぎの用ってわけでもないし」
フレンドリストを閉じて、この後のことを考える。
俺もジオンも睡眠はたっぷり取っている……ことになっているし、寝る必要はない。
だからと言って狩りをしたいというわけでもないし、どうしようかな。
ひとまず鑑定を終えていない戦利品を取り出して鑑定していく。
ヴァイオレントラビット、ホーンラビット、ポイズンラビットの戦利品。
それから、鉱山で少しだけ倒した吸血蝙蝠の戦利品だ。
気付けばアイテムスロットが結構埋まってしまっている。
どうやらレベルが10上がる毎に1つずつスロットが増えるようで、現在のスロット数は32。
埋まっているスロットは26だ。後で売りに行こう。
「そういえば、ジオン、前に残しておいたポイズンラビットの角どうする?
この前使わなかったよね」
「そうですね……ライさんのスキルのお陰で素材から付与をする必要がないんですよね。
付与するとしてもほとんど効果はないかと思いますし……」
「そっかぁ。1とか2じゃほとんど効果ないって言ってたもんね」
「はい。この先、毒の付与が欲しくなった時はもっといい素材が集まると思いますよ」
「それもそうだね。それじゃあ売ってしまおう」
お肉はカヴォロに渡すとして、残りは納品できるものは納品して、それから売ってしまおう。
これまでけちけちと5,000CZずつ降ろしていたが、毎回足りなくなっているし、せめて10,000CZは持っておくべき、かな?
皆はどれくらい持ち歩いているものなんだろう。
「さて、鑑定終わり。次は……あ、そうだ。
こういう時間で融合しちゃったほうがいいね」
「そうですね。鍛冶場だとレンタル料がかかりますし」
「うん。あの大きな机は便利だけどね」
露店広場や街で見かけるプレイヤーを見ている感じ、刀を装備している人よりは剣を装備している人のほうが多かった。
それなら、玉鋼よりも鉄や銅から融合したほうが良いだろう。
半日……正確には数時間、採掘しただけだけど、2人で掘っていたことと謎の声のお陰で、前回鍛冶場に行った時よりも多い鉱石がアイテムボックスに入っている。
アイテムボックスからいくつかの鉄と銅を取り出して辺りに転がして熔解する。
何も考えずにベッドに座ったまま熔解したので、シーツの上にだらりと鉄が溶けてしまったけど、この後元通りになるので許して欲しい。
鉄が溶けたのを見たジオンがぽんっと氷晶弾を宙に浮かせてくれる。
魔力制御があるから、多分、もう少しレベルを上げたら俺も黒炎弾を使用できるようになると思うけれど、こんな風にぽんっと浮かべることができるだろうか。
使用できると言っても1回分のMPしかないし、練習もできない。失敗して誰かに当ててしまっては申し訳ないし……。
失敗したとしてもPKエリア以外ではプレイヤーやNPCにはプロテクトがあるから倒しちゃうなんてことはないけれど、なるべくなら当てたくはない。
魔操でジオンの魔法を操り、溶けた鉄に重ねて【融合】。
この前ロゼさん達の商店で買った分と、兄ちゃんに貰った分で初級マナポーションはたくさんある。
「地道な作業でごめんね、ジオン」
「いえいえ。地道な作業も楽しいですから。それに、こういう作業も好きですよ」
「そう言ってくれると助かるよ。実は俺も地道な作業って結構好き。
あ、トーラス街は海の街だって言ってたね。釣りとかできるかなぁ」
「いいですね。楽しみです」
釣りもスキルが必要なんだろうけど、釣りができそうなら覚えようかな。
釣り竿を垂らしてのんびりしている間にジオンも覚えられそうだし。
ジオンと世間話をしながら熔解、魔操、融合を繰り返して行く。
氷晶弾のクールタイムを待つ時間やMPが回復するのを待つ時間があるので一気に大量に作ることはできない。
とは言え、売る用の武器を作るために融合しているだけなので、今持っている全ての鉱石全部を融合する必要はない。
1つの武器に使う氷晶鉱石は、この先敵が強くなるにつれて増やすだろうけど、今は1つ2つだ。そんなに時間はかからないだろう。
「んーこんなもんかな」
「はい。この後……朝になったら鍛冶場に行きますか?」
時間を見ると『CoUTime/day17/4:23』。ログインしてから3時間程が経過している。
「どうしようかな……ロゼさん達にどの武器がいいか聞いてみてからのほうがいいかも」
「ああ、そうですね。そうしましょう」
フレンドリストを開いて兄ちゃんがログインしているか確認する。
残念ながら、兄ちゃんはまだログインしていなかった。まぁ、現実時間ではまだ40分程度しか経っていないから、仕方ない。
多分そろそろログインするとは思うけれど。
「……あ」
フレンドリストを閉じようとしたその時、ピロンという音と共にメッセージが届いた。
送り主は、カヴォロだ。
『TO:ライ FROM:カヴォロ
起こしてしまっていたら悪い。牛乳と卵、余っていたら売って欲しい』
初めてのメッセージに思わず笑顔になる。
ほぼ用件のみのそのメッセージはカヴォロらしいと思う。
俺も送ってみたら良かったな。
卵はないけど、牛乳はある。
俺達が飲む用に買った牛乳だけど、グラスを買うのを忘れていて未だに飲めていないやつだ。
譲ってもいいけど……卵も必要なようだし、牧場の話をしたほうがいいかもしれない。
『TO:カヴォロ FROM:ライ
起きてたから大丈夫だよ。バナナプリン凄く美味しかったよ、ありがとう。
卵はないけど、牛乳は1本あるよ。必要ならお使いしてくるよ』
これで、いいかな? 変なことは書いてないと思うけど。
家族以外にメールやメッセージを送るのは初めてのことだ。
緊張で心臓がうるさい。ついさっきまで緩んでいた顔が一転、強張る。
「……大丈夫。大丈夫」
カヴォロなら大丈夫。そう自分に言い聞かせて、送信する。
『送信しました』の文字を見て大きく息を吐く。
メッセージウィンドウを閉じて、再度フレンドリストを眺めれば兄ちゃんがログインしていた。
名前の横にある手紙のアイコンに触れる。
『TO:レン FROM:ライ
おはよう、兄ちゃん。ロゼさん達いる?』
「送信、と」
「ライさん、どうかしました?」
「ううん。カヴォロと兄ちゃんに連絡を取ってただけだよ」
「なるほど。そう言えば異世界の旅人の皆さんは縁を結んだ相手と簡単に連絡が取れるとか」
「縁を結んだ相手……まぁ、そうなんだけど、友達だね。兄ちゃんは兄だけど」
縁を結ぶと言われるとどうしても縁結びという言葉が浮かんでしまい、恋愛的なもののような気がしてしまう。
縁は男女に限らず、友人や家族、それからまぁ、お金なんかにも使う言葉だから、ジオンの言う通りではあるのだけれど。
「便利ですね。私とライさんも簡単に連絡が取れたらいいんですが」
「ジオンとはいつも一緒だから大丈夫だよ。っと……カヴォロと……あ、兄ちゃんからも返事きた」
直接脳内に語りかけてくるような……いや、語りかけてはいないのだけれど、耳から聞こえているというよりは脳で聞こえたと判断しているだけのような、通知音が2つ鳴る。
『TO:ライ FROM:カヴォロ
弐ノ国だよな? 俺が行けたら良かったんだが……厳しいな。お使い頼んでいいか?』
『TO:ライ FROM:レン
おはよ。はじまりの街の露店広場にいるよ。何もしてないなら、おいでよ』
少し思考を巡らせて、まずは兄ちゃんに返事を送ることにした。
『TO:レン FROM:ライ
今から行くから待っててね』
兄ちゃんに送信した後はカヴォロだ。
『TO:カヴォロ FROM:ライ
今カヴォロどこにいる? 俺達これからはじまりの街の露店広場に行くんだけど』
露店を開いているかはわからないけど、はじまりの街にいるのなら会って話したほうが良さそうだ。
一緒に行けたらいいのに、な。一緒に行こうって言ったら行ってくれるだろうか。
暫く待っているとカヴォロから返事がきた。
露店は開いていなかったようだけど、はじまりの街の露店広場にきてくれるそうだ。
それじゃあ、はじまりの街に行こう。転移陣を使えばすぐだ。




