day146 馬車の旅
本日は馬車の旅。テラ街の我が家から全員で馬車に乗り込み、出発して1時間と少し。
テラ街は北側と南側で季節が違うと聞いていた通り、中心地を越えると徐々にキャビン内にはひんやりとした空気が漂い始めた。
隙間風が入ってきているわけではないけど、キャビンの外が冷えているのだろう。
「シア、レヴ、どう……?」
「ちょっとだけ心配!」
「でも、大丈夫だよー!」
フィールドへ続く門を出て少しだけ進んだ後、馬車を止めてシアとレヴに問いかけると、にっこりと笑ってそう答えた。
シアとレヴは現在、パーティーから外れている。
パーティーを組んでいなくてもフィールドには出られるけど、ステータスがグレーアウトしてしまうのは以前確認済みだ。
その時はHPが0かそれに近い状態になっているのではと予想したけど、実際のところは分からない。
せっかくの馬車の旅なのだから、全員で楽しみたい。
だからと言って、ちょっとした馬車の揺れでもHPが消し飛んでしまうとしたら、さすがに誰かにお留守番をしてもらうしかない。
一応、空さんが作って、皆で完成させた馬車はほとんど揺れもなく快適ではあるけれど。
今の所、馬車の揺れだけでHPが消し飛ぶなんてことにはなっていない。
「本当に大丈夫? 怖くない?」
「ちょっとだけだよ、ちょっとだけ!」
「あのね、お外に出るのはこわいけど、ここなら大丈夫だよー!」
ヘルプページには『テイマーのパーティーに属していないテイムモンスターは敵対モンスターと戦えません』と書いてあったし、ジオンも『戦えなくなる事は分かるけど、それ以上の事はわからない』と言っていた。
あくまで戦えないだけ……なのかどうなのか。試すわけにもいかないので、今後分かることはなさそうだ。
何にせよ、エルムさんに教えてもらった魔除けが施された馬車は、3つ目の進化属性である閃光魔石と光属性が付与された鉱石と宝石を使った結果、肆ノ国どころか伍ノ国の最初の街周辺でも問題ないらしいので、余程強いユニークモンスターが出ない限り戦闘は起きないだろう。
それに、いくら強いとは言え、参ノ国で出てくるユニークモンスターが伍ノ国の最初の街周辺の魔物より強いとは思えない。
堕ちた魔物や元亜人が出てくるなら話は別だけれど。
「もし魔除けが効かない魔物が出ても、馬車から降りちゃだめだよ?」
「「はーい!」」
二人の元気な返事を聞いて頷く。
魔物と戦う場面になった時、攻撃手段の多い人達を優先してパーティーを組んだ方が良いだろうということで、今回はシアとレヴがキャビン待機組となった。
「ジオン、疲れたらいつでも交代するからね」
「ええ、ありがとうございます。その時はお願いしますね」
微笑んでそう言ったジオンの姿に、俺の出番はなさそうだなと思いつつ、黙ってシートに座り直す。
再び走り出した馬車のキャビンから外の風景を眺める。
「まさかこんなに早く、ジオンが乗馬スキルを取得するなんて思ってなかったよ」
「執念よな。一日中パカパカ聞こえとったわ」
「あはは。元々不安はなかったけど、もっと安全になったね」
以前『出来れば私が御したい』と言っていたジオンは、『乗馬スキルを取得している俺が操縦したほうが安全なのでは』という俺の言葉を受けて、乗馬スキルを取得するべく動いたらしい。
俺がログアウトしていた1日半の間、食事と睡眠以外の時間は乗馬に関する本を読みつつ馬に乗って庭を駆け回っていたとか。
エルフの集落の本屋さんで俺が選んで買った本だけど、結局俺は読めていない本だ。
「あのね、ボクたちもクロに乗ったんだよ」
「イリシアちゃんが教えてくれたよー」
「そっか。イリシアも買い物の時に馬に乗ってお店に行ってたもんね」
「エルフの集落にいた頃たまに乗せてもらってたのよ。
私も取得を目指して頑張ってみるわ。ふふ、ジオン君に教えてもらわなくちゃ」
異世界の旅人のテイムモンスターはスキルを取得しやすいらしいけど、それにしても1日半で取得できるものなのだろうか。
ジオンは採掘スキルの時も早かった。1日どころか半日くらいだった覚えがある。
でも、ネイヤの農業スキルは1日なんて早さではなかったし、イリシアの畜産スキルも同じく。一日中ずっとお世話するわけではないからだろうか。
他の皆もお手伝いしてくれているけど、特にお手伝いをしてくれているシアとレヴは未だ取得できていない。
乗馬スキルが取得しやすいスキルなのかもしれないけど、本で知識を得たからこそ早く取得できたのだろう。
ネイヤが農業スキルを取得できたのは、作物自体の知識をその目で得られたのもあるし、堆肥や肥料についてイリシアに聞いたり、実際にそれらを試して知識が増えたからではないだろうか。
「次の村に着くのお昼頃だよね?」
「ええ、そうね。順調に行けば着くと思うわ」
今日はいつもより早く、CouTimeの7時にはログインしたので余程のことがない限り今日中に次の村に辿り着けるはずだ。
その次の村にだって辿り着けるくらい時間に余裕がある。
遠くに見える魔物達がこちらに近付いてくることもなく、流れる景色を楽しみつつ和やかな時間を過ごす。
心配していたシアとレヴも楽しそうだ。
そうして時折休憩を挟みつつ、次の村へ馬車を走らせること3時間。
イリシアが作ってくれた革張りのシートは固すぎず柔らかすぎず、ずっと座っていても疲れを感じることなく、とても快適だ。
もちろんユニークモンスターが出るなんて事態も起きず、何の問題もなく進めていたのだけれど。
「うぅ……寒い……」
確かに次の村は冬の始まりくらいの寒さだとは聞いていたけど、この寒さは冬の始まりどころか冬……いや、俺の知る冬より寒い。
現実世界の俺が住む地域だと、余程の大寒冬でもない限りここまで寒くはならないと思う。
北国だとこれくらい寒いのだろうか。行ったことがないので分からないけれど。
窓の外の景色は雪で真っ白……なんてことはなく、一つの雪も見当たらない快晴だ。
「……っくし! っくしゅん!!」
「おお、大丈夫か? そんな寒いか?
そらテラ街と比べりゃ冷えとるが、北側と大差なかろうに」
「そう? ネイヤは寒さに強いのかな。
すっごく寒いんだけど……フェルダは大丈夫?」
「寒くなってきてはいるけど……さすがに、そんな震える程では……」
外套の端を前にぎゅっと寄せ、首元のファーに鼻を埋める。
皆は平気そうだ。御者台側にある小さな窓の先にいるジオンも普段通り。
いくら鬼神が寒さに弱い種族だからって、こんなにも皆と差があるのだろうか。
「ごめんなさい。ライ君の分だけでも、先に外套を作っておいたら良かったわね」
「ううん……俺もまさか、こんなに寒がりだとは思ってなかったから……。
馬車内の温度を一定にするような魔道具、作っておいたら良かった……」
エアコンのような魔道具を作っておけば、1人だけ震えるようなことにはならなかったのに。
グラキエス街はもちろん、その道中も寒いと聞いていたし、火山が多く暑いらしい肆ノ国にも対応した魔除けが施された馬車なのだから、寒さや暑さへの対応も考えておかなきゃいけなかった。
「ジオン、寒いか? 寒くないなら、外套ライに貸してやって!」
「あ、待って、だいじょ……っくしゅ!」
御者台に続く扉を開けてジオンに声をかけるリーノを止めようとするも、くしゃみでかき消されてしまう。
そんな俺のくしゃみとリーノの声が届いたジオンは一度馬車を止め、扉を潜って俺の姿を映すと眉を下げた。
「大丈夫ですか? 私は問題ありませんので、是非お使いください。
寒さを凌げたら良いのですが……」
「うぅ……っくし……ありがとう……」
凄く申し訳ないけど、あまりの寒さにジオンが羽織っている外套を受け取り、肩から掛ける。
さっきよりはマシだけど、寒い。
「一度戻って準備をしてから行きますか?」
「ううん……けほっ……もう半分以上進んでるし、戻るにしても次の村、っくしゅん!」
「……そうですね、次の村には転移陣があるとのお話でしたし、次の村から転移陣でテラ街に戻りましょう」
おのれルクス街……異常気象、異常気象だ。
風習の歴史について色んな真相が分かったとはいえ、結局ルクス街でどんな遺物の研究が行われていたかは分からなかった。
そして、現在の遺物の行方も。ルクス街に赴いたエルムさんが街の端から端まで捜索してくれたそうだけど、存在の欠片も見つけられなかったそうだ。
どうして俺の装備には耐寒の効果付与がないのか。秋夜さんの装備にはたくさん付いているのに。
もこもこの外套を着込むことなく、テラ街周辺で快適に狩りをしているらしい秋夜さんが恨めしい。
「ん、何の足しにもならないだろうけど」
フェルダが差し出す紅茶の入ったカップを受け取る。
冷温水筒から注がれたそれはほかほかと湯気が出ていて、飲めばほっと暖かいものが体を通り過ぎていくけど、それも一瞬で。
じんわり暖かいカップをぎゅっと両手で握ってみても、気休めにもならない。
「ライくん」
「ぴたー!」
シアとレヴが俺にぴったりとくっついて両隣に座ってくれる。
二人の体温が伝わり、少しだけ寒さが和ら……がない。俺より体温が低いとか、冷たいというわけではないけれど。
そんな俺の様子を見ていたリーノが、レヴを俺の膝の上に移動させると、レヴの代わりにぴったりとくっついて隣に座った。
それでも寒さは全く和らぐことはなく……心は温かいけれど。
「ルクス街の遺物を壊したい……」
「どんな遺物か分かってないのに……」
「まぁ、呪いを生むためだけの遺物だったら、誰にも見つからねーように壊しちまおうぜ!」
「今の俺ならどれだけ貴重だって言われても迷いなく壊す自信があるよ」
「カカ。余程堪えとるようだ。珍しく悪態を吐いとるわ」
窓を閉じていれば隙間風一つ入ってこないキャビン内でこれだ。
次の村に着いたとして、俺は外に出られるのだろうか。
「こんだけ寒さに弱いとなると、グラキエス街の温泉なんて入れるか?
エルムの婆さん達と行くんだろ?」
「……入る前に凍り付いちゃうかも……」
この世界では温泉に入る時はどの街、どの国でも水着を着る必要があるそうだ。
いくら水着着用と言っても、もこもこの上着を着込んで温泉に入るわけにはいかないし、次の旅行は変更してもらった方が良いかもしれない。
「体を温めるような薬作ってみるかと思っとったが、あと一歩足りんのよな。
イリシアも温い生地作るんは寒いとこの素材が必要と言っとったから、薬の足りんもんも見つかるかもしれん」
「次の村周辺で見つかると良いね」
是非見つかって欲しいものだ。
暖かい紅茶のように飲んだ時だけ暖かくなるようなものではなく、暫く耐寒の効果を得られるような物だろう。
「風邪薬も作らんとな」
「風邪薬? けほっ……まぁ確かに、寒い場所だと誰か風邪引いちゃうかもしれないもんね」
「今まさに、風邪引いとるだろうに」
そう言ったネイヤの言葉に皆が頷いて、俺に視線を向けた。
「え? 俺? 俺、風邪なんて引いてないよ。っくしゅん!
寒さに弱い種族だから寒いってだけだよ」
病弱そうだなんて言われた見た目だけど、風邪を引いたことはない。
確かにこれだけ咳とくしゃみが出るのは初めてだけど……これは寒さに弱い種族というのを強調する為のものだと思う。メタファー。
「あ、でも、寒すぎて麻痺してきたかも。
なんか、ちょっと、じんわり暖かくなってきたよ」
「ライくん、体暖かいね」
「うん、レヴのほうが少し冷たく感じるくらいだよ」
「は? 待って。まさかライ」
額に触れたフェルダの手が冷たくて気持ちが良い。
なんだか頭が重い。暖かいのに寒い。
さすがに座り続けて疲れてきたのかな。ぼんやりするし、体が少し痛い。
膝の上に乗るレヴの体をぎゅっと抱きしめる。
「うわ熱……ライ、熱出てる」
「熱? 出てないよ」
確かについさっきまでと比べて暖かくなったけど、でもやっぱり寒いんだけど。
でも、熱が出たら、吐き気とか、気分が悪くなったりするみたいだし。
兄ちゃんが風邪引いた時、呼吸するのも辛そうだったから。
俺は呼吸出来てるし、座りっぱなしだったからちょっと疲れてるけど、息が暖かくて、なんだか、嫌だ。
「ねえライ君。着くまで寝ちゃいましょう?
これだけ広いんだもの、広々使わなくちゃ。ね?」
「ん……うん……?」
広々……あれ? いつの間にかリーノがいなくなってる。
ジオンとリーノの声が遠くに聞こえる。
何かあったのかな。大丈夫かな。
俺の名前を呼んでる皆の声が聞こえた気がしたけど。
ぐらぐらと、目が回る。