day144 答え合わせ②
「アクア街や他の村、集落から人々が駆け付け、漸く鎮火したテラ街には何も残らなかった。
人も、街並みも、文化も全て。……この結晶を残してな」
新たな赤い宝石もとい、歪んだ火の結晶を取り出し机の上に置いたエルムさんは、『厳密には違うがな』と続けた。
この結晶は洞窟から持ってきたものなので、テラ街の火災で残った結晶とは違う。
「アクア街の者は弔いの為、結晶を持ち帰った。
そして、アクア街で幽霊……基、ファントムが生まれた」
「テラ街じゃなく、アクア街で生まれたのはどうして?」
「さてな。時間が必要だったのか……それともアクア街の何かに反応したか」
「アクア街に反応しそうなものないと思うけど……まぁ、時間だと思うよ。
持ち帰ってなければ、テラ街で生まれたんじゃないかな」
もしくは既にテラ街で生まれてたけど気付かず持ち帰ったとか……なりかけのファントムってどういう感じなんだろう。
幽霊ならともかく、魔物であれば気付きそうではあるけれど。
テラ街の人達の残留思念のようなものが、この宝石にくっついてしまったのだろうか。
「炎に呑まれた者達と歪んだ火の結晶、相性が最悪だね。ファントムにとっては最高だよ。
まぁ、どちらもその結晶がなければ起こらなかったわけだけど。
そして……そうだね。ここは簡単に、火の呪いとでもしとこうか」
「炎に呑まれた記憶……思念? と、歪んだ火の結晶が合わさって……火の呪いを持つファントムが生まれた?」
「吐き出す言葉が全てそうだったからそうなった、とも言えるけどね。
その結果がアクア街での幽霊騒ぎだよ。人体発火、気温上昇……まぁ、これは前回話したよね」
たくさんのファントム達の言葉は大きな呪詛となって、アクア街の気候を変えてしまった。
まるで火の中にいるような暑さに。
「動ける者も少なくなっていったのだろう。アクア街の者は他の街に助けを求めた。
とは言え、テラ街は復興作業中。まぁ、テラ街に残っている者も外から来た者達ばかりだがね。
助けを求めた先はそう、グラキエス街だ」
「グラキエス街の人達も異常気象で大変な状態だったわけだし、助ける余裕なんてなさそうだけど……」
「なかっただろうな。テラ街の火事さえ知らなかった可能性もある」
グラキエス街では異常な気温低下、テラ街では大火災、アクア街では異常な気温上昇。
こんなことが起きている中では他の街について知る余裕なんてなかったのではないだろうか。
「どちらにせよ、その時詳細を聞いたんだろう。
火災現場から赤い宝石を持ち帰ったら幽霊が出るようになった……まぁ、アクア街の者はそんな風に話したんだろうな。
さすがに結晶を見せられたら自分達が原因だと分かるだろうさ。己が捨てた魔法なのだからな」
「グラキエス街の人達は幽霊の話を信じたの?」
「グラキエス街側ではなりかけのファントムだって分かってたみたいだよ」
「ヤカさんのご先祖様の日記では、幽霊騒ぎって書いてたんだよね?」
「前に話した分ではね。なりかけのファントムの話は別のやつの日記だよ」
風習について調べる為に、同年代であろう日記帳をピックアップして内容を確認してくれたそうだ。
直接関係のない場所にいた個人の日記帳だから、口伝でも記述でも残っていない隠蔽された過去の出来事が書かれているなんて誰も思わなかったのだろう。
「火事の原因、そして、ファントムを生みだした原因も、自分達にあるとグラキエス街の者達は気付いた。
アクア街にある結晶から罪がいずれ露見することを恐れ、結晶を回収する必要があったのだろうな」
そう言ったエルムさんは、もう1つ火の結晶を取り出して机の上に置いた。
疑問に思いつつ並ぶ2つの火の結晶を見比べてみると、よく見なければ分からない程の小さな差があることに気付く。
「これ……こっちのほうが少し……濁ってる?」
「ああ、その通り。こちらはグラキエス街に埋められている火の結晶さ。
つまり、グラキエス街からテラ街へ、そしてアクア街へと渡った火の結晶だ」
「まさか婆さん、盗ってきたの?」
「魔道具の参考にしたいと言えば、快く差し出してくれたよ。
今となってはこれの曰くなんぞ誰も知らないんだろうさ。
寧ろ、この街を救ってくれた代物だとでも思っていそうな口ぶりだったよ」
異常気象がルクス街からの呪いで起きたとは知らないだろうから、呪いを返してくれた物だとは思っていないだろう。
周辺を温めてくれた物という認識なのだと思う。
「回収したらファントムはいなくなるの?」
「なりかけとは言え、既に生まれてしまっているからな。
ただ回収しただけでは解決しないさ」
「結晶を回収する為に幽霊騒ぎ……ファントムの魔除けをしなきゃだった?」
「さて……解決の為に結晶と冷たい石を交換したのか、結晶を回収した結果偶然魔除けができたのか。
そもそも、冷たい石で解決できるものなのか、冷たい石は単なる茶番なのか」
「茶番……冷たい石で解決したわけじゃないってこと?」
「ああ。できればグラキエス街の手柄で幽霊騒ぎを解決したかっただろうからな。
例え勝手にいなくなったのだとしても、贖罪の為、保身の為、見せかけの何かが欲しかっただろう」
今があるってことは方法は何であれ、解決したってことだ。
疑問は残るものの推理を次に進められないわけじゃない。
「……気候が合う、か……。
ガヴィン。表の石像ぶち壊して、中身を取ってこい」
「はぁ? もう一回作れって?」
「中身さえ無事ならどうとでもなるだろう。
そもそも、今となってはなんの意味もない石像さ。中身もな」
外に出て行ったガヴィンさんの背中を見送ってすぐ、扉の外から乾いた破砕音が聞こえてきた。
地面に叩きつけたような音だったけれど……中身は無事だろうか。
「ん、冷たいからあんま持ちたくないんだけど」
「君な、ぶち壊せとは言ったが、本当にぶち壊す馬鹿がどこにいる」
「ここ」
ガヴィンさんは手に持つ真っ白な石を嫌そうに見た後、テーブルの上に置いた。
氷のようにも見えるし、雪玉のようにも見える。
突いてみると氷に触れるより冷たくて、しかし指や周囲の温度で溶ける様子はない。
広い範囲ではないけど、触れずともそれが冷たいと分かる程に周囲に冷気が漂っている。
試しに鑑定してみれば《グラキエスの氷石》と表示されるだけで、それ以外には何の情報もない。
「こっちはこっちで、氷魔法の結晶か何かの可能性も考えていたが、そういうわけではなさそうだ。
どうだ、ヤカ。何か感じるか?」
「特に何も。異常に冷たい以外は普通の石……氷石? に、見えるね。ただ……なんかこう、違和感がある」
「違和感? そう言われるとそんな気がしないでもないが……」
「それ呪われとるぞ」
ネイヤの言葉にぎょっとして、突いていた指を慌てて離し、ネイヤに視線を向ける。
「……そうか、君、天眼持ちだったな」
「え、そうなの? ああ、道理で目に魔力が集まってるわけだ」
「天眼? 何それ」
「それは後でいくらでも説明してやるから、今はこっちだ。
ネイヤ、呪われている、とは?」
「そのまんま。呪われとる。いや、違うな。呪われとったが正しいか」
ネイヤはグラキエスの氷石を手に取り、まじまじと見つめた後、テーブルの上の火の結晶に視線を向けて頷いた。
「ほとんど残っとらんから仔細は分からんが、呪われとった形跡がある。
そっちが火の呪いなら、こっちは氷の呪いよ。
平常にするんは無理でも、極寒の地を厳寒の地に、灼熱の地を陽炎の地にはできろうな」
「ほう? ……待て。……氷の呪い、だと?」
「おう。ルクス街から飛んできとった呪いがくっついたんだろうよ」
異常気象が起きた後に取れるようになった特別な氷石なんてものではなく、異常気象を起こす原因となった呪いの氷石ということだろうか。
「ほれ、隣に並べると分かりやすかろうて」
そう言いながら、ネイヤはグラキエスの氷石を2つの火の結晶の間にことりと置いた。
すると、グラキエス街に埋められている火の結晶の炎のような揺らめきがぴたりと止まった。
「氷の呪いが火の呪いを弱らせる。原因が弱れば中途半端に生まれたもんも弱ろうな。
……逆も然り。火の呪いが氷の呪いを返した」
「それは……」
洞窟の湖からエルムさんが持ち帰ってきた火の結晶には変化がない。
つまり、こちらの結晶……良くない変質をしているとはいえ、それだけでは足りなかった。
「……テラ街の大火災がなければ、ルクス街の呪いは返せなかったということではないか……。
こうなると、グラキエス街の者は呪いに気付いていたとさえ思えてくるよ」
「さ、さすがに……誰も来ないような奥深くに封印してたんだから……」
「ああ、そうだな。違う、だろうさ。しかし……いや、どれだけ疑ったところで、答えは出ないな」
エルムさんは大きく溜息を吐いて、テーブルの上の氷石と火の結晶に視線を向けた。
「これだけ分かりやすく反応を示すのであれば、グラキエスの氷石……いや、土地自体、か。
グラキエス街という土地が呪われた火の結晶に対抗できるどころか、求めていた害のない火の魔法に変えると気付いただろうな」
「そっか……元々は寒さを凌ぐ為に火の魔法を使ってたんだもんね」
「ああ、そうだ。気候が合うとは随分良く言ったものだ。……まぁ、今更言っても仕方がない。
氷石はアクア街に、そして呪いの火の結晶はグラキエス街に渡り、アクア街の幽霊騒動は解決したわけだ」
呪いの火の結晶と交換したグラキエス街の氷石がファントムを退け、そして、呪いによって異常なほど上昇した気温を今のアクア街の暑さへと下げた。
解決したと言ってもそれまでの被害がなくなったわけではないし、暑さも残ったまま。なんとも後味の悪い話だ。
「今後石像作る度、思い出しそ。嫌になる。
で、次はテラ街? 残り滓が行ったってやつ」
「ふむ。さて、どちらを先に話すべきかね。まぁ、ほぼ同時期だろうな、これは。
ファントムの残り滓はテラ街に帰った、と」
「んー……元居た場所ってのもあるけど、力を求めてたのかもね。
歪みはテラ街で生まれたわけだし、そのほとんどが結晶に飲み込まれてたとしても、少しは残ってるだろうから」
「なるほどな。まぁ、それは叶わなかったようだがね。
ライが話を聞いた相手によると、鬱陶しい程にずっと声が聞こえてきていただけらしい」
きゅうりのお婆さんの話では声以外のファントムからの被害はなかったと思う。
テラ街の気候が北側と南側で違うのは、アクア街とグラキエス街の影響だとは思うけれど。
直接テラ街で起きたわけではない。
「同時期、グラキエス街の者達は呪われた火の結晶をその地に埋めた。
その結果、偶然にもルクス街からの呪いを返すこととなった。
低下し続けていた気温はそこで終わり……また、火の呪いによって今の気候に落ち着いた、ということだな」
落ち着いたと言っても凄く寒いみたいだけど……その当時はもっと寒かったということだろうか。
もこもこの外套でどうこう出来る状態ではなかったのだろう。
「さて、漸く元凶のお出ましだ。呪いを返されたルクス街……厳密にはルクス街で遺物の研究をしていた研究者達、だな。
研究者達が次々と倒れる事態となった。当然、原因解明の為、調査を始めただろうな」
「全部分かったのかな?」
「ああ、分かっただろうさ。仮にも遺物を研究する研究者だ。
己が飛ばしていたものが呪いだったことも、その結果起きた惨状の連鎖も。
そして、それらが全て返ってきたのだと、理解したはずだ」
「それでやった事が隠蔽、ね。今のルクス街の魔道具工房が昔は遺物の研究所ってことなら、街ぐるみの研究でしょ。
街で研究が行われてるって分かってたはずなのに、一切残ってないなんて、行政も絡んでるよね」
「ああ。それ以外でやった事といえば、防音の効果があると嘯き、テラ街に魔除けの魔道具を埋めて回っただけさ。
まぁ、他に出来る事など、既になかっただろうがね」
テラ街の大火災も、アクア街の幽霊騒動も、グラキエス街の異常気象も一応……解決している。
声が聞こえなくなったのは確かに助かったのかもしれないけれど。
「今も尚、光の玉を飛ばし続けているのは、贖罪の為でもあるのかもしれないな」
でも、今光の玉を飛ばしてる人達は、何も知らない。
グラキエス街の人達がテラ街の大火災の原因を公表していたとしたら、ルクス街の人達がどれだけ隠してもいずれ露見したのではないかと思う。その逆も。
でも結局は、どちらも隠蔽を選んでいる。……やっぱり、後味の悪い話だ。