day144 答え合わせ①
「ふむ、私が最後か。皆集まっているようだな。
てっきりヤカは寝ているかと思ったが」
「婆さんに叩き起こされたくはないからね」
「店から行くならともかく、そうでないなら君の家には行きたくないな」
お店からならあの遺物で移動できるけど、お店が閉まっていたら使えない。
弐ノ国の鉱山の村の更に奥にあると言っていたけれど……徒歩で行けるのだろうか。
鉱山の村から行くのは無理とも、手紙なんて届かないとも言っていた覚えがある。
クランポイントと個人ポイントを使って交換した家具が並ぶリビングで、ソファやスツールに腰掛けた皆に飲み物を振る舞うシアとレヴの姿を眺める。
人数分の飲み物をテーブルの上に置いた2人が満足そうに笑ってソファーに座ったのを合図にエルムさんが口を開いた。
「早速風習についての答え合わせをしようじゃないか。
まず、ライ。君が手紙に書いていた予想は概ね当たっていると見て良いだろう」
「ええと……テラ街の火事の原因?」
「ああ、そうさ。まぁ、確実な証拠があるわけではないがね。状況証拠は揃っていると言えるだろう」
「ヤカが言ってたやつ? テラ街だったの?」
「ああ、当時を知る者がテラ街に住んでいたらしい。
さてガヴィン、君が調べた事を発表してくれ」
「そんな大袈裟なもんでもないけど。
アクア街の石像に入ってる冷たい石ね、あれ、グラキエス街から買うんだけど」
「確か、異常気象が起きた後に採れるようになったんだよね?」
「ん、そう。でも、アクア街の石像の依頼を受けた石工職人はグラキエス街から直接石買えないんだよね。
一回アクア街の石屋を通して回してもらうっていう、面倒な手順を踏まなきゃいけない。
ま、なんかややこしい事情? 金絡みの何かがあんのかねって思ってたけど」
アクア街からの依頼だから冷たい石もアクア街の石屋さんを通してほしいってことなのかな。
でも、ガヴィンさんが言うように、確かにちょっとややこしいかもしれない。
「実際はタダ同然で渡してるんだって。
気候が合うとか、なんかよく分かんない理由らしいけど。
でも、最初は赤い石……宝石? と、交換だったって」
「それって、アクア街の人が持ってきた赤い宝石ってことだよね?」
「多分ね。幽霊騒ぎの原因になったってやつだと思うけど」
ということは、参ノ国の風習の話で出てくる赤い石や赤い宝石は全て同じ物なのではないだろうか。
全部、グラキエス街で生まれてしまった魔法だ。
「よし、次ヤカ」
「はいはい……アクア街に出たっていう幽霊ね、あれほとんどファントムだったみたい。
と言っても、なりかけってところで、ファントムと言って良いのか分からない状態だったみたいだけど」
「ファントムってそういう、なりかけみたいな感じで出てくるの?
幽霊から進化したみたいな話……?」
「いや、んー……まぁ、ファントムがどうやって生まれるかなんて分からないことのほうが多いんだけど。
そこに残った残留思念的なもの、まぁ、魔力とかね。そういうのから生まれるんじゃないかって言われてる」
「亡くなった人達のってことだよね? なんだか幽霊とそんなに変わらない気がする……」
「違うよ、全然。幽霊は殴って倒せないけど、ファントムは殴って倒せる。魔物だからね」
幽霊は魔物じゃないけどファントムは魔物。
ファントムが魔物として存在する世界だと、俺達の世界のようには幽霊の話が広がらないのかもしれない。
『解明できないことは何でも幽霊の仕業になっていた』らしい昔ならともかく、解明できるようになってしまえば、幽霊という発想が根付かなかったのではないかと思う。
「なりかけとは言えファントムだからね。呪詛になるのも頷けるよ」
「ファントムは呪いが得意な魔物なの?」
「一体程度の呪いなら大したことないんだけどね。たくさんいたわけでしょ?」
なるほど。小さな呪いでも集まると大きな呪いになる。
「それで……テラ街でも幽霊騒ぎ、あったんでしょ?」
「うん。聞いた感じだとアクア街の幽霊……ファントムよりは弱い印象だよ」
「そうだね。そっちの幽霊騒ぎはアクア街のファントムの残り滓。
アクア街の石像で厄除けされた……いや、ファントムなら魔除けかね?
まぁ、ファントムの残り滓が元居た場所に戻ったんだと思う」
テラ街の幽霊はアクア街より後に出たのかもって予想は当たっていたみたいだ。
なるほど。エルムさんが言っていたように、ある程度矛盾なく推理が出来るかもしれない。
「よし、そこまで。ここからは答え合わせといこう。
結論から言うと、この国の風習は隠蔽と贖罪の歴史だ」
「いや、婆さんの情報は? 何もないの?」
「せっかちなやつだな。まぁ、大した情報ではない。話しながらでも付け加えていくさ。
……さて、この話はルクス街から始まる。ルクス街の光の球が呪いだったのではないかと前回話しただろう?
それは正解だった。そうだろう? ライ」
「うん。呪いに敏感になっていたエルフの人達は気付いてたみたい。
そして、その呪いはグラキエス街に届いて、急激な気温の低下……異常気象を起こした」
「いやはや、まさかあいつが知っているとはな……それはさておき、そう。異常気象だ。
異常気象が起きたグラキエス街では、暖を取るのに火属性の魔法を使ったらしい」
そう言って俺に視線を向けたエルムさんに頷いて口を開く。
「暖を取る為に使ったけど、結局上手くいかなかったみたい。
よくない変質をしてしまった火属性の魔法を人が来ないような洞窟の奥深くに封印……実際はほとんど捨てただけに近かったみたいだけれど」
「変質した魔法を? 人が来ないような場所って言っても……無茶するね」
「今では近付いて漸く極僅かに感じられる程度で、長い年月の中で薄れていったのかもしれないって聞いたよ。
それで……変質した結果なのか、僅かでも封印されていたからなのかは分からないんだけど……結晶化していたんじゃないかなって」
「ああ、そうだな。どちらにせよ、結晶化していたのは確かだ。
結晶化した歪んだ性質の火の魔法がそこにあった」
「……もしかして、他のとこで出てくる赤い宝石って、それだったりする?」
ヤカさんの言葉にエルムさんはにんまりと笑うと、ポケットから綺麗な赤色の宝石を取り出して投げた。
受け取ったヤカさんの手の中に納まる透き通ったその宝石は、何かが中で揺らめいているかのように輝いている。
「ん? 赤色の宝石……? もしかして、それ……」
「ああ、拾ってきた」
「拾ってきたの!?」
「良い暇つぶしになったよ。まぁ、場所についてはエアに聞いて行ったがね。
確かに長い年月の中で薄れてはいるんだろうな。が、そもそも、あの場所にこれはほぼ残っていなかった」
「極僅かにしか感じられないのは、赤い宝石自体がなくなって……持ち出されていたからってこと?」
「ああ、そういうことだ。ないものは感じられない。
どれだけの量を捨てたのかは分からんが……持ち帰ったその石からは僅かに妙な魔力を感じるからな。
それらが全て残っていたのだとしたら、近付いて漸くなんて些細なものではない」
エアさんも昔確認に行ったとは言っていたけど、それらに纏わる過去に興味があったわけではないだろう。
安全を確認できたら良かったのだろうし、それ以上知る必要もなかったのだと思う。
「どうだい、ヤカ。何か分かるかい?」
「特に何も。言われてみれば変質した魔法かもって思うけど、そうじゃないならまぁ……魔宝石とそんな変わらないかな」
「魔宝石? 魔物が落とす宝石?」
俺の問いにヤカさんは頷いて応えてくれた。金属だけでなく宝石を落とす魔物もいるらしい。
今後魔金属や魔宝石を落とす魔物に出会えた時はたくさん狩らなければ。
「そう、そこが問題なんだ。当時のテラ街の者もそう思ったんだろうな。
実際に行ってみたが辿り着けない場所ではなかった。それなりに難解な道ではあったがね」
「あの洞窟、割とどこにでも繋がってるから、入る場所でも変わると思うぜ。
近付くなって聞いてたとこがそうなら、複雑ではあるのかもしれねぇけど、言う程遠くもないしなー」
リーノはもちろん、あの洞窟に住むノッカーの人達もそこに辿り着くのは容易なことなのだろう。
「封印のつもりで施した何かのせいでそうなったんだろうな。
結果論ではあるが、いらぬ世話をしたものだ。何もしなければ気付けただろうに」
「封印した結果、歪んだ性質を持つ魔法だって分からなくなったの?」
「恐らくな。魔宝石だと思って石屋が持ち帰ったんだろうさ。
まぁ、一か所に大量に魔宝石が転がっていたとしたら、そちらのほうが問題だと思うがね」
「確かに……その場所でたくさんの魔物に何かが起きたってことだもんね。
そういえばエルムさん、拾ってきたって言ってたけど……採掘したわけじゃないの?」
「ああ、その場所には小さな洞窟湖があってな。そこに沈められていたよ。
と言っても、深い場所でも水は腰ほどの深さしかなかったがね。
湖全体で見ても残っている石は、私が持ち帰った物を抜いて数個だろう」
湖に沈めて封印したとは考えていなかった。確かに火の魔法なのだから水には弱そうだ。
話を聞く限り、湖に沈めただけでなく他にも何かしていたんじゃないかと思うけれど。
「それ、壊して良いやつ?」
「構わない。手に届く範囲の物は全て拾ってきたからな」
ヤカさんから赤い宝石を受け取ったガヴィンさんの手の中で、それはパキンと軽い音を立てて割れた。
割れると同時に噴き出す炎にぎょっと目を見開く。
しかし、火に強いらしいガヴィンさんは動じることなく炎を握り潰し、次に手を開いた時には炎は綺麗さっぱり消えていた。
「……話の流れ的に、これが火事の原因かと思ったけど。大したことないね」
「君のように握りつぶせるならそうだろうがね……まぁ、長い年月で特に薄れたのはそこだろうな。
当時はこの程度ではなかったのだろう。君の言う通り、これが火事の原因さ」
当時のグラキエス街の人達は、変質してしまった魔法自体を封印したかったのだろう。
噴き出した炎が小さくなる……いや、そもそも噴き出さないような状態にしたかったんじゃないかと思う。
「当時のテラ街は細工の街と呼ばれる程に細工が盛んな街だったらしい。
これについては文書が残っていた上、役所でも確認が取れた」
「気付かず拾って来た石屋が工房に卸したってわけね」
「どれだけの工房に卸したかはわからんが、その結果、街を飲み込む程の大火災が起きた。
他の街や集落の者達が長い間救助活動を行ったものの、誰一人として助からない程の規模だったそうだ」
「あー……なるほどね。ファントムが生まれた原因、宝石だね」
「そうなの? 残留思念的なものから生まれるなら、火事だけでも……生まれそうだけど」
「うんまぁ、火事の犠牲者ってだけでも、歪みは残るだろうけどね。
でも、それだけじゃ足りないと思う」
「歪みが残る……あ、歪んだ魔法があったから?」
「そうだね。まぁ、街が一つなくなる規模の火事なら完全なファントム一体くらいは生まれてたかもしれないけど。
本来ならそれで終わり。でも、歪んだ魔法が結晶化した物があったから、歪みが増幅した」
『残留思念的なもの』と聞いて、俺は後悔とか怨恨とか……そういうものから生まれるのかなって思っていた。
だからこそ幽霊とそんなに変わらないように感じていたのだけれど。
でも確かにヤカさんは『魔力とかね』と言っていた。そちらの方が重要なのだろう。
「歪んだ魔法がそこにあったから呼応して、共鳴して、増幅して……なりかけのファントムが大量に生まれた」
「呪いを飛ばしていたルクス街の者も大概だが、グラキエス街の者も随分とやらかしたものだ。
気付かず持ち帰ったテラ街の者達が哀れでならないよ」
「まぁでも、なりかけのファントム達は確かにテラ街の住人達だからね。
元人間ってわけではないし、変異したわけでもない。もちろん進化でもない。
別物だけど、でも、今でも残る熱をアクア街に刻んだのはテラ街の住人達だよ」
ファントムと幽霊を混同してしまっている俺では、ファントムがどういう魔物かいまいち分からないけれど。
アクア街の気温が上昇したことで次々に住人達が倒れ始めたとヤカさんは言っていたが、倒れて……助からなかった人もいるんだろう。
隠蔽と贖罪の歴史……確かに、そうかもしれない。
テラ街の人達は被害者だけど、加害者でもあるのかもしれない。
でも、テラ街の人達は償うことは出来ない。
完全な被害者はアクア街の人達だけではないだろうか。