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day143 魔除け

カラコロと聞こえてくる鐘の音に本から視線を上げる。

来客の予定は特になかったと思うけど……きゅうりのお婆さんの時のように、ご近所さんだろうか。


首を傾げながら家から出て門に向かえば、そこには見慣れた姿があった。


「あれ? エルムさん? 何かあった?

 あ、手紙を見て……でも、ついさっき出したばかりだし……」


午前中に出した手紙は夕方にしか届かないはずだ。

現在の時刻は『CoUTime/day143/14:23』。手紙を見てきてくれたわけではないだろう。


「今日も出してくれていたのかい?

 私が読んだ手紙は風習についての手紙が最後だな」

「そっか、それもあったね。それじゃあ、今日はそれについて?」

「まぁ、そうとも言えるが……ルクス街に用があってね、ついでに寄ったんだ。

 誰かしらはいるだろうと踏んで来たが……いや、急に来て悪かったね」

「ううん、来てくれて嬉しいよ。今キャビンを完成させているところでね」

「今? 空に頼んだと言っていなかったか?」


朝陽さんから伝えられたことをエルムさんに話しながら庭を歩く。

エルムさんは俺の話に頷きつつ辺りに視線を巡らせ、畑や厩舎の方にも視線を向けた後、俺に視線を戻した。


「良い時に来たようだ。魔除けを施してしまおうじゃないか」

「うん! 次の村に行きたいって思ってたから助かるよ」


馬車がなくても進んでみようと話してはいたけど、馬車があるなら馬車の旅を楽しみたい。

道中でレベル上げが出来なくなってしまうとは言え、ログイン中に移動を済ませなきゃいけないので早く着くならその方がありがたい。

レベル上げはいつでも出来る……してない日の方が多い気がするけれど。


「みんなーエルムさんきたよー」

「急に来てすまないね。お邪魔するよ」

「あ! お婆ちゃんだ!」

「いっぱい甘いのと甘くてちょっと苦いやつどっちが良いー?」

「……何の二択だ? まぁ、甘過ぎない方が好みではあるが」

「「わかった!」」


満面の笑みを浮かべたシアとレヴがキッチンへと向かって行く後ろ姿を見送る。

そういえば、ここ最近の来客の際にジオンが飲み物を振舞ってくれていた姿を見て、次は2人でやってみたいと言っていた。


「先日渡した閃光魔石は残っているかね?」

「残ってるよ。と言うより、まだ使ってないね」

「ふむ……光属性の鉱石も用意できるんだったか?」

「うん。使うかもって思って銀に融合した分があるよ。それと、宝石も」

「ではそれらも使うぞ。参ノ国、肆ノ国の移動にも困らない魔除けが出来るだろう」

「肆ノ国も?」

「当然さ。これだけの素材があってできないわけがない。

 まぁ、それらの素材を制御できてこそだがね」


部屋の中心にある大きなテーブルの椅子を引いてエルムさんに座ってもらうよう促し、俺が使っている作業机へ向かう。

羊皮紙と羽ペン、それから数冊の本を本棚から抜き取り、大きなテーブルの上に並べてからそういえばと思い出す。

再度本棚に向かい、綺麗な装飾がされた本を抜き取るとエルムさんの隣の椅子に腰掛けた。


「エルムさん、これ……本当はもっと前に渡そうと思っていたんだけど……」

「なんだい? 随分綺麗な装丁の本だな」

「表紙はイリシアとリーノが作ってくれたんだよ」

「おや、そうなのかい? 題がないものだからてっきり禁書かそれに近い類の本かと思ったが」

「違うよ!? 思いつかなかっただけだよ」

「まあ、そうだな。これ程綺麗な装丁の禁書など見たことがない」

「製本したんだけどね、教えて貰ったことやこれまでに作った魔道具のことを纏めてみたんだ」


エルムさんは本を受け取ると早速ページを捲り始めた。

誰かに見せるとは考えていなかったとは言え、自分なりに丁寧に纏めて書いてきたつもりだけど……どうかな。

不安になりつつ反応を待っていると、最後までパラパラとページを捲ったエルムさんがほうと息を漏らした。


「……私は君に、師匠の教えを伝えられているんだな。師匠が遺してくれたたくさんの本の……最初の一冊。

 作ってきた物が違うのだから書かれていることも違う。だが、君のこれはそれに似ていると感じるよ。

 私が弟子となったあの頃の師匠に、私はなれていたんだな」


ぱちりと目を瞬き、ほっと安堵の息を吐く。

優秀だと思われたいとは思っていないけど、不出来だとは思われたくない。


エルムさんに教えを請いたい人はたくさんいるだろう。

俺は異世界の旅人で、エルムさんと常に一緒にいることも、学ぶこともできていない。

こんな状態で弟子だなんて烏滸がましいと思われていても不思議じゃない。


「君の本がこれからも増えていくことを願っているよ。

 まぁ、君のペースで構わない。何にも囚われず、これまで通り楽しく過ごしなさい」

「うん。たくさん楽しむよ」

「それで良い。楽しくなければ続かんからな。

 ふむ、この本は持ち帰っても?」

「もちろん。原本は別にあるから大丈夫だよ」

「では、家でゆっくり読ませてもらうよ」


これからも本を作ったらエルムさんに見て貰おう。

今の本も今後製本スキルで手を加えていくつもりなので、新たなページが増えたり、違う本にページが移動したりなんかはあるだろうけど、その時はまた見て貰おう。

それに、今日もこれから新たなページが増えるはずだ。


「さて……魔除けに取り掛かろうか。まぁ、魔除けの短剣を既に作ったことのある君ならそう難しいものでもないだろう。

 トーラス街の魔道具工房でも魔除けの魔道具について多少は学んだだろうしな」

「魔除けの短剣はともかく、トーラス街ではエルムさんが用意してくれた魔法陣を描いてただけだからあんまり学べてないかも……」


あの時エルムさんが用意してくれた魔法陣は凄く複雑だった。

魔除けの短剣で描いた魔法陣とは違うものだ。全てが違うというわけではないけれど。


「そういえば、防音の魔道具……あ、きゅうりのお婆さんのお家の魔道具なんだけどね」

「ああ……テラ街の風習の話を教えてくれたという人だな。

 防音の効果はほとんどなく、厄除けではないかという話だったか」

「そうそう。俺の勉強不足かもしれないんだけど……えっと、確か魔法陣は……」


羊皮紙を手元に手繰り寄せ、あの時の魔法陣を思い出しながら描く。

我が家のどこかにも同じ魔法陣があるだろうからとメモをしなかった上に、お知らせが来たらどこにあるか分かるしその時で良いかと探してもいないのでうろ覚えだ。


「こんな感じ? だったかな?」

「ふむ。確かに防音の魔道具ではないな。ライの言う通りほとんど魔除けの魔法陣だ」

「良かった。エルムさんから見てもそうなんだね」


エルムさんの師匠が描いた魔法陣のように何がどうしてそうなるのかというような魔法陣ではなかったみたいだ。

魔法陣を見てどういった効果があるのか僅かでも分かるようになったんだなと、日頃の勉強の成果を感じて嬉しい。


「魔物は光魔石、幽霊は聖魔石なの?」

「幽霊、なぁ……いや、これはまぁ、一旦置いておこうか。

 魔物除けには光と聖、どちらでも使える。とは言え、基本的には光魔石を使うがね」

「光魔石が基本なのはそっちのほうが効果が高いから?」

「汎用性があるから、だな。聖魔石や光魔石でなくても別に何の魔石でも良いのさ。

 特定の魔物に合わせた属性の魔石を選べば効果の高い魔除けになる。

 が、特定の魔物一種類だけの為の魔除けなんて使い物にならん」

「なるほど……例えば火に弱い魔物なら火魔石を使った魔除けのほうが効果が高いけど、他の魔物に対しては効果がないってこと?」

「ああ、そういうことさ。魔法陣で事細かに調整するなら特定の魔物以外にも効果のある魔除けを作れないことはないがね。

 結局のところ、魔法陣で制御しやすいかどうかだ」


魔除けには光魔石って思い込んでしまっていた。

とは言え、基本的には光魔石を使うようなので、完全に間違った知識というわけではなさそうだ。

対クラーケンの魔除けは光魔石を使った物だったけど、それは相手がクラーケンだと分かっていなかったからだろう。

仮にクラーケンだと分かっていたとしても、どの属性が一番効果があるのか分からなかったのではないかとも思う。


魔法陣やシンボル、記号等の本と見比べながらエルムさんの話を聞きつつメモを取る。

魔除けの短剣を作った時よりもたくさんのシンボルや記号を使うみたいだ。

あの頃よりスキルレベルが上がっているから全く同じ効果の魔法陣を前より簡単に書くことはできる。

でも、スキルレベルが上がって使えるシンボルや記号等も増えて、出来る事が更に増えているので簡単になるだけではない。


「こう?」

「いや、これはここだ。ここに置けばここと繋がる」

「あ、だったらこれはこっちで良くなるよね?」


なるべく自分で考えつつ、エルムさんに確認してもらいながら馬車用の魔除けの魔法陣を描いていく。

他の生産もしてみたいなって思ってたけど、魔道具製造だけでも覚えることが多過ぎて他を学ぶ暇がなさそうだ。

生産職の人達が基本的に一つのスキルを覚えているのはそれが理由だろう。空さんは別だけれど。


かりかりと描き続け、円の中がいっぱいになったところで手を止める。


「……できた、かな?」

「ああ、問題ないだろう」


ほっと息を吐いて描き終わった魔法陣を眺める。

想像以上に複雑になった。でも、その分暫く困ることのないものができただろう。


「次の村にはいつ行く予定なんだい?」

「キャビンが完成したら、かな? ここから次の村までどれくらい時間が掛かるの?」

「そうだな……テラ街の北側から魔物と戦うことなく真っ直ぐに突き進めたとしたら4時間くらいか」

「徒歩で4時間なら馬車だと……イリシア、どう思う?」

「そうね、馬車にぴったりな子達だって言っていたから倍……休憩を挟んだとしても、常歩で3時間くらいで辿り着くんじゃないかしら」


魔物の相手をしていたら徒歩だと4時間では辿り着けないだろう。

魔物除けが施された馬車なら休憩以外で止まることなく真っ直ぐ進める。

この家からテラ街の北側の門までは恐らく……地図で見る限りは徒歩2時間くらいだろうか。

馬車なら1時間くらいって計算で良いのかな。休憩込みで多めに見積もって5時間もあれば次の村に辿り着けそうだ。


「今日キャビンを完成させて、明日早めの時間に出ればお昼には辿り着けそうだけど……うーん……」

「ライさんは正午過ぎには異世界へとお帰りになりますし、時間に余裕がありませんね」

「そうだね。何かあった時に困るし、次の村に向かうのは明々後日にしよう」

「ふむ。では、明日……午前中か。午前中は暇かい?」

「予定はないね。何かあった?」


明日もキャビンを完成させる為の作業をしている可能性はあるけど、魔除けの作業自体は今日できるだろう。

魔除け以外の皆の作業は俺がいない間に出来るだろうし、何かあるならそちらを優先したい。


「まぁ、急ぐ程の用事ではないがね。風習の話さ」

「わ! もう集まったの?」

「抜けはあるがね……まぁ、集めたのはほとんど君さ。私達は足りない部分を少し埋めただけだ」


当時を知っている人に話を聞けたのが大きかったと思う。

とは言え、エアさんもきゅうりのお婆さんもエルムさんと出会っていなかったら話を聞くことはなかっただろう。


エルフの集落へ行く為の紹介状をくれたのはエルムさんだ。

兄ちゃんと一緒なら紹介状がなくても辿り着けたかもしれないけど、エルフの集落の長であるエアさんと今のような関係になれたかは分からない。

きゅうりのお婆さんも防音の魔道具……実際は違ったけれど。俺が魔道具を作れなかったらあの日話すことはなかっただろう。


「では、明日の午前……8時にするか。クランハウスに集まろうじゃないか。やつらにも言っておく」

「ガヴィンさんとヤカさん、明日大丈夫かな?」

「午前が少し潰れたくらいで困る連中じゃないさ。そもそも、ヤカは休む口実を常に探しているからな」

「休む口実……確かにそうかも」

「口実無く休むのは嫌らしい。雇われているわけでもないのにな。

 光球が切れただの庭の果物が実り過ぎただの……もう少しまともな言い訳はないものかね」


店を開けるかどうか自分次第であるとしても、何もないのに休むのは気が引けるというのは分かる。

とは言え、豪華なものならともかく簡素な光球であれば街で簡単に手に入るし、庭の果物については過去に『僕食べないし、腐るだけだよあれ』と言っていたから、実り過ぎたからと言って特に収穫を急ぐわけでもなく放置するんじゃないかと思う。


「真相が分かる?」

「まぁ、ある程度矛盾なく推理が出来るくらいにはなっている。

 結局のところ……いや、これは明日話すことにしよう」

「うん! 凄く楽しみだよ」

長らく更新が滞っており申し訳ございません。

ゆっくりではありますが投稿を再開したいと思っておりますので

今後もどうぞよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
夜分遅くに失礼します。 ランキングから拝見して、ここまで夢中で読み進めました! ここからは更新楽しみに、のんびりと追い続けられたらと思います。 どうかご無理はなさらず、お身体ご自愛ください。
時々アクセスしつつ、再開されると信じてお待ちしていました。 ライたちの旅程を共に辿れますこと、本当にうれしく思います。 ご自分のペースでどうぞ無理をなさらずに、楽しませてください。
お待ちしておりました!更新ありがとうございます!
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