day143 取引完了
「ベルデさん、おはようございます。争奪戦の時以来だから久しぶりだね」
「あ、ライさん。どもっす。久しぶりっすね」
朝陽さんに聞いた場所に行くとベルデさんの露店を見つけられた。
近くにシルトさんの露店は見当たらない。今日はベルデさんだけみたいだ。
「杖と盾を新調したいんだけど、シルトさんは忙しいのかな?」
「シルトさんは生産中っすね。別に忙しいわけじゃないみたいっすけど。
杖はシアちゃんレヴ君、イリシアさんっすか?」
「うん、そうだよ」
「翡翠聖木ってまだ残ってます? ここに並べてるのも弱くはないんすけどね。
でもやっぱ、翡翠聖木使ってる杖と比べると弱いんで」
「一応丸太を3本、持ってきてるよ。あと、一応苗木もあるんだけど……ぐんぐんさんに渡しておいてもらえるかな?」
「え、良いんすか? イリシアさん育てないんすか?」
「育ててるよ。翡翠聖木って、切り株で残してたらまた育つみたいでね」
「あーなるほど。そっちタイプの木なんすね。
1つ苗木があったら増え続けるってやつっすよね?」
「そうそう。伐採の時に苗木がたまに手に入るんだけど……そんなに植える場所ないんだよね」
苗木が手に入る度に植えていたら家が森になってしまう。
野菜などの作物や裁縫や錬金術で使う工芸作物よりは時間が掛かるけど、この世界では木の成長も早く、翡翠聖木は大体7~10日で伐採できる程に育つらしい。
俺達は木工はやっていないので、きのこの苗床として使うくらいしか使い道がない。
錬金術でも一応使えるみたいだけど、主に使うのは樹皮のようで、それもそんなに量は必要ではないみたいだ。
家に植えている翡翠聖木だけでなく、エルフの森で伐採した丸太も庭に積み上げられているので、一旦伐採は止めている。
「毎回ライさんに集るのも申し訳ないし、どうしたものかって思ってたんすよね。
そういうことならありがたくいただきますね。苗木、いくらっすか?」
「うーん……手付け金ってことで」
「ライさんって割とアイテム配りますよね。俺なら独占するっすよ。
俺以外に売らないでくれってぐんぐんさんにも頼んじゃうと思います」
「あはは。ベルデさんがそうしたいならそれでも大丈夫だよ。
木工してる人が全員翡翠聖木を使うようになったら、杖売れなくなっちゃうかもしれないもんね」
「そうなんすよねー。かと言って、罪悪感もあるんで悩みどころなんすよ。
まぁ、ある程度名が知られたらコンスタントに売れるようになるんすけどね」
その人から買えば間違いないと思うからだろう。
俺もこの先、仮にベルデさんより強い杖を作る人が出てきたとしても、ベルデさんの店で買い続けるのではないかと思う。
木工ができる仲間が増えた場合は別だけれど。
「それじゃ、苗木は貰っとくっす。その代わり、気合い入れて杖作るんで」
「ありがとう。期待してるね。
杖って丸太1つで何本くらい作れるものなの?」
「シアちゃん達が持ってるような小振りな杖なら20本いかないくらいっすかね。
イリシアさんの杖だと1つで1本……いや、1つでシアちゃんレヴ君のも一緒に作れますね」
「それじゃあ、何があるか分からないし、持ってきた分全部渡しておくね。
もし余ったら他のことに使ってね」
「また配ってる……カヴォロさんならばっさり切るんでしょうけど、俺はありがたく貰っちゃいますからね」
「あはは。俺も別に、誰にでもプレゼントしてるわけじゃないよ。
信頼できる人……それと、もっと仲良くなりたいって人にだけだよ」
それに、俺達で使う分までプレゼントしたりはしない。
錬金術でなんでも使えるとは言え、常に生産しているわけではないし、一度で全ての種類の素材を使うわけでもない。
鍛冶や細工でも魔物の素材を使って作れるようだけど、ジオンもリーノも魔物の素材を使った装備は作っていない。
素材付与の練習の為には使っているみたいだけど、1本の武器に1つ2つの素材しか使っていないので素材が溜まる一方だ。倉庫を拡張し続ける未来が見える。
「あ、盾に使う鉱石なんだけど……シルトさんって竜胆鉄と月白銅って持ってるかな?」
「あー……最近ちょこちょこ見かけるようになったやつっすよね?
鉱石使う生産スキル多いんで、オークションじゃなくても競争率高いし、あんま持ってないと思いますよ」
「だったら、その2つも持ってきてるから、良かったらこれ使って盾を作って欲しいって伝えて貰えるかな?」
「了解っす。伝えときます」
「ありがとう」
取引ウィンドウを開いて、翡翠聖木の丸太を3本と苗木を1つ、それから竜胆鉄と月白銅を並べる。
「盾作るのにこんな使わないっすよ……これも余ったら好きにして良いやつです?
ライさん達も結構鉱石使いますよね?」
「確かにたくさん使うけど、リーノのお陰で鉱石と宝石はたくさん採れるからね。
なくなってもまた採りに行けば良いだけだよ」
「生産も戦闘もって出来る人の強みはそこっすよね。
俺だと今からレベル上げても欲しい素材があるとこには行けませんし、行けるようになった時には違う素材欲しくなってるでしょうから」
「レベルが上の人達に追いつくって難しいよね」
ベルデさんはテラ街周辺で活動しているプレイヤーだけでなく、最前線プレイヤーと呼ばれる人達もターゲットにしているので、その人達が今いる場所で手に入る素材が必要になってくるだろう。
彼らに追い付くのは至難の業だ。寝る間を惜しんで狩りをしても追い付けない気がする。
「っと、話逸れまくって申し訳ないっす。杖と盾の注文、確かに承りました」
「ありがとう。よろしくお願いします」
「出来たらカヴォロさんから連絡してもらうんで、待っててくださいね」
「了解。楽しみにしてるね」
挨拶をしてベルデさんの露店から離れる。
杖と盾の完成が楽しみだ。
翡翠聖木と新しい鉱石が使われた杖と盾だから、前回よりずっと強い装備が出来るだろう。
さて、露店広場の用事は終わった。
次はギルドに行って新しい馬を買わなければ。
露店広場の外に向かい、クロの手綱を繋ぎ場から外す。
シアとレヴが持ちたいそうなので手渡し、ギルドへの道を歩く。
「新しい馬もやっぱり力強い子が良いよね」
「そうですね。主な目的は馬車ですから、その方が良いと思います。
雄雌はどちらにされるのですか?」
「悩んでるんだよね。女の子だと増えた時に困るかなって。
そんなにたくさん飼える程広いわけではないからね」
我が家の庭は半分が畜産ゾーンだ。残りの半分を畑やフェルダの作業場、シアとレヴの遊び場、くつろぎスペース等として使っている。
今はまだ放牧地……と言う程広くはないが、ゆるく駆ける程度は出来る広場はある。
愛情いっぱいに育てていたらぽんっと産まれるとは言っていたけど、どれくらいのペースでぽんっと産まれるものなのだろう。
もことめいは今の所そんな兆しはないけれど。一緒にいる時間があまりないからだろうか。
1頭2頭くらいなら、のびのびはできないかもしれないけど大丈夫かもしれない。
それ以上になると厩舎や広場を広げなければいけないだろう。
出来れば畜産ゾーンより錬金術や裁縫で使える素材が多い畑を広げたい。
「うーん……男の子にしよう。馬は大きいから、羊の子供が産まれるより広さが必要になるよね。
それに、今後他の動物が欲しくなるかもしれないし」
「どんな動物がいるのかなー?」
「ライオンは?」
「家で飼えるかな……ギルドで聞いてみる……?」
「やめて。作業してる時に横にライオンいたら気が気じゃないから」
ギルドの近くにある繋ぎ場に再度クロを繋げ、ギルドの扉を潜り受付に続く列に並ぶ。
朝のこの時間は依頼を受けるプレイヤーや冒険者の人達で溢れ返っている。
皆と話をしながら並んでいるとあっという間に順番が回ってきた。
「こんにちは。新しく馬を飼いたいんだけど、主な用途は馬車で、男の子をお願いします」
「こんにちは~! 以前羊と馬を購入していた異世界の旅人さんですね!
でしたら……力や速さに大きな差がない子が良いですよね~!」
クロやもこ、めいを購入した時とは違う人のようだけど、覚えられていたみたいだ。
今はまだプレイヤーが動物を購入するのが珍しいから印象に残っていたのかもしれない。
「毛色を揃えたいとかありますか?
今黒色の毛色の子がいなくて、他の街にお願いしなきゃいけないので時間が掛かるんですよね」
「黒の馬じゃなくても大丈夫だよ」
「でしたら……前回より少し高くなってしまうんですが、300万CZの白毛の子がおすすめですね!」
「それじゃあ、その子をお願いします」
「はい! お支払いは現金と銀行引き落とし、どちらにされますか?」
「現金でお願いします」
「では、300万CZ頂戴いたしますね」
開いたウィンドウに並ぶ金額を確認して『確認』ボタンに触れる。
「確認致しました! この後、2時間後にお家にお届けで大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。テラ街の家にお願いします」
「はい! 承りました。それでは2時間後にテラ街のお家にお届けいたしますね」
「よろしくお願いします。あ、そうだ。馬車で転移陣って使えるのかな?」
「転移出来るか出来ないかであれば、出来ますよ!
でも、有事の時以外は基本的に屋内での馬車の利用は禁止なので、普段は使えませんね」
「そっか。馬だけならどうなのかな?」
「直前にお手続きしていただければ利用できますよ。
ただ、異世界の旅人さんの所有する馬は1頭3万CZ必要になります」
「なるほど。手続きは転移陣受付でしたら良いの?」
「まずはこちらにきていただいて、その後転移陣受付ですね。
馬だけでなく動物達は全て1頭3万CZで利用できますので、よければご利用くださいね!」
馬車で行った後、クロ達も一緒に次の村からテラ街に戻って来れそうだ。
今後村から村、街や集落に向かう時も馬車で行けるのではないだろうか。険しい道だと厳しいかもしれないけど。
ああでも、馬車移動がメインになると移動中の狩りが出来ないので、これまでよりレベルが上がらなくなってしまいそうだ。
ギルド職員さんにお礼を告げて受付から離れ、ギルドの外に出る。
「広い道に出たらキャビンを繋いでみようか」
「ええ、そうですね。家までそう遠くありませんし、クロ1頭でも大丈夫だと思いますよ」
ギルドの前も広いけど、人通りが多いので邪魔になるかもしれない。
中心地から少し離れた場所なら邪魔にならないだろう。
人通りが少なくなるまで歩いて、早速ウィンドウからキャビンを装備すると光がクロを包んだ。
光の形が広がりキャビンの形に変化していく。
「わ、大きそうだね。仲間が増えた時も乗れるようにって余裕を持って作ってくれたのかな」
「だなー! お、出てきた出てきた!」
人数がそれなりに多いので、観光地等で見かける遊覧馬車のような馬車になるかと思っていたけど、光が消えて現れたのはまるでこれから舞踏会に行くかのような馬車だった。かぼちゃではないけれど。
屋根もあって壁もあって、窓と扉が付いている馬車だ。
「まあ! とっても素敵! 箱馬車……なのかしら?
随分大きいから箱馬車と言って良いのか分からないわね」
「箱馬車……なるほど。色んな形状があるんだね」
黒を基調として作られたそれは確かに装飾が少ない。
扉を開いて中を覗いてみれば、前後左右の壁際に中心を向いた座席が設置されている。
朝陽さんの言う通り簡素な状態ではあるものの、それでも豪華だと感じる馬車だ。装飾をしたらもっと豪華な馬車になるだろう。
「出来れば私が御したいのですが……」
「ジオンがそうしたいのならお願いするけど、でも、乗馬スキルを取得している俺が操縦したほうが安全じゃないかな?」
「ライさんの操縦に不安があるわけでありませんよ」
「カカ。主人であるライに操縦させて中でぬくぬくしとくんは決まりが悪いでな」
「なるほど……うーん……今日は俺がして良い? せっかくスキル取得したしね。
次からはお願いするかもしれないから、その時はよろしくね」
テイマーと従魔の関係性が俺にはいまいち分からないけど、俺が馬車を操縦することでジオン達にひっかかりを感じさせたくはない。
プライドに近いもののようだし、今日はともかく今後は皆の意見を尊重したいと思う。
「ライくん! ボクたちも!」
「ライくんの隣に座って良いー?」
「良いよ。一緒に操縦しようか」
御者台に乗り込み手綱を握れば、俺を挟んで座ったシアとレヴが手綱に手を伸ばした。
操縦の邪魔にならないようゆるく握られた手に本当に良い子達だと頬が緩む。
「皆乗った? 大丈夫そうだね。 よし! クロ行こう!」
「「しゅっぱーつ!」」