day142 数時間だけの日
約1ヶ月ぶりの登校日は滞りなく……勉強して、休み時間は皆の事を考えながら過ごした。
通信制の高校だと社会人の人なんかもいて、生徒の年齢がばらばらだし、毎日会うわけでもないので、休み時間はスマホを弄っている人や外に出る人等1人で過ごす人が多い。
その為、小学生や中学生の頃、休み時間に一人でいた時のような孤独感はあまり感じない。少しは寂しいけれど。
「お母さん、お弁当ありがとう。ごちそうさま!
今日のお弁当も凄く美味しかったよ。俺の好きな物ばかりで嬉しかった」
「ふふ、残さず綺麗に食べてくれて嬉しいわ。学校は楽しかった?」
「んー……いつも通りだったよ」
「あらそう? まぁ、いつも通りが一番よね」
中には仲の良い相手がいる人もいて、格好良い先輩がいるなんて話をBGMにお母さんが作ってくれたお弁当を食べた。
月に1度か2度しか学校がない上、全学年参加の催しがあるわけでもないのに、どうやって格好良い先輩を見つけたのだろうかとちょっと気になった。
余程格好良いのだろうか。登下校時くらいしか上学年の先輩を見る機会はないけど、いつか見てみたいと思う。
……兄ちゃんの方が格好良いなとか思っちゃいそうだ。
「それじゃあ、ゲームしてくるね!」
「いってらっしゃい。楽しんできてね」
◇
「皆おは……いや、こんばんはだね。ただいま。
と言っても、数時間後にはまた戻らなきゃなんだけど……」
現在の時刻は『CoUTime/day142/18:07』。
ログインしたテラ街の家には夕日が差し込んでいる。
「俺がいない間、何か変わったことはあった?」
俺のそんな言葉にイリシアがにこにこと笑って手を挙げた。
「うふふ、あのね、私、畜産スキルを取得できたの!」
「わ、おめでとう! いつも動物達のお世話してくれてありがとう」
「ふふ、嬉しいわ。こんなに早く新しいスキルを取得できるなんて。
異世界の旅人の従魔だからなのよね。だって、昔お手伝いしていた時は取得できなかったんだもの」
イリシアがエルフの集落にいた頃にどれくらいお手伝いをしていたのかは分からないけど、俺達が動物を飼ってお世話をしてくれている時間よりずっと長かったんだろうとは思う。
異世界の旅人の従魔になったというだけでなく、その頃の経験や知識があったからこそこれだけの時間で取得できたのだろう。
「畜産スキルがなくたってお世話できるのよ? けれど、ふふ、ライ君、ありがとう」
「俺は何もしてないよ。いつもたくさん助けてくれてありがとう。
これからも動物達のこと、それから他のことも。たくさん頼っちゃうと思うけど、よろしくね」
「ええ、任せて? 私、これからもっと色んなことをしてみたいわ。
あ、そうそう。私だけじゃないのよ。ネイヤ君も農業のスキルを取得したの!」
「そうなの!? ネイヤもおめでとう!
肥料とか堆肥とか……栄養? 畑の様子をずっと見て調整してくれてたもんね」
「おお、素材としてしか知らんやったもんを一から育てるんは面白い。
素材が良けりゃ作るもんも良くなると分かっとっても、1人で育てようとは思わんから」
ネイヤは俺達の元に来る前は山に住んでいたみたいだから、育てずとも錬金術の材料に困らなかったのだろう。
それに、その目で成分等が見えているから、ないならないで別の代用品を見つけられるのではないかと思う。
「まぁ、取得したとは言っても大した知識は持っとらんからな。イリシア頼みなのは変わらん」
「私もお手伝いしていただけだから、農業のことはそんなにたくさん知ってるわけじゃないのよ。
畜産も農業もいっぱい勉強しなくちゃ。一緒に勉強しましょう?」
俺も取得した方が良いだろうか。使用SPはどちらも10みたいだ。
俺はほとんどお手伝いできていないし、いずれ皆取得できそうだから俺は必要ない気もするけど……一旦保留にしておこう。
「ライさん、いくつか売れる物を作っておきましたよ」
「アクセサリーもあるぜ!」
「ありがとう! ええと、装備条件は70だね。
そろそろ俺達の武器も変えたほうが良いかな?」
現在装備している刀は俺が50、ジオンが40の装備条件の刀だ。
シアとレヴ、イリシアの杖もネイヤの薙刀も今のレベルより20程低い装備条件の武器なので変えても良いかもしれない。
でも、もう少しレベル上げはする予定だし、上がってからでも……どうしたものか。
「そうですね。そろそろ変えた方が良いかもしれません。効率も上がりますしね」
「そっか、そうだね。今日はあまり時間がないから生産の日にしようか」
そう言えば、魔道具で使った槍と剣は売ってたけど、それ以外の武器を出品するのは久しぶりかもしれない。
アクセサリーの出品も同じく。確か、艶麗染剤を出品した時以来だから……CouTimeで20日ぶりくらいだろうか。
「あ、落札結果、確認しなきゃ。ええと……」
前回よりは安く落札されてはいる……けど、それでも結構なお値段になっている。
皆の使っていた生産道具を鍛冶なら鍛冶で1セット、というような出品をしていたらよかった。
せめて工具類だけでもセットにしたら良かったなと思う。
一応、例えば数種類ある彫刻刀なんかはセットで出品したけど、それでも出品数が多くて全てを確認するだけでも一苦労だ。
「全部で……54,746,300CZ……」
「おー! 今回も売れたなー!
また買い物すんのか? さすがにもう買いたい物ねぇと思うけどなー」
「たくさん買ったからね。本もまだ全然読めてないし……それに、これ以上買っても置く場所に困るよね」
今回も凄い金額だ。毎度のことながらぎょっとする。
仲間が増えても増築や改築が必要ないような大きな家を買うにはどれくらいのお金が必要なのかはわからないけど、たくさんあればある程選択肢は増える。
最終目標の家を購入するまでは、これまでと同じく増築と改築を続けていくことになるだろうし、他にも装備や道具にもお金は使うのだから貯金しておこう。
落札結果を閉じて出品ウィンドウを開き、武器とアクセサリーを出品していく。
開始価格はいつも通り4倍だ。
売る用のアイテムがアイテムボックス内に他に残っていないか確認して、ウィンドウを閉じる。
「よし、銀行に行ってくるね。
皆はどうする? そんなにすることもないから俺だけでも良いかなって思ってるんだけど」
少ししかいれないから皆と行動したいという思いもあるし、皆で生産する時間を増やす為にぱぱっと済ませてしまおうという思いもある。
一緒にいられるのに変わりはないからどちらでも構わない。
「私は先に鍛冶を始めておきますね」
「俺もアクセサリー作っとくぜ! 全員分だからなー」
「アタシたちもちくさん? 欲しいー!」
「のうぎょうも! お手伝いする!」
「あら、あら。ふふ。だったら私も、シアちゃんとレヴ君と一緒に畑と動物達のお世話をしておくわね」
「俺もそろそろ浴槽の乾燥終わるから続きだね」
「わしゃポーション作っとく。また狩りも始めるんだろう?
ほんならいっぱいあって困らんでな」
「そっか。それじゃあクロに乗って急いで行ってきちゃうね」
クロに乗るなら装備を変更しなければ。
2階の寝室のワードローブから乗馬用の服を取り出し、アイテムボックスに入れて装備を変更する。
普段の装備はこのままアイテムボックスに入れておいて良いだろう。
行ってらっしゃいという皆の言葉に笑顔で応え、家から出て厩舎に向かう。
クロに声を掛けると、小さく嘶きこちらへ近付いてきてくれた。
馬具の装着や馬車と馬を繋ぐのは難しくない……異世界の旅人であれば、だけど。
どうやら俺達プレイヤーは動物を購入したらウィンドウにタブが新たに追加されるらしい。
新たに追加された『動物』タブ内で馬具の装着や馬車と馬を繋げられるそうだ。
俺は暫く気付いてなくて、つい先日皆のステータスを確認した時に追加されていると気付いた。
「いつもと違う付け方になっちゃうけど、ちょっとだけ我慢してね」
騎乗する際に必要な馬具を手に取り、アイテムボックスに入れて動物タブを開く。
ウィンドウには『クロ』『もこ』『めい』と名前が並んでいる。
ちなみに『もこ』と『めい』は羊達の名前だ。いつの間にかシアとレヴがそう呼んでいたので、今では皆がそう呼んでいる。
元々は『馬1』『雄羊1』『牝羊1』なんて素っ気ない文字が並んでいたけど、先日見つけた時に名前を変更しておいた。
クロの装備欄に先程アイテムボックスに入れた馬具を配置する。
完了ボタンを選択すると優しい光がクロを包み、光が消えると馬具が装着されていた。
「きつくない? 大丈夫?」
クロは大丈夫だと言うように俺の頬に顔を寄せた。
嫌がる素振りも見えなかったし、恐らく大丈夫だろう。
手綱を握り厩舎を出る。
クロはとても賢いので、一応手綱は握っているものの、引かなくても付いてきてくれる。
門から出たところでクロに跨り、かぽかぽと鳴る装蹄の音と共にテラ街の道を進む。
「クロ、もうちょっとだけ早くても俺大丈夫だと思う?」
俺の問いにクロはまるで呻るように低い音でブルルと嘶いた。
大丈夫じゃないということだろうか。俺も大丈夫じゃないと思う。
歩きとほとんど変わらないような、ゆったりとしたスピードであれば制御できるのだけど、早くなると難しい。
やっぱり乗馬スキルを取得したほうが良いかもしれない。
スキルがなくても乗れるのだから、練習して上達したいという気持ちはある。
朝から夕方まで練習した日以降、練習する時間はほとんど取れていないし、今後も取れるかわからない。
俺一人で落馬する分はまだ良いけど、皆を乗せた馬車の操縦をする時に万が一にでも事故を起こすわけにはいかない。
安全に移動できるように取得した方が良いのではないだろうか。
「クロ、クロ。ちょっと止まってくれる?」
俺がそう言うとクロはゆっくりと何歩か進んだ後止まってくれた。
やっぱりクロはとても賢い。
スキルウィンドウを開いて乗馬スキルを探す。
必要SPは5。5なら迷うことなく取得してしまって良いだろう。
早速取得すると頭の中にぼんやりと乗馬の基本が思い浮かんだ。
それだけでなく、スキル取得前と比べて安定してクロに跨れていることに気付く。
心なしかクロもいつもよりリラックスしているような気がする。
ちょっとだけ早くどころか駆けるのも大丈夫かもしれない。
「クロ、行こう!」
俺の声にクロは高らかに嘶き、駆け始めた。
ぐらりと揺れる体に慌てて手綱を握り直し、体勢を整える。
パカラパカラと小気味よい音を鳴らしながら畑に囲まれた広い道を駆ければ、すぐに銀行に辿り着いた。
「ええと……あ、あったあった」
カプリコーン街には厩舎があったけど、テラ街にはそういったものは見当たらない。
繋ぎ場という言葉の通り、ただ繋げるだけの簡素な柱や小さな輪等が店先や道の端に点在している。
リュヴェさんの曾祖母さんも、テラ街では馬車や馬で移動する人が多いと言っていたから、他の街に比べて馬を繋いでおく場所もたくさんあるのだろう。
銀行の入口のすぐ横にもあるようだ。
繋ぎ場に繋ぐのはウィンドウからではできないようなので、先程頭に浮かんだばかりの知識を駆使して繋ぐ。
知識だけなのでもたもたしてしまったけど、その間クロは嫌がる素振りも見せず大人しくしてくれていた。
「すぐに戻ってくるから待っててね」
クロに見送られながら銀行の中に入り、窓口に続く列の最後尾に並ぶ。
プレイヤーの人達もこの世界の冒険者の人達も、夜の狩りに向けて一度街に戻ってきている時間帯だ。
ギルドで依頼を達成して銀行に預けにきているのだろう。
最近は依頼を受けていないので、転移陣を使う為にギルドには行っているものの、受付を利用するのは家関係の時と動物の購入の時くらいだ。
今度また何か噂話がないか聞きに行っても良いかもしれない。
でも、この辺りの噂話と言うと、やはり哀歌の森の噂じゃないかと思う。
海の向こうのトーラス街まで届くくらいの噂だったようだし……トーラス街ギルドの受付の人は詳しくは分からないと言っていたけれど。
ウィンドウでスキル一覧を眺めながら待っていると、気付けば順番が回ってきていた。
5,500万CZを預け銀行から出て、俺の帰りを待ってくれていたクロから伸びる紐を繋ぎ場から外す。
「よし! 帰ろう、クロ!」




