day138 勉強会
「いらっしゃい、ソウム」
「あ、良かった。家あってた。おじゃましまーす……」
「トーラス街の家にはきたことなかったもんね」
テラ街の家は勉強会をするにはちょっと狭い……最近広くなったとは言え、建物自体はそんなに広いわけではない。
2階は皆の寝室、1階は作業場として使っている為、勉強会をするには向かないだろう。
広いリビングダイニングがあるトーラス街の家なら勉強会をするのに充分なスペースがある。
地下2階の倉庫兼書庫に先日エルフの集落で買った本やポイントで交換した本等がたくさん置いてあるので、分からないことがあったら本を探すこともできる。
招き入れたソウムが椅子に腰を降ろしていると、コンコンとノックの音が鳴った。
兄ちゃんかカヴォロ……兄ちゃんは住居者登録をしているからノックをした後扉を開けるはずだ。これまでもそうだったし。
カヴォロだろうと予想して扉を開けば、そこには予想通りカヴォロの姿があった。
「いらっしゃい、カヴォロ。入って入って」
「ああ……テラ街の家に作業場を移したのか?」
「あ、そっか。最後に来てくれたの増築前だったもんね。
地下を増築して作業場を地下に移したんだよ」
「そう言えば、この街は上に増築ができない建物が多いんだったか。
うちの店は1階建てだから2階建てにする分は大丈夫だと言われたが」
「増築するの?」
「いずれ増築か店舗を増やすか考えてはいるが、俺がいない間の売り上げ次第だな。
新たな店舗となると倍の人を雇うことになるから増築のほうが良いが……増築、結構掛かったか?」
「地上の増築だとどうかは分からないけど、地下の増築だと1階増築するのに序盤の街の小さな家なら一軒買えそうなくらいお金が掛かったよ」
「結構するんだな。ああ、二軒分の広さがあるからか」
「それもあるかも」
カヴォロは辺りに視線を漂わせた後、ソウムに視線を向けた。
「次のイベントはよろしく頼む」
「あ、こちらこそ、よろしく」
ソウムの隣の椅子に腰かけたカヴォロは、アイテムボックスから冊子を取り出して机の上に置いた。
そんなカヴォロの様子を見たソウムも同じく、冊子を取り出す。
「それ、問題集?」
「ああ、昨日レンに貰った。まだ見ていないが……ライは見たのか?」
「ううん、これから貰う予定だから俺もまだ見てないよ。
昨日貰う予定ではあったんだけど、買い物してて……時間がなくなっちゃったんだよね」
「買い物……ライ達って何でも自分達で用意できるんだと思ってたよ」
「何でもではさすがにないけど、それなりには用意できるかな?
お金が結構溜まったから、無駄遣いしようかなって」
「ああ、なるほど……生産道具が結構な値段になってたな」
「そうそう、驚いちゃったよ。あんなに高くなるんだねぇ」
俺はまだ問題集を見ていないからどんな問題があるか詳しく分かっていないけど、兄ちゃん曰く全てこの世界の問題だったそうだ。
それならジオン達に聞いたらある程度分かるのではないかと思う。
ただ、問題だけが書かれていて、答えは一切書かれていないらしい。
自信がない問題についてはしっかり調べるか、この世界の誰かに答え合わせしてもらったほうが確実だろう。
雑談に紛れて聞こえてきた小さなノックの音の後、がちゃりと扉が開く。
「兄ちゃんいらっしゃい!」
「最後か。待たせてごめんね。あ、これ、ライの問題集ね」
兄ちゃんから問題集を受け取る。
「2冊?」
「秋夜君の分だね」
「ああ……まぁでも、2冊あればジオン達も見やすいよね」
俺と兄ちゃんがカヴォロとソウムの対面に座ると、俺達の前にジュースの入ったコップが置かれた。
ジオンが持ってきてくれたようだ。持ってきてくれたお礼を告げるとジオンは微笑み、俺の隣に座った。
他の皆は机の周りに立っていたり、ダイニングテーブル側のソファに座ったりと様々だ。
「それじゃあ、勉強会だね! 分からないことがあったら先生達に聞いてね!」
そう言いながら、2冊ある問題集の1冊をジオンに手渡す。
問題集を受け取ったジオンはぱらぱらと内容を確認すると小さく頷いた。
「そう難しい問題はないようですね。
図書館で調べる、もしくはこの世界の住人に尋ねればすぐに答えが見つかるような問題ばかりだと思いますよ」
そう言われて俺も問題集を開く。
ジオンの言う通り、そんなに難しい問題はなさそうだ。魔法属性や一般的なスキル、それから各街の名産等々。
現時点では分からない問題もあるし、なんとなくで覚えていて実際はどうなのか分かっていない問題もある。
ここから問題が出るのだろうか。それとも、当日までに学んでいた方が良い最低限の知識なのだろうか。
「この世界の人達なら誰でも知ってるような問題なの?」
「誰でもではありませんが、大体の方は知っているのではないかと思われる問題が多いですね」
スキルに関しての問題についても、そのスキルを持っていたら分かるような問題なのだそうだ。
持っていないとしても、専門的な知識というわけではなく、少しでもそのスキルに興味を持っていたら分かるような初歩の知識のようだ。
「つまり、新しく来る異世界の旅人達にこちらの世界の最低限の常識を教えてやれということか」
「え、僕も知らないんだけど?
僕この世界で数か月過ごしてるのに最低限の常識すらないの?」
「俺達に対してもいい加減覚えろって言ってるのかもね」
カヴォロとソウム、兄ちゃんの言葉を聞きながら問題集に視線を落とす。
新規参入プレイヤーがこの世界で過ごす為に知っていた方が冒険がしやすくなる知識なのは確かだろう。
知らないならそれ以上どうにも出来ないけど、知っているならスキルを覚えてみようとなったり、もっと深く知りたいと思うかもしれない。
でも、それは既にプレイしている俺達も同じだ。
イベントを通してもっとこの世界のことを知って欲しいということなのではないだろうか。
既存プレイヤーの知識量の差を埋める意図もあるのかもしれない。
ログアウト中に兄ちゃんに聞いた話によると、自分の取得しているスキルについてなら多少知っていても、それ以外だとそんなに知らないのだとか。
掲示板でも情報はやり取りされているし、友人に聞いたって人もいるから全員が全員自分のスキルのことしか知らないといういうわけではないようだけれど。
自分が興味のある事以外の知識が必要かと言われると……それは人それぞれかな。
兄ちゃんに問題集を押し付けた秋夜さんは必要ないのだろう。
個人的には何がスキルの解放条件に繋がるか分からないので、広く浅く……出来れば深く俺は知りたいと思う。
「新しくくる人達に何も知らないって思われないように勉強しなきゃだね」
「勉強か……碌にしたことないんだけど。覚えられるかな」
「言われてみれば兄ちゃんが勉強してるとこって見たことないかも」
「はは、ゲームしかしてなかったからね」
「ここでも勉強……辛い……レポート……」
どうやらソウムも学生のようだ。
前にお酒はたまに飲むと言っていたし、まぁ、この世界だけの話かもしれないけど、多分リアルの話だと思う。
恐らく20歳は越えているだろうから大学生か専門学生か……大学生かな。
カヴォロも夏休みが終わると言っていたから学生だと思う。社会人の夏休みにしては長い間ログインしていたし。
ソウムもカヴォロも年齢が近そうで嬉しい。
「ええと……最初の問題は進化属性だね」
「1つ上くらいなら知ってるんだけどね」
βの頃は今よりスキルレベルが上がりやすかったらしく、兄ちゃんもいくつか進化してたと言っていたので、1つ上の進化先は知っているのだろう。
俺もヤカさんやエルムさんに聞いた進化先は覚えているけどそれ以外は知らない。
知ってるのは火属性と風属性、光属性だけだ。
光属性と水属性で氷属性に特殊進化するとは聞いているけど、氷属性の進化先は氷晶属性までしか知らない。
「一問目は……火属性か。俺も火属性は覚えてはいるが……進化先は知らないな。
ああでも、ライの黒炎属性は火属性の進化先だったか」
「うん、火属性の進化先は前にジオンに聞いたから知ってるよ。
火、炎、火炎、灼熱、黒炎……でも、黒炎属性は鬼人じゃないと覚えられないみたいだから、この問題の答えは多分、黒炎じゃなくて紅蓮だと思う」
「へぇ~……種族によって変わることがあるんだ……」
俺の答えを問題集に書き込む皆の姿を見て俺も書き込んでおく。
知っているなら書かなくても良いんだけど、後から見返した時に所々空白になっていたら気になると思う。
「次は水属性……シア、レヴ、知ってる?」
「えっとねー、水明!」
「それから……碧水! あとなんだったかな?」
「ん-と、ん-と……水界!」
「うーん……あ! 水伯!」
「水、水明、碧水、水界、水伯?」
「「うん!」」
さらさらと答えを書き記す。シアとレヴが水明属性を使えるようになるのはいつになるだろう。
俺達の中で進化属性が使えるのはジオンと俺だけだ。俺は進化したわけではないけれど。
ジオンは水属性と光属性の特殊進化先である氷属性から更に進化した氷晶属性だ。
現状はプレイヤーの中に氷晶属性が使用できる人は……選んだ種族によっては最初から氷属性を取得していたって人もいるみたいだけど、氷晶属性を取得している人はさすがにいないらしい。
「そもそも、進化する為に必要なスキルレベルは明確に決まっているものなのか?」
「異世界の旅人の方達だと違うのかもしれませんが、私達の認識では決まっていませんね。
使えば使う程という認識です。ですが、魔法龍……私で言うと氷晶龍ですね。
魔法龍のスキルレベルが大体10前後になった頃に進化するという印象はありますね」
「魔法龍っていうと……魔法柱の次の次だっけ? 確か、魔法柱の次は状態異常の魔法なんだよね?」
「ええ、そうですね。魔法霧です」
俺が次に覚えるのは黒炎霧……多分火傷の状態異常を付与する魔法だろう。
あれだけ派手な攻撃の魔法柱の後に覚えるスキルと考えると若干地味に感じるけど、戦闘の時間短縮が出来るスキルだ。
スキルレベルを上げる為にも積極的に使ったほうが良いスキルだろう。
魔法龍に関しては精霊女王やエルムさん、エアさんが使っていた覚えがある。
精霊女王から風神龍を放たれた時は本当に死ぬかと思った。
属性の問題の後に属性魔法スキルについての問題もあったのでそちらに今聞いたことを注釈付きで書いておく。
ジオンの認識が大体10前後ということは、プレイヤーなら多分10ではないかと思う。
「あ゛ー覚えること多過ぎて無理ぃ……僕既に心折れてる」
「分担するか? 何も全員が全員、全て覚える必要はないだろう」
「そうしたい……ああでも、既に知ってることが多そうなライの負担が増えそうだよね」
「全部覚えるつもりだったから大丈夫だよ」
「ええ……ライって勉強好きなの?」
「好きではないけど……苦にはならないよ」
綺麗に纏まったノートを見るのが好きで、その行程も好きだけど、書かれた内容を覚えているかと言われると自信がない。
とは言え、リアルの勉強とは違うわけだし、好きなことはするする覚えられるものだ……と、思いたい。
「得意分野を分けるのは良いかもね。
ライはジオン達のスキル……主に生産スキルかな? は、なんとなくでも覚えているだろうし、俺なら戦闘系かな。
ま、俺が取得してる魔力銃についての問題は1問くらいしかなかったけど」
「レンはクラメンの会話から他の戦闘系スキルについてもある程度は知ってそうだな」
「そうだね。ある程度は。問題で出てくること……最低限のことなら知ってるかな」
「え、じゃあ僕は何? 手品スキル?」
ソウムの言葉を聞いたカヴォロがぱらぱらと問題集のページを捲り、最後までページを捲り終えると視線をソウムに戻した。
「ないな」
「終わった……」
「はは。じゃ、ソウムは俺達の得意分野以外の担当ってことで」
「それ一番負担多くならない?」
「大丈夫だよ! 秋夜さんに押し付けよう!」
「秋夜の得意分野はレンと被るんじゃないか?」
「いやそもそもあの人勉強する気ないってレン言ってなかったっけ」
「彼の場合、クラメンがクランハウスで問題集広げてたりするだろうから、そこで一緒に勉強するんじゃないかな?」
「いやぁ……秋夜さんはクラメンがうんうん唸ってるのを見て暫く楽しんだ後、狩りに行くと思う」
俺の言葉に兄ちゃんとカヴォロ、ソウムは確かにと頷いた。
俺ならこんな不名誉な信頼はいらないなと思う。
秋夜さんのことはともかく問題はまだまだある。
ソウムの言う通り覚えることがいっぱいだ。
ここから問題が出るのか、それとも更に詳しい内容や応用問題が出るのかは分からないけど、まずはこの問題集の問題を覚えなければ。