day136 風習①
「さぁ、今後何をするか決めようではないか。
どうだい? 何か提案のある者は?」
エルムさんの言葉に全員が首を傾げる。
そんな俺達の姿を見たエルムさんは溜息を吐いた。
「なんだ君達、何も考えてこなかったのかい?」
「婆さんは考えてきたの?」
「考えてきていないな。ライ、ライ。何かないか?」
「うーん……一応、少しは考えたんだけど……」
皆で協力して生産するのはヤカさんが暇になるし、皆で狩りだとジオン達の誰かが留守番になる。
皆でお出掛けも敵が出る場所だと従魔召喚で呼び出せない。
従魔召喚が使える場所、もしくはどこかの街に旅行というのはありだけど、そうなると俺達が転移陣で行ける場所にしか行けない。
ということを話せば、皆は頷いてううんと唸り声を上げた。
「うぅむ。まぁ、次回は旅行に行くか。
ライ達が行ける場所に行けば良いだけだからな」
「でも、それだと皆行ったことあるでしょう?
俺達が行ける場所って、皆の家からは割と近所だし」
特にエルムさんが住むカプリコーン街とガヴィンさんが住む石工の村は順調に進んで4時間弱の距離ではあるものの隣同士だ。
実際、俺達プレイヤーが弐ノ国で進む順路は、アリーズ街から牧場の村に行き、カプリコーン街に行って石工の村を通り、ヌシを倒してからトーラス街に進む。
「ま、婆さんのとことはそうだけど、言う程他の国、街って行かないよ。
注文の内容次第では行くこともあるけど、石工職人はどこにでもいるからね」
「腕はともかく、な。ガヴィン程の職人はそういない。いないわけではないがね。
その分高い。ガヴィンに家の柱を作ってくれなんて個人で言えるようなやつは多くはない」
「そっかぁ。前回のお祭りの俺達の拠点、凄く豪華な拠点になってたんだね。
ガヴィンさんとフェルダが修繕と強化をしてくれたから最高の拠点だとは思っていたけど」
「ふん、父親の横であたふたしていた坊主達がここまで成長するとはな。
形が歪んだのなんだのとぴーぴー泣いていたくせに、随分可愛げがなくなったものだ」
フェルダとガヴィンさんに視線を向ければ、苦々しそうに顔を顰めていた。
子供の頃の、しかも泣いていた話をされるのは出来ればやめてほしいだろう。
俺としてはフェルダとガヴィンさんの微笑ましい過去を知れて嬉しいけれど。
「俺の話はいいから……で、どこ行くの?」
「グラキエス街はどうだ? あそこには温泉があっただろう?
まぁ、肆ノ国の温泉地と比べると劣るがね」
「温泉? グラキエス街に温泉あったっけ?」
「1つだけな。次回は二ヶ月……いや、1ヶ月後にするか。君達、予定を開けておけよ。
ライ、1ヶ月あれば辿り着けるかい?」
「行くだけなら大丈夫だと思うよ」
「なら決まりだな。1ヶ月後にグラキエス街に旅行だ!
当日は現地集合で良いだろう。テラ街から向かうのも乙だがね。時間が掛かる」
「了解。それまでにグラキエス街に行けるようにしておくね」
1ヶ月もあるならレベル上げしつつ行けるだろう。
30日後……day166だ。その頃には新規参入プレイヤーの人達のログインも始まっているだろう。
イベントと被らなければ良いけれど。一応ログアウトしてからカレンダーで曜日を確認しておこう。
これまでイベントがあった日から考えるに、土日でなければ被らないはずだ。
「グラキエス街って寒いんだよね?」
「ああ、とんでもなく寒いぞ。昔はそうでもなかったらしいがね」
「そうなの? 確かに、イリシアも寒かった覚えがないって言ってたね」
「ええ、そうね。けれど、グラキエス街については知らないのよ。
エルフの集落から見える山に雪が降っていた覚えがないってだけで」
「集落から見える山と言うとあの女……精霊のいる山か?」
「ふふ、違うわ。今の集落に移る前の集落なのだけれど……薬師の村よりずっと奥の森にあったのよ」
「そういえば、昔は別の場所にあったんだったか。
ふむ。確かにあの辺りについても寒い場所ではなかったと聞くな」
「あー……異常気象ね。先祖の誰かの日記に書いてたよ」
近くの山の気候さえも変えてしまうほど寒くなるなんて、確かに異常かもしれない。
俺は寒さに強くない種族のようだし防寒はしっかりして行ったほうが良いだろう。
寒いからと言って何があるわけでもないけど、寒いと縮こまってしまって動きが遅くなってしまいそうだ。
「アクア街の石像の中に入れる石は寒くなってから採れるようになったらしいね」
「へぇ、そうなんだ……あ! そうそう! 風習について聞きたいんだよね」
「風習? どこの風習を知りたいんだい?」
「どこと言われたら困るんだけど、この前テラ街の家には防音の魔道具が昔から埋められてるって聞いてね」
続けて、皆と話した内容をエルムさん達にも話す。
農業の街で防音しなければいけない程の音がしていたのか、そしてアクア街の石像の話も。
何故冷たい石を入れる必要があるのだろうか。
「ふむ、なるほど。私も理由は知らない。そういうものだと思っていたからな。
しかし、何か理由があってそれが根付いたのは確かだ」
「風習ねぇ……とりあえず、壱ノ国と弐ノ国の街や村はそういうの聞かないね」
「そうだな。それに、参ノ国にある5つの村でも風習があるとは聞いたことがないな。
種族の集落にはあるようだが、それはその土地ならではというより種族の風習だからな」
「エルフの集落では宝石の剣が作られているとかそういうやつ?」
「ああ、そうだな。エルフならではの技術であり、風習でもある。
しかし、それはあの集落だけの話ではなく、他のエルフの集落でも同じだ」
「なるほど……ってことは、その土地ならではの風習があるのは大きな街だけ?」
「参ノ国ならそうなるな。他の国については私も詳しくは知らない。
まぁ、参ノ国の風習についてもそう詳しくはないがね」
肆ノ国以降の国の風習についても気になるけど、まずは今現在俺達が過ごしている参ノ国についての話が聞きたい。
知りたい理由のほとんどが好奇心だけど、何が今後のヒントになるか分からない。
もしかしたら新たな仲間を見つけられる可能性だってあるかもしれない。
「俺は出身も肆ノ国だし、今住んでるのも弐ノ国だからそんな知らないけど。
ま、アクア街の石像は俺もいくつか作ったことあるよ。ここのも弄ったしね」
「やっぱり、冷たい石を入れたの?」
「入れた入れた。必ず入れろって。石像自体も冷たくなるくらい冷たい石。
冷たいのは得意じゃないからあんま触りたくないんだけど」
「そんなに冷たいんだ? 暑いから冷やしてるのかな?」
「いやぁ……家を守ってるって聞いてるけど」
「家? 厄除けでしょ。冷やしてるってのも間違いではないんじゃない?」
「厄除け? 私も家守だと聞いているが」
「え? あー……そう言えば、役所の連中もそんなこと言ってたっけ」
ヤカさんはアクア街で商売をしているからエルムさん達が知らないことを知っているのかもしれないと思ったけど、どうやらアクア街に住む人達も家を守る石像として置いているようだ。
そもそも、家を守る石像と厄除けの石像の違いってなんだろうか。
厄から家を守っているなら一緒な気がするけど、エルムさんとヤカさんの発言から考えるに違う物なのかもしれない。
「厄除けって、魔除けってこと? 魔物除け?」
「いや、幽霊」
「幽霊……!? いたの!? いるの!?」
「ライって幽霊好きだよね。なんか前もテンション上げてなかった?」
「いやいや、好きとかでは……そんな印象を持たれてるって知って驚いてるよ」
実際に見たら凄く怖いだろうなと思う。
出来れば見たくないけど、この世界でなら見えても大丈夫な気がする。
「幽霊ねぇ……ま、だとしても冷たい石入れる意味わかんないけど」
「そもそも、私や実際に手がけたことのあるガヴィンだけでなく、アクア街の住人も家守だと認識しているのに、君は何故あれが幽霊除けだと?」
「そりゃ幽霊とかそういう話はうちの十八番でしょ」
「なるほど。面白いな。話してみろ」
「なんでそんな偉そうなの……まぁ、良いけど。あんま期待しないでね。
それも誰かの日記に書いてあっただけで、経緯も曖昧だから。
正直、創作の可能性もあるし、家守が正解かもよ」
エルムさんとガヴィンさん、それからジオン達も興味津々といった様子でヤカさんの言葉を待っている。
もちろん俺も興味津々だ。
「何年前かは知らないけど、多分……1,000年以上前かな。
どっかから赤い石を持ってきたんだって。1個なのかたくさんなのかは分からないけど。
それから、街に幽霊が溢れ返るようになったんだってさ」
「石ってどんなやつ? 赤ってことは溶岩系?」
「いや石の種類とか知らないから。赤い石ってこと以外知らないよ。
……まぁ、それで、その幽霊達が毎晩毎晩、苦しい苦しいって呻き声を上げるんだって」
「やかましいな。幽霊がいるってだけでも鬱陶しいのに呻き声まで上げられたら堪ったものではない」
幽霊に対する感想はそれで良いのだろうか。
もっと怖いとか、なんか色々あると思うけど、ガヴィンさんもエルムさんもそういう感情は持っていないようだ。
「やかましいだけなら良かったんだけどね。呪詛になっちゃったんだよ」
「苦しいって言ってるだけ……だけって言い方は良くない、かな。
呪詛ってもっと、難しい言葉をたくさん言うイメージがあったんだけど、違うの?」
「まぁ、色々あるけど、今回の場合は幽霊だからね。
それだけ恨みがあるのか、心残りがあるのか……とにかく、たくさんの幽霊達の強い念みたいなものがさ、籠っちゃったんだろうね」
「うぅむ……塵も積もれば山となるとは言うがね。
どれだけの幽霊がいたら呪詛なんてことになるのやら」
もし幽霊が1人だけだったら、呪詛にならなかったのだろうか。
たくさんいたからこそ呪詛になってしまったのかもしれない。
「それで、その呪詛で……燃えちゃったんだって。人が」
「はぁ? 人が? そんな呪いがあんの?」
「あるにはあるけどね。ただ、業火を放つ呪いであって、人そのものが燃え始めるわけじゃないんだよね」
「人体そのものが発火したと?」
「そうみたい。それからどれだけの人が発火したのかは分からないけど、それが原因なのか、それとも呪詛の影響なのか。
元々アクア街は立春……肌寒い気候だったらしいんだけど、まるで火の中にいるような暑さに変わっていったんだって」
今のアクア街の気候は決して肌寒いとは言えないし、初夏くらいではないだろうかと俺は思っている。
寒い街ではなかったのに寒くなってしまったグラキエス街、暑い街ではなかったのに暑くなってしまったアクア街。
何か関係があるのだろうか。
「普段涼しい場所にいた人達が急にそんな場所に放り込まれるわけだよ。
熱中症ならまだ良い方で……まぁ、色々あって、次々に住人達が倒れ始めたんだって」
「それで、冷やす為に石像にグラキエス街の石を入れたって?」
「そうみたい。実際、そのお陰で今のアクア街の気候に落ち着いたみたいだしね」
「厄除けの話はどうなったんだ? 冷やしただけではないか」
「話は前後するんだけど、アクア街に幽霊が溢れ返る前。
どこかの街か村か、それとも集落か。誰一人助からない程の大火災が起きたとか」
「つまり……アクア街に現れた幽霊達はその大火災の被害者達だと?」
「さぁね。でも、身を焼かれる苦しみが呪詛に籠っていたとしたら?
もしくは、同じ苦しみを味合わせたかった、とか」
「……まぁ、筋は通るな」
周囲を冷やす程の冷たい石が、炎の熱さに苦しむ彼等の鎮魂となったのだろうか。
その冷たさに触れて、僅かでも救われていたら良いと思う。
「ふぅむ……信じていないわけではないが、初めて聞く話ばかりだな」
「僕は寧ろ、家守って話のほうが知らなかったんだけど。
婆さんが知らないんじゃ、やっぱ創作なのかもね」
「あのな、さすがの私でも1,000年以上前には生きていないからな。
まぁ……いくらか創作が混じっている可能性はあるが、君の先祖達がわざわざ妄想話を日記に書き連ねるとは思えない」
「どうだか。馬鹿ばっかりなのは確かだよ」
「全く、君は家のこととなると卑屈になる。まぁ……仕方ないか。
しかし、その話が真実だとして、何故家守なんて話になっているのやら」
「それは知らない。まぁ、厄除けする必要もなくなって、でも捨てるわけにもいかないから家守として置いてるとかじゃないの」
確かにそんな経緯があったなら捨てて何が起こるかわからない。
厄除けが家守として変わっていったのだろうか。
「で、赤い石はどうなったの?」
「それも知らない。成仏と同時に割れたとかじゃないの」
「赤い石……赤い石なぁ……何か引っかかっているんだが、駄目だな。
まぁ良い。他の風習の話に移るとするか」