day136 クラン会議
「う、うわぁ……」
先日出品しておいた残りの槍43本と麻痺と冷気の魔道具、それからこれまで使っていた生産道具の落札結果を確認したら所持金が59,690,500CZなんてことになった。
確認前の所持金は約84万CZだったので、5,800万CZ以上の売り上げだ。
「生産道具がこんなに高くなるとは思わなかったな。
ほとんど同じ性能の生産道具を今日も出品する予定だったけど、怖くなってきたよ」
「魔道具は買取価格も高いですからね。
競りとなるとそこから更に高くなりますし、それなりの値段になるのかと」
「ジオンが使ってた炉、買取価格は30万CZくらいだったと思うんだけど、最終的に400万CZくらいで売れてるよ。
買取価格の4倍で出品したとは言え、こんなに入札されるとは」
生産道具の出品はオークションが導入された時にコンロを出品して以来していなかったけど、想像以上に需要があったようだ。
手を加えてスキルレベル35の道具に変更してから出品したそれらは軒並み高価格で落札されていた。
鍛冶用の炉を始め鍛冶の道具が一番高くなっているのはやはり武器が一番売れるからなのだろうか。
やはり装備の優先度、特に武器の優先度が高いのだろう。
「うーん……これからは生産道具も積極的に出品した方が良いのかな」
「希少価値もあるんじゃない? これまで出てなかったからってのはあると思うけど」
「そうね。それに、全員が全員、高性能のものを求めているとは限らないわよ」
「かか、わしからしたら道具があるだけましよ。
街にも売っとるんだから、それで充分だろうて」
「良い道具使ったら良い物が作れるってわけでもねぇしなー。
結局使いこなせるかは生産者次第だぜ」
「身の丈に合った道具が一番です」
そもそもフェルダが作った炉だ。他の道具だってリーノとシアとレヴが作ってるわけだし、ジオンが関わってる道具もあるから性能も値段も高くなるのは当然だ。
俺のスキルレベルではその性能を全て引き出せていないだろう。
皆の作った生産品が良いから引き出せなくても高性能の魔道具が出来ている。
もちろん、エルムさんの顔に泥を塗ることのないように努力はしているけれど。
「あと2セットは売るとしても、それ以降はこれまで通りで良いかな。
生産する人、そんなに多くないみたいだしね」
「今日はクランハウスの分を交換するんだよな? 一度で全部運べそうか?」
「多分、大丈夫だよ」
今回は素材の持ち運びはないので、全てアイテムボックスに納まるはずだ。
炉等の大きな道具はそのままアイテムボックスに入れなければならないけど、ハンマー等の道具は収納道具に纏められる。
それから、銀の洞窟に行った後からクランハウスの地下に置きっぱなしになっている荷車を回収しておかなければ。
「よし、そろそろ行こうか。ギルドに行く前に銀行に寄らないと」
今日はクラン会議の日。久しぶりにエルムさん達に会えるのが楽しみだ。
先日話していた風習についても聞いてみよう。
家から出て銀行に向かう。テラ街は今日ものどかだ。
畑仕事をしている人達に挨拶をしつつ歩く。
先日リュヴェさんが言っていたように、ちょっと警戒されているなと感じるものの、朗らかに挨拶を返してくれた。
「ひぇ……」
辿り着いた銀行で早速5,900万CZを入金すると、預金がついに一億CZなんてことになった。
ギルドカードに記帳されたその額に、ギルドカードを持つ手に力が入る。
いや、でも、ゲーム内のお金ってこんな感じかもしれない。
1億と考えるととんでもないけど、100Mと言われたらそこまで大きな額でもないような気がしてくる。
「皆、欲しい物とかない? したいことでも良いよ」
銀行から出てギルドに向かいながら尋ねる。
これだけお金を貯められたのは皆のお陰なので、皆が欲しい物に使いたい。
渡しているお金も基本的に食費くらいにしか使っていないようだし、皆はほとんどお金を使っていない。
「特には……思いつきませんね」
「んー……ねぇな! 腹もいっぱいだしなー」
「うーん? ないよー」
「おもちゃも絵本もおえかきもできるよ」
「俺も別にないかな」
「そうねぇ……欲しい物、欲しい物……今はないわね」
「思いつかん」
「皆、もっと物欲を持って……!」
「私は結構お願いしていると思うのだけれど……ほら、種とか種菌とか……」
「そうなんだけど、生産で必要な物以外の欲しい物ってない?
例えば、えっと……高級な壺が欲しいとか……」
「壺欲しいの? 作る? 高級かは分かんないけど」
「フェルダが作る石工品は全部最高級品だよ。
じゃなくて、えーと、贅沢な使い方というか……」
生産に必要な物に関しては欲しい物とは違うと思う。
もっとこう、札束をばら撒くような使い方……まではいかなくとも、贅沢品で欲しい物はないのだろうか。
「あら、3つもお家があって、クランハウスまであるなんてとても贅沢だと思うわ」
「ポイント交換と貰った家だからお金は使ってないよ」
「元はそうでも、増築やら改築やら……隣の家やら土地やらで金使っとるよな」
「必要だったからね。人が増えたのもあるし、素材も道具も置く場所がなくなってきてたから」
「それそれ! 狭くなってきたって考える前に広くなってっからさ、必要だとか欲しいとか出てこねぇんだよなー」
「そうですね。物欲がないわけではないんですよ。
ですが、欲しいと思う前に、必要だと思う前に、ライさんが用意してくださってますので」
皆に苦労をかけていないようで良かった。
とは言え、それは結局生活や生産に必要な物であって、贅沢品とは違う気がする。
「ま、欲しい物あっても誰かしらが作れるしね」
「なるほど……それもそうだね」
狩りに出掛けている間やログアウトしている間に、ぬいぐるみが増えていたり、花瓶が増えていたり、綺麗な銀細工が飾られていたり等々、どんどん充実している。
ログアウト前に横になったベッドの布団がログインしたらふかふかになって色が変わっていたなんてこともあった。
お金を使うのは木工品やガラス細工品、盾等の俺達が作れない生産品と種や動物等の個人で用意し難い物が主だ。
食費と転移陣代については他の生産品や装備と比べると高い出費ではない。総額で考えたらなかなかの額になっているとは思うけれど。
それ以外は基本的に買う必要がないからお金がどんどん溜まっているのだろう。
「転移陣の利用、8人お願いします」
「はーい、8,000CZです!」
8,000CZを支払い転移陣部屋に入る。目的地にアクア街を選んでひとっ飛びだ。
ギルドから出て、クランハウスに向かう。
「あ、本買おうよ。ジオンは本が好きだし、他の皆もあったら読むよね?」
「そうですね。ですが、街で売っている本で興味がある物はポイントで交換してますし、それ以外となると……」
「エルムさんに聞いてみよう。これまでくれた魔道具の本、街では売っていないみたいだから伝手があるんじゃないかな」
街で売っている魔道具の本は一般的な家庭用魔道具の本や基礎の魔法陣の本といったものだけで、俺が持っているような魔法陣に使うシンボルだけの本や家庭用魔道具以外の魔法陣や設計図が書かれた本なんかは売っていないようだ。
街の本屋さんには行ったことがないので、ポイント交換で見たラインナップとジオンの話でしか判断できないけれど。
ジオン曰く図書館では俺が持っている本を見かけたらしい。とは言え、図書館に置かれていない本も俺は持っているようだ。
「それと、エルフの集落で聞いてみようか。
あ、でも、エルフの集落って、本屋さんある?」
エルフの集落なら街では売っていない本があるのではないかと思う。
実際にエルフの集落の図書館と街の図書館では置いてある本に差があるようだし、古書も多くあったそうだ。
「私がいた頃はあったから、あるんじゃないかしら。
けれど、いつも開いているわけではないからお願いしなきゃいけないわ」
「あ、そうだったね。イーリックさんに聞いたよ。
今度お願いしようって思ってたんだった」
突然行って開けて欲しいとお願いするのは申し訳ないし、明日にでも聞きに行ってみようかな。
本屋だけでなく他にも服屋や武器屋等色んなお店があるみたいだから色々見てみたい。
『君達がいつ来るのかとそわそわしている』とイーリックさんが言っていたので、他に予定があるとかじゃない限り断られることはない……と、思う。
「買った本はこれまで通りトーラス街の家に置いておく?
でも、最近はほとんど行ってないからテラ街の家に移動した方が良いかな」
「銀の洞窟から持ってきたやつはどうすんの?」
「あー……書庫のことも考えて増築してもらったら良かったね」
ポイントで交換した本やジオンがエルムさんに貰った本等は、当時のテラ街の家では作業場にそんなに空きがなかったのでトーラス街の家の地下に置いている。
魔道具製造に使う本はテラ街にいくつか置いているけど、俺の作業台の近くに置いている小さな本棚ではいずれいっぱいになってしまうだろう。
それに、銀の洞窟から本棚ごと持ってきた本もあるし……銀の洞窟の長が簡単には入れない場所に隠していた本や素材達だ。
今は地下2階の奥に他の素材や本と一緒に置いているけど、テラ街の家に持ってくるとなると隠すことなく作業場の一部に置くしかなくなる。
「うーん……読書はトーラス街の家でってことにしよう」
「素材取りに行く以外にあっちの家に帰る理由があるのは良いと思うぜ」
「確かにそうだね。その内全然行かなくなっちゃいそうだもんね」
ワイバーン狩りをしていた時にトーラス街の家に泊まった日もあったけど、最近は基本的にテラ街の家にいる。
今後進んで行く街で家を買ったらテラ街の家にもあまり来なくなるのかもしれない。
羊や馬、農業のお世話があるとは言え、連れて行ったり植え替えればどこの街でもお世話は出来るだろう。
「あれ? ライ、早いね」
「ヤカさん! こんにちは」
クランハウスの扉を開くと、リビングのソファで寛ぐヤカさんの姿があった。
俺達が一番乗りだと思っていたけど、すぐ近くに店があるヤカさんには勝てなかったようだ。
「久しぶり。元気?」
「うん、元気だよ。ヤカさんは?」
「変わりないよ。そういえば、地下の荷物随分減ってたみたいだけど」
「お祭りのポイントで交換したテラ街の家に持って行ったよ。
一応テラ街の家のIDも伝えておくね。何かあったらこっちに……トーラス街の家も全く行かないわけではないんだけど」
「ありがと。あ、そうだ。氷晶魔石を3個程お願い出来ない?」
「氷晶魔石? 地下に置いてたと思うよ」
「人に売り捌く魔石を勝手に持って行くのはさすがにちょっと。
僕がクランハウス用に魔道具作るとかならともかく……まぁ、僕作れないけど」
クランハウスで作業することもあるのでクランハウスにも少しは素材を置いている。
クランのメンバー……と言っても、俺達とエルムさん、ガヴィンさん、ヤカさんしかいないけど。一応共有の素材のつもりで置いていた。
気にせずどうぞという気持ちはあるけど、逆の立場なら勝手に売り払うのはどうかと思うし、必要になったとしても断りを入れてからにするだろう。
「品質3の氷晶魔石しかないけど良い?」
「うん。出来れば3個……あ、1個60,000CZで良い? 交換でも良いけど」
「うーん……大丈夫。持ってくるね」
欲しい魔石はあるけど、交換だとお店で売っている値段と同じ値段で交換していると言っていたはずだ。
それでは儲けにならないだろうからまた後日買いに行こう。
地下に降りてアイテムボックスに入れた生産道具を取り出し、これまでここに置いていた生産道具と交換していく。
と言っても、俺は持てない物のほうが多いので、一緒についてきてくれたジオンとフェルダがほとんど運んでくれた。
魔石を入れている箱から氷晶魔石を3個手に取り1階に戻る。
「持ってきたよ。3個」
「ありがと。現金で大丈夫?」
「大丈夫だよ」
お店にいないと取引ウィンドウは使えないのかもしれない。
ああでも、ガヴィンさんはスマホのような機械……多分、魔道具かな? を、使っていた覚えがある。
お店の形態や使っている魔道具で違うのだろうか。
氷晶魔石3個と180,000CZを交換する。
受け取った現金はウィンドウからアイテム化を解除したらすぐに所持金に反映された。
「助かったよ。そういえば……ネイヤは何の属性持ってるの?」
「わしか? 前話さんかったか?」
「いや? 前はすぐに地下で錬金術してたでしょ」
「おお、そうやったかもしれん。わしゃ土属性やの」
「良いね、特殊進化。まぁ、土属性だけなら、元々持ってたのか。
頑張って進化させてね」
土属性の魔石は手に入れられるけど土属性が進化した属性の魔石は手に入れられないのだろう。
いつか皆の属性が進化する日が楽しみだ。
ヤカさんと皆が話している姿を眺めながら、地下にあった生産道具の確認をしておく。
クラン会議が終わったら少し弄って使用条件を下げて出品しよう。
今回も全部売れたら良いけど、生産職の人は少ないみたいだしどうかな。
「ライ! おはよう! 久しぶりだな!」
「エルムさん! あ、ガヴィンさんも一緒にきたんだね。おはよう」
「一緒に来たかったわけじゃないんだけどね。
出ようとしてる時に押し掛けてきたんだよ」
「君が忘れていたらいけないからな。おや? ヤカきてたのか。
ここにくる前に君の店に寄ったんだが、一向に出てこないから寝ているのかと思っていた」
「僕そんなに信用ない?」
「ないな。いや、君のぐうたら具合は信用しているさ」
さぁ、クラン会議の始まりだ。
何をするか全く決まっていないけど、きっと楽しい1日になるだろう。